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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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40.汝ら、運命は共に

「・・・・・・これで全部、ね」


 崩れ、荒れ果てた廃村の中、加茂茜は息を吐くと同時に周囲を見回した。


 (いばら)に貫かれた者、(つる)に掴まった者。

 百を超える黒い影が、ただ一人の少女によって捕らえられていた。


「・・・・・・だったら、ここじゃないのね・・・・・・」


 捕らえた影達の顔を眺めながら、誰に聞かせるでもない言葉を漏らした。


 その時だった。


「――⁉」


 背後から突き刺さる憎悪と恐怖。

 即座に振り返ると、暗がりから弐番がその姿を現した。


 呼吸は荒く、それでいて所々炭のように黒ずんでいる。

 大きく見開かれた目が、茜を注視していた。


「弐番・・・・・・⁉ 魔使は⁉」


 疑問を口にしつつも、即座に構える。

 意識を全て集中させ、背後に魔法陣を展開。

 更には何時でも威神招来を放てるように、印を結ぶ。


 だが。


「何で・・・・・・何で・・・・・・」


 弐番は向かってくるどころか、うわ言を呟きながら後ずさる。


「何で、ここに、貴様がいるッ⁉」


 頭を掻きむしり、上擦った声で叫ぶ。

 目の焦点は合わず、荒かった息は更に不規則になっていく。


 遂には言葉の出来損ないを叫びながら、駆け出した。


 茜は即座に反応。

 地面に荊を引き、動きを制限。

 蔓を伸ばし、拘束を試みる。

 更には、枝分かれした『業火の天華(ヒマワリ)』のレーザーで追撃。


 しかしそのどれも、弐番の速度を捉えるには至らない。

 荊を飛び越え、蔓を身を翻して躱し、深く踏み込み加速した勢いにレーザーの追尾が追いつかない。


 全てを躱した弐番だったが、茜には目もくれず、さっさと奥へ走り去ってしまった。



 遠ざかっていく足音を聴きながら、逸る鼓動を抑えるため、茜は浅い呼吸を繰り返していた。



 たまたま攻撃されなかっただけだ。

 印は結んでいた。威神招来を発動する準備も万全だった。


 それでも間に合わなかった。

 避けられた、と認識した時には既に、弐番は真横を通り過ぎていた。


 本来なら、死んでいた。


 その突きつけられた事実が、心臓の鼓動を加速させていた。


「――おや、こんな所にいたのか」


 魔使恵だった。


 弐番追ってここまで降りてきたようだ。


 怪我をしている様子はない。

 悠然と歩き、周囲を見回した。


「ふむ。ここはかつて住んでいた場所の再現・・・・・・といった所か。ところで加茂茜。弐番を見なかったか?」

「弐番ならあの奥に――・・・・・・」


 無事なのか。弐番と戦っていたわけではないのか。弐番の様子が変だったのは何故か。何故弐番がここへ来たのか。

 聞きたいことが多すぎて、茜は聞かれたことをただ答えることしか出来なかった。


 そして、道の奥を指さして思い出す。


「あ! あの先には吉岡くんが!」

「・・・・・・いや、彼につけた保険がまだ残っている。どうやら接触はしていないようだ」

「・・・・・・保険なんてつけてたの?」

「君が犠牲はないよう念を押してきたからね。万が一に備えて、さ」


 それから、魔使は捕縛された影の頭をポンポンと叩いた。


「まずはこれらを片付けよう」


 影が伸びる。

 闇に引き摺り込むような、沈む感覚が周囲を呑む。


「――フールフール」


 壁一面を包み込んだ影からは、大きな角を持った、一頭の鹿が姿を表した。

 赤い眼孔に、禍々しくうねった涅色(くりいろ)の角。

 そして、夜を纏っているかのような黒い体毛だ。


「あぁ・・・・・・、憎悪と恐怖が混濁した良い混沌(あさ)だ。おはよう、マスター」


 気品を感じさせる上品な声。

 フールフールは魔使に軽い挨拶として、顔をこすりつけた。


 その動作はただ穏やかなだけのはずなのに、茜の背筋を冷たいものが這った。


 茜には意も介さず、フールフールはゆっくりと捕縛された影達に向かい、スンスンと匂いを嗅いだ。


「ねぇ、マスター」


 フールフールが口を開く。

 岩戸が動いたかのような、押し潰すような重厚が周囲を包む。

 振り返ったフールフールの赤く光る眼孔が、魔使を射貫いた。


