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13 エピローグ〜リシウスside〜

 晴れの日の為に城は真っ白に塗り替えられた。

 城下町の中央を通る大きな道沿いには、黄金のリボンと真っ赤な薔薇の花が装飾され、この後に行われるパレードを待ち侘びる人々が集まっている。


 青空に、いくつもの花火が上がる。


 それはこの国の王様の結婚を祝って上げられたもの。



 長く伸びた銀色の髪を一つに纏め、そこに黄金のリボンを結ぶ。

 白い礼装に、真紅のマントをつけた麗しい王の頭上に、めったに被ってもらえない、これぞ国王と言わんばかりの宝石をふんだんに施した冠を載せる。


「重い……」


 リシウス陛下は目を伏せ呟かれた。


「国王の結婚式です。本日は何が何でも載せていただきます」

「……分かっている」



 リシウス陛下は、森で一目惚れをしたメアリー様と今日、ようやく結婚の運びとなったのだ。


 愛する女性を手にする為だけに、リシウス王子は王の座を手に入れられた。


 第三王子と平民の少女との結婚への道のりは平坦とは云えなかったが、今思い返せば長いようであっという間の道のりだった。



 その中で、リシウス陛下は一度、メアリー様に別れを告げられてしまわれている。


 あの時、実は翌日にもメアリー様を連れ戻そうとされていたのだが……。


「陛下、メアリー様は一旦帰られた訳ではありません。お別れを告げられたのです。リシウス陛下から離れて行かれたのです」


 私の言葉に、リシウス陛下は頭を抱えられた。


「どうしてだ? メアリーが僕から離れる理由が分からない」


 リシウス陛下はメアリー様のお心が分からず悩んでおられた。


 メアリー様からは、ハッキリと愛していないと言われたらしいのだが、それは本心ではないとリシウス陛下は気にされてはいなかったのだ。

 ただ、帰りたいと言った言葉は真実だった、だから帰したのだと話された。


 私共もお引き止めしたのだが、メアリー様のお心が変わる事はなかった。私や侍女達に、これまで世話になったと感謝を告げて、一人寂しそうに村の家へと帰って行かれた。



「何がいけなかったのか? 僕のどこが気に入らない? 攫ってきた事?」


(そうです)と思ったが口にはしなかった。


「部屋が狭かったのか? 装飾が悪かった? 侍女の態度が悪かったのか?」


 傍で聞いていた侍女達は震えた。


「僕が常に傍にいなかったせい? 黄金で作らせた足枷が重かった?」


(……足枷……)


「だから次は軽いリボンにしたのに……。青色は嫌いだったのかな?」


(……そういえば……)


 長年リシウス陛下に仕えていたせいか、私も少しおかしかったのです。


 ええ、足枷、問題はそこだった。


 メアリー様がやはり一緒にはいられないと言われたのには、身分の差を気にされていたとばかり思っていたが、それだけではなかったのだ。帰ることを決められる決定打になったのは……あれ。

 あの青いリボンの足枷!

 そもそも、最初から足枷などつけてはならなかった。それなのに……。


「陛下、一つお聞きしたいのですが」

「何?」

「リシウス陛下はなぜメアリー様に足枷をつけようとされるのですか?」


 分からない事は素直に聞く。それが解決の近道であると、私はリシウス陛下に足枷の謎を尋ねた。


「なぜ? メアリーは自然の多い場所で暮らしていたからね。歩幅が広く足も速い。あれではドレスを着た時にすぐ転んでしまうだろう? 歩幅を体で覚えてもらうには、あの装飾品がいいと思ったんだよ」


 リシウス陛下は揚々とした顔でそれが正しいと言わんばかりに話された。


「リシウス陛下」


 私の教えが足りなかったのだ。


「何?」

「足枷とは、主に罪人につけるものです。同様に、足につける装飾品の元となる物は、奴隷につける物であったと言われています」


 リシウス陛下は驚かれ、表情をこわばらせた。


「え……? 踊り子がつけているキレイな音が鳴るアレも?」


「はい。踊り子達が腕や足首につける装飾品の由来は、昔、南の国で奴隷達に雇い主の名を刻んだ金の輪をつけていた事だと聞いております。当時の奴隷は、働くだけでなく客人の前で踊りを披露する事もあったようです」


「それならば……」


「現在、踊り子達が腕や足首につけている装飾品から奴隷を連想する者はほとんどおりません。しかし、足枷は違います。どんなに美しく作ろうとも、黄金でも、リボンでも、です」


