8. それぞれの思惑
ファーラント大陸に朝日が昇る。あつし達、ハリケーン号に搭乗している皆の一日が緩やかに始まる。
サラリーマンでもないので、特に何時に起床して
何をしないといけない決まりなど作ってはいない。
首都ダラムまでは、まだ距離がある。
大公国内は混迷の状況であり、到着を急ぎ、
何らかの手を打たねばいけない状況ではあるが、
焦っていても仕方がない。
目が覚めて朝なら起きて、急がず、気ままに旅を進めて、
腹が減れば飯にして、夜になって疲れれば寝る。とまあ、こんな感じだ。
本日も操舵輪を握り、のんびりマイペースに旅を進めている。
......とはいえ、これもジルが中心となって炊事洗濯関連をしっかりと
頑張ってくれているからこそ、そんな事が言えるのだが。
最近は、ベルフルールなど妖精や精霊たちの多くも、
お世話になるだけでは申し訳ないと積極的に
ジルの手伝いなども手伝ってくれるようになり、
彼女も非常に喜んでいる。
一気に大所帯となった戦空艇内の作業の負担が楽になるし、
故郷では若者が殆どいなかった為、
大人数で和気あいあいとできるのが、何より嬉しいようだ。
ジルが率先して、人間と亜人たちを仲良くしてくれている。
実に嬉しい事だ。
「お早うございます! もう少しで、
御食事の御用意が終わりますので、お待ちくださいませ」
朗らかな笑顔で、ベルフルールが語りかける。
傍らでは、ミアとベス公がじゃれ合っている。
ミアとベス公は、互いに良い遊び相手であり、
皆の可愛いマスコットだ。
見ていて、何ともほっこりとした気分にしてくれる。
「......お早う御座います、黒騎士殿! 」
背後からの、元気が良い挨拶の声に振り向くと、
恭しく騎士の敬礼を行う赤髪の男がいる。
......ダラムの三銃士の一人、アランである。
「......ちなみに今日は、何をいたしましょうか!?
何なりと、申しつけ下さいませ! 」
期待に胸膨らむ、キラキラ輝く視線が痛い。ちなみに今日も、
特に頼む事なんて、ない。(キッパリ)
「......んー、ちなみに今日は.......」
「ハイっ!! 今日はッ!? 」
「.......まずは、みんなでメシ食って、そっからぁ.......」
「ハイッ!! 御食事後、そこからッ!? 」
「......あ、後ぁ、まったり待機だ。......以上ォ! 」
「ハイっ!! まったり、待機ッ......!! で、です、かっ......!? 」
アランの顔に、ありありと浮かぶ、困惑と落胆の色。
みている黒騎士が、困ってしまう。
この馬鹿正直で、強い正義感が取り柄の若い騎士は、
人手は足りてるからとやんわりとお断りしているのにもかかわわず、
強引に首都トリアムまでの旅の同行を願い出て、
ハリケーン号の一員として加わった。
ダラムの統治はブライアンとネルソンに任せ、
トリアムにてヘルム大公に直接、ダラムにて起きた事を
報告する事であつし達の役に立ちたいと、意気込んでいる。
......その役目なら、既にファルナがいるから
二人も要らないんだが......
生真面目で思い込みも激しく頑固。融通が利かない。
まるで、男版ファルナ。
大公国の騎士達は、こんなのばっかなのか......? 頭が痛くなる。
もーちょっと、金髪のように、気楽に......って、
ヤツも口ばっかペラペラと五月蠅くて......
結局、大公国内の騎士は、「こんなの」ばっかりなんだろう......
残念だが。
とはいえ、迷子の子犬のように、
半泣きの瞳で見つめるこの青年を無下に扱うのも可哀想で......
「......そっ、そぉだっ! 艇内っ、艇内の巡回警備を、
お願いしたいかなぁ、って! うん!
獣神に任せっぱなしでも、どーも、不安でさぁ......!
重要な任務だぞー、この艇内も、仲間がすげぇ、増えたからなぁ。
不審な野郎が紛れ込んでくるかもしれねぇ......
た、頼めるかなぁ? 」
恐る恐る、切り出してみる。
「......はっ、はぃっ! 是非、私に
お任せ下さいませ! 一命に代えましても、
この艇内には、不審な賊どころか、鼠一匹も侵入させませんぞっ!! 」
途端に、生き生きとした表情を取り戻したアラン。
今にも、部屋を飛び出しそうな勢いだ。
「い、いやさぁ......一命なんて、また大げさな......(汗)
ま、まずは、さ?慌てずに、め、飯くれぇ......
く、食ってから行こうね。ね? 」
子供をあやすような口調で優しく諭すと、アランはハッ! っと、
我を取り戻したかのように照れた笑いを浮かべて、
しきりに反省の弁を述べた。
「......あ、いやっ! これは大変、失礼致しました!
思いつくと即、行動に出てしまうのが私の悪い癖でして。
......お心遣い、誠に有り難うございます!
黒騎士様の仰せの通り、まずは食事を済ませ、
任務に就きたいと思います! 」
直立不動の姿勢をとり、高らかに宣言するアラン。
よく見ると、感激で瞳を潤ましている......
うわぁ、俺、なんか変な事、言ったかぁ......?
アランは、あまりの嬉しさに昂ぶる思いを抑えきれず、震えていた。
......俺のような者にまで、飯の心配までっ......!!
