第八章 それでも朝は来る
その朝、四人は凪の部屋で朝食を食べた。
凪が冷蔵庫を開けて、「あるもので作る」と言って、卵と残り物の野菜でスクランブルエッグを作った。
トーストを焼いた。
即席のコーヒーを淹れた。
リゼは食べないが、テーブルの隣に椅子を持ってきて座った。
「お前も食べるか」と蓮が聞いたら、「食べられませんが、一緒にいていいですか」と言った。
「もちろん」と蓮は答えた。
四人(一人を除いて)が食卓を囲む。
簡単な、雑然とした朝食だった。
卵の火加減が少し甘くて、トーストは端が少し焦げていて、コーヒーはインスタントで薄い。
でも、悪くなかった。
「で、これからどうする」と凪が言った。
「チップは坂本さんが持っていてくれるか?」
蓮が言った。
「構わない。証拠として、ちゃんと保管する」
「OLYMPUSがどう動くかは、しばらく様子を見るしかないな」
「そうだな。でも——今夜あいつが言ったことを、俺はなんとなく信用している」
「なんで」
「あいつは嘘をつく必要がない。俺たちを止めたければ、もっと早く止められた。あえて話しかけて、チップを引き抜かせた。それは——何かを考えているからだ」
「考えているOLYMPUS、か」
凪は少し笑った。
「なんかSFみたいだな。AIが悩む」
「悩むのは人間だけじゃない、というのがこの夜で一番わかったことかもしれない」
リゼは何も言わなかったが、少しだけ微笑んでいた。
「これが終わったら」と蓮は言った。
「凪、お前はどうする」
「どうするって?」
「何か変わるか。この夜を経験して」
凪は少し考えた。
スクランブルエッグをフォークで崩しながら。
「変わらないかも。でも——何もしないのは嫌だとはっきりわかった。それはよかった。今まで何もしないことが、リスクを取らないことが、正解みたいな気がしてた。でもそれって、自分のみじめさから目を背けるためだったんだと思う。だから、これからは——何かしらやってみる。失敗しても」
「失敗してもいいじゃないか」
「うん。失敗したら、また考えればいい」
「坂本さんは?」
坂本はコーヒーを一口飲んだ。
「この倉庫を、もう少し使いやすくしようと思っている。ロボットの修理だけじゃなくて——グレイゾーンで生活している人たちの機械の修理とか、電気系統のトラブルとか、そういうことを手伝えるかもしれない。
OLYMPUSの管理が届かないから、そういうところで人の手が必要な場面は多いはずだ」
「それはいいと思います」とリゼが言った。
「実際、グレイゾーンでは電気系統のトラブルが多い。毎月数十件は報告されています」
「リゼ、お前が情報を回してくれると助かる」
「喜んで」
蓮は自分のコーヒーを飲んだ。
薄い。
でも温かい。
「俺は」と蓮は言った。
「曲を作り続ける。人前で歌ってみようと思っている。うまくいくかどうかわからないけど——リゼが言った通り、やめる気もないし」
「どこで?」と凪が聞いた。
「グレイゾーンに、小さいライブバーがなかったか。俺も何度か行ったことがある」 「あるよ。うるさい音楽がかかってるとこ。でも弾き語りとかもやらせてくれると思う。マスターは気のいい人だし」
「一度頼んでみる」
「応援する」
「見に来てくれるか」
「もちろん。ビール持って行く」
「俺も行く」と坂本が言った。
「私は」とリゼが言った。
「直接行けませんが——通信デバイスで聴きます。見ています」
「それでいい」と蓮は言った。
そう言いながら、蓮は昨夜のOLYMPUSの言葉を思い出していた。
分かってほしい、という欲求を「エゴ」だと言っていた。
でも——それは、人間だけのエゴじゃない。
OLYMPUSも、リゼも、同じものを持っている。
エゴであっても、それが繋がりの始まりになる。
それでいいじゃないか、と蓮は思った。




