桜花の朝
快晴。
嘘のような、雲ひとつない朝だった。
昨晩の雨に洗われた街は、少しだけひんやりとして、まだ湿った匂いだけが乾ききっていないようだ。
ここは孤島“鬼ヶ島”。海に囲まれ、港町やら集落やら、都市やらが一緒くたになった大きな島である。
桜並木の下を、“鬼”たちが行き交う。鬼といっても頭部の角、そして色鮮やかな毛髪以外の見た目は人間のそれと全く変わらない。
一本角を生やした青い髪の青年がスクーターを走らせ、スーツを着た緑髪の鬼が腕時計をちらちら見ながら駆けていく。店先では鹿のような大きな角を持つ朱髪の老婆が箒を手に、道端の花弁を掃いている。その角には、いつの間にやら小鳥が一羽止まっていた。
鬼ヶ島の朝は、いつも通りだった。
そんな街並みの一角。視点はある一軒家に移る。
標識には“桜”の一文字。
台所から、焼き立てのパンと溶け出すバターの香りが漂っていた。
老夫婦が朝食の準備をしている。夫はコーヒーを淹れ、妻は目玉焼きを焼いている。
「“花”はまだ寝ているのかね?」
三つのマグカップにコーヒーを注ぎながら老人が呟く。
「声を掛けてくださいな」
「そうだなぁ」
のんきな様子でスロスロと階段に向かい、二階へ声を張った。
「ハナや、もう七時半だよ〜!」
しばし沈黙。
次に慌ただしく音が響く。
ドタドタドタッ。
「あぁぁっ、寝坊したぁっ!」
そんな間抜けな叫び声が駆け下りてくる。
降りてきたのは、やけに色鮮やかなピンク髪の少女だった。髪先は、朝の光を受けるたびにわざとらしく光っている。
開け放った制服のボタンも、閉め忘れたカバンの鍵も、そのままに老夫婦の前を「おはよう!」と通過し、大騒ぎしながら玄関を飛び出す。
「いってきます!」
「ハナや〜、朝ご飯はいいのかい〜?」
「やっぱり、ただいま!」
再度、玄関が開く。
リビングから焼き立てのトーストを取って、再度走る。否、その前に。
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
玄関前でくるりと振り返り、深くお辞儀をした。
「またいってきます!!」
そして、勢いよく飛び出した。
老夫婦は「ほっほっほっ」とにこやかに微笑んで、新聞やTVのニュースなど、朝のルーティンに戻っていった。
トーストを呑み込み、制服の着崩れを直す。ヘアピンで髪をまとめる。走りながら全てこなす。もう何日も経験してきたので慣れた動きだ。
坂道を駆け上がりながら、道すがら知人に挨拶。
「おはようございまーす!」
商店街の鬼たちも笑って手を振る。
アーケードをひたすらに駆けていく。
「ととっ!」
立ち止まり、古雑貨屋の大きな窓ガラスにちらと映る自分の姿をチェックした。これも朝の日課のひとつ。
ヘアピンで纏めた前髪。色鮮やかなピンク色のショートカット。
本当は赤く染めるつもりだった。
高校デビューというやつだ。
ところが、色を抜きすぎた。
赤にするはずだった髪は、見事なまでにピンク色になった。
「……まあ、これはこれで、味わいがありますかな?」
呟きながらくるりと回転する。
鬼ヶ島では、髪の色など珍しいものではない。色鮮やかな髪を持つ鬼も少なくない。
それでも、この色なら自分も周囲に埋もれない。
そう思って、そのままにした。
以来、定期的にピンクを足している。
髪が傷むのは、たぶん時間の問題だ。
けれど、花はこの髪色をいたく気に入っていた。
自分では地味で、奥手な性格だと思っている。
それに加えて角も鬼力もない単なる非力な"人間"という部類であるから、彼女が求めるものは多かった。
だからこそ、派手なもの。とりわけ、可愛いものに憧れる。
カバンに付けたマスコットも、リボンの数々も可愛いと思ってつけたもの。本人にしかわからない基準で選ばれたものもいくつかあったが、それらすら寛容なのが鬼ヶ島の文化的な部分である。
……などと本人が思い返す暇など、今の彼女にはなかった。
店の中で古時計が鳴った。
「やばっ!遅刻だよ〜!」
再びに走り出す