この男に出会ってから、アランの今までの信念や価値観は、
簡単に根底から覆された。
由緒ある大公国の騎士隊長としての誇りも、主君への忠誠心も、
人民の命と領土、平和を守る信念もみな、
魔神の如き強大な力で完膚なきまでに、叩き潰された。
信じられぬ事に、この大陸を支配できる程の力を持つ黒騎士は、
その力を私欲の為でなく、悪党の退治と弱者の為だけに使い、
旅を続けているという。
更に驚いたのが、黒騎士の傍らに寄り添う女騎士、
ファルナ・インバースの存在だ。
その美貌ばかりでなく、男以上の勇猛さに清廉、高潔さを併せ持つ
優秀なミリアの守護。
その名声は、広く大公国内に知れ渡り、
遠く離れたアランの耳にも届いていた。
アラン自身、騎士としても男としても、
この女騎士に尊敬と憧れの念を抱いたものだ。
その華やかな経歴を一切、捨て去って
黒騎士に忠誠を尽くす姿に仰天したものだが、
ベガンやミリア、ダラムでの武勇伝を聞かされると確かに納得だ。
すっかり、アランもこの黒騎士の虜になってしまった。
ここ数年間のファーラント大陸を襲う異常気象による
干ばつの被害は深刻で、
放牧民が主体のザガード帝国や農林業中心の共和国では饑饉により、
おびただしい数の餓死者が発生し、収束する気配は無い。
覇権主義が大陸内に蔓延り、
武器や兵を増やし力をつけた国が、
他国の土地や食料、金を狙っての紛争が日々、激化している。
略奪された土地は荒れ、作物が減り、それをまた奪い合う悪循環の連鎖。
アランが憤っているのは、紛争により土地を追われ、
国境沿いに殺到する難民達の措置についてだ。
我が、大公国の騎士団は弱者を救済するどころか
国境を封鎖してしまい、難民を一切、受け付けない。
力尽きた屍をハゲタカが貪る地獄のような風景が、
国境線沿いに広がっていると聞く。
「糞っ! ......何が、騎士道だ......!! 」
怒りで、吐き捨てるように小声で呟く。
侵略者から、主君の為の国の権益を守る事に懸命で、
弱者を助けようとする気など、微塵も無い。
弱肉強食の世で犠牲になるのはいつも、か弱き民だ。
自分は、タダの国の歯車の一部品だ。何も出来ぬ無力な自分自身への
忸怩たる思い。
その鬱屈した気分は、たった一人の黒騎士が
一気に晴らしてくれた。
何より、この戦空挺内では、虐げられてきた弱者たちが
幸せそうな笑顔を見せ、暮らしている
平和と秩序がある。これも、この黒騎士の持つ絶対的な力で守られる
安心感のお陰だ。
神か? それとも悪魔か? 今はわからないが、この力が正義の為に
正しく使われるのであれば、この荒廃した世の救世主として、
弱者の為の理想郷の樹立も簡単だと信じている。
「いいから、落ち着いて良く考えなさい。
だから貴方は単純なのです、アラン。
......いいですか? あの黒騎士の力は強大すぎて
極めて危険なのです。
本気になれば、おそらく、この大公国だけでなく、
この大陸全体を滅ぼす事も造作も無い事でしょう......
それだけ、脅威的な存在なのですよ。あの方に仕えたいなどと......
貴方は一体、あの御方の何のお役に立つ積もりですか?
魔王の大陸破壊の為の殺戮の手伝いを貴方は率先して
行う気ですか? ......そもそも、正義とは何です?
お心変わりした、あのお方が滅亡も正義だと仰った時には
......貴方は従うのですか?
我々には何も望まず、今は黙って去ろうとしてくれているのです......
私達は、嵐が過ぎ去るのを、静かに見守った方が良いと
思いますが......」
アランを心配するブライアンの、何度も優しく諭す声が
今も脳裏に鮮明に蘇る。
アランにも充分すぎるほど、黒騎士の力の恐ろしさは理解している。
「だからこそ」野放しにはせずに、一刻も早く、あの方に仕えるのだ。
アランは確信している。
黒騎士の力は一過性の嵐ではなく、いずれ、この大陸内で大きく、
激しく吹き荒れるだろう。
魅せられて、擦り寄る輩も多くなるはずであり、極めて危険だ。
短絡的な性格だと自負(? )するアラン自身が驚き、
戸惑う位に普段の黒騎士は単純すぎて、欲も無い。
普段の姿は庶民かと思う位(中身は庶民だが)、
寡黙で普通すぎる程、普通だ。
ただ怒りや哀しみ、慈愛など自らの感情の赴くままに、
その力を振り下ろしている。
悪用され、終末の破壊者とならぬように、しっかりと補佐して、
偉大なる救世主としての正しき道に導くのだ。
その為には忠義を尽くして信用を得て、黒騎士の側で彼に意見できる
者にならねばならぬ。
偉大な先輩なので、恐れ多くてあまり多くは話せてはいないが、
あのファルナ・インバースも同じ思いがあるはずだ。
アラン自身も、富も名声なども欲してはいない。
ただ、歴史に名を残す大いなる英雄と呼ばれるに相応しい器を持つ
この黒騎士に出会い、心からこの男に尽くす事が
大公国の為になり、大陸の為になるのだと信じているし、
今もその気持ちに偽りは無い。
そうしていく事で、アラン自身も更に更に騎士としても男としても
より善く成長していけるはずだと、強く信じている。
そんな、アランの姿を遠目で眺めながら既にモグモグ、
食事を頬張る「金髪」ハンニヴァル・アーサー。
「んむぅ!? こ、この、白身魚のフライがこれまた、
絶妙な美味でございますなぁ......! 」
大公国内有数の名門アーサー家の、御曹司として何一つ
不自由ない暮らしをしてきた生粋のお坊ちゃま。
ハンニヴァルには、アーサー程の強い理想も無ければ
ファルナのような英雄の娘という呪縛も無い。
元々、自身の騎士としての技量も度量も器量も限界を、
早くからはっきりと感じている。
この不安定な情勢の中、大公国の為に父に命令されて
渋々、騎士団に所属はしたものの、規則に厳しく
不自由極まりない生活は非常に不満であり、
本音は早々と、トリアムの実家に逃げ帰りたかったし、
ゴルガ村での戦闘では、多勢に無勢だったとはいえ、
何も出来ずにただ、嬲り殺されただけであった。
