第67話
そして、土御門上皇を始めとする朝廷の面々の説得に1月余りの時間が掛かったが、私の全ての官職の辞任と更に後継官職の人事、六波羅(源)家朝の内大臣への昇進等は最終的には受け入れられた。
尚、近衛家実を摂政にするというのは、近衛家、九条家双方の周囲にしてみれば、本来の体制に戻るということで歓迎すべきことだったが、九条家周辺にしてみれば、どちらかと言えば、こちらの方が将軍家との縁が濃いのに、と不満を持つことになった。
(史実同様の結婚等が行われた結果、九条道家は私の従弟、その正室は私の従妹になるため)
私としては、近衛家は摂家嫡流だし、家実の方が年長なので妥当だ、と考えたことからそうしたのだが、本当に人事は難しいと感じることになった。
(尚、このことは後々までこじれて、五摂家分立という事態を最終的に引き起こすことになる)
そして、全ての官職を辞任して隠居し、後は南米にまずは行って、終生安住する予定の地を確保して、と考えて私は実際の行動に取り掛かったのだが、周囲が放っておかなかった。
まずは、息子の頼貞が、父上と母上だけで南米に行かせる訳にはいきません、と言い出して、それなりの供の者を付けると言い出した。
確かに考えてみれば、全くその通りで、隠居したとはいえ、従一位摂政太政大臣にして征夷大将軍を兼ねた者が僅かな供を連れただけで、南米に住める訳がない。
だが、その供の数というのが。
「何でここまで膨れ上がるのだ」
「いえ、私としては100名程のつもりだったのですが、自発的に和田一族等が付いていきたいと言い出しまして、1000名程に」
私は息子の頼貞と会話した。
すると和田義盛の息子の常盛が口を挟んできた。
「元とはいえ、将軍が出征するのに御家人が全く付いていかない等はあり得ません」
「儂は隠居してのんびり住むために赴くのであって、出征しに赴くのではない」
「でも、行く先が全く無人の地という訳ではないのでしょう」
「確かにな」
(メタいというか、分かりやすさ優先で、現代の地名で言えば、チリのバルパライソ付近に梶原景季は最初に到達している。
そして、そこを自給自足可能な拠点として開発した上で、主に太平洋沿岸沿いに様々な探査活動を現在の日本人は行っている。
私としては将来性を考えて、何れはペルーに赴き、そしてアンデス山脈の麓に隠居所を構えたいと漠然と考えてはいたが、今のところはバルパライソにまずは赴いて、現地事情を確認するつもりだった)
そうやり取りをした後、和田常盛がそっと私にささやいた。
「三浦の本家(義村のこと)と、親爺の因縁から色々とこじれがちでして、この際、自分達としては南米で一旗揚げたいんで」
「成程な」
確かにこうやって出て行けば、三浦本家と円満に縁を切れるという訳か。
私が得心していると、常盛は更にトンデモナイことを言い出した。
「他にも横山党とかも、何れは行きたいと言っています。全部で5000騎位にはなるやも」
「本気で戦争をしたいのか、全く」
私は呆れる想いがした。
これは隠居所を作るというよりも、大規模な開拓地を作ることになるな。
ふと、横を見ると私の妻の辻殿は、(和田義盛の元側室でもある)巴御前と歓談している。
気の強い女同士、話が合うのだろうか。
これは巴御前も付いてくるつもりだな。
ここまでお膳立てされた以上は、皆、連れて行くしかないだろうが。
この後、南米がどんな状況になるのか、私は想像したくなかった。
いや、南米だけで済むだろうか。
北中米まで影響が出そうな気がしてきた。
しかし、行くしかあるまいな。
「それでは行くぞ」
「はい」
「へい」
私は妻や和田常盛らと共に南米へと向けて、いよいよ船出していった。
これで事実上の完結です。
後、3話のオマケを追加して、本当に完結させます。
ご感想等をお待ちしています。




