第15話:中間決算
「――以上が、エメラルド・フロンティアにおける過去三ヶ月間の財務諸表、およびインフラ稼働ログの要約よ。……何か質問はあるかしら?」
領都広場に特設された巨大な屋外スクリーン。そこに映し出されたのは、あまりに非現実的な『右肩上がりの直線』だった。
アイリスは、広場を埋め尽くした数千人の領民、および視察員として青ざめた顔で立ち尽くす王府の役人たちを見下ろし、冷徹に告げた。
「主要指標(KPI)について補足するわ。
第一:領内マナ自給率、一〇〇パーセント達成。
第二:冬期死亡率、前年比九五パーセント削減。
第三:領内総生産(GRP)、王都平均の倍速で成長中。
……通称『ゴミ箱』と呼ばれたこの地は、現時点をもって、王国で最も『効率的で豊かな拠点』に昇格したわ」
静寂。
そして、爆発するような歓声。
領民たちは、三ヶ月前までは泥と灰にまみれて死を待つだけだった。
それが今や、暖かい家と安定した仕事、そして何より『明日も同じ生活が続く』という、この国で最も希少な資源である「安心」を手に入れている。
「アイリス様……! 万歳! エメラルドの賢女万歳!」
湧き上がる声に、アイリスは眉一つ動かさなかった。
(……この拍手の音圧、デシベル換算で一一〇。……精神的な高揚が生産性に与える影響を、資産価値としてどう定義すべきかしらね。……非合理だわ。でも、悪くない変数だわね)
アイリスは、隣で感極まって涙を流しているカイルを一瞥した。
「カイル様。泣いている暇があったら、次の『第2期拡張工事』の予算案に目を通しなさい。……私たちの目標は、まだ達成率の一〇パーセントにも満たないのだから」
「……。アイリス様、あなたは……本当に厳しいお方だ。ですが、この景色を見れば分かります。誰も成し遂げられなかった『奇跡』を、あなたは『数式』で現実にしてみせたのですね」
「奇跡なんて安っぽい言葉で私の努力をまとめないで。……これは、ただの『最適化の結果』よ」
アイリスは、スクリーンの画面を切り替えた。
そこには、領地の地図ではなく、王国全体の地図が映し出されていた。
「領民の皆さん! よく聞いてちょうだい!」
彼女の声が、静まり返った広場に響く。
「初期の開拓フェーズは、今日をもって完了とするわ! 次なる段階――『経済掌握ミッション』の開始を宣言するわよ!
王都が私たちの富を奪おうとするなら、私たちは王都ごと、その国そのものを買い取ってあげる!
皆さんの仕事は、これまで通り『効率』を追求すること!
結果として、あなたたちは、自分たちを嘲笑った王都の貴族たちが一生かかっても手に入らない『富』と『誇り』を手にすることになるわ!」
再びの歓声。
だが、その歓声の意味は、三ヶ月前とは違っていた。
それは、ただ助けてもらったことへの感謝ではなく、一人の「指導者」を信じ、世界を書き換えていく共犯者たちの叫びだった。
その日の夜。執務室。
アイリスは、王都へ向けて一通の短い報告書を作成した。
内容は、徴税への合意。
だが、その裏では、王都の食糧供給の四割を担う倉庫ギルドの買収契約が、ベルの手によって締結されていた。
「……アイリス様。これで、第一段階は完了ですね。……あなたは、本当にここを拠点に、国を支配するおつもりですか?」
「支配なんて興味ないわ。……私はただ、この非効率な世界の『管理者権限』を握り、すべてのノイズを排除したいだけよ。……その方が、みんな幸せでしょう?」
アイリスは、計算尺を置いて、窓の外に広がる完璧なグリッド(送電網)の幾何学模様を見つめた。
断罪から始まった物語は、今、一人の令嬢による『国家規模のシステム統合』へと姿を変えた。
アイリス・フォン・エメラルド。
彼女の効率という名の侵略は、ここから加速し、世界をその藍色の光へと染め上げていく。
【第一部・完】
第15話、お読みいただきありがとうございました!
これをもって、第一部(開拓・導入編)が完結となります。
作品タイトルは『ゴミ箱領地を魔改造して世界一の都市を作ります 〜追放された悪役令嬢、魔物を資源にして王国を逆に買収する〜』となります。
三ヶ月という短期間で「ゴミ箱」を「最高の拠点」へと作り変えたアイリス。
彼女の武器は剣でも魔法でもなく、徹底した「数値管理」と「合理性」でした。
次回より第二部。
舞台は一気に広がり、王都経済への牙を剥きます。
自分を追放した王太子や聖女を、アイリスはどう「非効率な存在」として処理していくのか?
経済戦争という名の、究極の復讐劇をお待ちください!




