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第13話:監査官の傲慢と論理の鉄槌

 領都の外縁部、新設された『物流ゲート』の前に、仰々しい王家の紋章を刻んだ四頭立ての馬車が止まった。

 そこから降りてきたのは、磨き上げられた革靴を埃っぽい地面に降ろし、嫌悪感も露わに鼻を鳴らす男――王国財務局の監査官、バッシュ・マーロウ。

 彼は、かつてアイリスの断罪劇で王太子の傍らに控えていた、筆頭経済補佐官の一人だ。


「……何だ、この異様な景色は。死の灰に埋もれているはずの地が、なぜこれほどまでに見苦しく輝いている」


 バッシュの目の前には、白く塗られた堅牢な石造りの家々が並び、その屋根の上には青い光を放つ魔導灯が規則正しく設置されていた。

 領民たちは、灰を吸い込む必要のない清浄な空気の中で、整然と並んだ露店で品を売り買いしている。

 そこには「絶望」の二文字など微塵もなかった。


「お迎えに上がりました。バッシュ・マーロウ様」


 ゲートの前で、カイルが静かに一礼した。

 バッシュはカイルをチラリと見ると、傲慢な態度で鼻を鳴らした。


「……フン、元騎士副団長ともあろうお方が、今や没落令嬢の飼い犬か。ご苦労なことだな。さっさと案内しろ。アイリス・フォン・エメラルドはいずれだ? 帳簿に細工をして私を騙せるとでも思っているのなら、今すぐ公開処刑の準備をさせるぞ」


「……随分と威勢が良いことで。どうぞ、アイリス様がお待ちです。……『管理塔コントロール・タワー』へ」


 バッシュは、連れてきた数人の会計役人とともに、領地の中央へと進んだ。

 彼らが案内されたのは、領主館の最上階――無機質なガラスと藍色の回路に囲まれた、異様な空間だった。


「お待たせいたしましたわ。バッシュ様。……予定時刻より五分三〇秒の遅刻ね。あなたの馬車の車輪の回転数からして、途中で無駄な休憩を入れたのかしら?」


 中央のデスクで、アイリスは顔を上げることなく計算尺を踊らせていた。

 その顔には、かつての華やかさは影を潜め、代わりに「計算ロジック」という名の冷徹な刃のような鋭さが宿っている。


「……口の減らない小娘め。その無礼な態度、王都への反逆と取られても文句は言えんぞ。……さて、アイリス。この不自然な繁栄の理由を説明してもらおうか。王家への報告では、ここは不毛の地であり、年間の税収は見込めないはずだった。しかるに、金の天秤商会から入る『魔導ブリック』の売上の報告は、王都の貴族街の予算に匹敵する。……どこから、不当な利益を得た?」


「不当? 感情的な憶測は、あなたの脂肪率の高い脳内だけにしてちょうだい」


 アイリスは、ようやく顔を上げると、壁一面の『エメラルド・ダッシュボード』を指差した。


「すべてはここにある。……領内のマナ供給量、労働効率、そして資源の再生産サイクル。すべてが高いレベルで最適化された結果だわ。……不当な利益ではなく、『純粋な効率の果実』と呼んでほしいものね」


「……何だ、この光る板は。呪術か?」


 バッシュは、スクリーンに映し出される膨大な数値とグラフの波を見て、呆然とした。

 彼らの中世的な会計知識では、複式簿記すら最先端だ。

 そこにあるのは、リアルタイムの流動性解析と、未来の期待収益率(IRR)の予測曲線。


「ふむ、説明しても時間の無駄かしらね。……バッシュ様、あなたが今日ここに来た本当の理由は、私の帳簿を確認することではないでしょう? ……王太子の命令で、この領地の『生産設備(精錬炉)』を接収し、技術力を王都へ強制移管させる。……そんな稚拙な『経済侵略』のシナリオを描いてきたのではないかしら?」


「……! 貴様、なぜそれを……」


「数値よ。王都の最近のインフレ率、および王家私有地の魔力欠乏の進行度を計算すれば、あの方がここに手を出す時期は正確に弾き出せるわ。……でも、残念。この領地のシステムは、私という『OS』がいなければ一秒も稼働しないように設計されているの」


「OS……? 何を訳のわからんことを!」


 バッシュは顔を真っ赤にして叫んだ。


「いいだろう、ならば実力行使だ! 監査の結果、著しい不正が認められた! エメラルド・フロンティアの全権は今日、王家が凍結する!」


「不許可よ」


 アイリスは、冷たく言い放った。


「凍結? できないわね。……バッシュ様、あなたが今座っているその椅子、そしてこの部屋を流れるマナ。これらはすべて、私が個人で設立した『エメラルド開発公社』の私有財産よ。領地としての税務上は独立しており、さらに言えば――現在の王都の負債総額の三〇パーセントに相当する債権を、実は私が商会を通じて間接的に買い取っているわ」


「な……な……」


「つまり、あなたがここで私に手を出せば、私は即座に王都の債務を市場マーケットへ投げ売りする。……明日には、王都のパンの値段は一〇〇倍に跳ね上がり、王家は破産するでしょう。……それでも、凍結すると言うかしら?」


 バッシュは、絶句した。

 目の前にいるのは、追放された令嬢ではない。

 一国の経済など、指先ひとつの「売り注文」で粉砕できる、最恐の『経済の魔女』だった。


「……ひっ、ひぃ……。バ、化物め……!」


「化物ではなく、ただの『リアリスト』よ。……ベル、バッシュ様に『特製栄養ドリンク(不味いが効率的)』を差し上げて。……顔色が悪いわ。それを飲んで、三分以内にここから立ち去ることを推奨するわよ。それ以上の滞在は、この領地の『知的生産性』を著しく阻害するノイズ(汚物)だから」


 ベルが差し出した、ドロリとした灰色の液体――アイリスが配合した、一日の栄養を一気飲みに適した稠密凝縮液――を、バッシュは恐怖のあまり一気に飲み込み、むせ返りながら部屋を脱兎のごとく逃げ出していった。


「……アイリス様。……王都を経済的に盾に取るなんて、本当に悪役令嬢を通り越して、ラスボスのような言動ですね」


「失礼ね。私はただ、自分の『庭』を荒らそうとする非合理ノイズを、コスト最小限で排除しただけよ」


 アイリスは、再びスクリーンに向き直った。

 だが、その瞳には、今まで以上の冷徹な決意が宿っていた。


「……王都が動き出した。第1フェーズは終わりね。……カイル様。次は、『受動的な防御』ではなく、『能動的な市場支配』へ移行するわよ。……王都が私にひれ伏すのではなく、私がいなければ一日も生存できないように、世界の『生命線インフラ』を買い占めるのよ」


 エメラルド・フロンティア。

 この地はもはや、逃げ場所ではなくなっていた。

 そこは、腐りきった王国を経済的に解体し、再構築するための、巨大な「外科手術室」へと変わろうとしていた。

第13話、お読みいただきありがとうございました!

王都からの監査官を「経済的実力」で完封する、カタルシス回でした。

複式簿記すら知らない監査官に、マーケットの理論をぶつけるのは、まさに「文明の衝突」ですね。

アイリスの特製ドリンク、栄養価は高いですが味は最悪の設定です。


次回、王都をさらに追い詰めるための「逆買収」の準備が始まります。

アイリスが狙うのは、貴族たちの生活に欠かせない「ある資源」の独占。

悪役令嬢による、世界経済の乗っ取り劇をお楽しみに!

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