「コイツらは、()()?」

「あぁそうだ。同じだ。」


 淡々と答えた魔使は、重圧など感じないかのような普段通りの足取りで、掴まった影の一人に近づき、人差し指を向ける。


 魔使の魔力が、指先に収束していく。

 渦巻いた魔力は螺旋を描き、やがて光球へとなった。


「――『汝ら、運命は共に(イデグラス)』」


 指先から放たれた光球は、影の頭に直撃した。

 頭は、ぱんと乾いた音を立てて、いとも容易く破裂した。


 直後、同じように動きを封じられていた周囲の影達の頭部が弾け飛ぶ。

 波紋が広がるように、影達の頭は吹き飛び、伝播していく。

 ものの数秒で、百を超える影達は全て霧散して消えていった。


「――うん、心安らぐいい音色だった。惜しむらくは、コイツらが極上の者ではなかったことかな」


 カツカツとひづめを鳴らしながら、フールフールはまた影の中へ溶けていった。


「これで邪魔者は一旦はいなくなったな」

「・・・・・・魔使」


 誰もいなくなり、広くなった周囲を見渡す魔使に、一部始終を見ていた茜が問いかける。


「今のは、貴方の使い魔?」

「あぁ、そうだが」


 茜は感じ取っていた。

 魔使が呼び寄せた使い魔が発する魔力の異質さを。


 間近で感じたことで、はっきりとした。

 魔使が喚ぶ使い魔の魔力は、白虎・・・・・・神の魔力と、似ている。

 人間のソレとはモノが違う。そう感じさせる神の持つ魔力と似ているのだ。


 しかし、神の魔力とは明確に違う。


 魔使の使い魔からは、透き通っているようで、しかしどこまでも濁っている。

 そんな歪さを感じさせる。


 魔法。

 人智を超えた御業を起こせるのは、神と――。


「貴方の使い魔は――・・・・・・悪魔、なの?」


 神に反する存在。魔の者。悪魔。

 人を(たぶら)かし、魔へと堕とさせる邪悪なる者。


「あぁ、そうだ。悪魔だ」


 振り返ることなく、あっさりと答えた。

 予想していたとは言え、肯定されたその答えに動揺しつつも、さらに質問を重ねる。


「一体、何人の——」


 その質問は、向けられた魔使の指に遮られた。


「そこまでだ」


 ぺた・・・・・・ぺた・・・・・・。

 遠くから、乾いた足音が聞こえてくる。

 むき出しの敵意が、二人を呑み込まんと口を開ける。


 道の奥から姿を現したのは。


「弐番・・・・・・!」

「鬼ごっこはもうお終いか?」


 トドメを刺すため、弐番に向けて歩き始めた魔使だったが、弐番の顔を見てその足が止まる。


 恐怖が滲んではいるが、支配していない。

 魔使を見るその眼に宿っているのは、()()だ。

「・・・・・・母様」


 迫る死から逃げ惑っていた。

 その果てで出会ったのは、かつての自らの指針。


 そう、望まれたから。


 ・・・・・・いや、それだけではない。

 初めて見た、初めて感じた『死』というものは、なんとも冷たく、恐ろしいものであった。


 死から逃れるため、なんでもやった。

 草を、石を、人をも喰らった。

 その果てに、怪異へとなった。


 人を超えた膂力を得た。

 その頃には、自分以外の全てはただの肉にしか見えなかった。

 しかし、それでも恐ろしい死の存在を忘れられはしなかった。


 ただ死を恐れ、飢え死なぬよう、常に腹を満たし続けた。


 怪異となってしばらくして。

 結界に封じられ、自らの領域を作りだした。

 核による再生により、怪我を恐れなくなった。

 怪異となった身体は飢えないことを知った。


 そしていつしか、死そのものを忘れるまでに至った。


 久しく忘れていた死に再度直面し、逃げた果てに出会った母。

 かつて横にいたはずなのに、知らず地の奥底まで、深く暗い所に沈んでいた。


 そんな母と対峙した事で、思い出した。


 否、取り戻した。

 かつての、生への渇望を――。


「儂は・・・・・・菊は、生きるよ」

「――・・・・・・ははは」


 光が灯る弐番の目を見て、魔使は歓喜に震えていた。

 惨めに逃げ行く背中に感じた微かな期待が、今、目の前で成就していた。


「あぁ、お前に言った言葉、撤回しよう。今の()には価値がある!」


 溢れ出る感情のままに、声高々に叫ぶ。


「菊は、(おまえ)を乗り越える」


 向けられた包丁を受け入れるように、魔使は両手を広げた。


「さぁ来い。君のことを、教えてくれ」

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