救助
ハナたち3人は校庭にて大江と合流した。
「体温上げるには熱燗が最適だねぇ~」
「飲んでる場合じゃないですよ」
ルカに突っ込まれながらも、大江は電話口で衛士隊に事件の詳細を伝えていた。
「すぐ来ると思うけど、その間、取り残された教師生徒の救助をしないとね」
大江は、3人の顔をへらへらと見渡す。
「私たちも手伝います!」
「よく言った、桜ちゃん!」
ぼさぼさの長髪をひとまとめにして大江は丸メガネをかけ直す。少し捻じれた朱色の双角は、どこか真っすぐに見えた。
「じゃあ、現場急行よろしくぅ!」
そう言って、背中を向けてしまった。他の教師たちと避難場所の設置を行うようだ。毛布やポット、ストーブを準備して、救助されていた生徒たちに暖を取らせている
少し拍子抜けしてしまったハナが居たが、すぐさま頬を手で張って、気合を入れた。
「行こう、ルカちゃん、ノアちゃん!」
「サキちゃんとユカちゃんが心配だけど~……」
「でも、今はできることをやるしかない」
そうだ。今、自分にはできることがある。悩むのも悔やむのも後でいい。
ハナはふんふんと鼻を鳴らして、小さくガッツポーズを取った。
「そうだね……!」
3人は初期対応が間に合わなかった高階に向かう。
校舎内はあらゆるものが凍り付いていた。水槽の魚も、花瓶の花も、蛇口から垂れる水滴も、時が止まったかのようにその場に留まっている。
大江から渡されたジャージを制服の上から着込んでいなかったら、関節も筋肉も強張って全く動けなかっただろう。吐息すら空中に固まってしまいそうだ。
床も相当滑りやすくなっている。ツクモガミもどこから飛び出して来るか分からない。慎重に進む。
まずは1室目の教室。凍り付いた扉。ハナが小窓から中を窺う。
「あっ……!」
小声が漏れる。
生徒たちが居た。じりじりと近づく雪だるまの何体かに、教室の隅に追い込まれている。危険な状況だ。
「ノアちゃん!」
「離れてて~!」
ノアがスナイパーライフルを構える。戸に張り付いた霜を狙って、撃ち抜いた。
「開いた!」
一気に開け放ち、ルカが飛び込む。
振り向かんとしていたツクモガミたちを一閃。粉雪へと変える。
「みんな、助けに来たよ!」
ハナが生徒たちに駆け寄る。震える身体を引き上げて、先導する。
脱出の最中にも、だるまたちはその身体を再生させつつある。
一閃、二閃。
銃撃、射撃。
殿をルカとノアが務める。
戦闘の音を背後に、ハナは帰路を急ぐ。足が竦んでしまった女生徒に肩を貸しながら、できる限り急ぐ。脚を動かす。小走りに廊下を進む。
見えた。出口。下駄箱。もう少し。
不意。
眼前の曲がり角、物陰からツクモガミが現れた。
ハナに迫る。片手には雪の塊。近い。間に合わない。
「ひっ——」
思わず目をつむった。空いた片手で衝撃に身構えた。
「——カシャ!!」
カメちゃんがジャージの内側から飛び出した。
そして、閃光。
シャッターが切られ、ストロボが弾ける。
雪だるまの動きが一時止まる。
チャンスだ。
やるしかない。
「や、やーっ!!」
上ずった掛け声とともに蹴る。押す。蹴り飛ばす。
態勢崩されたツクモガミが段差に躓いて、ごとりと倒れ伏した。そのまま衝撃でバラバラに飛散した。
「ハナ!」
「ハナちゃん!」
ルカとノアが追い付く。
「だ、大丈夫!」
3人と生徒たちは無事に校舎の外へと逃げおおせた。
救急隊に生徒たちを預けて、ハナは少しばかりストーブの熱に当たる。ルカとノアが大江の元に報告しにいっている。教師のひとりから毛布を掛けてもらって、暖をとる。
寒さか、恐さか、まだ、足が震えている気がする。普段は身体温めるはずの紅茶も、熱すぎてすすれない。呼吸はさっきから乱れっぱなしで、落ち着かない。
赤外線の熱に浮かされるように、視線がぼーっと周りに向かう。
和装の戦闘服を着た衛士隊が教師陣から話を聞いている。その何人かが得物を手にして、校舎に入っていくのが見える。
警官や自治体で対処できないツクモガミや諸所の災害に出動される彼らの背中は、なるほど確かにたくましく、頼りがいのあるように思えた。
足元でピッと音がした。
意識を引き戻す。
「カメちゃん、どうしたの?」
カメちゃんが半透明の手を差しだして、1枚の写真を突きつけている。
さっき撮ったやつだ。
カメちゃんですら、咄嗟に助けてくれただけではなく、写真を撮るという仕事を全うしている。
「カメちゃんはすごいね……」
半ば力抜けたように微笑むと、どれどれと写真を受け取った。
「これ……!」
写ったのはお祭りの風景。並ぶ屋台に浴衣で集う鬼たち。そして、かき氷を食べている。子供たちは笑顔で、日常とは異なる騒がしい雰囲気を楽しんでいる。
少し褪せた像の中でも、色とりどりのシロップをかけたかき氷が黄金色に輝いて見えた。
今までのツクモガミと同じだ。
これが雪だるまたちの想い出。秘められた真意。
雪だるまは、かき氷のツクモガミだったんだ。校舎を冷やし続けていたのも、涼を取ろうとした鬼たちのためなのかもしれない。
そう考えると、いてもたってもいられなかった。
「君が、桜花ちゃんだね」
立ち上がりかけたハナに声が掛かった。
見上げると、衛士のひとりが目の前に立っていた。2本の帯刀。体格の良い長身。男の人だ。撫でつけた金髪に真っすぐの一本角。
その鬼は名を金童子と名乗った。