あの時、黒騎士に出会わなければ自分の死体はあの村で野晒しで
朽ち果てていくだけだったのだろう。
思い出す度、圧倒的で屈辱的な絶望感に苛まれるのと
同時に、命を助けてくれた黒騎士への尽きない感謝の念と
自分自身の幸運も強く感じている。
自分には、力は無いが、親の財力と名声がある。
たとえ、七光りだと蔑まれようが気にならない。
生まれながらの境遇も、有効に活用すれば立派な能力であり、
皆に多大な貢献ができるはずだ。
残念だが、桁の違う富を持つ黒騎士には、アーサー家の
金銭的な援助は一切、必要無いようだが、
大公国の評議会・副議長を務める父ウィリアムの協力を貰い、
黒騎士とファルナを守る事は出来る。
大公国の中枢部など、騎士道などとは程遠いドロドロした
欲望と陰謀が渦巻く魔窟だ。
絶対的なカリスマ的君主である、ヘルム大公がまだ元気な頃は、
厳格に統制されて士気も高く、
他国も迂闊に手出しは出来ずに国内の平和は維持されていた。
大公があまりにも高齢の為(俄かには信じ難いが、
120歳を超え、中には150歳近い筈だと言い出す者もいる)、
ここ数年は公の場で姿を見せる事や声を聞く事も出来ぬ状況が
続くようになると、嫡子のいない大公の後継者問題による
権力闘争が顕著となった。
どの者も、いかにして自らの地位と富を築いていくか、
その為に誰が邪魔でどう追い落とそうかのかなどだけに
腐心しているばかりだと、父は憂いている。
この、他国との紛争に際し後手後手に回る状況も、
長年の平和に胡坐をかいて
極めて不安定な、最近の国内外の情勢を正しく把握していない為だ。
西方の三カ国同盟及び大公国への宣戦布告に、
司教国軍のミリア侵攻などは、
まさに国内の無様な状況を見透かされたかのような、
格好の標的にされたかのようだが、
上層部の連中は反省する気も危機感を持つつもりも、
さらさら無いだろう。
それどころか、今回の責任を大公のお気に入りであり、
国民の人気も高い小生意気な小娘ファルナに全て押し付けて、
排除する絶好の機会だと考えているようだ。
こんな奴等に見捨てられ、一度は死んだ身として、
まったく腸が煮えくり返るような思いだ。
「......見てろよ......! 思い通りには、させないからな......! 」
固く、心に誓う。
この歪みに歪む腐敗した社会も、国家の存亡に関わる緊迫した情勢も、
突如として現れたこの黒騎士が、
全て善き方向に変えてくれるかもしれぬ。
それだけの力を持つ男であることは、ハンニヴァルにだって
充分すぎる程、理解している。
ただし、この常識を超える存在を理解できぬ頭の固い連中に、
無礼な蛮族呼ばわりなどされ、
怒りに触れては大変だ。
口下手で無愛想。何より感情で即、行動に出る黒騎士の事だ、
首都トリアムも、忽ち壊滅されてしまいかねない。
考えるだけで背筋が凍る思いだ。
まずは大公への謁見前に、
この男がどれだけ偉大であるのかをあの俗物達に知らさねばならぬ。
その為に、父宛に黒騎士とミリア防衛戦での詳細、
ファルナの情状酌量を願う内容を書いた手紙をミリア出発前に
従者に渡し、一足先にトリアムに向かわせている。
ムダにお喋りなのも、ハンニヴァルなりの努力だ。
自分自身、周囲にウケてないのも知っている。
彼なりの精一杯なのだ。子供以外は、仏頂面に堅物や魔獣ばかりの面々の戦空艇内の雰囲気が重苦しくならないように
(最近になって一気に亜人の数も増えて賑やかになったが)、
自らが道化師を演じる事で、場が少しでも和やかになるのであれば、
労を惜しまない。
実際、こうして先にパクパク食事をしていると、案の定、
黒騎士様からの
「うぉ!? は、早ぇ、金髪、もぉ、飯食ってやがる......! 」
との、お言葉を頂きました。
ジル達の苦笑いの表情。もう、これだけで充分でございます、はい。
剣ではなく、今、自分の出来る事を精一杯行う事でこの戦空艇の一員として必要な存在だと認めて貰いたい。
そして、黒騎士への御恩に少しでも報いたい。
ハンニヴァルはそう、強く願っている。
そして、その頃......
「......んはぁ!? い、いかん......!
ね、寝坊したぁっ......!! 」
素っ頓狂な絶叫が、ファルナの自室内に大きく響き渡る。
取り乱した表情でベッドから飛び跳ねると、あたふたと着替えを急ぐ。
どうみても、既に日は高く昇り、皆は起きているだろう。
鏡の前の寝ぼけ眼の自分自身を見つめ、
言い聞かせるように一人、呟く。
「いかんな、最近......弛みすぎだぞ......
情けないぞ、まったく......」
黒騎士に出会う以前であれば、このような失態を見せる事など、
まず、有り得なかった。
自らに厳しくあらねば、他者に対して厳しくできる筈がない。
女である事でまず舐められないように、誰よりも早く起床し、
厳しい自己鍛錬や多数の執務に勤しみ、
誰よりも遅く休む毎日が当たり前だった。
常に自分自身に課題を与え、集中力や緊張感を途切れさせないように、
ピリピリした日々を過ごしていた。
......それが、今ではどうだ。
旅に同行させてもらってからというもの、特に仕事も与えられず、
食事にも困らず、皆と楽しく過ごしながらタダ飯を食らい、
惰眠を貪る日々に慣れつつある自分がいる。
挙げ句の果てには寝坊するなど! ......
これも、もう、今月二回目だ......
反省しても反省しても......気が緩む。
嗚呼、なんてダメな自分だろう......!
「だ、だって......仕方、ないじゃないか......
あ、黒騎士が......もぉっ!」
拗ねたように頬を膨らませて、恨めしそうに鏡を睨みながら、
呟き続ける。
怪我するから、というか、むしろ足手まといだからと、
黒騎士は一切の戦闘をファルナには(金髪達もだが)
任せずに、一人で全て済ませてしまう。
下手に危険な事に自ら首を突っ込むと、
烈火の如くお叱りを頂いてしまうので......
恐ろしくて恐ろしくて勝手なマネは......
