想い出のアルバム
「やっと見つけた……」
放課後、サキはひとり部室にいた。棚を漁りに漁り、事務処理に必要な書類をピックアップし終えたところだった。
「もう、なんでこんなぐちゃぐちゃなのよ……」
ルカという几帳面な鬼が所属しているとは思えないくらい、時系列も種類もバラバラにファイルの中に押し込まれていた。大方、ユカやハナが面倒くさくなって突っ込んでいったのだろう。先日の花火の領収書もしわくちゃに入っていた。
「さて」
と、小さな脚立を降りようとしたとき、気になる背表紙が目に入った。
『乃愛ちゃん大歓迎アルバム』
思わずその小さなファイルを手に取る。そういえば、隣あったものも『ニューカマー、サキちゃんフォーエバー(New)』だったり、『花火の想い出Ver2』などよくわからないタイトルで並んでいる。
なんで写真はきちんと整理されているのよ。そんなイラつきを覚えながらも、アルバムを手に長机に居直った。
ちっとも可愛くない手描きのキャラクターに満遍なく飾られた表紙を捲る。
最初の写真はノアだった。
病室のベッド。窓の外を眺めている。カーテンはなびき、彼女の頬を日の光が撫でている。自失呆然というか、なんだか生気を感じさせない表情だ。普段のノアと同じ鬼とは思えない。
「去年の日付だ……」
ああ、と。大江の言っていたことが脳裏によぎる。
大事故で入院していた。この写真はその直後だろうか。
ページを捲る。
写真がいきなり騒がしくなった。
同じ病室。ハナ、ユカ、ルカの3人がベッドの上で少し戸惑い気味なノアを取り囲み、満面の笑みでピースをしている。ポップな紙で貼りつけられた注釈には『祝!ノアちゃん復活!』の丸っこい文字。なんだか少し不謹慎な気がするが。
その他の写真もまた、3人がふざけ合ったり、お見舞いのフルーツを振る舞ったり、車椅子で外に連れ出していたり、リハビリ風景を応援したり、よくわからない文言の注釈と共になんだかハチャメチャな様子が良く撮られていた。日付はどれも違う。
「毎日、お見舞いしてたんだ……」
少しだけ、胸が締め付けられる思いがした。何だか、熱した棘が少しだけ、ほんの少しだけ心臓にささくれ立った、そんな感覚もあった。
ページを捲っていけばいくほど、ノアの表情が明るくなっていくのがわかった。ノアが笑っている。普段の余裕のある表情じゃない。涙さえ浮かべて、どこか困ったように、迷子のように笑っている。
いい写真だ。
思わず、そう感じた。
自分も。
思わず、写真に触れた。
そのとき。
「え——?」
——視界が黄金色に染まった。
眩しい光じゃない。滲むような、包み込むような、優しい光。
場面が浮かぶ。
目を覚ましたノア。
ここはどこ、わたしはだれ?
陽の光が、頭の中に霧靄を立ち込めさせ、目の前に霞をかける。
大事なことがあった気がするのに。
思い出せない。
なんだかすごく切なくて、悲しかった。
「ノアちゃん!」
その声にぼんやり振り返る。
ピンク、赤、青。髪の色だとわかった。
「おかえりなさい!」
その泣き笑いはどこか懐かしい気がした——。
「——っと!」
ハナ。顔面。近い。
文字通り目と鼻の先にハナの不思議そうな表情があった。
「な、ハナ!?」
「わぁ!ビックリした!」
何故かハナの方が驚いて、飛び退くように後ずさる。
「サキちゃん、ぼ~っとしてたよ」
パイプ椅子を引いて隣に座る。
「な、なんでもない」
「ふ~ん」
何だか、ハナは得意げに、にやにやしている。ほのかに上気した桃色の頬が色づいて見える。
「なによ」
「いい写真でしょ、そのアルバム、ぜんぶ」
ハナは開かれたままの『乃愛ちゃん大歓迎アルバム』を指さした。
そんなわけ、そう言いかけて、口をつぐんだ。
代わりに絞り出すように呟いた。
「うん、いい写真」
「でしょ?」
ハナは返答に満足げだ。長机に突っ伏して、覗き込むように頭を上げる。照れ隠しなのか、よくわからないが、腕で口元を隠す。
「ノアちゃんね、最初色々なことを忘れていたの」
ツクモ狩り部のこと、火災のこと、自分自身のこと、そして、両親のこと。
だから、毎日会いに行った。ノアを知るみんなの話や写真をまとめて、ノアに見せに行った。記憶をどんどん取り戻していった。少しずつ笑うようになった。
だけど、不意に見せる横顔は寂しげだった。
「たまちゃんはね、ノアちゃんなんだ」
「え?」
訝しげに返す。
ハナは慌てて、身振り手振りで説明しようとする。
「えぇ、と、なんていうか、えぇっと……」
「……もしかして、ツクモガミってこと?」
「そうそれ!」
ノアのたまちゃんへの思いはとても強かったらしい。事故に遭う以前のノアの記憶と感情がたまちゃんに憑いて、ツクモガミになっていたのだ。
「ノアちゃんが、言ったの。工場を見に行きたいって」
とても勇気がいることだっただろう。とても後ろめたい気持ちがあっただろう。
だが、ノアは決意して、伝えてくれた。
自分が何者か、本当の自分を取り戻したい、と。
「そこにね、たまちゃんが居たの」
ハナがどこか遠くを見つめるように微笑んだ。夏の光が彼女の頬を照らす。
「何かを探すように、工場をうろうろしてたの。でね、ノアちゃん、気づいたら駆け寄ってたの。見つけた、って。この子は私なんだって」
長机を押し出すように、うーんと伸びをする。
「不思議だよね。ノアちゃん、思い出したの、ぜんぶ」
楽しかったこと、嬉しかったこと、怒ったことも、辛いことも。
「私ね、思うんだ。もしかしてツクモガミって感情を——ううん、記憶も感情もひっくるめた“想い出”を保存しているんじゃないかって。大切に、大事に……」
「だから、あなたも残そうとしているの?そんなに必死こいて」
え?——と、次はハナが疑問を浮かべる番だった。
「人間には無理よ。鬼力がないもの」
サキはぴしゃりと言い放つ。
「そうだね」
でも、と少し寂しげに微笑む。
「奇跡があってもいいんじゃないかな」
「なにそれ」
奇跡なんて、そんなものない。
そんなもの当てになんかできない。
あったとして、じゃあ、どうして、みんなには起こらなかったの?
苦しんで、絶望して、痛めつけられて、死んでいった。
だから——。
「私はそんなもの信じない」
ハナは無言だった。何も言わず悲しげに項垂れるだけだった。
ただヒグラシの鳴き声だけが、家路に向かうように皆を急かしていた。




