異変
異変に対して最初に声を上げたのはユカだった。
「なんか寒くね……?」
毛布にくるまり、身震いをする。
「確かにな」
ルカが気温計を眺めて同意する。23℃。
部室にはエアコンが備え付けられている。室温の設定温度は27℃。
おかしい。電源を付けたばかりではないのに、全く温まっていないのはおかしい。
訝しむ面々の前で気温計がどんどん下がっていき、22℃を指す。
「雪でも降っているんじゃないの」
サキがマフラーを口元に引き上げつつ、窓から空を見上げる。依然として曇天の灰色が広がっているものの、雪の気配は一向にない。
「お茶が冷めちゃうわね~」
「のんきなこと言ってる場合じゃないぞ、見ろ」
室温、18℃。いくらなんでも寒すぎる。エアコンはごうごうと音を立てて温風を吐き出しているが、温度の急降下には間に合わず、5人の吐息が微かに白んできた。
ぱき。そんな音が響く。
見れば、窓に霜がおりている。ルカの指先が色を失い、ユカの歯の根が合わなくなってきた。
「どっか開いてるんじゃ……」
「そんなことない」
サキが窓の施錠を確かめる。閉まってる。
「このままじゃ、凍えちゃうよ……」
「そうね~、身体に悪いわよ~」
暖を求めてハナとノアが抱き合っている。互いの体温でも足りず、ふたりは小刻みに震えている。
ユカとルカが居てもたってもいられず、立ち上がる。得物を引っ張り出し、強張る手でしっかりと握りしめる。
「さすがにおかしいぞ……!」
「ツクモガミか!?」
「でも、一体どこに……」
会話の間隙に音が入り込んだ。
ぎゅむ。ぎゅむ。
圧し固めるような音。乾いた粒粒が互いに擦れ合い甲高く立てるそれに似ている。
思わず顔を見合わせ、沈黙のまま耳を澄ませる。
ぎゅむ。ぎゅむ。
廊下からだ。どんどん近づいてくる。
サキが出し抜けに、戸を開け放った。
他の面々が彼女の背後から顔を覗かせる。
「ゆき……?」
白い球体。細かな粒粒が固まったもの。大きな一段目と、小さな二段目。身体と頭なのだろうか。サキたちほどの背丈があった。
「だるま……?」
2本の枯れ枝と、はめられた手袋。小石を円弧上に配置して作った口。ニンジンの鼻。桑の実の両目。
いや。
「ツクモガミッ!」
サキが飛び出した。両刀にて瞬時、切り裂いた。
ぼろぼろと崩れ落ちる。黄金の粒子が粉雪とともに舞い散る。
「サ、サキちゃん!」
ハナがサキを止めようと、一歩進みかけた。
「待て、ハナ」
ルカが遮るように前に出る。
「想い出とか言ってる場合じゃないかもしれないぞ」
「え……?」
彼女の肩越しに廊下の先を見やる。
白、白、白。
廊下を埋め尽くさんばかり大量の雪だるまが、こちらへ近づいてきていた。
サキを先頭にして、ユカとルカがその背後を守るように位置取る。
「大変よ~!」
スマホ片手にノアが叫んだ。SNSのやり取りの画面を見せる。
「教室のドアが開かなくなっちゃって取り残されてるって~!」
「えぇ!?」
驚く声は白い吐息に転じた。寒い。肌がひりつく。喉がやけに乾く。
温度計をちらりと見る。0℃。つい先ほどまで湯気立っていた紅茶も、カップの表面を霜つかせていた。
斬撃。瓦解する音。
サキが近寄ってきた一体を切り伏せた。ぐずぐずと雪の身体が崩壊する。廊下の冷たさは、しかし、雪を融かすことはなく、形を留めさせた。
「くそっ!」
サキの吐き捨ては白く凍る。
黄金の輝きが滲むように先ほど倒したはずの白い身体に宿り、みるみる内に再生させてしまった。復活したてのだるまを先陣として、群れはただ無感情に無表情に迫る。
ぎゅむぎゅむ。ぎゅむぎゅむ。
「サキ、いったん引くぞ!」
ユカが背後から迫っていた一体を蹴り壊しながら叫ぶ。ルカはノアとハナを両脇に抱えて窓枠から飛び出そうとしている最中だった。
サキは一瞬振り向いた。だが、即座にツクモガミたちに向き直る。
「好都合……ッ!」
サキはひとり、雪だるまの群れに突っ込んでいった。
双刃を翻し、突きを繰り出し、薙ぎ払い、黄金と白を撒き散らす。
「サキ!?ああもう!ルカ、先に行っててくれ!」
「分かった!!」
ルカが飛び降りる。
ユカは自身の角を掻き毟りながら、踵を返す。そして苛立たしげに走り出す。白と金の道を踏みしめて、サキを追いかけた。