しなくなり、後ろでただ、眺めているだけ。
戦わぬ騎士など......! 何のお役にも立てておらぬ
歯痒さを感じる日々。
戦空艇内にも、何か仕事を与えられる事もなく、
炊事に洗濯関連は、ジル達の方が上手で......
悶々とした思いが、日を追うごとに、大きく膨れ上がっていく。
普段の黒騎士は、こちらが驚き戸惑う位、
あらゆる事に無頓着でまず怒る事はない。
寝坊をしてもお早うの一言で済まされるし、料理が不味くても、
うっかり皿を割ってしまっても、まず、黒騎士は怒らないので、
他の誰からもお咎めを受ける事もない。
この戦空挺の、他の者も同様だ。旅の最中、
争いも無く、平穏に笑顔で過ごせている。
つい先日まで、この世に生まれた不幸を嘆き悲しんだ弱き者達は、
ある日突然、神の如き力を持つ男に救われ、守られている。
食料も金もここでは何一つ心配が無い。
まさに理想郷。間違いなく、今はこの大陸内で我々が一番、
幸運で平和な存在だろう。
ここの皆が自らの幸運を尽きぬ感謝をしつつ、
決して失わぬように各自のできる範囲での恩返しを懸命に考え、
実行に移そうと努力している。それに比べ、自分は......
この平和な日々の中で自らの牙は抜け、
豹から猫になってしまったと、ファルナは猛省している。
このままではいけない......! 何としても、御恩に報わねば!
でも...... 思いだけが空回る。
急ぎ身支度を済ませ、部屋を出ようとした矢先、
鏡に映る自らのボサボサの青髪に気が付いた。
気にせず部屋を飛び出そうと......だが、一旦、躊躇して......
戻り、髪をとかし始める。
以前は、髪など適当に、後ろで縛っておけば良い程度。
全く、気にしてなかったのに......
今は、違う。......気にならない、わけがない。
丁寧に、丁寧に櫛で髪をとかしていく。
食堂の入り口陰から、そっと中を覗き込む。
もう、かなりの人数が食事を済んでしまっているようだ。
「......うぅぅ、気まずいなぁ......
ど、どんな表情して、行けば良いやら...... 」
びくびく、オドオド挙動不審。不意に、背後から声を掛けられる。
「お早うございます、ファルナ様」
「う゛ぅわぉ! ぅわっ、わぁっ!! 」
びっくりして飛び跳ねて、後ろを振り向くと、
驚きで目を点にしたジルの姿が。
「??? ど、どう......なさったんですか?
そんなに、驚かれて......? 」
「......あ、あぁ、すまなかった。おはよう......
いや、つい、その......ね、寝坊、を...... 」
顔を真っ赤にさせて、しどろもどろで謝るファルナ。
きょとん、とした表情のジルがようやく事情を察すると、
くすくす、声を殺して笑い出す。
「ふふっ、すみません......あまりに、ファルナ様が
可愛らしく見えてしまいまして、つい...... 」
「......っ! か、可愛いだなどと、ジルっ、
あまり大人をからかうものじゃ......! 」
プンスカ怒り出すファルナをなだめるように、小声で耳打ちするジル。
「......大丈夫ですよ。黒騎士が、
寝坊ぐらいでお怒りにならないのは、
もう......ご存じじゃぁ、ないですか。ね?
一緒に行きましょう。お料理、出来ておりますよ? 」
グイグイと、ファルナの手を取り、食堂の中へと進んでいく。
「ちょ、ちょちょちょ......待て、ってゆうか待って......!
ま、まだ、心の準備が...... 」
狼狽し、弱気になるファルナにお構いなしに、
笑顔のジルはずんずん、進んでいく。
「今更、何を仰るんですか。ほら、もう着きますよ。
黒騎士様ぁ! ファルナ様ですぅ! 」
彼女の大きな声に反応して、皆の視線がファルナに集中する。
極度の緊張で動悸が激しくなり、顔面蒼白。
全身から大量に冷や汗が出るのを感じる。
「おぉ! お早うさん。どーした? 大丈夫か?
どっか、体調悪いのか? ん? 」
奥に座る黒騎士が、穏やかな口調で語りかけてくれる。
「あ、い、いえ! 違うのです! あの、そのぉ......
ま、まことにお恥ずかしながら......
実は、そ、その、えと、ね......寝坊、を、して、しまいまして......も、申し訳ございませんっ! 」
呂律も回らず、もう、グダグダ。......
嗚呼、もう、どこか消えてしまいたい......!
深々と頭を下げて謝罪する、涙目のファルナ。
黒騎士は暫しの間、不思議そうに首をかしげていたが、
やがて愉快そうにケタケタと笑い出す。
「......ぷっ、カッ、カカカっ! ったくよー、たかが寝坊ぐれーで、
おーげさなんだよ。
......いーからよ、気にしねーでちゃちゃっ、
と飯ぃ、食っちまいな。......な? 」
相変わらず、言葉は汚いが語気は強くなく、
兜の奥の瞳は優しげな笑みを浮かべている。
(ほら......大丈夫だったでしょ......? )
ジルが悪戯っぽい笑みで、目で合図を送る。
「......ありがとう......ございます...... 」
消え入りそうな位の小さな声で呟くと、ファルナは黒騎士の隣に座り、
遅めの朝食に手をつける。
自らの不甲斐なさを責めながら、ちょっぴり涙の交じった食事を
ゆっくり、噛みしめる。
「オホホ! オーホホホ!! ......
お偉い軍人さんともあろうお方が、よりによって朝寝坊など!
いくら最近、平和すぎるからってチョット気が緩みすぎじゃあ、
あーりませんかぁ~!? 」
......ピクっ。
ファルナの眉間の間に、深い皺が刻まれる。
神経を逆撫でさせる、挑発的な甲高い笑い声。
やがて二つの影が、黒騎士の側にすり寄っていく。
......先日、ベルフルールと共に牢から助けた二人の妖精で、
一人はリャナンシーのリィーネと
もう一人はウンディーネのコレアという。
二人共、見た目は人間でいうと二十代後半ほどの、
艶っぽく美しい大人の女。
ファルナの心を、最近になって酷くざわつかせる女たちだ。
腰まで伸びる、サラサラで艶やかな紫色の髪と、髪に合わせた色で
背中は大きく開き、豊満な胸を強調したセクシーなドレスを
身に纏う勝気な美女、リィーネ。
子猫的な若干、吊り上がった目つきは実に小悪魔的で、
男を悩殺する魅力を十二分に持ち合わせている。
もう一人の美女、コレアもそれ以上の強敵だ。
性格は物静かでおっとり、天然系。
水色のソバージュ髪に、リィーネ以上の細身で巨乳、いや爆乳!
