Epilogue:進路相談
中学3年の夏休み手前。本来は休日だったはずのその日だが、進路相談で呼び出しを受けていた普は、今年度も普のクラスの担任となった音切と教室で対面していた。
「ぶっちゃけお前の学力ならどこでも行けると思うから好きにしてくれって感じなんだよな」
開始早々に音切が脱力した様子で言う。普は全国模試で1位を取った実績があり、実力に高を括って本番で失敗するような性格でもないと音切は理解している。如何なる難関校であろうと、受験に関して普が失敗するとは露ほども考えていなかった。
「第一志望は上手山学院だったな。都内でもトップの進学校だが、行きたい大学でもあるのか?」
「花道大学の医学部です」
「医学部? 医者になるつもりはないって言ってなかったか?」
「どっちかというと研究者ですね。植物状態の人間を治療する術を見つけて清音を起こさないといけないんで」
平然とした顔で愛する者の為に人生を捧げることを告げた普に、音切は思わず苦笑した。
「お前は相変わらずだな」
「俺だってこんな面倒くさいこと嫌ですよ。でも清音がいつまでたっても起きてくれないから」
「キスでもしたらどうだ。案外起きるかもしれんぞ」
「そうしたいのはやまやまですけど、それのせいで病原菌が唾液を通じて清音に感染したら元も子もないでしょ」
「ロマンがねぇなぁ」
正論を返された音切はつまらなさそうに言った。
「そういうハト先生はどうなんですか。噂じゃ来年の教頭はハト先生だって話ですけど、やっぱ狙ってたりするんですか?」
「あー……その件についてなんだがなぁ」
普が聞くと、音切は困ったような顔をして言葉を躊躇った。うんうんと唸る音切の姿はかなり珍しく、一体何を迷っているのかと普は疑問に思った。
「まぁお前には言ってもいいか……実を言うと今年で退職することにしたんだよ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ。"メッセンジャー"も今年限りで辞めようと思ってる」
そう言って音切は飴を口に放り込んだ。
「藪から棒ですね。なんかあったんですか?」
「生徒にこういうこと言わない方がいいんだろうけど……まぁ、結論から言うと癌になってたんだわ」
普は、言葉を失った。
「もう結構転移してるっぽくてな。医者に聞いたらあと5年生きられるか怪しいってよ」
「……だから最近、煙草吸わなくなったんですか?」
「そうそう。最初は気にせず吸ってたけど、やっぱ死ぬのは怖くてなぁ」
音切はまた新しい飴を、今度は3つ同時に口に入れた。口の中で転がさずにガリガリとかみ砕く音切の姿が、普の目には不安を隠そうとしているように見えた。
「退職後は治療に専念するんですか? それとも……」
「治療はしない。正直、もう色々と疲れたんだ」
「……そうですか」
重たい沈黙が空気を支配する。
「まぁ"メッセンジャー"で稼いだ金がたんまりある。せっかく稼いだのに使わないのももったいないし、死ぬほど贅沢してから死ぬつもりだ」
言い出した手前、流石に気まずかったのか、音切は冗談ぽくそう言った。
「贅沢ついでに俺にもちょっと分けてくださいよ」
「バカ言えバカ。びた一文やらねーよ」
「ケチだなぁ。どうせ独身だから余るだろうに」
「道連れにするぞお前」
ふたりの笑い声を乗せた風が、教室の窓を抜けて青空に溶けた。
♢
それから5年。普は当初から計画していた通り、花道大学の医学部へ進学していた。中学高校を卒業した今なお、普はほぼ毎日水永の病室に足を運んでいる。勿論
その手首には彼女から贈られた腕時計がある。
某日、普は何の気なしに立ち寄ったコンビニで新聞を手に取っていた。それは誰かを待つ間の暇つぶしだったのかもしれないし、特に意味は無い行動だったかもしれない。ただそのとき、たまたま手に取った新聞の中で普は、お悔やみ欄に記載された音切鳩の名前を目にした。
「そっか。もう5年経ったのか」
新聞に記載された音切の名を見ながら、普は無常な時の流れに耽っていた。結局普はその新聞を買わずに、そのままコンビニを出た。
『アルター通信は3日、世界各地で続出している超常能力を持った赤子────通称・超人類について、現時点で推定100万人を超える数が確認されていると報じました。また、2日の同メディアの取材に応じた国連アルバトロス事務総長はこの事態について「新時代と共に未曾有の大混乱が迫っている」として、世界各国に向けて法整備等の対応を求める姿勢を────』
大都会東京。大型ビジョンから流れる報道は多くの歩行者の足を地面に縫い付けるに足る内容だったが、普にとっては関係のないことであった。立ち止まる人々の隙間を縫って、普はひとり歩いていく。
迫りくる新世界。普が求めるのは、過去に残してきた彼女だ。刻一刻と時が経ち、自分だけが大人に成長していく。忘れまいと誓ったかつての日々すらも夜明けとともに息絶えていく。それでもまだ普は、腕時計の中に映る過去の日々を見つめている。
月日は彼女の髪の香りのようにあっという間に過ぎていく。時の流れに彼女が取り残されることが無いように、普はただ待ち続けることを選んだ。いつか彼女が長い眠りから目を覚ますそのときを待ちわびながら。
そして世界は新時代にする。
その時代の、物語の名前は────…………
我々は拒絶する
我々が登場人物となることを
この世界がシナリオブックと化すことを
貴方が我々を覗くことを
────異能学者キヨネ・ミツバによる『新世界』より
これにて完結でございます。
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