電車にて
がたん、ごとん。
心地良いリズム。
身体の力は抜けて、知らず知らずのうちに頭の位置が低くなる。まぶたは重く塞がり、行儀よく閉じていたはずの脚も次第に開いていくのが分かる。腰の位置はどんどんとクッションの底へ沈み込んでいく。
がたん、ごとん。
抗いがたい微睡みの内へ、優しく包まれて、暗転する。空調の音がやけに頭の中に染み込む。
座っているはずなのに不思議な浮遊感が――。
ガタン。
一際大きな震動で、ハナは目を覚ました。崩れた体勢を引き戻す。
「ふぁ、ごべんなさい」
「何寝ぼけてんのよ」
隣の席のサキが軽く小突く。その刺激に思わずびくりと身体を正す。
「も、もう着いたの!?」
「まだよ」
呆れたようにサキが肩を払う。窮屈な席で腕を少しだけ回して筋肉の強張りをほぐしているようだ。
「そっかー、まだかー」
ハナはまだぼーっとする頭のまま窓の外へと視線を巡らせた。
寝入る前までは灰色のビル群一色だった景色が、今や広大な田畑に変わっていた。土色と緑の田園風景。そこに瓦葺きの家屋が点々と灰色を散りばめている。水田を十字に区切る無舗装の道路には、走行する車などは見当たらない。立つ人影は案山子のものくらいだっただろう。
「のどかね〜」
ノアが向かいの席でぼんやり言った。傍らにたまちゃんはいない。さすがに大きすぎるので車内に入らない。大江が旅館に直接送っていくと言っていた。
「後どれくらいよ」
「16分くらいだな」
ユカとルカもまた景色を眺めている。
「それらしい山は見えないけどな〜」
ユカの言うとおり、今のところ緑ばかりが目立って、際立つ赤のコントラストも目を引く黄色も見当たらなかった。
「楽しみだね〜、紅葉」
「別に」
欠伸するハナにいつもの調子で返すサキ。
「旅館ってさ、部屋にお菓子置いてあるよね」
「そうね」
「そっちの方が楽しみ?」
「違う。勝手に人を食いしん坊キャラみたいにしないでくれる?」
「違うの?」
ハナは純真な眼で首を傾げた。そこには皮肉も悪びれる調子もなく、まるで初めてそんなことを知ったという様子だった。
「違います」
きっぱりと断じながら、ぷい、と顔を背ける。
その態度に何故だかハナは笑った。くすくすと口元を軽く押さえて噴き出していた。
ちら、と脇目で見やる。
ハナはいつも通りだ。魂巡りの直後からずっと――。
ツクモ狩り部は、最近まで活動禁止だった。
もっとも、期末テストが近かったこともあって、実際のところ部員たちの生活はいつもとそう変わらなかった。これといって大きな事件も起こらず、放課後になれば部室に集まり、勉強したり、戯れたり、お茶会に興じたり。そうして試験も補習も無事に終わった頃には、待ちに待っていたはずの活動禁止もいつの間にか解けていた。
そして今日は、以前から約束していた紅葉狩りの日である。
「しかし、いちばん楽しみにしていた本人が寝るなんてね」
サキがやり返す。
「サキちゃん柔らかくて温かくて、いい匂いなんだもん」
「な、なによそれ、変な言い方しないで」
「お線香の香り」
「それ、ちょっと嫌だ」
またハナが笑う。サキは逆にからかわれ、バツが悪くもぞもぞと身体を揺らした。
「あ、見て!」
ハナが出し抜けに指差す。ユカとルカ、ノアが振り返る。サキも窓の外を見る。
そこには美しく色づいた山々があった。
木々が見せる赤と朱。はらはらと落ちた葉が黄色と橙の絨毯となって広がる。枯れゆく最中だというのに、純粋なる彩りが綺麗だった。
紅葉に照らされてか、ハナの横顔が輝いてみえる。
本当に、いつも通り。
祖母の魂巡りなど忘れてしまったかのように、健気に振る舞うということもなく、おちゃらけて、元気で、笑顔ばっかりのハナがいた。
ただ、前と違って感じるところもある。陽の光に照らされた一瞬に、何処か憂いを帯びているような気がする。
何故だかサキにはそれが、美しい、と思ってしまう時がある。
今だってそう。
いつもはうざったいピンク色も、光を透かして、きらきらと煌めいて見えた。よく見れば、目鼻立ちも整ってて、可愛いんじゃないだろうか。興奮で少し上気した頬も、ふにふにしてて柔らかそう。
「着いたよ、サキちゃん」
不意に、ハナが笑顔を向けてきた。
サキは、飛び上がるように慌てて立ち上がった。
「ち、違うから!」
「違くないよ、着いたよ」
到着を示す警笛と終点駅であるアナウンスがホームから聞こえてくる。
向かい側の席では荷物をまとめて立ち上がろうとする3人が見えた。
「急げよー、サキ荷物多いんだから」
ユカとルカがよいしょとノアの分の荷物も持って降りる。
ギターケースに、ボストンバッグとマフラー。確かに荷物が多い。
「持ってあげるよ」
ハナが背負ったぱんぱんのリュックサックにも構わず、サキの荷物を持った。
ギターケースの準備に手間取ったサキは、拒否する暇もなかった。
「勝手にしたら」
嬉しそうに微笑むハナの言葉に甘えて、二人一緒にユカたちを追った。




