口論
放課後、部室に来ても、そこにルカとユカの姿はなかった。
「残念そうな顔ね」
サキがクッキーをかじりながらハナを詰った。
そんなことないよ、そう否定しようとして、出来なかった。ただ俯き、目も合わせられなかった。
「ハナちゃん⋯⋯」
ノアが手を握ってくれた。
「とりあえず、お紅茶にしましょ?サキちゃんが美味しいクッキー持ってきてくれたの」
「うん⋯⋯」
自失呆然といった様子のまま席につく。長机の上が大晦日のときからまだまだ片付いていない。お菓子の空箱、茶渋が少し沈んでしまったマグカップ、広げられたままのアルバム。
ポットから蒸気が沸き立つ高音がやけに大きく感じる。
ホワイトボードを見ると、みんなで1年の抱負を書き殴った文字たちが、少し掠れて残っていた。
「はい、どうぞ⋯⋯」
ことん、と軽い音をたてて、ノアがマグカップを置いてくれた。ピンクのマグカップ。みんなそれぞれ選んで買い揃えたお揃いのもの。湯気が目にしばついて、部室の中が滲んで見えた。
「クッキー、食べなさいよ」
「うん⋯⋯」
ハナは動かない。ただ無音の中に秒針のリズムだけが響く。紅茶の湯気は揺蕩うように部室を流れて、どんどんと冷めていった。
「辛気臭いわね」
サキが言い放つ。棘ついた言葉にノアが名を呼んで咎めようとする。だが、サキは止まらない。
「いずれこうなることは、わかってたことじゃない。鬼と人間の関係ってこんなもんなのよ」
ぱくりとクッキーを口内に放り投げる。
「人間は死ぬ、鬼は忘れる。ずっと一緒に、なんてできっこない。そんなのは絵空事よ」
「でも」
ハナの震えた声に熱がこもった。
「でももへちまもない。アンタだってわかってたんでしょ?だからそんな願い事をしてたわけでしょ?」
サキは突き刺す。
「全部知ってたわよ、異常なまでに写真にこだわる理由。想い出に縋ってた理由。アンタは人間なの。鬼ヶ島の外から来た、除け者なの。友達になんてなれないのよ」
「なれたよ!」
ハナが立ち上がった。叫んだ。金切り声に近かった。
「私はみんなと想い出を作ったの!友達になれたんだよ!」
「いい加減うざったいのよ!」
今度はサキが吠えた。
「友達友達ってバカの一つ覚えみたいに!ひとりじゃなにもできないの!?ひとりじゃ未来も決められないの!?」
「サキちゃんだって一緒じゃん!」
「そうよ!」
サキは長机を叩いて立ち上がった。少しだけ紅茶が零れた。
「アンタと一緒!私は!アンタと同じ!未来なんてないのよ!!」
「意味わかんない!!」
「ならアンタたちには関係ない!」
サキが部室を飛び出した。
「サキちゃん!!」
ノアが引き留めるように追いかける。
「ついてこないで!せっかくのクッキーも湿気て不味くなる!!」
赤いマフラーはまたたく間に曲がり角に消えていった。
「ハナちゃん⋯⋯」
ノアが一人残ったハナにおずおずと声をかける。
彼女はただ一点を見つめたままその場に佇んでいた。息を切らし、震える両の手のひらを長机に置いている。
気まずい静寂が2人を包む。
ハナは押し黙り続け、俯いている。泣いてはいない。ただノアは声をかける。
「あのね、ハナちゃん⋯⋯」
「ごめん、ノアちゃん。私、行くところができちゃった」
ハナは出し抜けに荷物をまとめた。その声色には意を決したような響きがあった。
「またね」
そういって静かに部室を後にした。
ノアひとりだけ。
紅茶もクッキーも、冷えて冷えて、一人で嗜むそれは全く美味しくはなかった。




