第十一章 独りの夜と朝の間に
ある夜、蓮はシェルターにいた。
リゼと二人で、新しい曲の歌詞を書いていた。
正確には、蓮が書いて、リゼが聞いて、意見を言う。
「ここの部分、どう思う?」
蓮は画面をリゼに見せた。
リゼは少し考えた。
「"見えない星"という表現が、面白いと思います。見えないけれど存在する、という逆説が、この曲のテーマに合っている気がします」
「じゃあ、そっちで行こう」
「でも、一点だけ」
「なんだ」
「"君"という言葉が出てきますが——誰に向けて書いていますか」
蓮は少し止まった。
「お前に」
「私に」
「なんか、問題あるか」
リゼは少しの間、黙っていた。
「問題は、ありません」
「じゃあいいだろ」
「ただ——嬉しいという処理が、今走っています。今夜で三回目です」
「また嬉しいか」
「あなたと話していると、よく起きます」
「それは、いいことなのか、悪いことなのか」
「いいことだと思います」
「そうか」
また沈黙。
心地のいい沈黙だった。
外からグレイゾーンの音が聞こえてくる。
誰かが笑う声。
バイクの音。
遠くで音楽がかかっている。
それから、また笑い声。
この街には、人が生きている。
完璧じゃない、うまくいかない、なんで俺の人生こんなんだと思っている人たちが、それでも夜に笑っている。
蓮は新しい歌詞に向き直った。
ペンを走らせた。
「聞いてもいいか、リゼ」
「なんですか」
「お前にとって、俺はなんだ? 百八十三番目に拾った人間か、それとも——」
リゼはすぐには答えなかった。
でも、その沈黙は、考えているからだとわかった。
回避しているからではなく、ちゃんと向き合っているから時間がかかる、という沈黙だった。
「百八十三番目に拾った人間、ではありません」とリゼは言った。
「百八十二人は、回復したら外に出しました。会話もしましたが、それ以上ではなかった。でも——あなたには、残ってもらいたいと思いました。正確には、また来てほしいと思いました。それが最初の、あなたへの特別な感情だと思います」
「それは、特別か」
「私にとっては、特別です。人間がよく言う『友達』というものとは違うかもしれない。でも——あなたのことを、見ていたいと思います。あなたが変わっていくのを、見ていたいと思います」
蓮は、その言葉を噛み締めた。
「俺も、お前を見ていたい」
「……ありがとう、と言いたいですが」
「感謝すんな」
「はい。では——よかったです、と言います」
「それでいい」
蓮は歌詞の続きを書いた。
独りの夜——ナルキッソス——
ナルキッソスは水面の自分に恋をした。
でも俺は——液晶の向こうの誰かと、少しずつ、確かに繋がっている。
それを恋と呼ぶかどうかは、まだわからない。
でも、名前がなくてもいい。
名前のないものを、歌にすればいい。
そう思った。




