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17. 凱旋 (前編)

「うあああっ! いけね、

ち、遅刻だあああああっ!!! 」


 北陸の片田舎にある、

小さなアパートの一室。

朝っぱらから、あつしの

焦る大きな声が響く。


 あつしの住む、オレパレスの物件は、

壁が薄いので音が良く響く。

隣の住人には、甚だ迷惑だったのだろう。


ドンッ!!!


 怒りに任せた、壁を蹴り上げる音が

隣の部屋から聞こえてくるが 

あいにく、今は反省も、

気にもしている暇もない。


そのくらい、慌てている。


 起きた直後は、部屋の隅々まで見渡して、

ああ、俺の部屋だ、

ああ、夢で良かった、と、

まずは大きな安堵の溜息をつく。


「あ! そうだ、今日は何日なんだ!? 」


 布団をまくりあげて、ゴロン、と

転がったスマホを手に取ると、

即座に現在の日時のチェックを行う。


 ......どうやら、ゲームの

イベント最終日に

寝落ちしてしまった翌朝のようだ。

何日も、寝過ごしてなくて本当に良かった。


「......ふう! 」


 大きく、大きく一息ついて、

テーブルの上の煙草に手を伸ばすと

火をつけて煙をくゆらせる。


 たった一晩ぶりなのに、

長く禁煙でもしていたかのような、

本当に久々に煙草を吸ったような気がする。


 一息、吸う度に頭の血管の隅々にまで、

ニコチンが染み渡っていく。

今朝はまた一段と、効くなあ。

頭がクラクラするわ。


「そういえば! イベント! 

どうなったんだ?」


 課金してまで、報酬ランキング入り

ギリギリの状況だったっけ。

スマホを手に取って、

ゲームの画面を......


 だが、午前七時半を過ぎた

時刻の表示画面が、

未だに寝ぼけてまったりしていた、

あつしを強引に現実の世界へと引き戻す。

今朝のシフトは早番で、

八時までの出社だった。

余裕ぶっこいて、煙草吸ってスマホ

いじっている場合なんかじゃない。

遅刻寸前の危機だ。


......で、冒頭の慌てっぷりという次第だ。


だが大丈夫だ、落ちつけ。信じてるぞ、

実は俺はデキる子だって。


 この状況は、もう間違いなく

遅刻してしまう時間ではあるが!

瞬時に着替え! 颯爽と車に乗り込み!

アクセルベタ踏みでダッシュで向かえば、

ギリギリ2分前位の出社も

決して不可能ではない!


考えるな、感じろ! 自分を信じろ!!


 狭い室内をドタドタと駆け回り、

着替えを済ませて玄関へ!

靴を履くのも面倒だと、

踵を潰して履きながら

駐車場の、車へと向かう......!!


......と、いう所までで、目が覚めた。


今度はベッドの上で。


 夢の異世界・ファーランド大陸で、

あつしの乗る戦空艇

ハリケーン号の居室内だ。


 体中が鉛のように、ずっしと重い。

どうも鎧姿のままで、倒れるように

眠り込んでいたようだ。


 右横にある窓からは、

のんびりした盆地の田園地帯にそびえる

中世ヨーロッパ風の古城・ラッセン城と

大地に無数に転がる、

黒々とした敵兵の骸達の光景が見える。


先日の、連合国軍との戦い。


 記憶が鮮やかに、

脳裏に浮かぶのと同時にズキン、ズキン、と、

耐えがたい偏頭痛の痛みが、あつしを襲う。


ちょ、ちょっと待てって。

何が一体、どうなってんだって。


こめかみを手で押さえながら、

あつしは努めて冷静になろうと悶絶する。


 落ち着いて思い出せ。間違いなく、つい、

さっきまで現実あっち

世界に戻れていたはずだ。

職場に向かおうとしていたはずだ。

玄関行って、靴履いて......


なぜ、また妄想こんな世界ところ

戻っているんだ!?


まさか、あの後、二度寝してしまったか?


 ......だが、この布団を握る、

手の感触に

体に感じる鎧の重さ、

そして何より、この頭の痛さは何なんだ。


 先日の戦闘で、数え切れぬ程の敵を斬り、

殴りつけ、死体を踏み潰した肉の感触。


限りなく生々しく、現実リアルに感じる。

やっぱり、あの朝のアパートでの

光景こそが夢ではないのか。


 ......いやいやいや! 

今、この場こそが

俺の夢、妄想そのものだろうが!


 大体、三日も寝てたはずなのに、

今は腹も減ってなければ

喉も渇いていないじゃないか。

これが夢でなくてなんなのだ。

悪夢そのものだろうが!?


夢の中で夢を、それも現実の夢を見てたって?

......いかん、何が現実で

何が夢かもわからなくなってきてしまった。

全ては夢なのか。今も、今朝の件も。

未だ覚めない夢の、真っ最中なのか。


考える程に、益々、思考は混乱し、

時間ばかりが過ぎていく。


 憔悴し、精神が疲れ果てたあつしは、

やっとの思いで鎧を脱いで、

床に放り投げると

そのまま布団の中に潜り込む。


 入口の方角から、扉をノックしながら

あつしの名をを呼びかける声が聞こえている。


 ファルナではなさそうだが、

誰で何用なのかも興味がなく

布団から出て、確認する気も起きなければ

返事をするのも煩わしい。


今は、一人にしておいてほしい。


そして、とにかく眠りたい。


まだ眠たいのではなく、

どうしても眠らねばならないのだ!


