暗闇
――蝋燭の灯り。橙火が揺らぐ。心許なく周囲狭く舐めるに留まる。
暗闇は底深く鎮座して、一帯に空間が広がっていることを滲み示している。
鋼鉄の床の中心に、畳が敷かれている。豪奢な洋椅子とアンティーク調の丸机。
人影が身を崩して座っていた。粉飾された蝋燭立てから漏れる光を、朱き双角がヌメリと反射する。黒髪は艷やかに、白肌は柔らかく。紅い視線を儚げに洋書に注いでいた。
「何か用かい、晴明」
鬼は目は伏せたまま、ページめくる手だけを止めて、暗闇に訊ねた。その声は中性的なアルト。穏やかで、優しく、しかし、どこか蠱惑的な笑みを含んでいた。
「⋯⋯」
深い皺刻まれた老人の顔が、闇から這い出すように現れた。灯火に塗られた陰は深く、翁の能面のような老獪さをまざまざと知らしめる。頭髪は無いに等しいが、口元と顎を覆う白髭だけは良く手入れをされて密に編まれている。
粘ついた唾液を押し開くように音をひとつ立て、たおやかな髭の内で乾いた唇をもごもごと動かした。
「呪札の数が合わんのだ」
一言。しゃがれ、捻じくれた掠れ声で告げた。そこには戒めるような色を含んでいるのは確かだった。
鬼は、ちらりと双眸を老人に向けた。澄み切った虹彩の奥が見える。だが、その底は赤と朱と紅に濁濁として色味は判然としない。
「知らないよ」
そう言って、再び、本へと注意を向ける。
老人は、ふん、と鼻を鳴らした。
「よからぬこと、考えるなよ」
鬼は、老人の真似をした。ふん、とひとつ。
「結界に囚われの身で、どうやって」
老人は答えず、すっ、と黒に消えていった。
鬼は独り残され、ページを進める。ただ、淡々と紙が擦れる音、蝋が燃え尽きていく音だけが響いた。
鬼の口元は僅かに上がっていたのは、陰が見せる錯覚だったろうか。
いつまでも判然としない。




