友だち
坂道の先には、見慣れた二人の背中があった。
「おはよー!!ユカちゃん、ルカちゃん!!」
一気に速度を上げて抱きつくように覆いかぶさる。
「ぐぇっ!!」
そのうちの赤い髪と二つ赤角の少女が不意の衝撃に喘いだ。
やめろくっつくな、とはねっ毛のショートカットを揺らして、ピンクの頭を引き剥がす。
「おはよう、ハナ。今日もぎりぎりだったようだな」
もうひとりの青いポニーテールと蒼一角の少女はサッと脇に避けていた。
「ふん!へもふはりはひふっふへほほはひょうほはひはっはんは!(うん!でも二人がまだいるってことは今日も間に合ったんだ!)」
ぐいぐいと頬を押しのけられながらハナはにっこりと笑っている。
「いいかげんに離れろ~!」
「だってユカちゃん可愛いんだも―ん」
「いいから、暑苦しいって~!!」
何度かの押し問答の末、引き剥がされる。
ぜぇぜぇと息切らしながら、膝に手をつくユカ。
「お前、なんだか体温が高いぞ!風邪ひいてるんじゃないか!?」
「えー?そうかなぁ?」
と、首を傾げている。
「本当だ、少し熱いかも」
青髪の少女ルカが真っ先に近寄ってハナの額に手をやった。
「新年度だからって昨日無理したんじゃないか?」
「いやぁー、ちょっとねぇ」
頭を掻いてはぐらかす。
「なんだなんだ、乙女の秘め事ですかな?同じ部員に隠し事はゆるしまへんで~」
ユカが、にやりと笑ってハナに襲い掛かった。わしゃわしゃと蠢かせた両手を両の脇腹に差し込んだ。
「ちょ、ちょっと、くすぐったいよ~!」
悪戯にそう嫌がりながらもなんだか嬉しそうに笑っている。
「やめないか」
と、ルカが軽く戒める。
「やめないか、こら!港学園高等部2年、赤井由香!」
「なんでフルネーム!?なんで!?」
動かす手を止めないまま、ユカが声を上げる。
「お前の悪行を、衆徒往来に知ってもらうためだ。なぁ、赤井由香。港学園高等部2年、赤井由香」
「やめろ!個人情報漏洩罪で訴えるぞー!港学園高等部1年——いや、もうアタシら2年か!?港学園高等部2年、青海瑠華!!」
「なっ!?私は悪いことしていないのになんで呼ばれなきゃいけないんだ!」
ユカの矛先がハナからルカに向く。
びしっと人差し指でルカを指し示す。
「やられたらやりかえす!バイネームだ!」
「使い方が違う!」
「うるせぇ!昔っからお前はよー!」
「お前だって!」
「や、やめてよふたりともー」
エスカレートしていく二人のやり取りに割って入る。
二人の顔がハナに向けられ、同時に同じ言葉を放った。
「元は言えばお前の所為なんだぞ!港学園高等部2年、桜花!!」
「え、わ、わたしまで〜!なんでぇ!?」
そんなやり取りをしながら、通学路を進む。
港学園校門前。
生徒たちが互いに挨拶を交わし合いながら、新年度の輝きに思いをはせている。
そんなキラキラの感情をささやかどころではなく、めったんこに祝う満開に咲き乱れる桜の木々。降りしきる桜の花びらは陽の光を浴びて、まるで桃色の薄カーテンのように視界を彩っていた。
ハナは足を止め、桜を見上げた。
「ねぇ、なんか……今年の桜、ちょっと違って見える」
「なんだ風邪で眩暈でも起きているのか」
ルカが即答する。
「春だからな〜、乙女の感性ってやつだ――」
ユカが腕を組み、何かに気付いたように目を見開く。
「はっ、もしかして昨日のちょっとねってもしや!?雨の中、思い人との逢瀬——」
「ち、違うよ~!勝手に話作らないでぇ」
「ハナにも春が来たか。ハナだけに……」
「へぶしっ」
ルカの呟きに完璧なタイミングでくしゃみが出た。
「がーん」
ルカがその場に頭を抱えて落ち込みだす。
ハナは鼻をすすりながら取り繕う。
「い、今のは違くって!面白かったよ、ルカちゃんのボケ!」
「いやぁ、これは恥ずかしいですな」
「うっさいボケ!」
「三人の笑い声が、満開の桜の下に響いた。春はあけぼの、鳥たちも春眠暁を覚えず、まこと穏やかな始まりだった」
「わ、びっくりした!」
いつの間にか、三人の背後にひとりの女性が立っていた。
「大江先生だ!おはよーございます!」
ハナがぴょこんと頭を下げる。カバンのマスコットが揺れる。
「おはよ〜、諸君〜」
大江と呼ばれた女性は、丸メガネの奥で眠たげに目を細めながら、ひらひらと手を振った。
教師らしい威厳は、あまりない。胸元のネームプレートには確かに、“大江山子理科教師”と書かれている。
しかし、白衣を羽織ってはいるものの、その着こなしは全くだらしなく、毛量の多い髪も適当にまとめられている。朝っぱらから、ほんのりと酒の匂いまで漂っていた。
「新年度しょっぱなから、元気がいいねぇ、三人とも」
「先生は、本年度も酒臭いです」
ルカが鼻をつまみ、露骨に一歩後ずさる。
「ありゃりゃ。失敬な。これはお酒じゃなくてぇ、アルコールランプの臭いでぇ」
「相変わらず説得力皆無だな~、大江ちゃん」
ユカは頭の後ろで手を組みながら呆れる。
「まぁまぁ。朝から元気満タンだと疲れるよ~。若いんだから、もっと省エネで生きなさい。サステナブルってやつ」
「先生が一番省エネじゃん……」
ユカがぽつりと呟く。
「さて」
大江は腕時計を見る。
「予鈴まで後三分です」
「えっ」
三人が一斉に時計を見る。
「やばっ!」
ハナが声を上げた、その瞬間。
キーン、コーン、カーン、コーン。
校舎から予鈴が鳴り響いた。
「あ」
大江がぽかんとする。
「……違ったわ」
「違ったの!?」
「ふたりとも急ぐぞ!」
ユカが二人の腕を掴む。
「え、ちょ、ユカちゃん、待ってぇ!」
三人が校門を駆け抜けていく。
その背中を、大江はのんびり眺めていた。
「廊下は走んなよ〜」
大江はひらひらと手を振った。
「先生、注意したからな〜」
そう言って、彼女もまた、ゆっくりと校舎へ向かって歩き出した。




