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 翌朝、私は村の家に戻ってきた。


「ただいま」



 誰もいない家に声を掛ける。

 閉め切っていた窓を開ければ、部屋の中を風が通り抜けていく。


 家の中は私がいなくなったあの日のままで、さっきまでの出来事は夢のように感じた。



 昨夜、リシウス陛下に気持ちを伝えた。


 私は……あなたを愛してはいないと、私にはお妃様になることは無理だと、家に帰りたいと願った。

 私の言葉を聞いたリシウス陛下は、何も言わずに部屋を出ていった。

 その後、彼が部屋を訪れる事はなかった。


 私は、帰らないで欲しいと引き止めるアダムさんや侍女さん達にこれまでのお礼を告げて帰ってきたのだ。





「掃除でもしようかな」


 自分に気合いを入れようと声に出してみた。


 とりあえず、城から着て来た上質な服は着替えなければ、そう思いタンスを開けた。


「こんなに沢山あったかなぁ……」


 タンスの中には私の服と、これまで彼から贈られた物が入っている。


「青色ばっかり」


 服や帽子、手袋に鞄。靴も……その全ては彼の瞳と同じ色。



 私は自分の服を取り出すと、急いでタンスを閉じて部屋を出た。


 着替えを済ませて居間へと向かう。


 花瓶に入れていた薔薇の花は枯れていた。

 テーブルの上には、最後にもらったカードがそのまま置いてある。



『君を愛してる』


 カードには、美しい彼の文字で一言だけ書かれている。


「リシウス……陛下」



 ずっと私を守ってくれていた人。


 子どもの頃に一度会っただけの私を、怯えて逃げた私を、これまで変わることなく好きでいてくれた人。


『君を妻にする為だけに僕は王様になったんだ』


 そう言ってくれたリシウス陛下。



 ふと、居間に飾られているリシウス陛下が王子様だった頃の絵姿が目に入った。

 絵姿の彼はこちらを見て微笑みを浮かべている。


「キレイな人……」


 絵姿をもらった頃は、彼の事が怖かったのに。


 会ってみると優しくて……。

 とても素敵な人だった。


 私を攫って足枷までつけたけれど。

 クロエに傷つけられた私を、燃え盛る火の中を、迷う事なく助けに来てくれた。



 絵姿を見ているとどうしてか胸が苦しくなってくる。

 理由は……分からない。

 分かってはいけない。



「ダメだわ」


 これ以上見ていてはいけないと、私は空箱に彼の絵姿とカードを入れて、自分の想いと一緒に蓋を閉じた。



◇◇



 彼のもとを去って、一年が過ぎた。


 あれから彼が私を訪ねてくる事はなかった。

 当たり前だが贈り物もない。


 それに、私が家に帰りひと月ほど過ぎた頃から、王様はいろいろな国のお姫様やご令嬢と会われるようになっていた。


 それは勿論、お妃様選びの為だ。

 国民は美しい王様に関心を持っていて、そう云う話題はすぐに広まり耳に入ってくる。


 それに、彼は一国の王。

 若いとはいえ、いつまでも独り身ではいられない。


 やはり、私のことはただの戯れだったのだろう。



 人の心は複雑なもの。

 彼の私への気持ちが戯れだったと分かった途端、私はリシウス陛下の事を慕うようになってしまった。


 自分から離れたのに、今頃になってこんな事を思うなんて。


 忘れなければと陛下からの贈り物を捨ててしまおうとした。けれど、それも出来ず、全てを亡くなったおばあちゃんの部屋へと押し込んだ。



◇◇



 今、私は隣り町の雑貨屋で働いている。


 仕事をしなければお金が手に入らない。

 おばあちゃんが私に遺してくれていたお金もあるけれど、それほど多くはない。私はこの先一人で生きていかなければならないのだ。働かなくては……。

 それに、忙しくしていれば余計な事を考えずに済む。そう思っていた。


 けれど、彼は王様。

 若く美しい王様は国民からとても人気があり、彼の絵姿があちらこちらで売られている。

 もちろん私が働く雑貨屋でも売られていた。

 それに売り切れても、毎月のように新しい絵姿が売り出される。


 どうしても目に入ってしまう。


 結局、忘れる事ができないままの私は、他の人に目を向ける事も出来ずにいた。




 いつものように店先を箒で掃除していると、店のおばさんと常連のお客さんが私に話かけてきた。


「メアリーちゃん、聞いた? リシウス陛下、婚約が決まったそうよ」

「婚約……」


 ドキリとした。

 いつかはそういう日が来ると覚悟をしていたけれど、実際に聞いてしまうと、思いの外動揺してしまった。

 けれど、何とも思っていない様に、箒を動かし続けた。


 私の母親ほどの年であろう常連客は、大袈裟に思えるほど驚いている。


「えーっ、何処の姫さまなの?」


(姫様なのね……)


「それがよく分からないのよ」


(姫様じゃないの?)