と呼んで良い程のナイスバディに、
下着のスリップと見紛うような、生地の薄いピンクのドレスは胸元が大きく開いて少し覗き込むだけで
(ピー)が、(ピー)が見えてしまいそうな!! 程で、
女であるファルナやジル等のほうが直視できずに赤面してしまう位、
刺激的なものだ。
当然、艇の男どもの視線は常にこの二人に釘付け。
さすがは、その美貌で上玉中の上玉として、
奴隷市場に売られそうになった女たちだ。
その二人が、女の武器を最大限に活用し、あからさまに
黒騎士に対して感謝の気持ち以上を露骨に態度で出してきているのが、
ファルナは、気が気でならない。
今の所、黒騎士が何の関心も示していないのが、
何より心の救いになってはいるのだが......
寝坊という失態を見せて凹む無言のファルナに対して、
ここぞとばかりにリィーネは矢継ぎ早に意地悪な口撃を加えていく。
「この平穏な日々も、全ては、この黒騎士様お一人の、
偉大なお力があるからこそのもの!
貴方たち、騎士の方々は残念ですが、
何のお役にも立ててはいらっしゃらないのではないですかぁ~?
フフッ、よくも、まぁ......たっぷり寝た後、
のんびりタダ飯など...... 」
......ビキッ。
俯いたまま、無言のファルナのこめかみに
太い青筋が浮き上がる。
即、叩き斬ってしまいたい衝動を必死に堪えて、
まずは食事を終わらせることにひたすら、集中する。
......が、我慢だ......こ、これ以上......
無様な姿を黒騎士様の前で見せるなど......!
「......ハテ? 確かに仰る通り、我ら騎士どもは、
未だ黒騎士様のお役にはなかなか立ててはおりませぬが......
それは貴方方も同じでございましょう? 何かされました? 」
お代わりした飯を食いながら、心底、不思議そうな顔をして金髪が返す。
(ナ、ナイス......! 金髪殿っ......!! )
場の雰囲気を全く読まぬ、この男の歯に衣せぬ発言は、
実に破壊力絶大だ。
自分が言い返したかった事を、よくぞこの場で......!!
ファルナは溜飲の下がる思いだ。
「......んグゥ、ギィ゛ィィ~!!」ギリギリ歯軋りしながら、
般若の形相で金髪を睨むリィーネ。
モグモグ、涼しい顔の金髪。......
気を取り直すように軽く深呼吸すると、
リィーネは黒騎士の方を見つめて甘えたような猫なで声を発し出した。
「あぁ、黒騎士様ぁん! 今日こそ、今日こそは......
私たちに貴方様の素晴らしい武勇伝の数々を、
ジぃっ、クリと......お聞かせ願いたいのですっ......!
私達作成中の、英雄譚の完成の為には
どぉしても......貴方様のお話が必要なのですぅー 」
上目使いで、腕を絡ませ胸を押しつけている。
「......ブフぉ! ......ゲフン、ゲフンっ......! 」
突如、咽せて激しく咳き込むファルナ。
「お、おぃ! 大丈夫か!? どーした? 」
驚く黒騎士が、リィーネの腕をふりほどいてファルナの傍に寄ってくる。
「い、いぇ! お構いなく! も、申し訳ございませんっ! 」
(き......気色悪ッ!! うぅぅ......鳥肌が!
一体、体のどっからあんな猫なで声が......!?
の、喉奥か!? それとも腹の底からかっ!?
......無理無理ムリィィィ!!! )
男に媚びる、発情期の雌猫のような声色は、
あからさますぎて生理的に虫唾が走る。
ただし、それは同性としてファルナが感じる事であり......
男性側からはどう感じるのだろうか?
そう考えると、とてつもなく巨大な不安に襲われて、
そのまま押し潰されてしまいそうになる。
(やっぱり、男の人は......あんなにハッキリ、
好意を態度で出されると凄く嬉しいんだろうなぁ。
......それもあれだけの美女からだと)
武芸以外は、顔もスタイルも、可愛らしさも女らしさも、全て完敗。
劣等感まみれだ。
リャナンシーもウンディーネも、その魅力で男を虜にして、
その精気を貰う妖精たちだ。
建前上は、淫らな魔手から、黒騎士様をお守りせねば!
と、しているが本音は......違う。
......嫉妬している。実は女として思いっきり、嫉妬している。
決して、悟られてはいけない。自分如きが、
恐れ多くも個人的な好意など! 御迷惑だ!
必死に感情を抑え込もうとするが、想いは益々、強くなる一方で......
苦しい。とてもとても、苦しい。
日常の、黒騎士の些細な言動に一喜一憂し、悶絶し、涙する日々が続く。
黒騎士様も、あれだけ情熱的に迫られれば、さすがに......!
心配そうに、横目でチラリ、と、黒騎士の方を見やると......
「みんなの飯ぃ、終わったら出発しねぇといけねぇからよ、
ムリ(キッパリ)。つーか......
暑っ苦しーからよ、あんまし、くっつくなっつーの」
執拗に絡みつこうとするリィーネの腕を、
無表情で振りほどいている彼の姿が!
(す、スゴイ......! あれだけのお色気攻撃を、
あんな淡泊に......! す、凄すぎるっ、
もうなんか、この人ヘン! やっぱり変だ!
変人すぎる位だけど......素晴らしぃ、御方!! )
心の中で感激(? )し、ほくそ笑むファルナ。
「......ナ! おいファルナ! ちゃちゃ、っと飯食って......
