第12話:領都総計(エメラルド・ダッシュボード)の導入
「……美しい。これ以上の芸術がこの世に存在するかしら?」
領主館の最上階。かつては物置だった大部屋が、今は領地全体の「神経中枢」へと作り変えられていた。
アイリスは、壁一面に浮かび上がる巨大な光の膜を見つめ、恍惚とした表情を浮かべていた。
そこには、精緻な領地の地図をベースにした、リアルタイムの統計データが投影されていた。
藍色の光の線が脈動するのは、各家庭に流れるマナの流量。
点滅する緑のドットは、開拓地で順調に育つ農作物の推定収穫量。
そして、赤く光るエリアは、ダンジョン内の魔物の充満度――いわゆる「資源埋蔵量」だ。
「アイリス様……。夜通しで何を作っているかと思えば、領地の全てを数値化してしまったのですか」
朝の報告に訪れたカイルが、青白い光に照らされた部屋で呆然と立ち尽くした。
「数値化ではないわ、『可視化』よ。カイル様、見て。この西区の第三回路……マナの消費効率が一・五パーセント低下しているわ。おそらくは、新しく導入した集合住宅の絶縁体が不完全なのね。……ベル! すぐに工兵隊を送って、三〇分以内に修理させなさい」
「は、はい! お嬢様! すぐに向かわせます!」
ベルが慌てて部屋を飛び出していく。
アイリスは、もはや現地に行かずとも、この部屋にいるだけで領地全体の「体温」を把握していた。
「……恐ろしいな。あなたは、この領地を一つの巨大な『魔導具』のように扱っている。人々がそこでどう生きているか、という感情は、このボードには映らない」
「感情? 必要ないわ。人々が暖房で温まり、栄養価の高い食事を摂り、明日の仕事に就く。その結果がこの『住民満足度係数(推定)』に現れているわ。ほら、見て。先月に比べて四二パーセントも上昇している」
アイリスは誇らしげに、右肩上がりのグラフを指差した。
「……。アイリス様。……そのグラフ、我々が王都で知らされていた『世界一不幸な領地』のそれとは、あまりにかけ離れていますよ」
「当たり前でしょう。王都の連中は、『管理』という概念を持たない原始人だもの。……さて、カイル様。あなたの『仕事』が来たわよ」
アイリスが指先でスクリーンを弾くと、一つのウインドウが大きく開いた。
そこには、領地の境界線を越えてこちらに向かってくる、数台の『王家公認』の高級馬車の姿が映っていた。
「……王都からの使者、ですか?」
「金の天秤商会から王都へブリックが流れ始めたから、ようやく重い腰を上げたみたいね。名目は『中間監査』。実態は、『金のなる木』の接収、といったところかしら」
アイリスは、鼻で笑いながら計算尺を片付けた。
「せっかく領地の『純利益』が目標値を超え始めたというのに、無能な外部役員(王都の貴族)が首を突っ込みに来るなんて、典型的な『衰退企業の断末魔』ね。……不愉快だわ。私の貴重な時間を、また彼らの『虚栄心』に割かなければならないなんて」
「……彼らは王命を背負ってきます。アイリス様、どうか不敬な言動だけは――」
「不敬? 非合理の間違いじゃないかしら。……いい、カイル様。私は、この『エメラルド・ダッシュボード』を彼らに見せてあげるつもりよ。……自分たちが捨てた『ゴミ箱』が、今やどれほどの価値を持つ巨大なエンジンになったのかをね。……絶望して、そのまま王都へ逃げ帰らせてあげるわ」
アイリスは、光り輝くスクリーンの前で、冷徹な勝利の笑みを浮かべた。
追放から三ヶ月。
「世界のゴミ箱」と呼ばれた辺境領は、今や北の地で音もなく加速し続ける、最も巨大な『魔導国家』の雛形へと変貌を遂げていた。
その変革に、ついに本国が牙を剥こうとしている。
だが、アイリスにとって、それはもはや「不確実な脅威」ですらなかった。
すべては計算の範囲内(スコープ内)。
彼女の効率主義という名の盾が、王国の理不尽な圧力をどう跳ね返すのか。
アイリス・フォン・エメラルド。
彼女の「本当の戦い」がいよいよ、デジタルな光の海の中で幕を開けようとしていた。
第12話、お読みいただきありがとうございました!
ついに領地全体をデータで管理する「ダッシュボード」が登場しました。
アイリスに言わせれば、領地も一つの巨大なマシンに過ぎない、というわけです。
次回、王都からの使者との直接対決。
アイリスを断罪し、追放した一味の息がかかった役人が、エメラルド領の豹変ぶりに腰を抜かす回となります。
「論理」と「データ」で、王都の古い権威をどう粉砕するのか!?
お楽しみに!




