空白の未来
冬。
4月には花満開だった桜並木も、葉ひとつなく枝を寒空に晒している。雲低い曇り空のせいで、街の全てが白っぽく見えた。
ハナは少し浮かない顔でトボトボと坂道を上っていた。
からん。
蹴り飛ばされた小石が排水溝に落ちて音を立てた。自分の不注意さに自嘲すらできず、そのままひとり歩く。
学生鞄の中の無記入の用紙について頭がいっぱいだった。進路相談についての1枚のプリント。2週間の猶予があったはずだ。しかし、書く内容も話す内容も、全くの白紙状態で今日を迎えてしまった。
今日だけは色鮮やかなピンク髪も白々しく思えた。取り繕うための見た目、そんな風な自己嫌悪に陥ってしまう。
「おー、ハナー!」
前方から声がして、はっと顔を上げる。ユカとルカ。手を振っている。
ハナは、ぱっ、と笑顔になった。大きく手を上げ——かけて、やめた。
ふたりは決まっているのかな、進路。
もし、自分だけ宙ぶらりんのままってことを知ったらどう思うのかな。
自分は今まで何も将来のことを考えずに無駄に日々を過ごしていたって。
そう考えると、思わず表情が曇った。上げかけた手を胸元までに留め、軽く振った。
「お、おはよう……」
「なんだ、元気ないな」
ルカが顔を覗き込んでくる。
「そ、そんなことないよ!」
気配取られないように視線を逸らす。
「元気、元気だよー!」
「なんか、必死だなー」
ユカがぼんやりと指摘する。
必死、か……。そうかもしれない。
さすがの二人だ。いつもと違う様子に素早く気づく。
「ほんとうに、大丈夫だよ」
「そうか……ハナがそういうなら」
ルカは不安げだったが、追及することはなかった。
「う、うん」
完全に切り出すきっかけを失った。ルカとユカはいつも通り、戯れながら進む。その後ろを重い足取りでついていく。
ずっと楽しい日々が続くと思っていた。未来のことなんて考えたことがなかった。ツクモ狩り部のみんなとずっとずっと、一緒にふざけあって過ごすのだと。
それだけに今が楽しすぎた。幸せ過ぎた。
新しい友達もできた。花火もできた。紅葉狩りもした。楽しかった。
でも。自分には何も残っていない。何も変わっていない。何も成長していない。
だから今のこの気持ちは、まじめに考えてこなかった自分への報いなのかもしれない。
二人の優しさが、今回だけは逆にハナの心を鬱々とさせるのだった。
——席についても気持ちは落ち着かなかった。
大江先生、今日休みだったらいいのに。なんて、らしくないことまで考える。
頬杖をついて、ぼーっ、とクラスメイトたちを眺めてみる。
みんなは決まっているのだろうか。もう準備を始めているのだろうか。
赤本なんてものを読んでいる人もいて、胸がきゅーっと痛くなった。
なんだか恥ずかしくなって用紙を机の奥に突っ込んだ。
「らしくないわね」
背後から声が掛けられて、驚いた。振り返れば、サキが不思議そうな顔で見下ろしていた。
見られていたかもしれない。
「な、なにが?」
「今朝のアンタ、えらく静かじゃない」
他人から、こんな風に心配されるのは何回目だろう。周りから見れば、ばつの悪そうな表情をしているのかもしれない。胸の中がざわざわしっぱなしで、コントロールなんてできっこない。
元気に取り繕うのも限界だ。拳握り締め、自らを奮い立たせた。
「あ、あのね、サキちゃん……」
声が震える。うまく目を合わせられない。
だけど、サキは何も言わずハナの言葉を待ってくれた。
「私ね、私——」
「おーい、席付いてねぇ。ホームルーム始めるよぉ」
振り返れば教壇に立った大江。
その時が、来ちゃった。
「あっ——」
視線を後ろに戻すと、サキはスタスタと自席に戻ってしまっていた。
「えー、前にも言ったけど進路指導のプリントを今日集めちゃいます~。後ろから回してってね」
プリントが後ろから前へ。こちらに回ってきた。不意に他の人の進路が見えてしまう。どっと押し寄せる後ろめたさ。急かされるような気持ちで用紙を重ねた。前へ送る。心臓が早鐘を打っている。みんな迷いなく提出している。空欄の人は今のところ見当たらない。
顔が熱くなった。
提出したのは名前だけ書いた空白の未来。
ハナを置いて、いつも通りの学校が始まった。
力が抜け落ちた面持ちで、授業は何も頭に入ってこなかった。




