不死
秋。
ハナが泣いている。
皆、喪服を着ている。
広大なホールに並んだ炉から轟轟と猛火が踊る音が響く。
焼香の匂いが立ち込め、鼻の奥を微かに乾かす。
ハナは泣いている。祖母に抱かれて、泣いている。
年老いた鬼は、皴の目立つか細い身体を真っ白な装束で包み、泣き続ける孫の頭を撫でる。
さっきからずっと、ハナは泣いている。
サキは事前に大江に聞かされた話を思い出した。
鬼は不死だ。如何に命に係わる重症であろうとも数日経てば完全に回復する。
だが、再生には多大な鬼力を消費する。記憶と感情を原動力とする鬼力だ。
老いもまた細胞の怪我であると仮定すれば、歳経れば経るほど健忘の症状は強まってくる。
自分が何者であるか分からなくなる前に、完全に自我を失ってしまう前に、自死を行い、体を完全に再生させる必要があった。今までの記憶と感情を引き換えに、赤子となって再生する。そして赤子は全く別の家庭へ子として引取られ、生き方を教えられる。
だが、元の家族の方はどうだろうか。永く共に生きていけば情は移り、想い出はたくさんある。記憶と感情を失ってしまう、自分たちのことをすっかり忘れてしまう。そんな大切だった鬼の、再生を、死として受け入れなければならない。
“魂巡り”。
鬼の身ですら、鬼の心ですら、辛く、鬱々とした宿命に人は耐え切れただろうか。
ハナは泣きじゃくっている。
次は紅葉狩りだね、なんて笑顔で言っていたハナとは思えないくらい、表情を歪ませて。
鼻水も涙も唾液も判然としない雫を垂らして。
サキの目には小柄な背中がいつにも増して小さく見えた。心構えなどできなかっただろう。用意された黒い服も、撫で気味の肩に全くサイズが合っていなかった。
「ハナや……」
祖父が困ったように肩に手を置いた。もういい時間だ。火力はもはや十分で、祖母の笑顔の写真も立てかけられている。出棺の準備が整ってから、久しい。
それでも、ハナは振り向かなかった。祖母の胸に顔をよりいっそう埋めて、首をぶんぶんと振った。
泣き声が強くなる。
祖父が手に力を少し込めた。喪服の肩部分に指の形で皴ができる。
今度は、祖母が祖父の動きを制した。手を静かに上げて、驚く祖父に、ゆっくりと首を振った。
「ハナ」
彼女は目をつむり、少女の頭をしっかりと抱き締める。もう片方の手は背中に乗せ、とんとんと赤子をあやすように動いた。
少しだけ、ハナの泣き声が落ち着く。
祖母の手がしばらく静かな拍を叩く。
ハナから聞こえる様子が、ずびずびと、鼻をすする動きに変わった。育て親の次の言葉を掻き消さないように身構えたかのようだった。
「今年の桜はどうだった?みんなとお花見はできた?」
祖母の何気ない問いに、ハナの泣き声が完全に止まる。顔を埋めたまま、鼻を鳴らして、うんうんと頷いた。
祖母はそうかい、と微笑んで、続ける。
梅雨のある日にずぶ濡れで帰ってきた日はびっくりした、だとか、夏は暑かったね、だとか、紅葉は綺麗だろうね、だとか。
他愛もない話。何でもない日常の話題。
だけどそれは、サキの耳には、ひとつひとつ、想い出を確認しているようにも聞こえていた。
話は次第に先の話、未来の話に変わっていく。
来年はもっとお友達ができるといいね、と。
「……、う……ん……、う、ん」
ハナは涙に掠れた声で答えた。顔は合わせられないのか、まだ白装束に埋めたまま。胸元に頬擦りつけ、色んな液体で汚しつづけた。
祖母は満足げに微笑んで、ひとつ、またひとつと頭を撫でた。
そして、サキ、ユカ、ルカ、ノアに顔を上げた。
「ハナのお友達のみなさん、ずっとずっと、仲良くしてあげてね」
その穏やかな笑みは、何だか黄金色に、滲んで、見えた。




