ある春の朝
桜の花びらが舞う風の強い朝。
雲は早くに流れ、空気は清々しく澄んでいる。誰もが気持ちいいと評するような朝だ。
ただ一人を除いては。
港学園高等学部の廊下を大江先生が歩いている。斜めに射す陽の光に眉をひそめながらも、千鳥足でふらふらと闊歩していく。
「おはよ〜諸君〜、今日も元気かねぇ〜」
彼女の気怠げな声にも生徒たちは元気よく返答する。
「おはようございまーす!」
「はぁ~い、おはよ~。学生諸君、元気すぎて、二日酔いの頭にはガンガンくるね〜」
ボリボリと、朱のふたつ角を掻きながら苦笑する。酔ってはいないが、だいぶ強い二日酔いのようだ。頭の中を鉛玉が飛び交って反射して、内側から隣人が頭蓋骨を壁ドンし続けているようだ。
そんな中、教室から漏れる声。半ば微睡み、鈍痛の底に気分を追いやられていたはずの大江の気を引いた。ぴたりと足を止め、耳を澄ます。
「ねぇねぇ、聞いた? 山の中の公園でさ……」
「あー、あれだろ?“子どもを飲み込む自販機”ってやつ」
「そう!もう動かないくらいボロボロなのに、夜になると勝手に電源が入って、声が聞こえるんだって――“喉は乾いておらんかぁ、甘いお水は要らんかねぇ……”って!」
ねぇ、キミたち、と。いつの間にかふたりの間に大江が入り込んでいた。
「そのお話もっと聞かせてもらえるかな〜」
にやりと口角を上げ、丸メガネの奥で朱の瞳が光った気がした。
「え、えっと……島の真ん中の、あの廃れた神社のそばで――」
予鈴が3度なるまでの間、その生徒たちは上機嫌の飲んべえから解放されなかった。




