幕間 凪の夜
蓮がライブを始めてから二週間後の夜、凪が酔って蓮のシェアハウスの部屋のドアを叩いた。
深夜一時だった。
「なに」と蓮がドアを開けたら、凪が立っていた。
ビールの缶を持って、顔が少し赤かった。
「話したいことがある」
「明日でいい」
「今がいい」
蓮は仕方なく、凪を部屋に入れた。
部屋は狭い。
ベッドと机と、小さな本棚しかない。
凪は机の椅子に座った。
蓮はベッドの端に腰を下ろした。
「なんだよ」
「親から連絡が来た」
「久しぶりか」
「三年ぶりだ。就職しろという内容だった。グレイゾーンにいると聞いたらしくて、心配してた。でも、心配の仕方が——なんか、上から目線なんだよ。あなたのためを思って、みたいな言い方で、実際には自分たちが恥ずかしいから何とかしろってことで」
「それで、どうした」
「無視した。でもなんか、むしゃくしゃして飲んでた」
蓮は少し考えた。
「俺の親も、似たようなもんだ」
「そうなの」
「勘当みたいな感じで出てきたから。たまに考えるよ、あの人たちのこと。でも連絡する気にはなれない」
「蓮は、悲しくないの」
「悲しくないわけじゃないけど——なんか、すっきりしてる部分もある。期待されないから、裏切れない。期待を持たれないことが、こんなに楽だとは知らなかった」
凪はビールを一口飲んだ。
「私は逆に、期待されてたと思う。成績よかったから、ちゃんとした職に就くだろうって。それが、プレッシャーだったのかもしれない」
「だからグレイゾーンに来たのか」
「来たというか——逃げたのかも。でも逃げてきたここで、なんかいろいろやってたら、気づいたら仕事になってた。人生、わからんな」
「わからんな」
二人はしばらく黙った。
「ねえ、蓮のその曲さ」と凪は言った。
「うん」
「皆様に質問があります、っていうの、誰に聞いてるんだ、あれ」
「誰に、か」
蓮は少し考えた。
「最初は——自分に聞いてた気がする。あなたは自分が大好きですか、って、俺が俺に聞いてた。でも今は——誰かに、かもしれない。誰でもいい誰かに」
「そっか。なんか、答えたくなるんだよな、あの曲聴くと」
「答えてくれなくていい」
「でも、答えたくなる。俺も大嫌いだ、って言いたくなる。大嫌いだけどここにいる、って言いたくなる」
「それが、俺の曲に届いてほしかったものだ」
凪は少し驚いた顔をした。
「はっきり言うな、最近」
「お前に言われた気がした、以前。はっきりしろって」
「そんなこと言った覚えないけど」
「雰囲気で言ってた」
凪は笑った。
「まあ、いいか。ありがとな、蓮」
「感謝すんな」
「お前のセリフをパクるな」
「俺のセリフだろ、もともと」
凪はビールを飲み干した。
「もう一本もらえるか」
「自分の部屋で飲め」
「ここの方が居心地いい」
「褒めてんのか」
「褒めてる」
仕方なく、蓮は冷蔵庫からビールを出した。
自分の分も出した。
二人は深夜に、狭い部屋でビールを飲んだ。
特別な話は何もしなかった。
でも、それでよかった。




