108話 帰宅
♢♢♢
「おかえりー」
玄関の扉を開けると、いつものようにリビングから愛梨の声が聞こえてくる
「おじゃましますー!」
ただいつもと違うのは、俺の隣に"2年の間では人気者"が居るという事だ。どの程度かは分からないが九条と同じ立ち位置と言うことはないだろう
リビングの扉に手を掛けようとした時、扉が勝手に開き、愛梨が俺をお出迎えしてくれた
「ただいま。愛梨」
「………」
「お邪魔するねー!川島星羅です…えっと」
なんだ?…俺が何かをやらかしたかの様なこの空気は……頼むからなんか言って欲しいんだが
「あぁー!お客さんかー!愛梨とした事がお茶を忘れてしまったー!すぐに出すから座って待ってて下さいね?」
「ありがとねー。妹ちゃん」
愛梨は営業スマイルで接待を済ませた後、親の仇を見るような目で俺を睨み付けてきた
「な、なんだよ?」
「後でちょっと話あるからね」
「…はい…」
しかし俺がせっかく返事をしたと言うのに、無視してキッチンに戻っていた
「妹ちゃん可愛いね!先輩くんとは大違い!」
「先輩くんってなんだよ。俺のことレイパーって呼んでたのはどうした?」
「さすがに妹ちゃんの前でそんな事は言わないんよね〜」
「…まぁ確かに」
妙に納得してしまった。そもそも妹の前で兄をレイパー呼ばわりする人間なんて居ていい訳がないか
「それじゃ失礼するん…よいしょ」
俺との会話はもう終わったらしい。川島は目の前の食卓テーブルの椅子に腰掛けて、脚をパタパタさせてお茶を待っていた
「はいどうぞ」
思ったより早くお茶が出てきて卓上に目を向けると、川島の目の前には湯気の立った熱々の湯のみが置かれていた
「「………」」
夏本番前の季節だと言うのにHOT!愛梨のヤツ完全にはよ帰れって言ってんな
「あー…愛梨。話ってなんだっけ」
「んぇ?…ちょ、ちょっと!腕が伸びちゃう!」
棒立ちしてる愛梨の腕を引っ張っり、すぐにリビングから撤退して扉を閉める
「おまえ何してんだよ。そんな嫌がらせしなくてもいいだろ」
「ツーン。ルナちゃん以外に優しくする必要ないもーん」
腕を組み、そっぽを向いて会話に応じようとしない姿を見てまだ中学生だと安心できる反面心配にもなる
「…おまえな。一年後には高校生になって沢山出会いがあるんだからさ、手当たり次第そんな態度じゃ孤立するぞ」
「なら聖華いけばいいしー。ルナちゃんだって居るしー」
「そーゆう事言ってんじゃなくてな。社会人になったら好き嫌いで人を選べなくなるんだ。ある程度妥協して付き合っていかなきゃ行けない時が来る」
「別にざこにぃが居るからいいしー」
「その時にはもう俺は居ないだろ」
「なら海外行くのやめたらいいじゃん…」
腕組みそっぽだけでは飽き足らず、愛梨は頬をぷっくらさせ始めた
「なにおまえ、寂しいの?」
「……今日なんてもっと早く帰ってくるかと思ったのにもう19時近いし…社会語ってくる癖に随分と遅い帰宅だし…」
「うぐ…悪かったよ…ホントごめんって…」
これに関しては自分が悪く、頭を撫でながら謝罪の意を示す
「うん……愛梨こそごめん。八つ当たりでお茶熱々にしちゃって…」
……ん?
「え?おまえ川島のこと気に入らなかったんじゃないのか?」
「そんなこと一言もいってないよ?ルナちゃん以外に優しくする必要は無いってだけで態度変える訳じゃないよね!」
「なら好き嫌いで態度変えてる訳じゃないって最初から反論してくれよ。俺が恥ずかしい奴になってるぞ」
「もうなってるねー。勘違い説教ホントにお面白くて愛梨見てられなかったよー」
「なるほど。性格悪いのは俺と同じか…」
これに関しては感心してしまう自分がいた。やっぱ妹ですわ
「話があるって言ったのも全然別のことだし」
「あぁ、そうそう。話ってなんだ?」
「ちゃっと前に病院から電話があって、専属の先生が海外から帰ってくるってー」
「あー…そうか。医者おっさんもう帰ってくんのか」
「戻ったら、手の状態を直接確認したいってさ。今後のことも含めて話したいってー」
視線を落とし、サポーターで固定した左手を握ると、痛みはほとんど無い。だいぶ治りかけだ
「…いつだって?」
「7月の頭らへんて。日程は先生が帰国したらすぐ連絡するって」
「めんどくせぇー、このまま放置でもいいだろ」
いちいち娘の話ばっかり聞かせてくるんだよな。あのおっさんは
「凄いお医者さんなんでしょ?将来の為にちゃんと見てもらってよね。“海外にいくのやめないんでしょ?“」
「…あいよ…」
愛梨の奴、相当根に持ってるな
♢♢♢
モグモグ モグモグ
「お、美味しい!ホントに美味しい!!毎日食べたいくらいに!」
「元気だなおまえ」
♢♢♢
バシャバシャー バシャバシャー
「お風呂ぽかぽか!うちのお風呂より広々して最高なんよ!」
「元気だなアイツ」
♢♢♢
ボヨーン ボヨーン
「ソファふかふか!これ絶対高いんやないの!?」
「元気だなコイツ」
♢♢♢
ボフッ ギシッ
「ベッドふかふか!汗クサパワー控えめで素の匂いが染み付いてて悪くないかも!?」
「レビューすんな!あと勝手に入ってくんな。ソファで寝る雰囲気だったろおまえ」
あれから二人分の晩御飯を三人に分け、全員お風呂を済ませたら時刻は22時を過ぎていた
着替えはどうするのかと思ったが、体育祭が近いのに着替えを持ってきていない女子の方が今は少ないらしい。
しかし体操着で寝るのは抵抗があると言って聞かないので、俺の新品Tシャツを貸してあげた
だから今は俺の新品Tシャツに、下は体操着のズボンという色気皆無の装いだ
ちなみに新品のTシャツを買った理由はひとつ。ルナが持ち帰るから
「先輩くんは何か大事なコトを忘れてるんよねー」
「あーそうだったな。それじゃ手短に話してくれ」
本当に頭から抜け落ちていた。もう頭がおねんねモードになっているからだろうか
「はい。それじゃ一万ね」
寝そべっている俺に対し、ベッドの端に腰掛けている川島から腕が伸びてくる
見て分かる通り、金銭を要求されている
「…なぁ、彼氏に貢ぐ為にこんなことするのやめないか?」
「ムリ。ほら早くしてくんないかな」
「わーたよ…ちょっと待ってくれ」
ベッドからゆっくり起き上がり、鞄の中にある財布を取り出して一万円札を抜き取った。
バイトしててよかったと思う反面、なんでこんなんで諭吉ちゃん取られるんだと納得のいかない気持ちが湧き上がってくる
「ほらよ。それじゃ全部話してくれよ」
「まいどーん……コッホン。実はねー……」
いよいよか。こんな回りくどいやり方で家まで知られた挙句にバイト代取られるなんて。
「玲花ちゃんに三万で離れるようお願いされてー」
三万で友達売ったってこと?
「………は?お、おまえ何言ってんだ?それで離れたのか?…」
冗談なのかと思って聞いてみたが、川島はただ頷くだけだった




