拒絶
激流が洞穴内を暴れ狂う轟音の中、不気味な静寂が死骸とその上に立つ犬童を包んでいた。犬童は微動だにせず、呼吸はひとつも乱れなく整然とし、ただ坂田の亡骸をぼんやりと見下ろしていた。
ざり、と砂を踏み締める音が彼を現実へ引き戻した。
振り返る。
片角の幼子が、怯えた様子でそこにいた。涙に滲む瞳で、犬童を見つめている。小さな身体に不釣り合いな衣装をすっぽと羽織って、身を震わせていた。
「茨木――」
犬童は手を伸ばした。
だが、そんなささやかな喜びは、幻だと、気づいてしまう。
茨木童子と呼ばれたその幼子は、犬童の動きに、びくりと身を震わせ、後ずさる。
血に塗れた己の手を見やる。
――そうだ、さっき己で言っていたではないか。
俺の知る彼女は死んだ、と。
込み上げた感情が、どっ、と寄せる。
犬童は近づいた。
幼子は震える脚で逃げ出そうと踵を返し、縺れて、転んだ。力が入らない足腰で、犬童に背を向けつつも起き上がろうとしている。
犬童は藻掻く彼女を抱き締めた。血で汚れた腕の中で幼子は泣き喚き、必死に抵抗する。
爪でひっかき、拳で叩き、叫ぶ。
修羅を前にして、強烈な恐怖を向けられて、犬童は更に力を込めざるを得なかった。
一雫。面頬の内を濡らした。
修羅の――犬童の目に――鬼の目に涙。
そんな二人の周りへ濁流が押し寄せていた。
黒川は走っていた。
わんわんと泣き喚きながら、躓き、倒れ込みそうになりながら、走った。茨木童子の得物と、犬童のマフラーをしかと抱きしめて、わんわんと泣きながら、走った。
死体に躓き、倒れ込む。立てない。立たなくてはいけないのに。生き延びなければ、いけないのに。鼻水も、涎も、涙も、汗も、額からの血も、全てごちゃ混ぜにして無様に泣いた。
無力だ。無力。自分は、無力だ。無力な童だ。
轟音、次いで、濁流が押し寄せる。地下道めいっぱいに詰まった水圧が黒川を呑み込む。
「う――あぁ――」
無力なただの少女。
暴虐の流れの中で天も地もないまぜにして掻き回される。もがくことすら許されぬ。両肺が泥水で満たされる。助けを呼ぶことも許されぬ。
無力な少女は流されていく。




