4、「生前の声」
………………。
頭蓋骨の山。
足を乗せる気にはなれなかった。
身軽なレテはひょいひょいと、頭蓋骨を割ることも無くその上に足を乗せていた。だが私が足を乗せたら、頭蓋骨は割れてしまいそうに思えた。
考えるだにぞっとしたので、私はその場に立ち止まっていた。
レテはこちらを見て、不思議そうに首をかしげた。
私は聞いてみた。
「これは、レテが全部集めたのか?」
「そうだよ」
「なんのために?」
「ああ、そっか。話してなかったっけ。
ちょっと待ってね。
見せてあげる。聞かせてあげる」
「?」
レテは無造作に、足元から適当な頭蓋骨を拾いあげた。
頭蓋骨を脇に抱え、懐から石を取り出すと、頭蓋骨の近くでそれを打ち合わせた。青い火花が散った。火打石のようだ。
青い火が、
本来は火が灯るはずもない頭蓋骨を覆い、静かに薄く燃えた。
畏怖を感じながら見ていると、レテは頭蓋骨の山の傾斜から降りてきて、人骨の平原にいるこちらのすぐ傍に立った。
「おじいさん、聞こえる?」
そう言って、青い炎に薄く包まれた頭蓋骨を差し出した。
それは不思議な炎だった。レテが手に直に持っているところをみると、温度も無いらしかった。
そして、何か音が聞こえた。
「耳に近づけて聞いてみるといいよ」
促され、青く燃える頭蓋骨を受け取った。やはり、温度は無いようだった。おそるおそる、耳に近づけた。
それは、人の声だった。
私には意味の分からない言葉。
「中国語だね。広東系の客家語。
農家の人で、今は自分の農園に向かうまでの景色のことを話してる。
おじいさんは、中国語は分からないかな。
日本語をしゃべるのを探してもいいけど、ちょっと時間がかかるね」
「……。
これは、ずっとしゃべっているのか?」
「火が消えるまではしゃべってくれる。
対話はできないけど、こちらから言葉をかければある程度反応して話題を変えてくれるよ」
レテは頭蓋骨に向けて、頭蓋骨がしゃべっているのと同じ中国語らしい言語で何か語りかけた。
頭蓋骨は一呼吸置いて、またしゃべり始めた。どうやら、話題が変わったようだった。
「今は、あなたの家族はどんな人だったのかって聞いてみたよ」
レテはそう説明してから頭蓋骨の言葉にしばらく耳を傾け、それから内容を軽く翻訳して教えてくれた。
「弟が六人に妹が二人いたってさ。
今は、都会にいった弟の一人とそのお嫁さんの結婚式のことを話してる。
その頃には弟のうち三人と妹の一人は死んでたけど、死んだ弟妹にも結婚式を見せられたらよかったのになって思ったって、そうしゃべってる」
「……」
青い炎をまとってしゃべり続ける頭蓋骨を持ちながら、私はずっと絶句し続けていた。
レテは、対話はできないと言っていた。こちらの声に反応はするが、会話はできないと。
すると。
これは、頭蓋骨の持ち主の生前の出来事をラジオで聞くようなものか。
こちらから言葉を投げかける行為はラジオのチャンネルを変えるようなものか。
この頭蓋骨の山は、レテにとって、ラジオの山のようなものか。
そうか。
いつでも聞けるとは、そういうことか。
私は畏怖に打たれたまま考えをまとめることができず、しばらく、頭蓋骨の声を聞きながらたたずんでいた。
レテは何度か話しかけてくれたが、こちらがぼんやり上の空気味の答えしか返せないと見ると、肩をすくめ、頭蓋骨の山へと戻った。
レテは火打石を打ち鳴らし、青い炎を適当に振りまいた。頭蓋骨の山の傾斜に灯る青い炎。あちこちで湧き上がる、多種多様な言語のつぶやき声。
レテはそんな青い炎と頭蓋骨の傾斜の中に腰を下ろし、聞き入るように目を閉じた。
それは、幻想的な風景ではあった。
とても地獄らしい、幻想的な風景。
………………。




