対立
「悪いな、こんな時間まで付き合わせてしまって」
「かまわんよー」
ルカとユカは廊下を歩いていた。外はすっかり暗い。校舎内は電灯に照らされて、寒々とした冷気に包まれていた。
「で、どうだった剣道部」
「ああ」
ルカはユカの案内で放課後の部活見学を行った。彼女は衛士になりたいという夢までは失わなかったようだ。
「レベルが高くていい感じだった。いい訓練になると思う」
「そっか、そっか!じゃあ、決まりだな!」
ユカはあっけらかんと笑って頭の後ろで手を組んだ。
「ああ、明日入部届を出そうと思う」
「早いねー、張り切ってラァ」
「試験までは後1年しかないからな。失ったカンを取り戻していかないと」
「そっか⋯⋯」
暫く歩いて、ユカが立ち止まった。
ルカが振り返る。
ユカはたった今通り過ぎた部屋を気にかけるように後ろを見つめていた。
「どうした?」
「あのさ⋯⋯ちょっと部室寄ってかね?」
「部室?」
疑問に首を傾げる。
「そ、アタシたちの――いや、ツクモ狩り部の、さ」
さっきまでの調子を失ったユカにルカは気づいたのだろうか。少しだけ頬が強張り、表情が固くなった。
ユカはそんな幼馴染の躊躇いを咄嗟に察した。
「いや〜、腹減っちゃってさぁ!部室にお菓子あんだよね〜、お前も食ってかねぇ?」
わざとらしく腹を抑えて、バツの悪そうな顔をする。
ルカはひとつ嘆息し、苦笑した。
「ああ、寄っていこう」
「そうこなくっちゃー!」
2人は踵を返して、部室へと向かう。
「頼もーっ!⋯⋯って」
ユカは元気良く戸を開け放つ。
だが、無人の部室から返す言葉はひとつもなかった。
思わず、ぼそりと呟いた。
「なんだ、誰もいねぇじゃん⋯⋯」
「どうした?」
問いに、慌てて取り繕う。
「いや、なんでもない!ササッお大官様こちらへ〜!」
「なんだそれ」
ルカはいつもと変わらない笑顔を浮かべた。
部室は片付いていなかった。ごみ箱はいっぱい。棚にはボードゲームの箱が無造作に押し込められている。長机の上に食べかけのクッキー。冷めきった紅茶が入ったマグカップ。アルバムの幾つかは開かれたままに置かれている。
「すごいな⋯⋯」
「もー!アイツらそのままで帰ったなーっ!」
絶句するルカに対して、ユカはぶつくさ言いながら軽く片付けて2人分の席を作った。普段なら散らかす側の彼女もこの時ばかりは反対に回っていた。
「適当に座っててくれ」
「ああ」
パイプ椅子を引いて席につく。忙しなく動くユカを尻目に、部室全体を見回す。
見慣れない場所。記憶にない部屋。初めて入ったはずなのに、壁の一部分が妙に気になった。
写真をいっぱいに貼ったコルクボード。
笑顔の瞬間をまとめて貼り付けた大きな板は、色鮮やかに光放つようだった。
「⋯⋯」
「どうした、ルカ?」
押し黙った幼馴染にユカは不安げに声をかけた。
答えはため息とともに返ってくる。
「昔の私はあんな笑顔ができたんだなってさ」
見つめているのは過去の自分。見覚えのない記録の中で見知らぬ友人たちとふざけあう自らの姿だった。
「きっと前の私はこの部活にいれて楽しかったんだろうな」
「⋯⋯」
押し黙るユカと立ち上がるルカ。
「やっぱり帰るよ⋯⋯ここは、あまりにも居心地が悪すぎる」
「待てよ」
振り返る間もなく、どん、と衝撃がルカを襲った。そのまま背中を壁に押し付けられる。
「なにを⋯⋯!?」
ユカを睨みつける。彼女の表情は落ちた陰に隠れて判然としない。ただ力強かった。
「本当に全部忘れちまったのかよ」
「言っただろ、お前のことは――」
「アタシのことじゃない!」
気迫にルカの言葉が詰まる。
ユカの手が震えていた。呼吸は荒く、途切れ途切れだ。ぽたぽたと雫が垂れる音。
顔を上げた彼女は、泣いていた。表情を歪ませて、堰を切ったように涙を零している
「楽しかったことも、嬉しかったことも、喧嘩したこともあった!ソイツらぜんぶぜんぶ、本当に忘れちまったのかよ!?ノアも、ハナも、サキも!お前の友達だったんだぞ!!」
一気にまくしたてる。
だが、ルカは目を逸らすだけだった。
おぼろげな感覚はある。記録という形で見せられて、そうだったかもしれない、と思う気持ちもあった。だが、感情が湧いてこない。記憶が頭に追いついてこないのだ。幼馴染の悲痛な叫びも、まったく心に響かないのだ。
ただ、後ろめたい罪悪感だけが言葉を繋いだ。
「すまない⋯⋯本当に⋯⋯」
それだけだった。
わかっていた。わかっていたけど、受け入れられなかった。
押し付けていた力が緩む。ちらと見たユカは唖然としていた。心ここに非ず。呆然と遠くを見つめているようだった。腕がだらんと下がる。
「帰るよ⋯⋯」
ルカはそういって、部室を去った。
ただ、泣き声だけが廊下まで響いていた。




