鉄塊
血。
赤。夥しく周囲に。
血だ。自分のではない。
返り血。
視線移す。手から周囲へ。
倒れ伏す人影が3つ。
ノア、ユカ。気を失って、その場に倒れている。
ハナが何か叫んでいる。2人を起こそうとしているのだろうか。
もう一つ影はルカ。
ルカがおぶさっている。自分の上に。
庇うように。
血。血だ。赤。
彼女の血。
さざなみが聞こえる。
なんでこうなった?
思い出せ。
初詣の後。ハナの家で紅白歌合戦を見ながら、年越しそばを食べた。こたつで暖かかった。みんなで少し仮眠を取った。
その後?
そうだ。初日の出。
日の出を見ようと、海に来たんだ。
海。さざなみの音。
――ガキン。
何の音?
――ガキン。
巨大な影。蒼いもやに包まれて、蠢く。
日の出に照らされて、浮かぶその巨体。
黒。鉄。鋼。車。電車。作業車。ありとあらゆる鉄骨がめちゃくちゃに固まった長大。醜怪なモザイク。蛇。大蛇。
札。身体中に貼られた呪札から、夥しい量の瘴気を漂わせて、大蛇はそこにいた。
「ルカ」
自分の声がどこか遠い。呼び掛けは薄暗闇に溶けて、返答はもちろんなかった。
ルカは初詣の時と同じ顔で目を瞑り、血だらけだった。
ハナが泣いている。ノアとユカを揺さぶっている。
起きて、ねぇ、起きて、と。
でも、駄目だ。カメちゃんのストロボですら、起こせない。
サキは立ち上がった。ルカの身体がだらんと血に伏せる。
「ハナ」
静かに、ゆっくりと放たれた言葉がハナの叫声を止める。
「3人を連れて」
「でも」
「早く」
サキは返事も待たずに地を蹴った。
大蛇の注意が逸れる。かま首が駆け出す影を追って巡る。地を這う。
サキは二刃を手に大きく旋回し、距離を取る。
しなる体躯。歪な金属音を弾き出して、鞭打つように尾が繰り出される。
二刀を交差。防御。鉄と鋼が閃く音が響く。鉄塊が少女の身体を中空へと飛ばす。
彼女の脇が空く。
そこへ轟と目掛けて、両顎がきたる。
サキは衝撃を活かした。宙にて空転。鼻先にて突貫を避けた。
通り過ぎゆくその腹を蹴りつける。地へと落ちる。受け身。構える。走る。
十文字。胴体へ叩き込む。呪札の幾つかが斬り裂かれる。
だが、止まらない。微動だにせず。
蠢く金鉄。組み込まれたアームが展開。反撃に繰り出される。
直撃。肋を強く打つ。吐き気が臓腑を駆け巡った。弾き出される少女の身体。転がりながらも、身を正す。
相対。
――コイツは、何だ。
海藻やフジツボがこびり付き、ざばざばと海水を滴らせる鋼鉄の塊。多種多様な屑鉄と打ち捨てられた機械の山が呪札によって貼り付けられて蛇の身体を保っている。
浜辺で日の出を待つ5人に突如襲いかかった。予兆も気配も知らせずに、ルカだけが動いた。3人を突き飛ばし、サキを庇った。気づいたときには、ルカは血だらけだった。ノアとユカは気を失っているだけだろうか。出血はなかったような気がする。
大蛇の背後でハナがルカを手当している。救急箱、持ってきて正解だった。ノアとユカはもう移動させたのだろう。とりあえずは。問題はルカだ。気絶するほどの外傷。程度がわからない。ハナに任せるしかない。
自分は、コイツの気を引き続ける。
思案を断つようにえづいた。思わず身体を曲げた。
痛い。脚が重い。
でも、やらなきゃ。
刀を支えに身を起こす。
大蛇がサキを中心にとぐろを巻き始めていた。
逃げ場を塞ごうとしている。これまでのツクモガミにはなかった行動。
狩猟行為。完全なる殺意。
サキは気配取った。身を大きく屈め、一気に前進した。
間髪入れず、直前の位置に牙が突き刺さった。
喉元へ刀翻して二刃を立てる。外皮貫く。そのまま、駆け抜けた。斬り開く、長大なる体躯。
行く先を塞ぐように数多の金属腕が展開。鋭利なる鉤爪が敵対者を切り裂かんと暴れ狂う。
刀を引き抜き、それらを避ける。走る。駆ける。痛む脇腹に鞭を打つ。走れ。
気配。
咄嗟に横合いへと跳び退く。
轟々と、刺々しい蛇頭が脇を駆け抜けた。
風圧で体勢が崩れる。
蛇首がそのまま此方へ向く。追撃。噛みつきが迫る。
避け切れない。
防ぐ。
当たる。
腕。
「――がぁッ!?」
声が漏れる。
痛。血。
片腕へ錆びついた牙が食い込む。血潮が迸る。
泥濘む手元。滑る柄をしっかと握り、歯をしっかと食いしばり、空いた刀で頭部の呪札を突き刺した。
解。
構成する一部の鉄屑が解けて、解放される。中空に投げ出され、連れ去られた速度のまま地を転がる。
クソッ――。
痛い。痛い。
「クソッ!!」
自らの身体を無理やりに引き上げる。
蛇は血の味を確かめるように、暫し首を傾げていた。体全体の鉄骨群を蠢かせて、サキを見定める。
――来るなら、来い。
なけなしの負けん気を奮い立たせて、両刀を構える。息は荒く、片腕からは血が滴る。まぶたも僅かに重い。だが、立っている。立っているなら、まだ斬れる。
しかし、大蛇は来なかった。不意にかま首を別の方向へと向ける。逡巡するかのように一瞬動きを止める。
そして、動いた。巨躯を砂浜に叩きつけ、這い進んだ。早い。
そっちは――ハナの方だ!
サキは痛む身体を叩いて、駆け出した。
角飾りを落としたことにも気づかないまま、赤い角を失った人間の少女は駆けていた。




