第66話
そして、私は改めて上京し、「治天の君」である土御門上皇に、摂政太政大臣を私は辞任して隠居すること、摂政に関しては近衛家実を指名し、大臣に関しては順次、昇進させて、内大臣に六波羅(源)家朝を任じて欲しい旨を上奏した。
土御門上皇は非常に驚かれると共に、皇太后である私の娘の鞠子も加えて、私の翻意を求めた。
「まだ(数えの)50歳にもならぬのに隠居等、余りにも早すぎる、もう暫くはそなたには摂政太政大臣を務めあげて欲しい」
「そこまでの御言葉を賜ります事、真にかたじけなく。しかし、臣は本当に疲れました。隠居して悠々自適の生活を送りたいのです。幸いなことに息子達は無事に成長しており、頼貞は征夷大将軍として、家朝は内大臣を共に務められると考えます。臣の代わりに息子を用い下さい」
土御門上皇からの心温まる言葉に、私はひたすら平身低頭しながら返答した。
「せめて50歳になるまでは、摂政太政大臣を務めて下さい。今上(後嵯峨天皇)にしても、まだ着袴の儀を終えていない幼さなのです(着袴の儀は7歳頃にすることが多い)。それなのに実祖父でもある父が隠居する等、余りの話です。娘の私と孫を捨てるも同然です」
鞠子に至っては、私を泣き落としに掛かった。
私は土御門上皇と鞠子にひたすら平身低頭して全ての官職を辞任して隠居したい旨を上奏して、一旦、宮中を退出して自邸に戻った。
自邸に戻ると、正妻の辻殿が待っており、いきなり私に声を掛けてきた。
「宮中で何かありましたか」
「何故にそう考える」
「いえ、何も言わずに厳しい顔で宮中に向かわれ、今も難しい顔をされていますので」
辻殿とやり取りをして、自分は妻に隠居したい旨を伝えていないことに気づいた。
この時代に馴染み過ぎていて、自分の隠居を妻に話すことを忘れていた。
(この時代だと隠居について、妻に相談等しないのが普通です)
「実は」
私は、自分自身で色々と考えた末に、全ての官職を辞任して隠居したい旨を、土御門上皇に上奏した旨等を妻にるる説明した。
妻は、いきなりの話に驚愕したが、私の話を聞き終えた後、改めて私に向かい合って言った。
「隠居した後は、どうなされるつもりですか」
「うん。そういえば、特に考えていなかったな」
実際、隠居したいということが主になっていて、隠居してどうするということを、余り自分は考えていなかったことに気づいた。
「隠居した後、どこに住まれるのですか。出家でもされるつもりですか」
妻は更に畳みかけて来た。
「うん、そうだな」
生返事をして考え込むうちに、私は唐突に改めて海に出たい、いっそのこと世界周航の船旅でもするか、という想いが浮かんだ。
そうだ、そうしよう、暫く俗世との関わりを断つのには、それが一番だろう。
そして、その旅を終えたら、日本のことは子や孫に任せて、遠く離れた南米に自分は住もう。
幾ら何でもこの時代の様々な制約から、南米にまで追いかけてくることは不可能だろう。
そんなことを考える内に、自分は自分の考えをいつか口に出していたらしい。
我に返ると、妻が険しい顔で私を睨みながら恫喝するように言った。
「貴方一人で、南米に行かれるつもりですか」
「いや、そんなことはない。お前も共に行く気はないか。向こうはそれなりに良い所のようだ」
「それでしたら、喜んで共に行きましょう。子どもが巣立った以上、夫婦二人でのんびりと見知らぬ土地で暮らすのも良い気がします」
「良いのか。側の者がそれなりにいないと不便なところだが」
「貴方と一緒でしたら、構いません」
妻からの心温まる言葉に、私は改めて妻に頭を下げながら想った。
本当にお互いに愛し合う良い妻と共に暮らせて、自分は真の果報者だ。
ご感想等をお待ちしています。