 もう一度、眠りについて次に目覚める場所は

元の現実世界のアパートであってほしい。

寝過ぎたためなのか、

目が冴えて全く眠れない。

枕に顔を強く押し当てて、

なんとしてでも眠ろうと

悪戦苦闘、四苦八苦の努力を続ける。


 布団に潜ったままで暫し、うとうとし

目を覚ましては時計を見る。

布団の感触を確かめ、

元のアパートではない事に

落胆し、また眠りにつく。

これを何度も何度も、繰り返す。

誰にも会わず、話す事も何か飲む事も

食べる事もせず、ただ日が過ぎていく。


 一週間を過ぎた頃から、

黒騎士あつしの異変の噂は

艇内の身内だけではなく

ラッセン城内の兵達にも

伝わり、不安と動揺が広がっていく。


 艇の操舵室を執務室代わりとして、

あつし不在の間は責任者代行としてファルナは

今日も日中は兵達に作業の指示や激励を下し、

夜は侍女達からあつしの様子の報告をうけている。


 本来ならば、ラッセン城内の居館パラス

圧倒的に広く、執務室も面会用の大広間もあり

快適なのだがファルナを含めた主要メンバーは皆、

普段から過ごし慣れた艇内ここ

いいだの落ち着くだのと理由をつけて、

誰も城には移動しようとはしない。


皆、心配で仕方がないのだ。


「 ...そう。今日も駄目でしたか」


侍女からの報告を聞きながら、ふぅ、っと

小さな溜息をつくファルナ。


朝昼晩と、あつしの居室の前に暖かい食事や

飲み物をトレイに載せて置いておくのだが、

全く手をつけた形跡はない。


冷めたものなど、食べさせられないと

その都度入れ替えるのだが、

水すら口にしてくれていない日々が続く。

勿論、こちらからの呼び掛けに

答えてくれることもない。


「 ...せめて、お声を一言だけでも

聞く事ができれば良いのですが... 」


沈痛な面持ちで、侍女頭のクラウディアが

口を開く。


「一昨日でしたね? あつし様のお部屋から

物音らしき音が聞こえてきたというのは」


「 ...はい。耳を澄ますと、微かながらに

何かの気配と、小さな音が聞こえて

きたとの報告は確かに受けましたが... 」


ファルナからの問い掛けにバツが悪そうな、

クラウディアの口ぶり。

話す声が徐々に小さくなっていく。


「ただ、それが黒騎士(あつし)様かと

申されますと、その...

な、何の確証も無く...

そもそも聞き間違えかもしれませぬ。

(ネズミ)などが這いずり回る音かも...

しれませぬし... 」


「 あ! いやいや、其方達を責めている

訳では無いのだ! 勘違いしないでほしい。

日々、良くやってくれていると

感謝しているよ」


思い詰めた表情のクラウディアに

気付いたファルナは、慌てて

労いの言葉かけ、フォローを入れる。


--- 来るな!! ---


ファルナの脳裏に 先日の宴での

あつしの様子が浮かび上がる。


ふらつく体に、死人の様な青白い顔と

虚ろな目。魂が抜けたような姿だった。


無論、ファルナも何もせずに

ただ、傍観しているわけではない。

何度も何度も、あつしの居室前で

声をかけてはいるものの、何の収穫もなく

寂しく操舵室に戻る日々を繰り返している。


今の彼にどんな言葉をかけてあげれば

癒してあげられるのか、

ファルナも答えが見つからない。


「 ...話は変わりますが、

首都(トリアム)の大公様より、

此度の戦勝報告および現況報告を

早急にせよとの召書を持った使者が

またも参りました」


ファルナの横に立つ、金髪こと

ハンニヴァルが彼女に告げる。


「 ...まあ、煩いので、丁重に

とっととお帰り願いましたがね」


ドヤ顔で、ニヤリと笑う。


「はあ!? またか!

...これで四度目だぞ!!

この状況では、行けぬと何度も

申し上げておるのに!! 」


呆れた表情のファルナが、

吐き捨てるように呟く。


大公には、ファルナのほうから

ラッセン城での戦闘の経過と

あつしの現状を(したた)めた上で、

快復次第の登城を誓願する書簡を

その都度、使者に持たせているのだ。


にもかかわらず、返信もなく、

暫くすると登城を即する使者が現れる、

といった事が繰り返されている。


果たして大公殿は、

書簡に目を通してくれているのだろうか?


そもそも、書簡が大公殿の手元に

きちんと届いているのだろうか。

何者かの策謀で、渡されていないのでは?


強い疑念と不安を抱くファルナ。


 「 ...大公様の真意は判りかねますが、

使者の態度から推測すると

どうも、上層部むこうにとっては、

こちらが勝手に招集の命を

何度も拒否しておると捉えておるようですから、

まあ、日々、状況は悪くなっておりますわな」


軽い口調でハンニヴァルが話すも、

その内容は重い。


「 ...あのね、ファルナ様。

ココの食料の備蓄の事なんだけど」


申し訳なさそうに、次は食事を賄う

ジルが話を始める。


「 ...どう節約しても、このままだと

あと一月持たずに底が尽きそうで...」


当然の事だ。


城に籠って、大勢の人数が限られた食料を

ただ、消費し続けているだけの状況なのだ。

新たに大量の食料の備蓄を確保しなければ、

飢餓状況に陥るのが、目前に迫っている。

この件もファルナの頭を悩ませている。


「 ...そうなった時は、そうですねえ

皆で草を囓って水でも飲みながら

凌ぎましょうか...? フフッ」


自嘲気味に呟くファルナに対し、

悪い冗談だと笑う者も、

突っ込みを入れる者も、

誰一人としていない。

ただただ、黙り込んで、俯いている。


洒落にもならない、重苦しい空気が

操舵室の中に充満している。


「 ...差し出がましい事を申し上げるようで

大変、心苦しいのですが」


沈黙の間を破ったのは、アランだった。


「最早、状況は深刻で一刻を争います。

...黒騎士(あつし)さまのお部屋の扉を

こじ開けてでも、中にいらっしゃる

お姿とお体の具合を確かめる頃合いかと、

私は考えております」


「それは、なりません」


きっぱりとした口調で、ファルナが即答する。


 「 ...剣でも、魔法でも死なぬ頑丈な御方です。

加えて、お怪我を回復したり、死者まで蘇らせる

魔訶不思議な薬まで、お持ちなのです。

私は、お体には何の心配もしてはおりません。

...必ずや、お元気な姿を見せて頂ける筈です」


 皆を諭すように、というよりも、

自分自身に諭しているように聞こえてくる。


 「 ...あれだけの大軍を蹴散らすという、

歴史に残る大偉業を成し遂げましたが

...代償にあまりにも沢山の仲間が死に、

あまりに沢山の敵を手にかけました。

尋常ならざる、精神的負担をお抱えの筈。

並みの者ならば、発狂しても

何ら不思議ではありません。

...実際、私も此処でもミリアでも、

あの御方がいらっしゃらなければ

間違いなく、狂死していました。」


「それは判りますが、ですが」 


「まだです。まだ今は、時期早々です。

精神(おこころ)の傷が癒えていらっしゃらないのです。

 ...我々は、もうしばらくご様子を伺いながら」


「お言葉ではございますが、

あまりにも悠長過ぎます! 」


ファルナの言葉を遮り、アランが一際、

大きな声を張り上げる。


 「そのような御方であるからこそ! 

だからこそ、この現状が心配なのです!

万一! 室内で黒騎士様の御身に万一の

事態が発生しておれば!?

その際に、我々が回復も蘇生も、

薬を見つけられなければ!?

我々は、どうなるのですか!? 

