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第8話:回路設計と古の「ノイズ」

「……この配線の美しさが分からないとは。カイル様、あなたは騎士として以前に、美的センスという名の『機能美』が欠如しているのではないかしら?」


 領都のメインストリート。アイリスは、地面に描かれた巨大な魔法陣――ではなく、精緻な「魔導配線図グリッド・レイアウト」の上に立って憤慨していた。

 彼女の指し示す先には、泥の中に埋め込まれた藍色のラインが、幾何学的な模様を描きながら街の各戸へと伸びている。

 それは、アビスから供給されるマナを安定して各家庭の『暖房炉』や『街路灯』へと届ける、世界初の地下送電網だった。


「いえ……。美しいかどうかで言えば、確かに規則正しくて整っているとは思いますよ。ですが、アイリス様。何故これほどまでに『直角』にこだわるのですか? 斜めに引けば、もっと資材が節約できるのでは……」


「却下! 斜めの配線はマナの還流にインダクタンスの不均一を生むわ。それに何より、図面が美しくない。図面が美しくないということは、何らかの理論的な歪みが潜んでいる証拠なのよ。……三センチメートルのズレも許さないわ。全て、私の指定した座標に埋設して」


 アイリスは、定規を手にした若者たちに鋭い視線を送った。

 彼らは「お嬢様の直角教」の恐ろしさを叩き込まれており、まるで精密機械のように、寸分違わず藍色のラインを埋めていく。


「さて、現在の工程進捗率は四五パーセント。……本日中に北方居住区の連結リンクを完了させる予定だったけれど。カイル様、そこの古びたほこらは何?」


 アイリスが指差したのは、グリッドの予定ルート上に居座る、苔むした古い石の祠だった。

 それは領都の創建時からあるとされる「土地の神」を祀る場所で、領民たちが大切に守ってきたものだ。


「ああ、あれは『地母神の祠』です。……迂回するしかありませんな。領民たちの信仰の対象ですから、壊すわけにはいきません」


「迂回? その三メートルの迂回が、グリッド全体の抵抗値を一・二パーセント上昇させるのよ。十年のスパンで考えれば、王都の年間予算一回分に相当するエネルギー損失だわ。……不許可よ。今すぐ移動させなさい」


「無茶を言わないでください! 領民たちが暴動を起こしますよ!」


 カイルの制止を無視し、アイリスは祠に歩み寄った。

 そして、その石の表面に触れる。


「……ふむ。地母神の加護、ね。……解析アナライズ完了」


 アイリスの瞳が、青白く光った。

 彼女は祠の台座にある、かすかな魔力の揺らぎを捉えていた。


「これ、神の奇蹟でも何でもないわね。五〇〇年以上前に設置された『旧式の地脈安定装置ジオ・スタビライザー』だわ。しかも、メンテナンスが一度もされていないから、マナの波形がガタガタよ。……むしろ、これが『ノイズの源』になって、周辺の地質を悪化させていたのね」


「装置……? 宗教的な聖域ではないのですか?」


「古代人のエンジニアリングは、時として後世の無知によって神聖化されるものよ。カイル様、この『装置』をハッキング(再調整)するわ。壊すのではなく、マナ・グリッドの『増幅器リピーター』として組み込んであげる」


 アイリスは躊躇なく、祠の石を削り始めた。

 驚いたことに、彼女が特定の箇所を叩き、スラッジの粉末を塗り込むと、祠全体が柔らかな黄金色の光を放ち始めた。


「これ……! 祠が、輝き始めた……?」


「古の非効率な回路を、私の最新の制御コードで書き換えたの。これでこの祠は、周辺の地脈を安定させつつ、私たちのグリッドに一定のバッファを供給する『サブ・ステーション』に昇進したわ。……領民には、地母神が私の計画に賛同して光り輝いた、とでも説明しておいて。……嘘ではないわ、機能的に『神がかり的な効率』になったのだから」


「……あなたは、神聖なものすらシステムの部品にしてしまうのですね」


 カイルは、輝く祠を拝み始めた老人たちを見ながら、戦慄を感じた。

 アイリスの手にかかれば、信仰すらも「効率化のためのリソース」に過ぎないのだ。


「作業再開! 祠にバイパスができたおかげで、工程が逆に三時間前倒しになったわ! 今日の夕食は、余った時間で追加のデバッグ(見直し)を行うから、覚悟してちょうだい!」


「……騎士に生まれたはずの私が、なぜ魔導回路の導通テストに夜通し付き合わされているのか、時々分からなくなりますよ」


「騎士とは、主君の『平穏』を守る者でしょう? グリッドの安定稼働こそが、この領地に最大の平穏をもたらすの。一ミリの妥協も許さないわ」


 アイリスは、悦びに満ちた顔で図面を広げた。

 エメラルド・フロンティア。

 かつて死に体だったその地を、彼女は今、自らの知性という名の「神経網」で覆い尽くそうとしていた。


 それは、世界で最も正確で、最も狂おしいほどに美しい、文明の鼓動だった。

第8話、お読みいただきありがとうございました!

インフラ整備編の開始です。

古い祠が実は古代の装置だった……というのはファンタジーの定番ですが、それを「ノイズの源」として再調整し、リピーターにしてしまうアイリスの容赦なさが描けたかと思います。


次回、順調に進む工事に、暗雲が立ち込めます。

アビスの魔力供給に、これまでにない「不連続な変動」が検知されたのです。

果たしてアイリスの計算通りの安定稼働は維持できるのか?

次回の「第1号事故トラブル」回をお楽しみに!

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