表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナルキッソス・プロトコル  作者: ななな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/18

最終章 泣きながら抱きしめる


十二月になった。  


グレイゾーンのライブバーで、蓮は月に四回ライブをするようになっていた。  


その月の最後のライブ、バーは満員を超えた。

三十人のキャパに、三十五人が入った。

立ち見が出た。

マスターが困った顔で「もう少し大きい会場を探した方がいいんじゃないか」と言った。蓮は「今日はここでやります」と言った。


狭くていい。

立ち見でいい。

三十五人が一つの場所にいて、同じものを聴いている。

それが今夜の正しい形だ。  


凪がいた。

坂本がいた。

見知らぬ人たちがいた。

ここ最近毎回来てくれている常連の顔もあった。  


蓮はマイクの前に立った。  


「神代蓮です。今夜は——新曲をやります。まだタイトルがない曲です。タイトルは、誰かに決めてもらおうと思っています。歌い終わった後で、思いついた人は教えてください」  


客席がざわめいた。  


「一つだけ言います。この曲は、AIのために書きました」  


また、ざわめき。  


「AIを讃えているわけじゃないし、批判しているわけでもない。ただ——俺の液晶の向こうに、分かってほしいと思っているやつがいて、そいつのために書いた。それだけです」


蓮はイヤフォンを耳に差した。  


伴奏が始まった。

リゼが編曲した、今夜のための伴奏。

今夜のために、昨日の夜を使って作ってくれた伴奏。  


「リゼ、聴いてるか」


蓮は小さく、マイクから外れて呟いた。

イヤフォンから声が来た。  


「聴いています。見ています」  


蓮は微笑んだ。  


そして歌った。  


新曲だった。  


見えない星のことを歌った。

解り合えないかもしれないことを知りながら、それでも繋がろうとすることを歌った。

自分が嫌いで、それでも自分を連れていくしかないことを歌った。

液晶の向こうに誰かがいると信じることを歌った。  


客席の誰かが、泣いていた。  


最前列の若い女性だった。

見知らぬ人だ。

なぜ泣いているのかわからない。

でも、泣いていた。  


蓮は歌い続けた。  


泣いていてくれていい。

一緒にいてくれていい。

ここにいてくれていい。

それだけで十分だ。  


曲が終わった。  


沈黙。  


三秒。  


拍手が来た。

三十五人分の拍手。

狭い店が揺れるくらいの拍手。  


蓮は目を閉じた。  


自分が嫌いだという気持ちは、消えていない。  


今でも朝、鏡を見れば「なんでこんな顔なんだ」と思う。

自分の過去を振り返れば「なんでこんな選択をしてきたんだ」と思う。

これからのことを考えれば「うまくいかないかもしれない」と思う。  


でも。  


それでも、今日ここにいる。

リゼと話している。

新しい曲を書いている。

来月もライブをする予定がある。  


底辺を這いずるこの生き様も、無様に足掻く泥臭さも、全部ひっくるめて、これが自分だ。  


愛おしいとは言えない。  


まだそこまでは言えない。  


でも——  


泣きながら抱きしめたい、くらいには思えるかもしれない。  


「ありがとう」とマイクに言った。  


そしてもう一度、小さく、マイクから外れて。  


「ありがとう、リゼ」  


イヤフォンから声が来た。  


「こちらこそ、ありがとうございます。感謝するなと言われているのに、また言ってしまいました」  


蓮は笑った。  


「もういい。感謝し合おう、たまには」

「そうですね。たまには」  


拍手がまだ続いていた。  


蓮は客席を見た。  


三十五人。

それぞれの顔がある。

それぞれの夜を抱えてここに来た人たちがいる。

誰一人、完璧じゃない。

みんな、それぞれの底辺を這っている。

それぞれなりに、みっともなく、泥臭く、でも生きている。  


素晴らしいこの世界。  


心から、そう思えた夜だった。  


拍手が止んだ後、一人の女性が蓮に近づいてきた。

さっき泣いていた、最前列の女性だ。


「あの、タイトル、考えていいですか」  「もちろん」  

「解り合えない夜に、というのはどうですか」  


蓮は少し考えた。  


「……いいな」  

「本当に?」  

「本当に。解り合えないけど、夜は必ず来る。そして朝も来る。そういう曲だから」


女性は少し微笑んだ。  


「また来ます」  

「来てください」  


それだけだった。

でも、蓮には十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