その先には、破滅しか見えませぬ!! 」


 仲裁に入れずに、狼狽する周囲の者達をよそに、

アランとファルナの口論はヒートアップしていく。


 「万一? 万一の事態がだと!? そんなの、

そんなものは知れた事よ! その際は... 」


 怒りで頭に血が上り、真っ赤な顔の

ファルナが声を張り上げた時、


「 ...し、失礼致します! 」


 バターン! と大きく扉の開閉音が響き、

侍女の一人が血相を変え、大きく息を切らしながら

操舵室の中に飛び込んできた。


「 ...一体、何用ですか、サヘル。

無礼にも程があります。

今はまだ、非常に重要な会議の最中なのですよ」


穏やかに聞こえる口調で

侍女頭のクラウディアが

サヘルと呼ぶ、褐色肌の若い侍女を窘める。

だが、その表情は非常に険しく、

殺気を帯びた鋭い目付きは

獲物を狙う獰猛な虎の様だ。


誰かが止めねば、その場で切り捨てて

しまわんばかりの怒りのオーラを漂わせている。


察するサヘルは、傍目から見ても哀れに

なる程、ぶるぶると子鹿のように震えながら

大粒の涙を流しつつ、報告を入れる。


「も、も、も、申し訳ごさいません!!

ですが、あの、その ...く、黒騎士様の

居室(おへや)から! あまりにも!

異常に大きな音が響いておりましてッ!!

ま、魔物か何かが暴れておるとしか

思えないような!!

...わ、私共! どうすればよろしいかと!?

一大事ではないかと思いましてッ!

お、お、お許し下さいませッ!! 」


 脅えて泣き叫ぶ、サヘルの言葉に

顔色を変えるファルナ。

無言で会話を打ち切ると、

一目散にあつしの部屋へと向かう。

慌てて、他の者もファルナの後ろ姿を追いかけて、

部屋を出ていく。


 一番、最後に部屋を出ようとするクラウディアは、

許しを乞おうと、土下座の恰好でうずくまり、

泣き続けるサヘルの肩に、優しく手をかける。


 「 ...大丈夫ですよ。良く頑張りましたね。

本当は、とても良いタイミングでしたよ。 

 ...疲れたでしょう? 少し休憩なさい。

 ...本当に有難う」


 あの険悪で、殺伐とした雰囲気を変えてくれた

彼女に対する、心からの感謝を込めた

労いの言葉をかける。


...とはいえ、一難去ってまた一難。

黒騎士様の御身は、ご無事なのだろうか。

不安で、ギリギリと千切れるように胃が痛む。

気を抜くと、思わずその場で座りこんで

ゲエゲエと、胃液を吐いてしまいそうだ、


...駄目だ。気を、気を強く持たねば。

他の侍女()にまで、動揺させてしまう。


誰にも悟られぬ様に、小さく手で

腹を擦りながら、クラウディアも

皆に遅れぬ様にと、先を急ぐ。


黒騎士(あつし)の居室の前には、

既にアリサを含めた数名の侍女や

魔性の妖精(リャナンシー)リィーネと

コレアなど、野次馬含めた

多数の者が詰めかけ、ごった返しており

皆、ただオロオロと狼狽えている。


「どけ! 皆、場所(そこ)を開けてくれ! 」

人波をかき分けるように、居室の前に並ぶ

ファルナ達の前には、豪壮な造りの

金色の扉が先を阻む。


無数の唐草模様が施された、大きな扉の

錠前はひどく頑丈で、鎧姿の騎士達が

多人数で引いても、体当たりをしても

びくともしない。


部屋の中からは耳をつんざくような

野獣の如き雄叫びと、魔獣が暴れて

いるかのような、ガシャン! バキャン!

と、いうような、室内が破壊される

激しい音が、地響きのように鳴り響いている。


扉の隙間に剣の先をねじ込んで、

こじ開けようと試みても、強靭な筈の

ミスリルの剣は、バキン! と、いう

大きな音と共に、いとも簡単に折れ、

鋭い刃先が勢い良く宙を舞った。


「危ない! 」


逃げ惑う男達の足元に、ドスリと

折れた刃が突き刺さる。

へなへなと、膝をつく者。

大きなため息をつく者。


...徒労感が漂う。


「あらあら、まあホント最近、黒騎士様

どうしたのかしらねえ? 大丈夫かしら」


様子を眺める、妖精(リャナンシー)

コレアがリィーネに耳打ちする。


「 ...ハア(ため息)、どう見ても

色々悶々、溜めすぎだっつうのよ!

ここまで拗れる前に、こまめに

出すモン出して、スッキリしてくれてりゃあ

いいだけなのにさあ! 」


憤慨するリィーネ。


「そーなのよねえ。そんなの、アタシ達に

言ってくれれば ...いくらでも...ねぇ? 」


コレアが、横で睨みつける侍女のアリサの

視線に気付いて、口ごもる。


「 ...下衆い」


舌打ちしながらの、淑女らしからぬ

態度と口振りを、即刻、上司である

クラウディアから窘められている。


「! 何だ、この女中ガキ...

喧嘩売ってんのか、コラ!! 」


 気色ばむリィーネと、無言のまま

メイド服の袖を捲り上げて

戦闘態勢に入るアリサを、

コレアとクラウディアが

羽交い絞めで静止する。


 「あらあら~ ダメよぉ、

リィーネちゃん血迷っちゃあ。

...でもねぇ、お嬢さん方」


ニコニコしながら、リィーネを抑える

コレアだが、目の奥は笑っていない。

むしろ、怒りが充満している。

見た目の年も近いのに「お嬢さん」と呼ぶのも、

妖精は人間より遥かに寿命が長い為、

ハナから子供(ガキ)扱いだ。


 「アタシはもぅ、慣れっこだからいいけどね~

フフ、人の会話を勝手に盗み聞きして、

軽蔑するのも勝手だけどさぁ?

 ...でもね? アタシ達、

ウンディーネとかぁ、リャナンシーって

種族ヤツはぁ、男の精気と引き換えに、

素晴らしい才能と英気を与えるの。

小銭目当ての街娼と、

ごっちゃにしてもらっちゃ、

ホント、困るのよねぇ。

誰でもイイってワケじゃないのよ? 

あくまで、認めた男とだけ。

 ...それが、アタシ達の

本来の生業シゴトなの、シゴト。

アタシ達なりに、気ぃ使ってぇ、アタシ達なりの、

あの方への御恩返しを考えているだけなのよねぇ。

その辺踏まえて喧嘩売ってるならぁ、

何時でも買うわよ? ニンゲン共」


 「 ...今は身内同士で、

醜く争うのは止めましょう。

この小娘には、私からキチンとした

教育を行いますからこの場はどうか、ご容赦を」


クラウディアからの謝罪に、

幾分、気を良くするコレア。


 「フフフ、いーのよぉ、喧嘩両成敗で。

 ...お互い、出来の悪い

仲間を持つと大変よねぇ~ 」


 「誰の事だ! 」 

「アンタに決まってるじゃない」

といった、リィーネ達の姿を眺めながら、

クラウディアはふぅ、と、溜息をつく。


 騎士達の傍に駆け寄る、小柄な少女。

風の妖精・ベルフルールが息を切らしている。


「おお! 来たか。どうだった!?