ちょっと、俺の部屋ぁ、来い! 」
「ブファっ! ......ゲフンゲフン......え、えぇぇ!?
私が、貴方様の御部屋にですかぁ!? 」
突然の黒騎士の問いかけに動転して、
またも激しく咽せて咳き込むファルナさん。
「う、うわっ! キッタネっ! どーした!?
お前ホント、大丈夫か? ......情報、情報だよ!
謁見する前に、大公の事、どんなヤツか色々知っておきてぇんだよ。
大公のお気に入りだったんだろ? 」
驚く黒騎士、ハッ、っと我に返るファルナ。
「......た、大公......? は、はいっ! 存じております!
わ、私の知る範囲で宜しければ、
是非、是非っ......! う、伺います!
はいっ、すぐに、食事を済ませて伺います!! 」
「頼んだぞ......先ぃ、部屋、行ってっから」
そう言うと黒騎士は部屋に向かって去っていった。
予想外の展開に、ファルナ狼狽。手にナイフとフォーク持って右往左往。
「......ふふふっ、頑張ってくださいね......! 応援してますから」
ジルが満面の笑顔でファルナに耳打ちする。
「え? えぇ!? が、頑張る、とか応援、って......?
べ、別にっ......!! 」
慌てて否定しようとするが、顔は真っ赤でドギマギ、シドロモドロ。
そんなファルナを眺めながら、ジルはつくづく、
故郷を出て良かった......!
黒騎士との旅に同行できて、本当に良かった......! と、
自らの幸運を神に感謝していた。
早くに家族を亡くした彼女にとって、
今では黒騎士は家族のような、何よりも大切な人物だ。
ずっと、家族が欲しかった。ちょっと無愛想で、
ちょっと(? )力が有り余っているだけで、
ジルには勿体ない位、優しくて強い父か兄以上の一番、大事な存在。
悪い奴らはどんどん退治され、彼に魅せられてどんどん、仲間が増え、
家族が増えていく。
こんなに素晴らしくて、幸せなことはないと思っている。
ファルナも黒騎士に次いで大好きで大切な、姉のような存在。
もしも、その二人が一緒になってくれたらと思うと!
嗚呼、どんなに素敵なんだろうか!!
是非、二人に幸せになって欲しいと、心から願っているし、
その為に何か手伝えないだろうか?
そうなる事でもっともっと、自分も幸せになれると思っている。
今の自分に出来ることは、艇内では
炊事洗濯位しか役立てないが......
一生懸命、頑張ろう! そう、心に誓っている。
「......チッ」
一方、廊下を歩きながら、苦虫を噛み潰したような表情で
リィーネが舌打ちしている。
「リィーネちゃーん、とっても残念だったわねー」
ぽわわん、とした口調でコレアが語りかける。
その様子を背後から、困惑した表情で眺めるベルフルール。
捕われ、剥製にされかけていたリィーネとコレアは、
不憫なミアを大事に可愛がっていてくれた。
この事を恩義に感じる普段のベルフルールは、
基本はこの二人と行動を共にしている。
「チックショー、あンの、脳筋シロクマ娘ぇ......
いっつも、いつも邪魔しやがってぇ......!
いつかキッチリ、決着ぃ、つけちゃる!! 」
ブツブツ呟き殺気立ち、リベンジを誓う。
「ちょっとリィーネちゃん、聞こえてる聞こえてる......
独り言になってないわよー? 」
コレアがのんびりやんわり、リィーネの口調を窘める。
「もぉ、ダメよー? あんまり野蛮なコト、言ったり
やったりしちゃぁ......黒騎士さまに、嫌われちゃうわよー? 」
「あ・ン・た・はさァ!! 」
目を血走らせたリィーネが叫ぶ。
「あんな、あんな未通子なシロクマにっ......!
シロクマ如きにリードを許したままで
悔しくないんかいっ、つーのよ!? アンタは良くても、
このリィーネ様が許さねっつーの!」
一人、気炎を吐く。
「リィーネちゃんはねぇ、少しガッつきすぎだと思うのー。
アタシたち新参者はねー、日が浅いからぁ、もーちょっと焦らず、
じっくりとさぁ、ってぇ......ねー、聞いてる-? 」
「大っ体さぁ!! あの黒騎士もあのヒトで、
オッカシーのよっ! コッチがこんなにさぁ、必死になって
モーション(死語)とか魅了とか
色々、かけてんのにさあ......
「ピクっ」とも! 「ピクっ」とも、しねーんだぜ!?
ったく、チ○コついてんのかっ、つーの!! 」
「あらあらダメよー、女の子がチ○コなんて下品な言葉使っちゃー。
んーと、そうねー、リィーネちゃんはミエミエすぎるからぁ......
事前に魔法防御とか、かけてんじゃないのー?
ってゆーかー、命の恩人に魅了なんて
かけちゃあ、ダメじゃなーい」
ニコニコ微笑みながらのコレアの一言に、ハッ! と我に返るリィーネ。
「ンだとォ!? まほーぼーぎょ! 魔法防御ってか!?
......んー、そっかー、だからかー
チックショー、あんの黒騎士め......!!
マズイな、マズイぞ......こ、このままじゃ、
小娘に、先ぃ、越されちまうなオイ......! 」
カリカリ、指の爪を噛みながら焦りの表情を見せるリィーネ。
「そーんなにさー、別に慌てなくってもイイんじゃなーい?
リィーネちゃん程の美人ならさぁ、もー少しジーックリと、
構えたほーがさぁ、軽く落とせちゃうんじゃないのー? 」
「......ダメなんだよッ、それじゃぁ、さぁァァァッ!!!!!!
(怒怒怒) 」
鬼気迫る形相で叫ぶリィーネに、コレアもベルフルールも硬直。
「遅いんだよっ、それじゃあ! アタシの......
アタシの子宮が、キュンキュンするんだよ!
勇者の子種が欲しいって、キュンキュン×2してんだよッッ!!
