第65話
「本気なのですか」
息子の頼貞は驚きの余りに大声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。
幾ら父子の密談とはいえ、聞き耳を立てていない者が全くいないとは言えないからだ。
私は息子の驚愕を何故か可笑しみを持って眺めてしまい、改めて我に返って言った。
「全くの本気だ。後はお前に任せる。そして、要らぬ話かもしれぬが、お前が三浦家の正妻との間に産まれた息子だが、その正妻には出来れば摂家、少なくとも清華家から迎えろ。それで、お前を事実上の開祖とする将軍家の家格を完全に確立するのだ。将軍家は摂家とほぼ同格、いや少し格上になるのだ」
「気が早すぎませぬか」
頼貞は心配そうに小声で言った。
実際、頼貞と三浦家の正妻の間に産まれた息子は、まだ数えでも10歳にならず、それこそ複数の御家人から、是非とも私の娘や妹を正室にという声が掛かっている段階だ。
そして、複数の公家からも正室の打診がある段階である。
「何を言う。お前の正妻はお前が生まれる前に決まっておったことだ。早いことは無い」
そう私は少し茶化すようにいった後、真顔で言った。
「それから、最初の側室は北条家から迎えろ。頼時の娘が良いが、無理なら養女でもよい。それで、将軍家は他の御家人とは完全に違う、というのを御家人達に示せ。そうやって権威を確立しろ。権威と力と両方を兼ね備えないと、将軍家を永くは維持できぬぞ」
「分かりました」
私の言葉が遺言であるかのように、頼貞は答え、私はその言葉に肯いた。
「更なることは、(北条)頼時も呼んで、3人で話し合おう。ともかく儂は隠居する」
私はそう言って、身振りで話は終わりだ、と頼貞に示し、頼貞は私の前から下がった。
その翌日、私は頼貞と北条頼時の3人で車座になって密談をした。
「儂は色々と疲れた。もう完全に隠居したい。昨日、頼貞には先に話して、頼貞には納得してもらえたが、改めてその方にも話すことにした」
私は頼時にそう言い渡した。
頼時は驚愕した。
まさか、そんな話を私がするとは全く考えていなかったからだ。
「まだ(数えでも)50歳になられていません。隠居するには若すぎます」
頼時は極諫するつもりのようで、更なる言葉を紡ごうともした。
私は、敢えて頼時の両肩を手で迎えながら、優しく言った。
「その気持ちは有難い。だが、これまでの儂の人生を考えてくれ。義父といえる比企を殺め、祖父を隠居に追い込んだ。祖父はそなたにとっても祖父だな。更に一時は朝敵にもなった。その上で征夷大将軍兼摂政太政大臣まで務めたのだ。いい加減に休ませてはくれぬか」
「確かに」
頼時は、私の言葉と態度から、それ以上の言葉がどうにも出なくなったようだ。
「それから」
私は、出来る限りさり気なく言った。
「幕府の権威を確立する必要がある。それこそ儂を先例として、将軍家は摂家と同格、いや格上やもという意識を御家人のみならず、公家や庶民に植え付けたい。そうすれば、将軍家を主とする幕府は百年以上の安泰を得られるだろう。そなたはどう考える」
「言われれば、その通りかと」
頼時は勢いから同意した。
「それでだ。頼貞の嫡長子だが、できれば摂家、少なくとも清華家から正室を迎えて、最初の側室をそなたの娘から迎えようと考える。御家人との縁をできる限りは切りたくない。だが、その一方で、将軍家の家格を高める苦肉の婚姻政策として、どうか受け入れてくれぬか。そなたならば分かってくれる、と見込んでの儂の心からの頼みだ」
私はそう言いながら、頼時に頭を下げた。
「誠に賢明なお考えと感服しました。悦んでその仰せの通りにいたします」
頼時はそう言ってくれた。
私は心からホッとした。
これで、私の隠居の完全な道筋が調った。
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