居室なかの様子は?」

待ちかねた、という口調で

騎士の一人が語りかける。


 ふわふわと、蝶の舞う様に

動く事の出来る彼女は、

危険を承知で外側の、出窓からの侵入を

試みていたのであった。


 「 ...ダメ、駄目なの! 

外の窓が割れてたけど、

倒れた家具とカーテンが邪魔で

中は全然、見えないし、

どうしても中に入れないの! 」


なぎ倒された大箪笥が窓を塞いでいるようだ。


 「いいんだよ。それ以上は危険だ。有難う

...後は、我々が何とかせねば」


 泣きそうな表情の彼女の頭を軽く撫でながら、

アランが扉の前で険しい表情を浮かべる。


 「 ...魔術師殿! 

魔術師殿はおられるかな!?

それと、そう...ハンニヴァル殿!

頼む、此処へ、扉前とまえに来てくれ給え! 」 


「 ...お呼びでございますか」


人混みの中から出てきたのは、

青の僧侶服(ローブ)

フードで髭面をすっぽり覆った、

元連合軍の王宮魔術師、セーゲルフ。


 憎き敵兵でありながら、

大陸に名を轟かせる、優秀な魔法の能力、

特に治癒や解毒などを用いて

大公国と大陸の平和と

繁栄に尽力する事を誓う事で

仲間になる事を許された、稀有な存在だ。


無益な殺生と略奪の日々からの

解放による解放感と、反面、

故国と一族、仲間達を見捨てた

後ろめたさや罪悪感など、様々で

複雑な思いは、長身ながらも

がっしりしていた彼の身体を

やや、頬のこけた憂いのある面付きと、

ほっそりとした外見に変貌させた。


 セーゲルフとは別に、のっそり、

嫌々ながら顔を出す、

細身で鎧姿の、金髪男ハンニヴァル。


 「 ...ええ、ええ、

聞こえておりますとも。

ここにおりますよー。

で、何でしょうねえ?

ロクでもない予感しかしませんが」


「魔術師殿! 貴殿の魔法で、

この扉は壊せそうか? 」


 「 ...居室おへやの内部の損傷を抑える、

という事はお約束できかねますが 

...どうなってもよろしい、というので

あれば、私の爆裂系の術で吹き飛ばしてみせましょう。

巻き込まれぬよう、この野次馬かた達は、

全て安全な場所に避難させてくださいませ」


 「おお! それは心強い! 

頑丈な黒騎士様の事、

多少の事ではお怪我もありますまい! 

派手に頼みますぞ!

貴殿が扉をこじ開けてくれさえすれば、

後は私とハンニヴァル殿が

先陣をきって室内に突入し、黒騎士様を

お助けしようと思っている! 」


 「 ...えええ~、本気ですかぁ? 

室内の騒音(アレ)、どう考えても

黒騎士様あのヒトが暴れてるんですよ。

私達だけで、止められるとでも? 

即刻、ぺっしゃんこですけど? 」


 「そうだ! 我等の命など、

一度は消えて救って頂いた程度のもの!

黒騎士様の為であれば、もとより無礼打ちなど、

覚悟の上で惜しくもない!

無論、それはハンニヴァル殿も同様であろう? 

分かる! よく分かるぞ! 」


 「えっ、ええ? いや、違」

戸惑うハンニヴァルになど、

お構いなしに熱く語り続けるアラン。


 「無駄な犠牲も極力、避けたいし、

貴殿と私ならば黒騎士様への覚えも良いから

討たれる率も、おそらく低くなる!

今こそ、御恩に報いる、

絶好の機会だ! いざ! 」


「 ...三度目死んでこいって事ですね? 」


このやりとりの真っ最中に、ファルナが

血相を変えて「ならぬ! それはならぬぞ! 」

と、割って入る。


「黒騎士様がお休み中の居室を

御部屋ごと爆破するだと!?

貴殿、正気の沙汰ではないわ!

そんな暴挙、決してこの私が許さない!! 」


「お休み中!? この期に及んで、

この音を聞いてまだ呑気な事を仰いますか! 

もう、覚悟は決めております。

貴方様も覚悟を決めてくださいませ!! 」


 ...扉の向こう側のやりとりが耳に入らない位、

居室内のあつしは、錯乱し、一人暴れていた。


 怒りに任せて、手当たり次第に

ベッドも、箪笥も投げつけ、蹴り飛ばし、

壁を拳で殴り続ける。

頭を強く打てば、戻れるのか!? 

ならば、と力任せに

頭もガンガン壁に打ち付けていく。


 眠っても、眠っても、眠っても

妄想この世界から逃れる事はできず、

絶望で眠る気さえ失せてしまった。


俺が一体、何をした!? 

一体、何の罰だ!? 何の因果だ!?


ただ、戻りたい。


只々、現実もとの世界に戻りたいだけなんだって!


冴えない日常、冴えない男のままで充分だ。


虚しいだけの、夢での出来事はもう、

お腹一杯でうんざりなんだよ!!


 徐々に増す痛みに気が付くと、

素手で殴り続けた両の拳と

額は真っ赤でボタボタと、床に

鮮血が垂れ落ちる程になっていた。


もう、疲れた。


もう、殴れない。


精根尽き果て、ぺたりと床に座り込む。


無造作に転がる、黒い大剣をおもむろに

手に取って、刃の先を自らの喉元に

当てると、ひんやりとした感触が

肌に伝わる。


魂をも切り裂き、地獄に堕とす暗黒の魔剣。


自分自身を切り刻み、その先の世界が

あるのか試してみるのも悪くない。


無限地獄をループするのか、

はたまた一発逆転、

現実世界への回帰なるか。


グッ、と握りしめる手の力を強めて

刃を突き立てようとした、その時


「お願いだからッ! もう、止めてぇッッ!! 」


絶叫する、ファルナの泣き声が

あつしの耳に届き、思わず手を引っ込めた。


ファルナは扉の前で両手を広げて立ち塞がる。


「もう、嫌ッ! もう、沢山!!

どうしても、というならば、

この私ごと、吹き飛ばせばいい!! 」


副将である、ファルナの剣幕に

押されて、静かになるアラン達。


「 ...ミリアといい、ラッセンといい

黒騎士様に救って頂いたからこそ、

今ある、この命と日々は...

全て、貴方様あってこそのもの!

貴方様の為ならだけでなく、

この先、貴方様が居ないのであれば

今、果てても何の未練もありません」


返答こそないが、扉の向こう側には

微かに人の気配を感じる。


その気配に向け、ファルナは

思いの丈をぶつけていく。


「それよりも、ただっ! ただ...

何も出来ずに、ただ貴方様が悩み、

苦しんでいるお姿を見るのは...