「ま、どんな人でも羨ましいわね。あんなに美しい男の人他にいないじゃない。ウチの旦那と大違いよ!」


「あはは! リシウス陛下はまだ若いじゃない。あんたの旦那と比べるなんて、余りにも違い過ぎて旦那が可哀想よ」

「あはは! それもそうね」


「リシウス陛下は美しいだけじゃないものね。あの方が王様になってから、この国は凄く良くなったしね」


「本当、暮らしやすくなった。それに外国からも珍しい物が入るようになって、おかげでうちの店は繁盛してるわ。ね、メアリーちゃん」


「はい」


 私が働く雑貨屋では外国の商品も扱っていた。

 最近隣国から入ってきた、ビーズと呼ばれる色ガラスで出来た小さな丸い石をいくつも連ねて作られた腕輪は、若い女性の間で人気となっている。


 それをたくさん腕にはめている常連客は、城の方に顔を向けた。


「本当、見た目も頭も良い王様だわ。そんな人の相手ってどんな方かしら」


「ねぇ、メアリーちゃんもどんな方か気になるでしょ? ね?」


「そ、そうですね」


「メアリーちゃんもやっぱり気になる? 王様のお相手になる方なら、きっと凄く美しい方に違いないわ」


「そう思います」



◇◇



 その日の仕事を終え、家に帰った。


 誰もいない家に「ただいま」と声を掛ける。

 当たり前だが返事はない。




 昼間、婚約の話を聞いてから何だかやる気が起きない。



 今更、ショックだったとでも言うつもりなの?

 自ら身分が違うと逃げて来たくせに。



(何か食べよう)


 一人だと何も作りたくない。

 買って置いていたパンを食べようと、手でちぎった。


 貴族のお嬢様なら絶対にこんな事しない。


「怒られちゃうかしら……」


 けれど私は平民だもの。


「別にいいよね」


 ちぎったパンを口に放り込む。



 一人で食べる食事にマナーも何もいらない。


 ……そう思っているのに。



『メアリーは一口が少し多いから』


 彼の言葉を、教えながらも甘やかす様なあの声をまた思い出してしまった。


 一緒に過ごした数日を、私はまだ忘れる事が出来ない。

 いろいろな事があり過ぎて、強烈に記憶に残ってしまっている。



「リシウス陛下」


 彼が私を見て優しく微笑む顔を思い出した。



「あなたが好き」


 しぜんと想いが溢れた。


 ……今頃気がつくなんて。


 気持ちを言葉にしたら、涙が出て止まらなくなった。



 暫く泣いていると、コンコンと玄関を叩く音がした。


「メアリーちゃん、いるかい? 私だよ」


 扉の向こうから聞こえる声は、村長さんだ。


 一人で暮らす私を、父親の様に心配してくれる村長さんは、たまに様子を見に来てくれている。


「はい、今開けます」


 急いで涙を拭い、扉を開けると、村長さんは私の顔を見るなり「大丈夫かい?」と心配してくれた。


 それから「届け物があるんだよ」と箱を差し出した。



「大丈夫です。届けてくれてありがとう」


 笑顔を作り、お礼を言って受け取った。


「また、様子を見に来るよ」と言うと村長さんは帰って行った。



 届け物なんて誰からだろう?


 箱は両手で抱える程の大きさで、軽い物だった。


 送り主の名前を聞きそびれたが、村長さんが直々に持って来たのだから危ない物ではないはずだ。


 結んであった紐を解いて蓋を開けると、真っ赤な薔薇の花が箱一杯に入っていた。


「薔薇……」


 花の上には、見覚えのある一枚のカードが置いてある。



『迎えに行くから待っていて』



「どうして……?」


 それは、見間違える事はない。


 リシウス陛下の文字。


「婚約するんでしょう?」


 カードに書かれた綺麗な文字が涙で歪んで見えた。



◇◇



 薔薇の花をもらってから二週間が過ぎた。


 世間ではリシウス陛下の婚約が決まり、もうすぐその方が城へお越しになるのだという話題で持ちきりだ。



 その日、仕事が終わり家に帰った私の下へ村長さんがまた届け物を持って来てくれた。


 この前よりも大きな箱の中には、青いドレスが入っていた。


 リシウス陛下の瞳と同じ色のドレス。


 今までは貰ってもそのままタンスに仕舞っていたけど今日は何だか着てみたくなり、一人でも着れる様になっていたドレスを、体を清めた後に着てみた。



 ドレスは柔らかく、とても着心地が良い上質な物だった。


「何だかお姫様になったみたい」


 嬉しくなってクルリと回ると、ドレスの裾がフワリと広がる。


「キレイ……」


 そのままベッドに腰掛けてドレスを眺めていた。


 リシウスは婚約が決まったと聞いている。

 それなのに、なぜ私にドレスをくれたのだろう。




「でも、私なんかに似合うのかしら」



「よく似合ってるよ」


「……?!」


 いつのまにか窓際に、この国の王様が立っていた。



「リシウス陛下……どうして?」


「君を迎えに来た」


 そう言うと、リシウス陛下は私の体を横抱きにする。

 落ちそうな気がしておもわず彼の腕を掴んだ。


「あ、あなた、婚約するって」

「ああ、そうだよ」


 久しぶりに聞いた彼の優しい声が胸を打つ。


「だったらこんな事」


「僕を好きだと泣いていただろう?」


 えっ、と驚いて彼を見上げると、リシウス陛下が甘く優しげな顔で私を見つめていた。


「婚約は君とするんだ。はじめに言っただろう? 僕は君を妻にする為に王様になったんだって」


 そう言った彼の唇が、私の額に軽く触れた。

 リシウス陛下は少しだけ声を低くして私の耳に囁いた。


「この国では王様は絶対なんだよ。誰も君が妻になることに文句は言わない、言わせない」


 煌めくような青い瞳に私が映る。



「僕を好きなんだろう?」



 抱き抱えられたまま、私は小さく頷いた。



「僕はメアリーを愛してる」


「はい」


「僕の妻になるね?」


「はい」



 私の目には涙が浮かび、彼の顔がよく見えない。



「僕と一緒に行こうね」


 リシウス陛下は、はじめて会ったあの日と同じ言葉を告げる。

 泣いていた私は、笑みを浮かべてあの時とは違う返事をした。



「はい」




 リシウス陛下は溢れるような笑顔を見せて、私に優しく口付けた。

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