第11話:冒険者の「効率的」な定義
「お断りだ! 俺たちは戦士であって、家畜の管理人じゃねえ!」
冒険者ギルド・エメラルド支部。
荒くれ者たちが集う酒場を兼ねたホールに、怒号が響き渡った。
声を荒げているのは、この支部で最も発言力の強いベテラン冒険者、大斧のガルドだ。
その向かい側、安っぽい木製の椅子に優雅に腰掛けているのは、アイリス・フォン・エメラルド。彼女は、乱闘騒ぎの一歩手前という緊迫した状況でも、懐表の秒針を眺めながら欠伸を噛み殺していた。
「ガルド様。その『戦士としての矜持』とやらを維持するために、あなたが毎月どれだけの赤字を出しているか、自覚がありますかしら?」
「あ、赤字だと!? 俺はこれまでに数えきれないほどの魔物を――」
「ええ。その結果、あなたの防具はボロボロ、ポーション代はかさみ、先月の純利益は銀貨三枚。……これ、王都の掃除婦の給料よりも低いのだけれど。あなたの命の価値は、その程度かしら?」
アイリスは、ガルドの懐事情を記した一枚の「損益計算書」を突きつけた。
どこから調べたのかと、ガルドは顔を真っ青にして絶句した。
「いい、皆さん。魔物を殺して、一部の素材を持ち帰る。……それは、資源を百分率で九割以上ドブに捨てているのと同じよ。革は傷つき、魔晶石は壊れ、残りの肉は腐る。そんな非効率な経済活動は、今日限りで終了させてもらうわ」
「じゃあどうしろってんだ! 殺さずに魔物を捕まえろとでも言うのか!? そんなの、殺すより何倍も手間がかかるじゃねえか!」
「だから、これを使いなさいと言っているのよ」
アイリスは、テーブルの上に奇妙な形をした筒――『魔導パラライザー(麻酔筒)』と、手のひらサイズの『マナ・コンパス』を置いた。
「このコンパスには、アビス内の魔力の流れを解析して、最も効率的な『遭遇ルート』を示すナビゲーション機能を搭載しているわ。そしてこの筒は、相手の魔力回路を一時的に過負荷にさせ、無傷で拘束するためのものよ。……いい? 無駄な肉弾戦はやめて、サンプリング(捕獲)に特化しなさい」
「……こんなおもちゃで、魔物が捕まるかよ」
「捕まらなかった場合、その日の夕食代を私が全額保証してあげるわ。ただし、捕まえた場合の報酬は、これまでの討伐報酬の二・五倍(税引き後)を支払う……。どうかしら、この契約?」
二・五倍。
その数字が室内に響いた瞬間、今まで騒いでいた冒険者たちの顔色が変わった。
彼らにとって、誇りよりも何よりも切実なのは、明日食べるパンの質だった。
「二、二・五倍か。……本当なんだな?」
「私の言葉に嘘があった試しはないわ。効率的なパートナーシップを築くためには、まず相手の『生存効率』を高めることが基本よ。皆さんに死なれたら、私の工場への供給が止まるもの。……命の浪費は、何よりの損失だわ」
アイリスはそう言い放つと、ギルドの壁に一枚の巨大な地図を貼り付けた。
それは、アビスの第一階層から第十二階層までの、詳細な「効率化攻略マップ」だった。
「今日から冒険者の皆さんは、私の工場の『資源調達部門』の職員のようなものだわ。有能な成績を収めた者には、私の最新設計による『魔導義肢』や『高効率武器』の貸与も行う予定よ。……さて、どなたからタスクを承諾してくださるのかしら?」
数分後。
あれだけ反抗していたガルドを先頭に、冒険者たちは我先にと麻酔筒を手に取り、ダンジョンへと駆け出していった。
彼らの中に、かつての「英雄志願者」の面影はない。
ただ、最もコスパの良い仕事を追い求める、冷徹な「資源ハンター」の集団がそこにあった。
「……アイリス様。……また、人の心を『数値』で掌握してしまいましたね」
呆れ顔で後ろに控えていたカイルが呟いた。
「心ではないわ。ただの『期待値』を調整しただけよ。……人は感情では動かないけれど、損得には逆らえないわ」
アイリスは、ギルドを後にしながら、空を仰いだ。
領地を覆っていた灰色の霧は、マナ・グリッドの循環によって少しずつ晴れ、空に青みが戻り始めている。
「さあ、カイル様。次のフェーズよ。これだけ大量に流れ込む魔物とエネルギー……。そろそろ、領地全体をリアルタイムで監視する『ダッシュボード』が欲しくなってきたわ。……領地の全ての変数を、私の机の上で可視化してみせるわよ!」
エメラルド・フロンティア。
それはもはや一つの都市ではなく、アイリス・フォン・エメラルドという巨大な「演算機」によって統制される、一個の「巨大生命体」へと進化しつつあった。
第11話、お読みいただきありがとうございました!
冒険者のプライドよりも、二・五倍の報酬(と安全性)を優先させる「現実」回でした。
アイリスに言わせれば、伝統的な英雄の冒険など「無駄なエネルギー消費」でしかないのです。
彼女の提案する「資源調達」としての冒険が、領地をさらに豊かにしていきます。
次回、領地経営にデジタル(魔導)革命が到来。
領地内の全変数を数値化して管理する「エメラルド・ダッシュボード」の稼働。
そして、その裏でアイリスを追放した王都の勢力が、領地の異常な発展にようやく気づき始めます……。
波乱の予感が漂う次回をお楽しみに!




