唐笠オバケ
勢い勇んで飛び出したものの、犯人はすぐに見つかった。
下駄箱から外へ出ようとしていた一つの影。
一見すれば、どこにでもある透明なビニール傘だった。
だが、その柄からは骨組みでできた細い二本の脚が生えていた。傘のビニール部分からこれまた金属製の枯れ枝のような二本の腕が突き出し、その手には大量のビニール傘を抱えていた。
空間に滲む黄金色の揺らぎ。ツクモガミだ。
唐笠オバケといった風貌だろうか。
「あーっ!傘泥棒!」
ハナの叫びにツクモガミが、ぎょっ、と身体全体で振り返る。
指さす女子高生たちに驚くように跳びあがり、空中で足をバタバタと回転させ、床に着き、全速力で駆けだした。
「待てー!」
ツクモ狩り部が追いかける。
ツクモガミは玄関から外へ。
追う。
軒下の端まで来ていきなりユカが立ち止まった。
「くっ!雨だ、出直そう……」
「何言ってんだ!行くぞ!」
ルカに背中どつかれて仕方なく走る。
「濡れんのヤーヤーなんだよ~!」
「言ってる場合か!」
雨降りしきる中を追う。追う。
ぐずぐずの泥だまりになっている校庭を横切り、濡れて光る校門を抜けて、濁流呑み込む排水溝を跳び越す。
ツクモガミの透明な背中は捉えているものの、早い。一向に距離が縮まらない。追いつきそうで追いつかない、もどかしい追跡劇。
坂道を流れ落ちる水と共に駆け降りる。
ここでサキが仕掛けた。
走りながらギターケースをばんと地面に叩きつけた。そして、乗る。滑走。
「わ!かっこいいー!」
ハナの言う通り、すごい勢いだ。水しぶきをユカとルカに撒き散らしながら、ツクモガミに迫る。迫る。
もう少し。
バッ。
傘、開く。
風受けて、帆。
文字通りツクモガミが飛ぶ。一気に速度増す。
「な、なにぃ!!」
サキの驚愕の叫び。
ツクモガミが転身。すさまじい機敏さで角を曲がった。
「ちょ、あーッ!」
「サキちゃーん!!」
ハナが手を伸ばして呼びかけるも、サキは曲がり切れずに坂をどんどん下って行って、見えなくなった。
「サキ脱落、か」
「サキだけに先に行ってしまったな」
先ほどの飛沫の仕返しか淡々とユカとルカは断じて見送った。
残された4人は通りを曲がる。
鬼一人いない住宅街。蝙蝠の如く飛来したツクモガミに塀の上で喧嘩していた猫たちが散り散りになる。
早い、速い。
ローファーの底に水溜まるのも構わずに追っているというのに、どんどん距離が離されていってしまう。
「まずい!このままじゃ見失うぞ!」
「よーし!ここは、たまちゃんにお任せあれ~!」
傘を差しながらたまちゃんの背に乗っている、濡れ知らずのノアが張り切る。ぽんぽんとたまちゃんに合図を送る。
「ウィーン!!ガシャン!!」
大きな駆動音を響かせて、たまちゃんが大地にアンカーを打ち込む。舗装路が砕ける。
固定。
そして、上体を即座に回転させた。ノアも、あらあら~と一緒に回転する。
そのままの勢いで、ツクモガミに向けてクレーンアームからフックを投げ込んだ。
フックがものすごい加速をつけて迫る。迫る。迫る。
届いた。
「おお!!」
フックの爪がツクモガミの持ち手をがっしりと掴んだ。
一瞬、がくんと動きが止まる。
「やったぞ!」
ルカが、もう汗なのか雨なのかよくわからないほどの顔で喜ぶ。ガッツポーズを取る姿はびしょ濡れで女子高生という見た目的アドバンテージ殴り捨てていた。
「たまちゃーん、このまま巻き取って——」
ツクモガミが抱えていたビニール傘を全て開いた。単純な器用さか、鬼力がなせる業なのか、判然としないが、綺麗に例えるならブーケの蕾が一斉に花開いたという感じだ。
風、きたる。
圧倒的、帆。
速度さらに上がる。
「あらあらあらあら~!」
たまちゃんが浮く。持ち上がる。そのまま引きずられていく。
「ノアちゃーん!!」
ハナが手を伸ばして叫ぶ。しかし、速度は止まらず、なおも増して、通りを鋼鉄が飛んでいく。
「ユカ!」
ルカが走りながら呼びかける。
「な、なんすか!」
「アレやれ!アレ!」
「アレって!?」
「ほら、トンファーなんとか!バケネコの時に使ったヤツ!」
「ああ、アレね!」
ユカが合点承知し、一歩大きく踏み込んだ。振りかぶり、投擲する。
「トンファーロープ!!」
紐付けたトンファーがたまちゃんの脚に巻き付く。だが、止まるはずがない。
「うおおおおおおおおお!?」
引きずられるユカ。飛沫撒く。水上スキーのようだ。
「助けてーーーーーーーーー!!」
ぐんぐんとルカとハナから引き離れていく。濡れるのが嫌だと言っていた鬼にしては濡れまくりだった。
「でかした!」
だが、ルカには考えがあった。彼女はユカに跳びついた。
「いやん――ぐへっ!」
そのまま足蹴にして、ロープを伝って走る。追いつけないなら同じ速度に乗ってしまえばいい。例えば、電車に乗った痴漢を追うには同じ電車に乗らないといけない、みたいな考え方だ。少し違うか。
たまちゃんの背中まで至る。
「あら~、ルカちゃん、さっきぶりね~」
「ノアは無事そうだな」
冷静に判断を下しながら、たまちゃんのアームに飛び乗る。
そして一気に先まで駆け上がった。
そこで竹刀に鬼力を込め、光の刃とする。
フックのワイヤーに引っかけて、シャーッ、とスライダーした。
「届いたぞ!この野郎!」
口が悪い。
が、本当に届いた。
柄を掴み、空中にて引き寄せる。そのまま傘部分の根元に手を這わせる。
「おらーっ!!」
ひと思いに、閉じた。
傘を。
閉じた。