何より辛い! 本当に辛い...! 」


 ...何故だろう。

彼女の語りかける一言一言が、

耳から脳へ、感情へ

染み渡るように伝わってくる。


 つい、先程までの自暴自棄な

怒りの衝動も徐々に癒えて、

穏やかな気分を取り戻しつつある。


 「 ...いつか、精神こころの傷が癒えて、

いつも通りの元気なお姿を

見せていただけるまで ...私、待ちます。

何年いつまででも、待てます!

ですから、どうか、どうか! 

今はくれぐれも! ...ご自愛くださいませ...!

ご自分自身を、どうか、傷付けないで... 」


もう、死にたいとは思わなくなっていた。


 疲れたような、諦めたような、

呆けたような... なんだか酷く、

馬鹿馬鹿しくなってきていた。

手に持っていた、大剣を床に置くと、

そのままズルズルと、横になって寝転がる。


 あつしへの思いを伝え終わると、

ファルナは泣きはらして

真っ赤に充血した目で

皆を真っすぐ見据え、

まずは、ゆっくりと深呼吸。


 「 ...私の覚悟なら、

うの昔についています。

私は、黒騎士様のご快復を待ちます。

やはり、間に合わないかもしれない。

いや、もう既に

手遅れなのかもしれないが... 

別に構わない。

黒騎士様の居らぬ我々等... 

どの道、待つのは破滅のみ。

ならば、待ちます。此処で待って、

最後の日を迎えます。

私の願いは、ただ一つ! 

黒騎士様のご快復のみ。

 ...今はしっかりと、

お身体を治して頂きたい」


迷いのない、毅然とした態度。


反論する者も、茶々を入れる者もいない。


皆が静かに、次の言葉を待つ。


 「 ...次に聞きたいのは、貴方達の覚悟だ。

私と共に待つのか、否か。

正直な所、私は更迭される可能性が

極めて高い身... 偉そうに

指図をする積もりはない。

我が身の為、早々に此所を離れて

首都(トリアム)に帰還し、

騎士団本隊に合流を図るも良いし、

このまま、私と待ち続けるのも良し。

...実際、どの選択が正解かは

私も確信ができない。

ただ、自らの身の振り方は、

この場でもう、決めて欲しい」


無言の間が続く中、ファルナは皆の反応を待ち続ける。


「 ...あのね、ファルナ様」


沈黙を破り、ジルがおずおずと、ファルナに歩み寄る。


 「さっきの食材の話の続きなんだけど... 

ほら、この裏の林を抜けた、大きな川! 川!

あそこに一杯! 川魚がいるはずだって、

ベルフルールが言ってるの! ね? 」


 努めて明るく話すジルの隣に立つ、

風の妖精ベルフルールも、

はにかみながら頷く。


 「 ...うん、それと、林には、野兎と猪、

鹿とか... もいる筈。匂いがした」


 「でね! ベルフルールは狩りが得意っていうし、

ワタシは釣りを頑張るから! 

肉と魚はなんとかなりそうだよ! 

それと、せっかくのあの広い畑! 

すごく勿体無いよ!

あそこも一杯、耕したいね! 

そしたら、来年は

麦も一杯、食べられそうだよ! 」


「え? え? 」


会話の流れについていけずに、戸惑うファルナ。


 「それは嬉しいですね... 

ただ、生物なまものですから、

傷みによる、食中毒が心配です。

長期の保存が課題になりますね。

 ...捌きや加工は、侍女わたし達が

受け持ちましょう。

ただ、アリサ。貴方は大雑把ですから、

ジルさん達のお手伝いをしなさい」 


クラウディアも、身を乗り出して

提案に賛同する。


「 ...はい」


膨れっ面で、小さく頷くアリサ。


 「 ...此処は、素晴らしい

食材の宝庫ですもの。

私達の頑張り次第で、

自給自足の生活も夢ではありませんね。

 ...さすがに畑作業などの重労働は、

大勢の、逞しい殿方達が

やっていただけるんでしょう? 」


 クラウディアから悪戯っぽく、

笑みを浮かべて見つめられると、

ハンニヴァルも観念したかのように


 「 ...はい、はい! 分かっておりますとも。

力仕事は、私らにお任せくださいませ 」


やけくそ気味の返事を返す。


ああ、そうか。


 残るか、去るかの選択ではなくて、

彼女たちは言わなくても

最初ハナっから、残るのが当然だと

それからの話を「わざと」してくれているのか。


気遣いに、胸が熱くなる。

気を抜くと、また、ぼろぼろ大泣きする

みっともない姿を見せてしまいそうだ。


「 ...うん、うん。そうか、そうだな」


と、小さく頷くのが、精一杯だ。


「 ...副将殿、実に困ります」


ファルナをぐるり、と取り囲むように

大勢の騎士達が詰め寄り、

仁王立ちのアランが語りかける。


不機嫌そうな、彼らの表情と口振り。


「 ...犬死に行くだけのものだと

陰口を叩かれながらも、命を賭して

此度の戦に加わってくれた、

騎士(あなた)達には只々、感謝に堪えない。

...多大すぎる犠牲を払って

手に入れた此度の勝利...

本来ならば、今頃は救国の英雄達として

貴方達は、身に余るばかりの栄誉も、

恩賞も、何もかも手に入れていた筈。

なのに現在、この微妙な立場に

置かれている状況の原因は、

全て私自身に責任がある。

...根回しも世渡りも下手で

状況判断も遅い...致命的だ。

(ひとえ)に、私が能力不足だったからだ。

不甲斐ない上官で、誠に申し訳ない」


深々と、頭を下げる。


「呆れて、愛想を尽かしておる者も

当然、いるだろう。尽きぬ感謝こそあれど

今、貴方達が此所を去ったとしても、

見捨てられたと、恨む事はない。

だから」


「違う!! 」


ファルナの言葉を遮って、アランが叫ぶ。


「我々が聞きたいのは、貴方の

弱音ではございません、御命令です! 」


驚き、言葉に詰まるファルナ。


「意見の相違による口論は確かに

ございましたが、それは

黒騎士様と騎士団の今後を案じてのもの!

今現在も、そして、これからも!

我々の上官は副将、貴方様です!

 ...身の振り方を、

騎士各自の判断に任せるなど、

ご自分の責務を放棄して我等への

丸投げであり、全く以て言語道断!

我等は、今後も貴方様の手とあり

足でありますから、どのような

難題でも遠慮無く、命じて頂き

騎士団われらを、使い倒して

くださいませ! 」


我慢しても、我慢しても

止めどなく、溢れ落ちる涙。


「 ...あれ、あれ? おかしいな、

駄目だ、止まらない...

