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犯人

 ——サキ加入から数十分後。

 陽射しは斜めに落ち込み、街は赤く色づいている。商店街の活気も少しずつ落ち着き、街路には帰路を急ぐ鬼たちがぽつぽつと見られている。

「⋯⋯」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

 猫が振り向き、ふぁと欠伸をした。ゆっくりと向き直り、悠々自適に再び歩き始める。場所は転じて住宅街。特に何も起こっていなかった。

 相も変わらず、5人と2体はずぅっと黒猫を遠巻きに追いかけていた。

「ねぇ⋯⋯いつまでこんなことしてるつもりなの?」

 苛立ちにサキの身体が揺れていた。

「犯人が来るまでだよ」

 ハナは猫から視線を逸らさずに答えた。

「どうせ保健所か何かでしょ⋯⋯」

「それはない」

 呆れたサキに、ルカが断言する。

「猫横丁は商店街全員で猫の世話をしているんだ。猫が増えて迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないよ」

「どうだか⋯⋯」

「サキもそのうちわかるさ」

「だといいけど」

「サキは嫌いか?猫ちゃん」

 ユカが出し抜けに訊ねる。

「嫌いよ」

 ぴしゃりと言い放つ。

「臭いし、汚いし、何よりも狡賢いじゃない」

「嘘だね、サキちゃん」

 即座にハナが真っ向から否定する。顔は猫に向けたまま、動かさない。

 サキがふん、と鼻を鳴らす。

「何が嘘よ、私がそう思ってるならそうなのよ」

「だって、嫌いだったらすぐ帰ってるはずじゃん」

 ぐっ、とサキの喉元が引いた気がする。図星な様子だ。

「そんなことない」

「そうだよ」

「違う、嫌い」

「大好きなはず」

「大嫌いよ、あんな——」

「見てッ!」

 ハナが押し問答から出し抜けに指差す。

 黒猫が急に走り出したのだ。

「あっ!」

「おい、待てっ」

 ルカが真っ先に反応し、駆けだす。

 黒猫との距離はそもそもだいぶある。今までののんびりとした動きに見合わず、猫の動きはしなやかで軽やかだった。ピンと立てられた尻尾は全く揺らぐことなく、ずんずんと遠ざかっていく。

「追いかけるぞ!」

 ユカも走り出す。

「サキちゃんも!」

「ああ、くっそ!」

「たまちゃん頼んだわよ~、全速前進っ」

 ツクモ狩り部の面々が黒猫を追って一列に住宅街を駆け抜ける。

 ルカの全速力でも敵わない。猫の身のこなしは機敏である。通りを横に入り、素早く塀に登る。走る。駆ける。跳ぶ。

「ひー!速いってー!」

「弱音を吐くな、ユカ!」

「そうだよ!犯人がいつ来てもおかしくないんだから!」

「ユカちゃん!ファイト~!」

「だから、たまちゃんは、ずるいってー!」

「⋯⋯」

 サキは最後方を無言で走る。脚を動かすたびに尻をうつギターケースがうざったい。走りながらバンドを締め直し、横に倒して体に引き寄せる。走りやすい。一気に速度が上がる。みんなを追い越して先頭に躍り出た。

 赤いマフラーをなびかせて、ぐんぐんと猫に近づいていく。

「いいぞ、サキ!」

 ルカの一声に、全員が応援し始める。

 猫が角を曲る。サキが飛び出す。

「——っ!?」

 唖然と立ち止まる。

「どうした、サキ!」

 4人が追い付くとそこは行き止まりだった。

 高い塀に囲まれた袋小路。だが、そこに猫はいなかった。

「そんなっ」

 ハナが驚愕に声を上げる。

 如何に猫でもこの一瞬で姿を消せるとは思えなかった。

「見ろ」

 猫の足跡が中途でぷっつりと途切れていた。

 なぁ~ご。

 そんな鳴き声が聞こえた気がした。

「あっちだ!」

 ユカが来た道を指さす。

 大きな影が通りを横切った。

「いた、アイツだ!」

 ユカが叫ぶ。

「待てっ!」

 ルカが駆け出す。

 五人と二体が一斉に影を追う。

 角を曲がる。また曲がる。

 影は住宅の間を縫うようにして進んでいく。

「待ちなさいよ!」

 サキが叫ぶ。

 返事はない。

 やがて住宅街を抜ける。

 その先に、古びた塀で囲まれた空き地があった。横向きに積みあがった土管。土の下地と疎らに生えた雑草。まるで漫画に描かれるような模範的な空き地だった。

 視線遮るものが無い空白に反して、影は、いつの間にか姿を消していた。

「どこ行った!?」

 ユカが威勢よく足を踏み込む。

 ルカとサキは警戒しながら、静かに辺りを見回している。

「見て!」

 ハナが声を上げた。

 空き地の奥。 草むらの中。土管の裏。空き地のあちらこちらで何かが動いている。

 一匹。二匹。三匹。何匹も。黒猫。三毛猫。茶トラ。白猫。色んな毛並み。

 大小様々な猫たちが、空き地のあちこちに集まっていた。

「これ⋯⋯」

 ハナの顔がぱっと明るくなる。

「探してた猫ちゃんたちだ!」

「本当か!?」

 ユカがハナに向き直る。ハナは猫たちに向かって走り出している。

「確かに本当だ」

 ルカが資料を捲りながら頷く。

 張り紙で見た猫。聞き込みで特徴を聞いた猫。それらが確かに、そこにいる。

「やっぱり誰かが攫ってたんだ⋯⋯」

 サキが両刀を構えて改めて周囲を警戒する。ちゃきり、と白刃が光る。

 ハナは両手を広げて猫たちを抱きしめんとしている最中だった。

 不意に、影。

 白刃が輝きを失う。

 夕陽が遮られている。

 巨大な影が、ハナの頭上へ落ちてくる。

「ハナっ!!」

 ユカが言葉を失う。

「え——?」

 大きい。

 あまりにも大きい。

「このままじゃ——」

 ルカの嘆きよりも、サキの身体が動く方が速かった。

 だが、影は濃く、深く、ハナに落ちた。

 ず、震——。

 砂埃が舞う。辺り一面を土色に染め上げる。

「ハナッー!!」

「ハナちゃん!!」

 ユカとノアが叫ぶ。

 無言のまま駆け寄ろうとするルカ。

 彼女の前に影は立ちはだかった。

 もうもうと立ち込めた砂煙が収まっていくにつれ、巨大な影が風貌をあらわにしていく。

 目を凝らす。見える。見えてくる。

 巨大な胴体。白地に黒いまだら模様。

 丸い頭。ぴんと立った長い髭。

 大きな三角形の耳。額は、狭い。

 そして、こちらへ向けて掲げられた片腕。と、もう片方の腕で抱えた巨大な小判。

「⋯⋯招き、ネコ?」

 ルカが呟く。

「なぁーご」

 巨大な招きネコが、低く唸る。

 その身体から、淡い黄金色の鬼力が立ち昇っている。

「こいつが犯人か!」

 ルカが竹刀を抜き、鬼力を込める。光の剣として構えると、じり、と足先を整えた。

「見て、ルカちゃん!」

 ノアが招きネコの背後を指さす。

 ハナは無事だ。サキの懐に抱かれて呆気にとられている。

「犯人はクソデカ招きネコだったか!?」

 ユカは叫ぶ。

「なぁーご!!」

 クソデカ招きネコは不服そうに吠えた。

 


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