第6話:効率的な収穫と大地のRNG
「……ありえないわ。乱数が狂っているとしか思えないわね」
領主館の裏手に広がる、開拓されたばかりの試験農場。
アイリスは、泥にまみれた長靴を鳴らしながら、手元の計算用紙と目の前の畝を交互に睨みつけていた。
彼女の目の前には、通常の三倍の速度で成長し、青々と茂った「アルファルファ・グリーン(魔導牧草)」が広がっている。
精錬炉で作られた『エメラルド・ブリック』を土壌に埋め込み、一定の魔力熱を供給し続けた結果、極寒のエメラルド領でも植物の成長サイクルを強制的に加速させることに成功したのだ。
「アイリス様……。三日でこれほど茂るなんて、奇跡ですよ! 領民たちは皆、あなたのことを『豊穣の女神』の生まれ変わりだと拝んでいますよ!」
カイルが興奮気味に駆け寄ってきた。
だが、アイリスの表情は晴れない。
「女神? 冗談はやめて。私の計算によれば、今朝の時点で茎の高さは一二・五センチメートルに達しているはずだったわ。でも、実測値は一一・八センチメートル。〇・七センチメートルの誤差……マイナス五パーセント以上の偏差が出ている。これはもはや、農業ではなく『自然界による嫌がらせ(バグ)』よ」
「は、八ミリ程度の差でそこまで怒らなくても……。そもそも植物相手に、ミリ単位の予実管理をする方が無理があるのでは?」
「無理を可能にするのがエンジニアリングよ、カイル様。個体差(RNG:乱数)に左右される生産ラインなんて、私の主義に反するわ。……おそらく、土壌内のマナ還流にムラがあるのね。ブリックの配置間隔をあと三センチメートル詰めるべきだったわ」
アイリスは悔しげに唇を噛んだ。
領民たちが「奇跡だ!」と涙を流して喜んでいる横で、彼女一人だけが「デバッグ作業」のような顔をして農場を歩き回っている。その温度差は、もはやコメディの域に達していた。
「まあ、いいわ。成長速度のバラつきは追って補正するとして。……ベル! 回収用の大鎌と、乾燥用の魔導ファンを用意した?」
「はい、お嬢様! 既に十人体制でスタンバイしています!」
ベルが元気よく返事をした。
これまでの「絶望して座り込んでいた」領民たちはどこへやら、今の彼らはアイリスが提示する「明確なタスク」と「成果報酬としての温かいスープ」によって、驚異的な労働意欲を持つ精鋭部隊へと変貌していた。
「よし。一分一秒を惜しんで刈り取って。乾燥工程は私が開発した『ブリック式乾燥室』で行うわ。成分を損なうことなく、通常の十分の一の時間で完全乾燥させてみせるわよ」
アイリスの指示の下、農場は軍隊のような正確さで動き出した。
エメラルド領における最大の懸念は、食糧自給率の低さだった。
これまでは王都からの高価な輸入に頼らざるを得なかったが、この魔導農業が軌道に乗れば、逆に「高級な冬野菜」や「高機能な飼料」を輸出する側に回ることができる。
「アイリス様。……一つ、気になることが」
カイルが周囲を警戒しながら、アイリスに耳打ちした。
「何かしら? 私の作業を止めるなら、それに見合う重要事項であってほしいけれど」
「領地の入り口にある関所に、数台の馬車が到着したようです。……『金の天秤商会』の紋章を掲げています」
アイリスの手が、一瞬止まった。
「金の天秤商会。……王国最大の流通網を持つ、あのハイエナ共ね」
「噂を聞きつけたのでしょう。死の地だったはずのエメラルド領から、謎の『青い光』が出回っているという話を。……おそらく、独占契約か、あるいは技術の接収を目論んでいます」
「……ふん。不愉快だけれど、論理的にはチャンスね」
アイリスは、泥を払って立ち上がった。
彼女の脳内では、すでに「第2フェーズ:対外貿易と市場参入」の計算が始まっていた。
「農業改革の成功を見せつけて、彼らの鼻を明かしてあげるわ。カイル様、交渉のテーブルを用意してちょうだい。私の貴重な時間を割くに値するだけの『対価』を、存分に絞り出してあげるから」
アイリスの瞳には、かつて王都で悪役令嬢として恐れられていた時よりも、ずっと凶悪で、そして理知的な「商売人」の火が灯っていた。
ゴミ箱から生まれた富を、世界に周知させる時が来た。
効率主義者アイリスによる、えげつないマネーゲームの幕開けである。
第6話、お読みいただきありがとうございました!
「植物相手にデバッグをする」という、アイリスらしい農業回でした。
自然界の不確実性(RNG)にイラつく彼女の姿は、ある意味で現代のゲーマーやプログラマーに通じるものがあるかもしれません。
次回は、ついに外部勢力である「商人」が登場。
アイリスの「えげつない交渉術」と「経済的合理性」が炸裂します。
果たして、ハイエナ商人をどう料理するのか……お楽しみに!