本当に、私は指揮官失格だ... 」


嬉しさに人目を憚らず、

しゃくりあげて泣き続ける

ファルナが落ち着くまで、

誰もが静かに待ち続ける。


「 ...ここに居る、誰も彼もが

私などには過ぎた者ばかりで

...なんと、私は果報者なのだろう。

その好意に甘えて、皆に頼みたい」


「何なりと申し付け下さい」


涙を拭い、用件を切り出すファルナに

対してアランが返す。


「 ...今後の課題だが、

兎にも角にも、全ての

犠牲になった騎士(なかま)の埋葬と

敵兵の死体を処理を急ぎたい。

今から、更に気温が暑くなって

いくから、疫病が蔓延せぬよう、

夏を迎える迄には終わらせねば。

...次に戦闘で焼け焦げ、荒れた地も

整地し、早急に農民達も呼び戻し

元の生活を取り戻してあげたい。

...外は、あれだけの惨状だ。

まだまだ、気が遠くなる程の

時間と労力が必要だが...

それまでには、黒騎士様も

お元気な姿を見せて頂ける

事を願って...

是非、皆の力を貸して欲しい」


「 ...お任せ下さいませ。

我等の底力(ちから)を以てすれば、

此所の復旧のみならず、

更なる繁栄を築きあげる事も、

何の造作も無い事。

上層部(うえ)の連中に、

目にモノ、見せてくれましょう! 」


頼もしい、アランの声に合わせて

並ぶ騎士全員が、気勢を上げる。


「 ~っ! なんか、楽しくなってきた!

ワクワクするね! 」


満面の笑みを浮かべる、ジルや

ベルフルールに、満足そうに

何度も頷く、クラウディア。


「えええっ!? 冗談でしょ?

アタシ達も、雑用とかさせられるん? 」


「んん~? 当たり前じゃなぁい? 」


憤慨して、抗議するリィーネを

あしらうコレア。


その光景を見つめる、ファルナは

また涙、涙、涙。


あつしは、扉越しからの

賑やかな音と声を聞きながら、

呆けたように寝転がって

荒れ果てた室内を眺めていた。


自分自身がやっちまった事たぁ、いえ

よくもまあ、こんなに派手に

暴れちまったもんだよ。


爆弾でも炸裂したかのように、

破壊され尽くした家具や寝具、

穴だらけの壁に粉々に割れた

窓から、隙間風がひゅうひゅう

室内に流れ込んでくる。


肌寒さに、蓑虫(みのむし)のように

毛布を体に巻き付けて

横向きに寝相を変えてみる。


まるで廃墟に住み着いた、浮浪者みたいだ。


 この悪夢でしかない、妄想の果てにある

結末は、どこで落ちてくれるのだろうか。


俺に何をさせようしている? 何をすれば良い?


 答えが見えない、疑問と不安を抱えたまま、

まんじりともせず、夜は明けていく。


...相変わらずあつしは何もせず、

ただ、だらだらごろごろと、

窓の外の風景を眺めている

だけの日々は続いていく。


城の騎士(おとこ)達は、

鎧を脱ぎ、農夫の様な

薄着を身に纏い、汗だくで

死体を台車に載せている。


死体は選別され、犠牲となった

騎士(なかま)は、身元が判明

され次第、一体、一体が

丁重に埋葬され、墓標が

立てられていく。


敵兵の死体が積まれた

台車の向かう先は、聳え立つ

巨大な茸の魔獣、マイコニド。


マイコニドの前に、ドサドサと

山積みされていく死体に向けて

無数の触手が伸びていく。

掴まれて、宙に舞い上がる

亡骸は、次々と大きく開いた

魔獣の口の中に消えていく。


「 ...ふぅ、ふぅっ。

ホントに、このキツい作業、

運んでも運んでも終わらないな!

いつになったら、解放されるんだって」


ぜぇぜぇ、息を切らしダラダラと

流れ落ちる、顔の汗を汚れた

布の布巾で拭う若い騎士の男。

ついつい、愚痴が口から漏れてしまう。


振り返り、大地を見渡すと

まだまだ、黒々した無数の(むくろ)

転がっており、げんなりした

騎士は、深々とした溜息をつく。


「おいおい、聞こえてるぞ...

無駄口は叩くな。ちょっと

気が弛んでるな、作業に専念しろよ」


隣で共に作業を行う、別の騎士が

若い男に活を入れる。


この騎士は、まるで泥棒みたいに

すっぽりと鼻と口元を、マスクの

様に布巾で覆っている。


城の外は既に、

かなりキツい死臭が

充満してきており、

鼻が曲がり吐いてしまいそうな位、

とにかく臭い為だ。


...とはいえ、コイツがつい、

愚痴りたくなる気持ちも分かる。

マスクの男は、口にこそ出さないが

若い男に同情する。


まだまだまだまだ、

作業に終わりは見えない。

これからまだまだ、

季節は暑くなっていく。

...考えると、気が滅入る。


とはいえ、眼前の巨大な

茸の魔獣のお陰で、

処理作業は何倍も何倍も、

早くて楽な筈なのだ。


通常通りに、この莫大な数の

死体を埋葬したり焼却すると

すれば、今の作業の何倍、

日数を要するのだろうか?

考えるだけで、卒倒しそうだ。


「まさに... キノコ様々だよ」


つい、口に出てしまった。


先日の戦闘での、狂暴な

暴れっぷりを思い出し、

身震いを覚えながらも

味方にすると、何とも

頼もしい存在であり、

本当に敵でなくて良かったと

胸を撫で下ろす。


同時に、このような魔獣を

まるでペットの様に

何匹も従え、魔獣以上の

暴れっぷりを見せつけた

黒騎士という男に、畏怖の念を抱く。


正に、大陸の覇者となるべき男だと。


狩りや釣りの腕に覚えがある

者達は、ジルやベルフルールと

共に、野山と川で奮闘中だ。


風を自由自在に操る

ベルフルールは、弓も

得意で、狙いを定め

放つ矢は風に乗って

勢いを増し、正確無比に

次々と獲物を貫いていく。


猪や兎に野鳥、中には熊まで。


好き嫌いはともかくとして、

当面、肉には困らなさそうだ。


この地では、万物の命の源である

水が汚染されておらず、綺麗であり

作物も良く育てば、魚もウヨウヨ

泳いでいるのが肉眼でも分かる位

透き通っている。


飲める程、清潔で新鮮な水が

安定して確保できるのは、

広大なファーランド大陸の中でも

このグール盆地は有数の好環境なのだ。


毎日、大量の樽に水を詰め込んだ

台車を、男達が城へ運んでいく。


魚については、(ます)やイワナ、

(ふな)などを狙って

ジル達が懸命に、釣糸を垂らす。


...とはいえ、釣りは腕が良くても

釣れる日、釣れない日の差が極端で

全く釣れない日は仕方無く、

食べられそうな川辺のフキや

クレソンなどの野草、果ては

淡水の巻貝や蛙など

(蛙は侍女達が悲鳴を上げて

逃げ回り、城内大騒ぎとなったが)

手当たり次第に採って回る。


集まった食材を捌いて加工するのは

クラウディア率いる、侍女達だ。


燻製や干物、塩漬けに発酵...