「……じゃあ、メアリーは……」


「王様に攫われ、奴隷とされているのだと思われたでしょうね」


 リシウス陛下は自身の愚かさに項垂れ、声を落とされた。


「……もっと早く教えてよ」


「リシウス陛下、あなたは聡明なお方です。それぐらい分かっておられると思っておりました。陛下でも知らない事があられるのですね」


「僕は万能ではない」


 と、まぁこんなやりとりがあり。


 自身への戒めも込めて、外交の為に数人の令嬢と会う事が決められていた陛下は、その全てが終わるまではメアリー様を迎えに行くことを控えると宣言された。


 自ら迎えに行かれる事はなかったが、ずっと見守って……いや、見張っておられた。

 決して裏切る事のない厳選された影をつけられ、働き先を探しておられたメアリー様の為、仕事先となる店を用意された事は言うまでもない。


 メアリー様から忘れられないように、自分の絵姿を毎月のように描かせられ、目に入るよう販売を命じられていた事も……。

 これまで成長を見守ってきた私には、そのような事をされる陛下が微笑ましく思えた事は秘密である。



◇◇




「リシウス陛下、メアリー妃の支度が整いました」


 侍女に呼ばれ、出迎えに行かれた時のリシウス陛下のお顔は、はじめての狩で入った森で、何かを見つけられ矢を放たれる前のお顔と同じように輝いていた。




 真っ白なドレスの胸に、リシウス陛下の瞳と似た色の大きな宝石が輝いている。

 結い上げられた金の髪は飾りなど要らぬほど艶やかで美しい。

 その頭上にリシウス陛下が、この国の正妃だけがつけることを許される黄金のティアラを載せる。


 それからリシウス陛下は隠し持っておられた一本の赤い薔薇の花を差し出された。


「メアリー、僕は君に永遠の愛を誓うよ」


 リシウス陛下はメアリー様を甘く見つめられる。

 メアリー様はこれまでにないほど嬉しそうな笑みを浮かべ、薔薇を受け取られた。


「私も、リシウスあなたをずっと愛します」



 リシウス陛下がメアリー様を抱きしめようと腕を伸ばされる。

 ーーと、ここで私の出番となった。


 私は躊躇う事なく陛下の前に腕を伸ばす。


「はい、ここまでです。この先は式の後でなさって下さい」


「アダム……」


 なぜだ、と言わんばかりに鋭い視線を向けられたが、生まれた時からお仕えしてきた私にはなんて事はない。

 それに、リシウス陛下がメアリー様を抱きしめて、そこで止められるとは思えない。

 なぜなら、陛下は一度メアリー様に許されてからと云う物、所構わず熱い口づけをされる様になってしまわれたのだ。


 これもまた、私の教えの足りなさである。



 その後、結婚式は滞りなく行われた。


 リシウス王の結婚を祝い、国中が喜びに満ち溢れた。


 リシウス王がメアリー妃の肩を抱き、幸せそうに笑っておられる姿を見た私と臣下達は、喜びのあまり涙した。




◇◇




 お二人の結婚から十二年が過ぎた。


「アダム大丈夫? 僕について来れるの?」


「何を言っておられますか。私はまだ五十にもなっていないのですよ?」

 ギリギリではあるが……。


「でも、父上より年上でしょう?」

「そうです。私はリシウス陛下がお生まれになった頃よりお仕えしているのですから」

「そうか、でも今は僕の側近だからね。僕が父上のようになるまでは元気でいてよ?」


 父上のように? それは国王という事だろうか?


 殿下が結婚されれば、リシウス陛下は王位を譲られるだろう。それほど遠い話ではない。


「もちろんです。殿下」


 殿下は私の返事に満足し、大きく頷かれた。


「ここが、父上が母上に一目惚れをしたという森か」


「そ、そうです」


 一目惚れと言って、リシウス陛下がメアリー様を捕えようと矢を放たれた事は、教えない方がいいだろう。



 先日の事、リシウス陛下は十歳になられたお二人の愛の結晶であるフェリクス殿下に、メアリー妃殿下と出会った時の話をされた。

 かなり美化されたものではあったが、それを聞いた殿下が、自分もその森へ行って見たいと言い出されたのだ。

 殿下はこれまで狩りに出られた事がない。確かにこの森は、はじめての狩りの場所には適所といえるが……。



「あ……」


「どうされましたか? フェリクス殿下」


 何か獲物を見つけられたのか、殿下の瞳が輝いている。


「アダム、ロープ持ってきているでしょう? 渡して」

「獲物がいたのですか?」


「いいから早く」


 フェリクス殿下は以前視察に行かれた牧場で、放牧された牛に華麗にロープをかける牧場主の姿を目にされた。

 以来、自分も出来るようになりたいと、腕を磨かれたのだ。

 それから二年でみるみると腕は上がり、ロープをまるで自分の手のように巧みに使いこなされるようになられている。


 ロープを渡すと、フェリクス殿下は器用に輪を作り(兎にしては輪が大きいような?)ヒュンヒュンと回し投げた。



「きゃあっ!」

「……!?」

「やった、捕まえた」


 ま、まさかーー!?


 フェリクス殿下の放ったロープの先には、可愛らしい少女の姿があった。

 しかし、着ている服はこの場にそぐわぬ美しいドレス。

 もしやどこかの貴族のご令嬢?

 なぜ森に?



 いや、そんな事より!



「殿下! 人をロープで捕らえてはなりません!」


「どうして? 僕、この女の子を……そう、一目惚れだよ。すごく好きだって欲しいって思ったんだ。だから逃がさないように捕まえたのに。何が悪いの?」


 そう話しながら、どうしたら良いのか分からないといった顔で立ちすくんでいる少女を、フェリクス殿下はロープで捕まえたまま抱きすくめる。


 早い!

 手が早過ぎます殿下!


「殿下、好きになったからと人を捕まえてはいけません」


「じゃあ、どうすればよかったの?」


 上手く捕まえられたのに、と私に向け頬を膨らませるフェリクス殿下。


「……フェリクス殿下……」



 さすが、リシウス陛下のお子と云うべきか。



 今度はフェリクス殿下の恋を手伝う事となりそうだ。

 攫わないように教えて差し上げなければ……。

 それから、足枷は作らないように……。



 まだ出会ったばかりだと言うのに、幼い二人の将来をアレコレと考えるアダムであった。

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