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蒼い吐息

 

「ねぇねぇ、お巡りさん」

「ん?」

 ユカが警官の一人に声を掛けた。

「何があったのか、ご存じかしら?」

「なんだ君、危ないぞ。探偵ごっこなら向こうでやりなさい」

 しっしっ、と虫を払うように取り付く島もなさそうだ。

「えーっ!教えてくれたっていいじゃん!けちんぼ!」

 ぶー、とわざとらしく頬を膨らませて文句を垂れる。

 警官は無視した。だが、ユカは諦めない。

「けちんぼ!けちんぼ!」

 しばらくの囃し立てにしびれを切らし、警官が怒鳴る。

「うるさいな!もうすぐ、衛士隊が来るんだ、帰った帰った!」

「あっ!警視庁総監!」

 不意に明後日の方向を指さす。

「何っ!お勤めご苦労でありますっ!——ってコラーッ!」

 一瞬の隙をついて、5人が規制線を潜り抜けた。

 走る。駆ける。警官は追ってこなかった。

「新技、トンファーフェイントだぜ!」

「トンファー関係ないな」

「ノアちゃん大丈夫!?」

「えぇ、ありがとう、ハナちゃん。でも、まだ走れるわ」

 そう微笑むノアの走り方はぎこちない。何度も前のめりになりかけて、汗を飛ばしている。

 サキは嘆息した。そして、ノアの後ろに位置をとった。

 そして。

「きゃっ!?サキちゃん!?」

 サキがノアを抱えた。お姫様抱っこというやつだ。速度が僅かに落ちるものの、構わない。

「戦闘前にへばられても困るから」

 視線を合わせずにつっけんどんに言い放つ。

「いいなー!私もー!」

 ハナが走りながらすり寄ってくる。

「甘えるな!アンタは走れ!」

「ぶーっ!」

「ふふふっ」

 そのやり取りにノアが初めて笑った。少しだけ、不安げな表情が和らいだ気がした。

 工場跡へ。音が近い。衝撃が強くなってきた。

「ここを曲れば!」

 交差路に差し掛かる。

「あっ!見ろ!」

 ルカが指さす。

 大型トラックが突き当りにて焦げ付いて潰れていた。

 下敷きになった作業員の身体が見えたのだ。

「大丈夫か!」

 走りながら声を掛ける。

 男は震えながらも顔を上げた。

「た、たすけて……」

 手を伸ばす。

 音。

 風切る音。

 ふたつ。

 衝撃。

 風圧。

 思わず足が止まる。

 腕を交差して風を凌ぐ。

 目を開ける。

「たまちゃん!!」

 いた。たまちゃんだ。

 トラックを背にして、鋼鉄の巨大な塊にのしかかられている。

 ボーダーラインが彩る人工の四肢がぎぎぎ、と音を立てて震えていた。

「こいつ!」

 ユカが飛び出した。

 巨影にトンファーキックをお見舞いする。

 鬼力を茫々と込めた猛烈なる突貫。巨体は態勢を崩し、向こうへと転がっていった。

「大丈夫か!!」

 ツクモ狩り部のメンバーが作業員とたまちゃんに駆け寄った。

 男は気を失っているものの命に別状はなかった。しかしながら、早くここから連れ出さないといけないのは事実だ。

 ルカとユカがトラックを持ち上げ、サキとハナが引き出す。

「ハナ、この人頼んだ!」

「うん!」

 ルカの指示にハナは敬礼した。慣れた手つきで男に応急処置を行う。

 痛みに少しは唸るものの意識は朦朧としているようだった。とてもこの場から動かせそうにない。

 一方で、問題はたまちゃんだ。

 端々から火花を散らす。焦げ付いた跡やひしゃげた部品が戦闘の激しさを生々しく物語り、痛々しい。カメラアイが弱弱しく明滅したまま、四肢を広げてへたり込んでいる。

「ノアはたまちゃんを!」

「え、えぇ……ごめんなさい!」

 ユカとルカ、サキがノアたちを守るように前に出る。

 がきん、と金属が噛み合う音。

 がきん、がきん。

 まるで骨を鳴らすかのように巨体が機敏に蠢いた。

「こいつ、ヤバそうだぞ……」

 ルカが呟く。

 黄金色の毛脈が漆黒の身体に張り巡らされ、脈動する。造形はたまちゃんによく似ている。ただ、その大きさだけは二回りはあるだろうか。赤いカメラアイが敵意を表すように閃いた。

 轟。

 先制は、ツクモガミ。

 巨大なクレーンの爪が3人へ投げ込まれた。

「任せろ!」

 ルカが光る刃で受け止める。爪が宙に弾かれる。

 ユカとサキは散開。左右からツクモガミへ走る。

 敵の反応が、速い。

 上体部を回頭。

 猛烈な速度。クレーンの腕がユカに迫る。

「ぐっ——!!」

 踏み込みトンファーの柄にて受け止める。衝撃の余波が舗装路を砕く。

 サキが双刀を以て跳びかかる。

 しかし、鋼鉄の身体から展開する2つのサイドアーム。素早い連打。

 サキの攻撃は防御に転じざるを得なかった。刃にて受ける。弾き飛ばされる。

「こんのぉ!!」

 ユカが吠えた。クレーンのアームを抱きかかえ、鬼力込める。

 巨体が僅かに持ち上がる。

「でかした!——デカいだけに!!」

 ルカがアームに飛び乗り、一気に駆け進む。振りかぶってツクモガミに飛び込む。

 一閃。

 光の刃が振り抜かれた。鋼鉄の身体に傷が入る。黄金の血脈のいくつかが千切れる。がくりと動きが止まる。

 だが、それは一瞬。

 ツクモガミは後ろ脚を地面に思いっきり叩きつけた。

 巨体が浮く。ユカの抱くアームを軸にして孤を描くように。

「マジかーーーーーッ!?」

 ——お、重い!

 思わず手を放す。

 アームの先が地面に突き刺さる。重質量が一点に集められ、大きく地盤を砕く。

 今度はユカの脚が宙に浮く。瓦礫と共に底に落ちる。

「ユカッ!!」

 ルカが叫ぶ。駆け寄ろうとする。

 ツクモガミはアームを器用に転回させ、今度はルカに襲い掛かった。

 鋼鉄の塊。砲丸の如き速度を以て。

「ぐっ——!!」

 光刃で受け——留められない!

 両者は縺れ合うように建物へ。がらがらと音を立てて崩壊する。砂埃が舞う。

「こいつ」

 サキは身構える。砂煙の向こうから赤く閃く一点。

 迫りくる巨大な影。

 ——普通のツクモガミじゃない。

 何か別の、鬼力の残滓だけではない、全く異なる力が働いている。

 そうサキは直感した。

 感じたことのある、忌まわしい、蒼い呪力。

 人の想いを踏みにじる、悪辣なる嘲力。

「“陰陽兵”と同じだ……」

 そう呟くサキに、ツクモガミは蒼い吐息を吹きかけていた。



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