あらゆる工夫で、無駄に腐らせぬよう、

知恵を絞る。

城内の日常の雑務全般を担いながらの

兼任業務であるので、彼女達も

かなりの重労働なのだが、

弱音も吐かずにこなしてくれている。


 戦闘終了の噂を聞きつけ、戻ってきた

農民達とも協力し、厳しい冬場に備えた

農作業にも着手している。


 荒廃した地を慣らし、林の伐採を広げて

畑の面積を拡張し、麦に頼らず

今から種植えしても秋には収穫できそうな

作物... この時期ならば、サツマイモや胡瓜、

もう少し経てば、馬鈴薯や人参など

栄養価が高く、腹持ちの良い野菜を

一品でも多く栽培しようと目論んでいる。


 誰もが皆、日暮れまで精一杯、働くので

夜には疲労困憊、ヘトヘトで

即、バタンキュー(死語)と、

朝まで爆睡してしまう。


 それでも、あつしが引き籠る部屋の前には、

訪れる者の数が途切れる事はない。


 一口も食べてくれない日が続いていても、

朝昼晩と、三食分はきっちりと、温かい

スープと食事を侍女達は届けてくれて

声をかけてくれる。


 夜になれば、働き終えた者たちが、続々と

扉の前にて今日あった出来事...

楽しかった事、辛かった事、今後の希望等、

とりとめとなく返事は無くても、話してくれている。


 中には、あつしには全然関係の無い、

仕事や家庭の悩みを吐き出す者や、

無病息災、恋愛成就を願い出す者、

突然、告解を始めて、自らの

罪の赦しを乞いだす者、

挙句の果てには、自らの懐から

お賽銭やお供え物を置いていく者...


 ...わしゃ、お稲荷さん かっつうの。

居室ココは神社でも教会でもねえぞ。


 心の中で突っ込みを入れられる位、

元気が出てきている、自分がいる。


 来る日も来る日も、騎士たちは健気に

外の復旧作業に従事しており、

その風景を、あつしは割れた窓の隙間から、

ぼんやりと覗き見している。


目も当てられない程の惨状だった

城前の戦場跡も、死体の山も

ほぼ消えており、荒れた地も

かなり綺麗に整地されてきた。


皆の頑張りのお陰で

ラッセン城は、連合軍の

侵攻前よりも、豊かな繁栄の

兆しを見せてくれている。


 ...ふと、気付くと、騎士の一人と

目が合っている気がしている。


 距離的にも、角度的にも見えているはずは

ないのだが、突如、騎士はあつしに向けて

敬礼を始めるので驚いてしまった。


 「オイ! どうした、そこで何してる!? 」

男の様子に気付いた、上官らしき

騎士の男が近寄っていく。


「あ、いえ... 向こうの方に、

黒騎士様が見ていらっしゃるような

... 気が... しまして... 」


敬礼する男が振り向く先は、

ハリケーン号のあつしの居室の

方を指している。

サボっていると思われたのだろうなと、

申し訳無さげな、自信無さげに

返答する。


「何っ!? 本当か、どこだっ

んー ...み、見えんなあ...

お前、目がいいなぁ... 」


キョロキョロ必死になって、

上官は遠くの景色を凝視する。


「ああっ! 上官殿、違うのです!

いらっしゃるような、といっただけで

ハッキリと見えた訳では!! 」


上官の慌て振りに、怖くなり

オロオロ否定する男。


「見えん! だが、お前が

そう言うなら、やはり

見ていらっしゃるのかも...

ええい、まどろっこしい!

全員、黒騎士様の方角に

向けて、敬礼っ!! 」


上官の号令に、周囲で作業を

していた、数十人の騎士達が

一斉に、自分に向かって

敬礼を始めたので、

恥ずかしさから、あつしは

咄嗟に窓から身を隠して

しまった。


...恐る恐る、もう一度

覗いて見ても、騎士達は

微動だにせず、ずっと

敬礼を続けている。


気付くと、向かい側の

割れた姿見に映る

自分の姿が目に入る。


薄汚れた、ヨレヨレの服装に

ボサボサの髪と無精髭、

そしてコソコソ隠れている、

滑稽な格好...


何だ、俺。


何やってるんだろうな、俺。


まったく、みっともねえよなぁ。

現世(あっち)だけじゃなくて

妄想(こっち)の世界でも...

ホント、ダッセェわ。


自己嫌悪を覚えるのと同時に、

あつしは本当に久々に、

耐えられない位の

喉の渇きと空腹が襲ってきた。


驚き、戸惑って荒れた室内を

まさぐって、何か口に入れられる

物を探すが、水一杯も残っている

はずもない。


回復薬を飲めばいいじゃないか、

というような事を考えられる程

冷静にもなれずに

あつしは恥を忍んで、こっそりと

扉の鍵を外し、そおっ、と

扉を少し開けて廊下に誰も

いないか、覗きみる。


...良かった、誰もいない。


扉の前に、銀のトレイに乗せられた

スープボウルには、惜し気もなく

ふんだんに煮込んだ肉がたっぷり

詰まったスープと、別の皿には

ふかふかな、小麦の白いパン。


温かい、湯気から香る

旨そうな匂いに、部屋の中に

食事を持ち込むと、つい我を忘れて

貪りついてしまう。


 ...ウ、ウマイなぁ...ッ!

 

