黒猫
次の日の放課後、ツクモ狩り部はもちろん商店街にいた。
覚えている鬼は少なかったが、断片的にウメばぁが猫たちを大切に世話していたことがわかってきた。
駄菓子屋の店主も写真を見せたら、ああ、と招き猫のことを思い出したようだ。
ハナは猫横丁の風景や人々の写真を撮る。カメちゃんが記憶を写真という形で取り出していく。
それらは部員全員でせっせとアルバムにまとめられていった。
「何よそれ⋯⋯」
サキもまたそこにいた。見届けたいわけじゃない。彼女にとっては、ツクモガミがどういうものなのか、知っておく必要があったからだ。
ツクモ狩り部は空き地に戻る。夕焼けが美しく街を彩る時間帯だった。
「見て、ウメおばぁちゃん」
ハナがとてとてとクソデカ招きネコに走り寄る。
アルバムを開いて見せる。ページの全てに目を通させる。
そこには、どれも猫を大切に、いや少しぞんざいな所もあっただろうが、世話している住民たちの姿があった。残り物で餌を作ったり、ハタキでじゃれ遊びをしたり、母猫にふわふわの毛布をあげたり、と猫たちは生活の中に、当たり前のように溶け込み、また商店街の営みに彩りを添えていた。
何処を見ても猫がいた。そして、そこには鬼たちもいた。みんな笑顔で、愛おしくて、楽しい、そんな猫横丁。
「心配いらないよ、みんな猫ちゃんたちを大事にしてるの」
ハナが微笑む。
いつの間にか招きネコの身体から、ちりちりと黄金色が霞に滲み出していた。夕陽に照らされて、きらきらと輝いている。
「ウメおばぁちゃんの想いは、ずっと、ずっと残っていくよ」
最後のひとかけらが煌めいた。招きネコは元の大きさに戻っていた。そこにはもう鬼力を感じない。
「なぁご」
と、小さく声が響いた気がした。
程なくして、猫たちは猫横丁や飼い主の元へと戻った。飼い猫が子猫たちを引き連れてきたのに目を丸くする鬼もいれば、売り物の魚を取られて駆け出す店主もいた。子供たちは猫じゃらしで遊んであげたり、古本屋の店主は一緒に日向ぼっこをした。
「これで万事元通りっすな〜!」
「活動報告書も書くことびっしりだったな」
ユカとルカがニコニコと満足げだ。
「お礼にいっ〜ぱいお菓子もいただいたり、事件解決して本当によかったわね〜」
ノアもぽわぽわといつも通りだ。
「うん!猫ちゃんたちも元気元気!」
ハナも、もちろん満面の笑みだろう。
だが、最後尾を歩くサキは浮かない表情を浮かべ、疑問を底に沈めていた。
ツクモガミ。思い出。感情。鬼力。鬼そのもの。
「ほんと、何なの⋯⋯」
思わず呟く。緋色の風にさらわれて掻き消える。
はずだった。
「黒川ちゃん、君が知りたいこと教えてしんぜようか?」
大江がいつの間にか後ろにいた。斜めに傾くその影は一際濃く、黒く、際立って見えた。
「どういうこと?」
サキがちらりと前に視線を戻した。他のみんなは気づいていないのか。
ツクモ狩り部の誰一人その場に居なかった。
カァカァと遠くでカラスが列を為して飛んでいく。
住宅街に人影はなく、世界がまるでサキと大江のために切り取られたかのようだった。
「ツクモガミは鬼たちの鬼力が物に付いた存在さ」
大江はたじろぐサキに向かって言い放った。
「鬼力は記憶と感情を糧にして作り出す力だからね。思いが残滓となって積もり積もった道具はツクモガミになってしまうのも無理はないねえ」
サキが意を決して振り返る。拳握り締め、訊ねる。
「そもそもアンタたち鬼ってなんなのよ」
「さぁね〜?」
いつもの調子ではぐらかす大江。
思わず、サキが一歩踏み出す。
「黒川ちゃんだって分かんないっしょ?自分のこと」
不意にその目が、サキの赤い角を射止めた。突き刺さるような冷たい視線は、彼女の心臓の鼓動をひとつ跳ねさせた。
「私は——」
足元にするり、と影が這った。柔らかい感触。何だかこそばゆい。
視線を下すと、そこには一匹の黒猫。サキを見上げて、にゃあ、とひと鳴き。
「あらら、なついちゃってるねぇ」
大江が微笑んで指さす。
黒猫はしゃがみ込むサキの手のひらに、自分の頬を擦り付ける。ピンと立った尻尾はぷるぷると震えている。
「猫なんて大っ嫌い」
そう呟きながら、その背中を撫でる。
臭いし、汚いし、何よりも狡賢い。
食べ物に簡単に釣られて、安心した存在に対して媚びを売るかのようにすり寄ってくる。普段はつっけんどんにしてる癖に、気分がいいときは構ってくれるまで周りをうろちょろしてうざったい。
まるで——。
「連れてっちゃう?」
大江がおどけて首を傾げる。微笑みは何処か悪戯っぽい色を含んでいる。
「嫌よ」
「一匹くらい増えても構わんよ、許そう」
「あんたね——」
視線を戻すと、大江の姿は影も無く消えている。
夕日の光が心地よく辺りを包み込み、サキの腕の中の黒猫もすやすやと寝息を立てていた。
春の終わりを告げる温風が、一際強く、逆巻いた。初夏の訪れは近いのだろう。
雲は高く、ゆっくりと流れていた。




