34話 バイト初日
今日からゴールデンウィーク
そうつまり俺のバイト初日なんだよな。無論面接はゴールデンウィーク前に受かっている
短期バイトはだいたい受かる。てか早い者勝ちですらある
黒のロンTにジーンズ。少しだけオラついた雰囲気を出していくのが俺には合っている
えっ?白がない?安心してほしい。スニーカーが白なんですよ。それに首にはシルバーチェーン
「うし…いい感じだな…」
そんな独り言を呟いて玄関のドアノブに手を掛けた
だが俺の腕は掴まれて、ドアノブに手を掛ける事が出来なかった。…あらやだバイト遅刻しちゃう
「何してんねんおまえ…」
「そんなオシャレしてどこいくのぉ〜?ルナわかんなぁ〜い!ねぇおしえておしえてぇ〜?」
コイツ……めっちゃ笑顔なのに目が笑ってない。なんならちょっと濁ってる
「はぁ…バイトだよバイト…」
なんで普通に居座ってんだよってツッコミはしない。それよりも問題は荷物を置いていくことだ
荷物を置いてウチに泊まる事を当たり前にしたいんだろう。恐らくルナの狙いはソレだ
愛梨が捨てんなって言うから捨てることもできんし
「…ホントにバイトなの〜?バイトにしてはオシャレすぎなぁ〜い?」
「ホントだっつの。離せ」
てかパジャマじゃん…谷間えっぐ、ノーブラかよ。またあの時みたいに鷲掴みしたくなるからやめろ
「離して欲しいの〜?どうしよっかなぁ〜」
「離さないと谷間に腕突っ込んで揉みしだくぞ」
「…ッ!うん!触って欲しい!ねぇ触って…」
ダメだ、逆効果だな。なんだったら俺が触るのを待ってるな
「はぁ…離してくれたら触ってやるから……」
「…ほ、ほんとに!?」
嬉しそうに上擦った声で飛び上がるルナの手を振りほどいて玄関の扉を開けた
「んなっ!?触ってくれるんじゃーー
ん?扉を閉めたから最後まで聞こえなかったし、自分がなにを言っていたのかすら忘れたわ
まぁ忘れるって事はどうでもいいことだよな…
♢♢♢
住宅街を抜けて、大通りから一本外れた裏道へ
人通りがかなり少ないな。つまり俺の予想通りだ
「運が良ければ棒立ちで稼げるな……」
古びたフェンスに稼ぐ気のない配置の自販機がある。そろそろ着くか?
目的の店が見えてきた
「あった…誰も来ない珈琲…」
古い木造の建物で看板はショボくれていて、ランプの明かりもかなり古いな
ドアの横に小さな黒板メニューが出ているが掠れていて読めない
「やる気のないただの廃れた空き店舗と思われてもおかしくないぞコレ…」
なんの遠慮もなしにドアを引いて中に入ると、店内は薄暗く、光が差し込む窓は曇っていた
あー…アイツだったら速攻やめる雰囲気だなコレは
視線を奥のカウンターに向けると、1人のおっさんが立っている
無地のシャツにエプロン。髪は後ろで束ねていて視線をこちらに向けるでもなく、ゆっくりとネルドリップを落とし続けている
面接の時もそうだったけど他人に無関心すぎるんだよなあのおっさん。ケツ掘ってもあんな顔なんかな
「来ましたー」
俺がそう言うと、一瞬だけ店長の手が止まる。だが頷くだけで言葉はない
この店における“会話”は頷きだ。…面接の時は戸惑ったが無言でいいわもうダルいし
「エプロン借ります」
そう言っても店長は頷くだけだ。……ケツ掘るぞ
棚からエプロンを取り出し、喫茶店の厨房の裏に設けられた休憩室に向かう。あそこにはソファもあるんだよなぁ…
「まだ時間もあるしゆっくりしよ」
引き戸を開けると四畳ほどの狭さながら、室内には二人掛けのソファが置かれている
「えっと……先輩ですか?…」
ソファの前には小さなテーブルがあって電気ポットとマグカップが2個あるな…使わんけど
「あ、あの……せんぱーい?…」
そのままソファに座ってゆったりとくつろぐ
「ふぅ……」
「あ、あの…」
視線は壁際のロッカーに向けられて、バイトの苗字だけが2人分貼られている
「ん?西城って書いてあるのか?…」
「むぅ、先輩ってばなんで無視するんですか?」
「お?」
隣にはリスみたいに顔をパンパンにした西城が居た