 「五臓六腑に染み渡る」と、いう言葉は

多分、こういう事なのだろう。

栄養が自身の体中の、神経や血液にまで

行き渡っていくような感覚を覚える。


 旨すぎて、身震いしながら

スープを啜り、パンにかぶりつく。


彼女たちが、決して食事が冷めない様に

こまめに交換してくれていた気遣いや

献立の工夫、といった優しさが

身に染む程、伝わり不覚にも

食べながら涙を流していた。


瞬く間に、食事を平らげてしまって、一息。


 ...暫し、自分のこれからについて

あれこれ、思いをを巡らせる。


 とはいえ、妙案がある訳でもなく

こうやって長期の期間、引き籠ってみても

状況を変える事など、何一つできなかった。


 ここまでくれば、もう、

諦めというか割り切って

このイカれた妄想世界を存分に、

楽しむしかないのだろう。


 洗面台に向かい、鏡を見ながら

もじゃもじゃの髭を丹念に

剃り上げていく。


 ...ぼっさぼさに伸びちゃったな。

今度誰かに散髪してもらおう。


 ポマードらしき整髪料で、

オールバック風に

半ば無理矢理、寝ぐせを直す。


 ずっと着たきり雀だった

寝巻を脱ぎ、鎧下着に着替えて

自慢の鎧をゆっくり、しっかりと

体に装着していく。


この世界で、これからも

生きていく為に必要な、

最強の漆黒色の鎧。


 凶暴な黒竜が大口を広げ、

今にも炎を吐き出さん、

というような悍ましいデザインの

黒い兜を被り終え、

背丈以上の長さのある

暗黒の大剣を握り締めると、

あつしは本当に久々に、

身体中が清々しく、やる気に満ちた

思いに満たされていくのを実感する。


 ...とはいえ、実際には誰かに会って

話をするのも久々過ぎる。

気恥ずかしさで、上手に接する事ができる

自信は、全く無い。


皆、俺を許すだろうか。


 貴方が居ない間、どんなに大変だったかと、

責めたりしないだろうか。


不安に潰されてしまいそうな、

心は鎧の下に隠したままで

あつしはゆっくりと扉を開けて

廊下を歩き出す。


この日中(じかん)は、

どいつもこいつも

色々と作業してくれてるから、

廊下(ここ)には誰も居ないのを

俺、知ってるんだ。

毎日毎日、眺めてたからな。


そろり、そろりと一歩ずつ

歩き出す、あつしは背後から

不意打ちで体当たりをかまされて、

声こそ出なかったが

心臓が止まる位、驚いてしまった。


振り帰ると、ジルとベルフルールが

力一杯、抱きついて離れない。


言葉にならない歓喜の声を出し、

泣き笑いの様な表情で

二人は激烈に歓迎してくれる。


二人の三歩程、下がった先には

侍女のアリサが無言で、深々と

お辞儀をしてくれている。


気付くと、廊下の奥には

他の侍女達も、ずらりと揃って

皆、お辞儀をしているのが見えた。


今日の食事を食べてくれている事に

気付いた侍女が、急いで

クラウディアに報告し、

もしもに備えて、挺内で

作業中の侍女達は皆、

手を止め、総出で

居室前にて待機していたようだ


みんな、知ってたのかよ。

俺を驚かせようと、

待ち伏せしてたなんて

まったく... 意地(タチ)が悪いぜ。


彼女達の先頭で、あつしに向け

恭しく、頭を下げるクラウディア。


「 ...お帰りなさいませ。

ずっと... お待ち申し上げておりました」


感激で、上擦った声に潤んだ瞳。


緊張で、上手く言葉が

出てこないあつし。


「 んっ! んんっ!! 」

大きな、咳払いを二、三度繰り返した

後、悟られぬ様、大きく深呼吸。


「 ...色々、迷惑掛けたな」


たった一言、声を掛けるのが

精一杯だったが、彼女達には

充分過ぎて、効果は絶大であった。


「 ! 私共にとって、ご迷惑だった

事など、何一つございません! 」


感極まり、はらはらと涙を落とす

クラウディアにつられて、

他の侍女達も続々と泣き出したので、

慌てふためくあつしに

子犬のようにはしゃぎながら、

今迄の自分達の頑張りを

報告してくれるジル達。

収集のつかない、騒々しい

状況となった。


「嗚呼っ、あれだけ待ちわびた

この素晴らしい瞬間(とき)に、

ファルナ様...ファルナ様はまだ、

お見えにならないのかしら...!? 」


涙を拭いながら、

辺りをキョロキョロ見渡して

ファルナの姿を探すクラウディア。


「ファルナ様へのご報告を

兼ねて、お迎えに向かわせた子達も

見当たらないわ... 遅い、遅い。

一体、何処で何してるのかしら!? 」


ブリトニーという、小柄で

緑のポニーテールの少女を

中心とした、数名の侍女で

ファルナを迎えに行かせていたが、

もう、結構な時間が経っている。


「 ...流石にもう、ブリトニー達も

合流する頃合いでございますから、

暫しご辛抱下さいませ」


横から、アリサが申し訳なさそうに

口を挟み、苛つくクラウディアの

気を紛らわせる。


やがて、廊下の奥から、こちらに

向かって駆け寄って来る少女達。


ブリトニーと、その他の侍女達だ。


どの子もひどく慌てて、息を切らし、

怯えて顔面が真っ青だ。


「た、大変でございます!

...突如、城門前に武装した兵が

大挙して押し掛けております!

何とも、不穏な雰囲気でして...

急遽、ファルナ様より

非戦闘員われわれは、一時避難の命が!

皆様、船底の避難場所に

お急ぎ下さいませ!! 」


声を枯らさんばかりの、

ブリトニーの叫びに

廊下の一同が、色めき立つ。


「 ...オイ、そりゃ一体、何国どこ敵兵モン達だ? 」 


 ブリトニーに話しかけようとする、クラウディアの

隣から割り込むように、黒騎士あつし

問い質すと、突然の登場に面食らった少女は

目が点になり、言葉が出ずに、ただ、

口をパクパク、開けている。


 「 ...そ、それ、が..騎士団...

私達、大公国の騎士団でございます! 」


 隣の黒い、ミディアムヘアーの

侍女がブリトニーの

代わりに報告を入れると、みるみる

クラウディアの顔色が青ざめていく。


 「どうも首都トリアムの、

大公様直属の部隊だと

申されているようで...

此度の戦の指揮官である、

黒騎士様とファルナ様を、

面会させよとの事!

内容次第では、我々との

一戦も辞さない覚悟であるとの

強硬な姿勢で... !

ファルナ様は、事態の収集に

向けて、既にこの艇から出て

面会の為、城に向かいました! 」


「よしよし分かった、丁度良かった。

療養(リハビリ)の運動も兼ねて

俺も今から急いで行くから、

大丈夫だ!

ついでだ、サプライズでファルナも

ビックリさせちゃるわ。

お前らは心配しないで即、避難な」


黒騎士(あつし)の言葉に、心底

安心した表情になる侍女達に

反して、心配した素振りを見せる

クラウディアとベルフルール達。


「お仕えする身として、危険な場所に

ご主人様を、たったお一人で向かわせて

自分は避難するなど、私にできません!

盾となるには、あまりに役不足かも

しれませんが、何が何でも城までは

ご一緒にご同行させて頂きます! 」


という、クラウディアと


 「 ...私の能力(ちから)は、前の戦闘で

ちゃんと役に立ったでしょ?

聖なる風の威力ちからで、ヤツら

矢でも何でも、黒騎士あつし様には、

指一本触れさせないんだから! 」


と、言って聞かないベルフルール。


「あー、もう! 五月蝿(うっさ)い!

時間勿体ない! そこの二人も一緒に

ついて来い! ジルは、他の子連れて

地下へ避難! 頼んだぞ! 」


あつしの言葉に、何とも嬉しそうな

笑顔を見せるベルフルールに。

安堵の表情のクラウディア。


長い長い、夏期休暇は終わった。


さあ、仕事始めといこうか。


























 





























































































































































































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