わっかんねーかな!? あぁン? 」
「やだー、全然わかんないし、マジでドン引きー。
ってゆーか......リィーネちゃん、頭大丈夫? 」
軽蔑の眼差しのコレアに、呆れて声が出ず、
口をパクパクさせるベルフルール。
そんな二人の様子にはお構いなしに、リィーネの熱弁は続く。
「わかんねえだァ!? マ、マジか! 正気か!? ......
目の前にさぁ、いずれ間違いなく、
新しい理想郷の王か、果ては大陸の覇者になれるっ、
ちゅうよーな大英雄がさぁ、なんと! 「彼女募集中」って札、
ブラ下げて突っ立ってんのよォォォ!? (ハアハア)
玉の輿よ? 玉の輿すぎて、超・極玉よォォォ!?
コ、コーフンするだろ? だろ?
......ただなー、兜取ったあの顔はなー、好みか?
ってぇと、んーそーだなー、
あんま大陸では見ないタイプだからなぁ......
正直、微妙なんだけどさぁ(ブツブツ)
......と、とにかく! 今、アタシの人生で
最大のチャンスがここにブラ下がってんのっ!!
アンタはみすみす、見逃すんかい!?
どーなんだい? オオウッ!? 」
見た目は若くても、リャナンシーの寿命は長く人生経験は豊富だ。
リィーナも過去に様々な男達と出逢い、数多くの恋に落ち、
浮き名を流してきた。
詩人や画家、王族に軍人、政治家などなど......
彼女は精気を貰い、代償に惜しみなく豊かな才能を
男に与える事ができる能力がある。
そのお陰で、結果としては短命ではあるが、
歴史に名を残す偉業を成し遂げた者が多数いる。
彼女は自らの美しさと能力で優秀な男を虜にできる絶対的な自信がある。
自らの武器を上手に活用する事で、
この不安定な世界を生き抜いてきたと自負している。
そして、これからも......
だが、新たに出逢ったこの黒騎士は、
今迄の男達とは、まるでケタが違う。
圧倒的すぎる程の力。この力を黒騎士はリィーナ達の
命を助けてくれただけではなく、
我々、妖精たちの自由と安住の地の確保の為に
惜しげもなく尽くしてくれるという!
普通ならば、まずありえない壮大なホラ話でしかないが、
この男であれば......!!
大陸の既存の勢力を全て蹴散らし、破壊して
新たな世界の覇王として君臨できるだけの素質を
十二分に持ち合わせる人物だと確信している。
種族の壁を越えての、正室や側室の座も決して夢ではない!
遺伝子も極めて優秀そうだ。
初めて、結ばれるなら子を授かりたいと望むようになった。
これだけの男だから、ライバルが多いのも当然だ。
だが、自分の魅力からすれば、雑魚など目ではない!
......但し、問題はファルナとコレアだ。
ファルナは無骨な、たかが騎士の小娘と高を括っていたが、
これがまた、とんでもなく強敵だった。
傍目から見ても、黒騎士への献身的な尽くし方は尋常ではなく、
黒騎士の信頼も厚い。愛し合う関係にまで発展していないのが、
せめてもの救いだが、このままでは、いずれは......
現状は悔しいが、一歩も二歩もリードされた状況だ。
コレアもまた不気味な存在だ。同じ囚われた者同士という事で、
今は仲良く過ごしてはいるものの、
ウンディーネも恋に生きる妖精だ。一般的に一途で、嫉妬深い。
この女が本気になれば、相当な修羅場と化す筈だが......
何故か今は、何の行動も起こさない。
関心が全く無いのか、一撃必殺のチャンスを
待っているだけなのか......?
疑心暗鬼だ。おまけに虜にするはずの
誘惑や魅了すら黒騎士には通用しない!
だからこそ、自分らしくなく今回は少し、焦っている。
とにかく、焦っているのだ。
「んー、黒騎士様が、ものスゴーく素敵なのは、
あたしもじゅーぶん、わかってるわよー?
リィーネちゃんのねー、オトコに飢えた錯乱っぷりが
イミわかんないだけだからー」
コレアは顎に手をやり、暫し考えるポーズを取る。
「あたし? あたしはねー、今はまだ、お世話になって日も浅いし、
ご迷惑だからー、様子見てるのよ。
もー少し、あたしを良く知って頂いてぇ、あたしも、
もっともっとあの御方の事をよーく知ってからでイイと思うのー。
だーいじょーぶよ、時間はたーっぷり、あるんだしさぁ......
邪魔者なんてぇ、「ヤろう」と思えばいつでも
「ヤれる」んだからぁ......! うふふー」
微笑んでいるが、目は笑っていない。ドス黒く、妖しく光る眼光。
(や、ヤべぇ......! コイツ、ヤンデレだ!
コイツとの恋のバトルでは、死人が出るぜ......! )
戦慄を覚えるリィーネ。
「もぉ、やめて下さいっ!! (怒)黒騎士様だけじゃなくて、
ファルナ様も私たちの命の恩人です!
人が黙って聞いてればっ......! その方の悪口とか、ヤるとか、
これ以上言わないでっ!! 」
堪忍袋の緒が切れたベルフルールが烈火の如く怒り出す。
「もー怒った! もー限界! イイですか!?
戦空挺の人達とは、皆、仲良くしてください!
絶対! 絶対ですよ! ワカリましたかっ!? 守れないんなら......
ジルちゃんと一緒に、あなた達のもう、
お世話はゼーッタイ、にしませんっ!! (怒怒怒怒)
イイんですか!? ご飯も、お洗濯もしませんからねっ!!
全部、自分たちでやってくださいね!! 」
怒りにまかせて一気に捲し立てるジルフルールの剣幕に
リィーナとコレアはタジタジ。
ちなみにこの二人、家事関連は全く出来ないダメダメ女達なので、
この発言に青ざめる。
「ま、待てッ! チョット待って! ご飯無し待ってって!!
......わかった、わかったから!ダイジョウブ! 仲良くする!
ゼッタイ仲良くするから、ね? コレアもねっ? 」
大慌てで弁明するリィーネ。
「あ、あたしは元々、毒なんて吐いてないわよー?
