第14話:不当な徴税と「逆買収」の布石
「……ふむ。予想よりも、三日ほど早かったわね」
領主館の執務室。アイリスは、王都から届いたばかりの赤い封蝋がなされた書状を、鋏で淡々と切り開いた。
書状の内容は、監査官バッシュが泣きながら王都へ逃げ帰った後、王太子ゼクスが直々に署名した『辺境開発特別徴収令』だった。
その内容は、エメラルド・フロンティアから得られる全利益の七五パーセントを、王国の国防費として強制的に徴収するという、およそ法治国家とは思えない暴挙だった。
「七五パーセント!? アイリス様、これはもはや統治ではなく略奪です! 領民たちが死に物狂いで築き上げた富を、あいつらは座ったまま奪い取ろうというのか!」
カイルが机を叩いて憤慨した。
だが、アイリスは怒るどころか、その数値を愛おしそうに計算機に打ち込んでいる。
「カイル様。感情はエネルギーの無駄よ。……いい? 相手が『理不尽』を突きつけてきたということは、こちらがその理不尽を『逆手』に取る権利を得たということだわ。……七五パーセントの徴税。これを、私たちの貸借対照表では『将来の買収用レバレッジ』と定義するわ」
「バ……買収?」
「ええ。ベル、例の『箱』の準備は?」
「はい、お嬢様! 既に『金の天秤商会』を通じて、王都内に複数のダミー会社を設立済みです。資金の洗浄も、魔導回路を通じた匿名送金で完璧に隠蔽しています!」
ベルが、黒い革のバインダーを差し出した。
そこには、王都内の主要な利権――『岩塩の独占販売権』、『高級絹糸の流通ギルド』、そして『王都第一水道』の株式保有状況が記されていた。
「相手が私の利益を奪おうとするなら、私は彼らの『生命線』を買い占めるだけよ。……カイル様、王都の貴族たちが朝に顔を洗う水、食事に使う塩、そして身に纏う高価な服。これらが明日から、実質的に『私の管理下』に置かれるとしたら?」
「……。アイリス様。……あなたは、まさか王都そのものを経済的に『支配』するつもりですか?」
「支配なんて大げさな言葉、必要ないわ。ただの『所有権の移転』よ。……彼らが重税という名の『負債』を私に課すなら、私はその負債を担保にして、彼らの国家資産を逆指値で買い叩く。……資本主義の基本でしょう?」
アイリスは、計算尺をカチリと鳴らした。
「ベル。次のタスクよ。王都の塩市場に、エメラルド産の『高純度・低コスト魔導塩』をゲリラ投入しなさい。……現在の相場の三分の一の価格で。……王都の塩商人たちが悲鳴を上げて倒産し始めたら、そのギルドを丸ごと私の傘下に収めるわ。……目標期間は二週間よ」
「は、はい! お嬢様! かしこまりました!」
「……。アイリス様。……王太子ゼクス殿下は、あなたを『無能な悪役令嬢』として追放したことを、死ぬほど後悔することになるでしょうね」
カイルは、アイリスの冷徹かつ完璧な「逆襲」を前に、もはや憐れみを禁じ得なかった。
武力で城を攻め落とすよりも、国家の『胃袋』と『財布』を握り潰す方が、王都にとってははるかに致命的だ。
「後悔? そんな情緒的なデータ、私のダッシュボードには表示されないわ。……ただ、彼らが私の効率の前にひれ伏す時、その損失額をきっちり請求するだけよ。……一ルビ(最小通貨)の負けも許さないわよ」
アイリスは、窓の向こうに広がる夕暮れのエメラルド領を見つめた。
重税の通知が届いたその夜、領地では新しい『塩精製プラント』が稼働を開始した。
アビスから湧き出すミネラル豊富なスラッジを、魔導熱で一気に分離・精製する。
それは領民に安価な糧をもたらすと同時に、王都の古い独占利権を粉砕するための、最初の『経済弾道ミサイル』であった。
「世界のゴミ箱」から、王国の根幹を揺るがす逆流が始まろうとしていた。
第14話、お読みいただきありがとうございました!
王都からの理不尽な重税を、あざ笑うかのように「逆買収」のチャンスに変えるアイリスの知略回でした。
武力ではなく「塩」や「水」といったインフラを握り、実質的に国家のオーナーになろうとするアイリスは、まさに経済特化の悪役令嬢ですね。
次回、第1部(導入・開拓編)の締めくくりとなる「第1中間決算」。
絶望の地が三ヶ月でどれだけの利益を生み出したのか。
そして、アイリスが領民たちの前で宣言する「真の目的」とは?
完結への加速を、どうぞお見逃しなく!




