孤立と再会
一閃。
十文字に斬り伏せる。
固まった雪が瓦解する。
白とともに散らばった黄金色が欠片に滲みこむ――再生。
次は、二閃。
加えて蹴りつけ、大きく引き離す。
「なぁ、もうよかねぇか、サキちゃん!?」
背後でユカが苦しそうな声を上げる。彼女もまた迫りくるツクモガミをトンファーで破壊している。
「⋯⋯」
サキは背中越しに一瞥するのみで、何も言わなかった。
場所は体育館。大量の雪だるまに囲まれて、サキとユカは背中合わせに身構えた。
「ユカ、気づいてる?」
「何が?」
「鬼力」
サキが先ほど斬り捨てたツクモガミを顎で示す。
崩れた雪の身体に染み込んでいく黄金の鬼力。それが段々と蒼色に変わっていく。その変色の様子はまるで水彩絵の具を乾かないまま上塗りしたかのようだ。
「何これー?」
「知らないならいい」
短く会話を切って、サキは突貫を再開した。
斬って、蹴って、砕いて、圧して。
黄金色を散らし、蒼へと追い縋る。
やっぱりだ。
コイツらも呪札の影響を受けている。
一体一体を裂いて中を確かめても、その本体は見つからない。だが、ひと筋の流れが見えてきていた。
操り糸のような線。金色に混ざる蒼の揺らぎ。
サキにははっきりと感じられた。
体育館に、ある。
「見ろ、サキ!」
戦いながらユカが壇上を指し示した。
手乗りサイズの小さな雪だるま。顔に御札。映画で見るキョンシーのように額に貼っつけている。ゆらゆらと立ち上る蒼い瘴気。他のツクモガミとは様子が大きく異なる。そいつが一瞬姿を出し、隅へと逃げていく。
「アイツだ、アイツ!」
ユカがぴょんぴょんと跳ねながら指差す。
「うるさい!わかったから!」
だが、雪だるまの群れはその密度を増して立ちはだかる。サキとユカの合流を阻むかのように取り囲む。押し寄せた雪が熱を奪う。一気に寒気が増す。白刃の先も、トンファーの柄も、水分を失って肌に張り付いた。
思わずユカが柄を持ち替える。
「痛てて!」
「クソッ!」
一方サキは舌打ちをして、手のひらを返した。二刀の逆手持ち。ツクモガミの壁を撫でるように斬り裂く。
一瞬の間隙を生むが、ずい、と庇うように前へ出た他のツクモガミに邪魔されて再生を許す。質量が減らない。そればかりか分かたれた雪がそれぞれで押し固まり、小さなだるまとなって蠢いた。
徐々に、徐々に、取り囲む輪が狭まる。段々、段々と距離詰めてくる。視界を埋め尽くす、白、白、白。
斬る、斬る、斬る。
だが、白、白、白。
斬る、斬る。
白、白、白、白、白、白。
呼吸が、乱れる。
差し脚が、乱れる。
まずい。
脚が、もつれた。
前のめり。つんのめって。
転ぶ。
すぐに、身体引き戻す。
立ち上がる。
だが、眼前には、白。
見下ろすツクモガミの累々。
「サキ!」
ユカの声が体育館に響く。雪踏む雑踏が音すら呑み込む。
斬らなきゃ、負ける。
崩れた体勢のまま、刀を振り抜いた。
先頭の一体が瓦解する。だが、後方から欠片を掻き分けて2体が迫る。
視線巡らせ、回避の先を探す。3体が逃げ道を塞いだ。
ユカの声が後方の4体越しに聞こえる。
囲まれた。
駄目だ。
やられる――。
衝撃音。
体育館を圧した。
バァァンッ!としか形容できない音だった。
時が止まったかのように、雪だるまたちの動きが止まった。サキの認識すら置いて、バカでかい声が響き渡った。
「サキちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
聞き慣れた声。クソデカボイス。
何事かと振り返る。
ハナだ。ハナが体育館の引き戸を開け放って立っている。至極真面目に、眉をきりりと上げて、自信満々に立っている。
「遅くなってごめんねぇぇぇぇ!!!!」
そう叫びながら何かを構えた。
ホース。なんで、と疑問に答えるように、ホースの先からピンク色が勢い良く迸った。
水。液体。凄まじい水圧で放出されたピンクの水が、飛沫上げながら雪だるまたちにぶっかけられていく。
轟々と水流は迫り、サキの元まで達した。ツクモガミたちだけでなく、彼女の顔面にすら引っかかる。
甘ったるい匂い。ベタつく。砂糖。喉が痛いくらいの味わい。
これ――シロップだ!
気づくと同時に、他の扉も開け放たれた。
現れた衛士たちが一斉に放水する。
赤、青、黄色、緑、色とりどりのシロップが体育館をずぶ濡れにしていく。
「うわぁー」
ユカが滑って転んだ。
雪だるまたちも水分を掛けられたためか、萎むように崩れていく。
いや、違う。
舞い散る鬼力が蒼から黄金色に戻っていく。シロップを受けた個体は雪解けて、再生しなかった。
勝機。
サキは混乱する頭のまま、すっく、と立ち上がった。そして、眼前のツクモガミを蹴り飛ばすように踏み台にすると、一気に跳躍した。目指すは壇上。札を貼ったその一体。
驚きに跳び上がることさえ許さない。眼の前へ。着地。回避の隙すら与えない。
十文字。
瘴気纏う呪札ごと、たたっ斬った。
からり、ころり。
音が鳴った。
鈴のようにやけに甲高い音。
4つに別れた紙切れが、はらりと床に落ちる。
蒼いもやが雪だるまの身体から抜けていく。
「やった⋯⋯?」
ユカが呟く。
その瞬間だった。
体育館を埋め尽くしていたツクモガミたちが、一斉に動きを止めた。
鮮やかに色づいた彼らの身体から、蒼の粒子がこぼれ、次第に黄金色へと、そして、中空に消えていく。ぼろぼろと耐えきれなくなったように、身体が崩れていく。雪解けの水へと変わっていく。
一気なる変化にサキは荒い呼吸のまま見渡していた。
終わった。
やっと。
足元の札に向き直る。
もう瘴気は放っていない。
赤い文字で何やら書かれた紙片に戻っている。
近付く。
拾おうとする。
「サキちゃぁぁぁぁん!!」
「ハナ――ぐぇッ!?」
ハナの叫びがして振り向こうとしたら、拒む間もなく抱きつかれた。
「良かったよぉー!」
頬を頬に擦り付ける。シロップや涙と鼻水、涎、多種多様の液体でぐしゃぐしゃの顔がこびりつく。生身の感情は熱となり、サキの冷静で強張った表情を霜溶かす。
「大袈裟よ⋯⋯」
困ったように返して、あるがままにした。