ちゃーんとみんなと仲良くできてるからぁ、
ちょっとリィーネちゃん、あたしを巻き添えにしないでくれるー? 」
コレアはふくれっ面で、リィーネに抗議する。
必死でこの場を取り繕いながら、リィーネは考えを改める。
(確かに......ちょっとばかり焦りすぎていたかもしれない。
確かにコレアの言う通り。
ここは、もう少し落ち着いて、じっくりと、相手に惚れさせていこう。
なあに、大丈夫よっ......! アタシは充分、魅力的だ。時間もある。
この位の出遅れは、軽く追いついて、
即、抜き去ってみせるからね......! )
心の中で、反撃を誓う。
......そして、その頃、黒騎士の書斎内では......
「えっ! えぇぇぇ!? 弱体効果無効、
ご自分にかけてらっしゃったのですか? 」
仰天し、素っ頓狂な声を上げるファルナの声が室内に響く。
あつしは、防御低下や睡眠など、デバフから身を護る
弱体無効と平常心を保つアビリティ
Calm spirit(平穏な精神)を自分自身にかけた上で、
リィーナ達と接していた。
(そうか......! だから、あんなに露骨なスキンシップでも、
平然としていられたのか......)
ファルナは目から鱗が落ちる思いだ。
「仕方ねえだろ」憮然とした表情で、黒騎士は答える。
「大体だなぁ! あんな、ムダにお色気ムンムンで朝っぱらから、
カラダ密着されてみろよ!?こっちはムラムラ×2して一日中、
何にも手ぇ、付けられんわっ! (怒)」
と、ご立腹。
黒騎士の様子に、思わずクスクス笑みがこぼれるファルナ。
その後、間を少し置いてから恐る恐る尋ねてみる。
「で、でも......普通、男の人は、ああゆう風に態度で出されると、
凄く嬉しいんじゃ、ないんですか? 」
「別に」
「えぇっ!? どうしてですか? そ、そこが、非常に疑問です!! 何故なんでしょうか!? 」
真剣な眼差し。グイグイ詰め寄る。
「え、いやっ、何でソコ食いつくかなあ!? (困惑)
......あ、あったりめーだろ!
つい最近、会ったばっかの相手から色目使われたってよー、
普通、ロクな事ねえぞ!? 」
「......ロクな事、って? 」
「そーだ! ロクでもねぇ事だらけだ!! いいか!?
絵画とか、教材とか、色々......イロイロだよっ! イイか!
高いの買わされちまうんだ! いっつも、そーなんだ! (絶叫) 」
「????? スミマセン。仰る内容が......
チョット、ワカラナイです......」
ファルナさん、混乱。
「......ハッ!! (我に戻る)ハァ、ハァ......す、済まなかった。
つい......つい、現実世界での苦い思い出が......! 」
そうだ。そうなのだ。出会って間もない美女からのお誘いは、
全くといって良い思い出が無い。
飾らないのにラッセ○の画とか、身に付かない英会話教材とか、
ア○ウェイとかとかとか......!
売りつけてくるのだ。買わされちゃうのだ。
思い出す度に怒りに震え、目頭が熱くなる。
「とても......とても辛い思いをされてきたのですね......」
いつしか、ファルナも目を潤ませている。
(辛い恋を......沢山、沢山経験されてきたのに違いないわ。
もしや......女性不信に......? )
......彼女は多分、思いっきり勘違いしている。
ファルナは、リィーナの積極的なアプローチが逆効果となっている事が
確認できて、安心するのと同時に、
自分がどう思われているのか堪らなく不安になる。
「あ、あのぉ......ち、ちなみに今、は......
どうなんでしょう......? や、やっぱり、
そのぉ、ま、弱体無効とか......かけて...... 」
ドキドキしながら、聞いてみる。
「はぁ? 何で? 今はしてねぇよ(キョトン)」
「ええっ!? 今はかけてらっしゃらないんですか!? 」
「え、マジで何で? お前と俺しか、部屋にゃ、いねぇのによ。どーして必要なんだ? 」
「何でって、私に聞かれても......え、えっとぉ......
何て言えば......ん、ンムムゥ...... 」
(女として、全く魅力を感じてくれていないのだと悲観すべきなのか、
私の事をそれだけ厚く信頼してくれてるのだと、
感激すべきなのか......!? 悩む、悩むぞォ......!! )
一人、苦悶して呻き声を出すファルナ。
「??? 大丈夫か? オマエ今日、ホント何かおかしーぞ?
さて、と......じゃあ、聞かせてもらおうか。
大公について、色々、聞きてえ事が結構あるんだよ」
「......お待ち下さい。そ、その前に......
是非、是非お願いがございます.....!
兜をお脱ぎになった、貴方様のお顔を見ながら、
お、お話したいと思っておりまして......! 」
意を決して、あつしに請願するファルナ。
「い、いぃぃ!? や、ヤダよ。俺ぁ、あんまし自分の顔、
無闇に見せたくねぇんだよ! 」
慌てて拒否するあつし。
......やや、ニホンザル系の自分の顔は、
彼の最大のコンプレックスだ。
学生時代の影の呼び名は、そのまんまで「コーネリアス」。
......忘れたい青春の日々。
「......わ、私、は......貴方様のお顔は、凄くエキゾチックで、
とてもステキだと......お、お、思っておりますが......
って! あ痛っ!! 」
顔を真っ赤にしながら、ファルナが呟くと、
瞬時にあつしの拳骨が頭上に落ちてきた。
「なーんでワザワザ、コッチが照れ臭くなっちまう事、
言っちまうんかなぁ!! (怒)
......あーもう! どーしても、気になっちまうじゃねーか!
もう、やめだ、ヤメ!今日はもう、寝るっ!! 」
「あぁ! も、申し訳ございません! も、もぅ、言いません、
言いませんからぁ......!お許し下さい......!
まだ、午前中ですよ......!
ご機嫌直してくださいぃぃぃ......!! 」
必死で謝りつつも、自分も女として意識してくれている事を
確認できて、嬉しくなるファルナ。
こんな感じで、緩やかに今日の時間は過ぎていく......