16.KILL THE KING
これは、夢か。
覚めない悪夢じゃないのか。
実は目が覚めて、いつも通りの我が家の
ベッドの上にいるんじゃないのか。
そうじゃないのか!?
王宮魔術師セーゲルフは、何度も何度も、
目をこすり、頬をつねる。
つい先刻まで、この平地を
埋め尽くさんばかりに整列していた
我が連合軍兵士達。
ほんの僅かな時間の間に、
半分以上がいなくなった。
屈強で重装備の男達はいとも簡単に、
潰され、燃やされ、
魔獣の餌と化して消えていった。
それでも、戦場にはまだ
王国兵を中心とした
数万以上の兵が展開しているのだが、
もはや彼らには、
戦意のかけらも残っていない。
武器も放り出し、
子供の様に泣き叫びながら、
ただ、右へ左へ逃げ惑うばかりだ。
逃すまいと、牛頭半身の魔獣
ミノタウロスが三匹、
おぞましい咆哮を上げながら
戦場を走りまわる。
ブレーキの利かぬ、重機関車のようだ。
鋼鉄の如き筋肉と、五メートルを超える巨体で
次々と兵を弾き飛ばし、踏み潰していく。
砂塵と共に、血しぶきと肉片が巻き上がる。
耳をつんざく悲鳴が響く。
怯える王国兵達が中央へ、
中央へと身を寄せ合い、じりじりと
ミノタウロスから遠ざかろうと試みる。
......背後には、十メートル以上の
巨大な茸の化物マイコニドが
ゆらゆらと聳え立ち、無数の触手で
兵を捕まえては、ポイポイ、と
口の中に放り込み、食していく。
......滑稽な光景だ。牧羊犬に追い立てられる
家畜のようじゃないか。
この化物には、食事に飽きるとか、
満腹するというような事があるのだろうか。
全てを食い尽くさん、とばかりに、
ひたすら食事を続けていく。
セーゲルフはふと、思い出したかのように
辺りを見渡す。
我が主君である、愚鈍で無能たる王・リッヒと、
その命を狙う白銀色の騎士の姿を。
振り向いた、後方の約三百メートルほど
先の人波の中で、この暗がりの中でも
はっきりわかる位に光り輝く鎧の男と、
その先にある金色の鳳輦の屋根が見えた。
白銀の騎士は行く先を阻む、密林の蔦を
鉈で刈り取るが如く、
眼前の人垣を大剣で薙ぎ倒し、前を突き進んでいく。
騎士の隣では、泥人形が
所狭しとばかりに、両手を
振り回して暴れている。
頑丈な体は矢も刃も寄せ付けず、
殴るというよりも、視界に入るものを、
すべて叩き潰しているようにも見える。
散らばる蟻の群れのように、
這う這うの体で逃げ出す王国兵。
身を挺して王を護ろうとする者など、誰もおらず
ぽつん、と寂しく黄金の神輿だけが取り残される、
「見ーっけた! っと。
......ってゆーかさあ、弱え癖して、
こんなギラギラした乗物
乗ってりゃあよお、大将はココだぜ!
って、自分から言ってるような
もんじゃねえのかねえ? まったく」
呆れたように、騎士は呟く。
神輿に近づくと、
中から怒鳴る声が聞こえてくる。
「フランツ! フランツはおらんのか!!
ラウルは? エッセンはっ!!
皆、何をしとるのだ!?
誰もおらんのか?
状況を報告せんかぁ!! 」
錯乱し、金切り声で喚くリッヒ。
「......周りにゃ、もう、誰もいねえよ?
アンタと俺だけだ」
騎士の声に驚き、怯えて黙り込むリッヒ。
「みーんな、放り出して逃げちまったよ。
......惨めなもんだな。もうちょっと
部下は選んだほうがいいぜ? 」
優しく、抑揚を抑えた口調で、騎士は語りかける。
......だからこそ、より一層の
不気味な印象を王に与える。
姿こそ見えないが、神輿の中から痛いほど、
見られている気配を感じる。
暫しの沈黙の後......
リッヒが恐る恐る声を出す。
「......な、何奴じゃ......?
......貴公が巷に聞く、く、黒騎士とか
宣う者か? 」
「......さあ? どうだろうな。
アンタはどう思う? 」
はぐらかす騎士。
「......よ、余を誰と心得るか!?
歴史と栄えある、
アーノエル王国の........ 」
「見りゃわかるだろ。王だろうが」
「......連合軍、は......
ま、負けたのか......? 」
「今のこの状況をどう捉えるかは、
総大将次第だろう。
もう、お終いだと嘆くのか......
逆に千歳一隅の好機!と
とらえるのか......なあ? 」
喋りながら、静かに剣をかざす。
「ま、待て! 待たれい、待たれよ!!
早まるなっ!!!充分だ! もう、充分だっ!!
放棄だ、余は放棄するぞ、
我が連合軍は、今、この場を以って
大公国軍との戦闘を終結する!!
兵は皆、武器を捨てよ!
これは勅命で......!! 」
殺気に慌てて、
リッヒは発狂したように喚き散らす。
「......いや、だからさ......はあ。
誰も周りにいねえし、
手前の事に手一杯で、
アンタの命令なんて全っ然、聞こえてねえよ」
あまりに哀れで、騎士は思わず
溜息を漏らしてしまう。
「余は......一騎打ちなぞ、せぬぞ!
余は武器も持っておらぬ、投降するぞ!
身代金は、幾らでも、欲しいだけ、必ず用意させる!!
捕虜としての処遇は、王としての
名誉を持った扱いを希望......」
「うおおっ、清々しいくらい、
生き延びる気マンマンやねえ。
ビックリだわ」
ウンザリした表情で、
リッヒの言葉を遮る。
「あのさあ、生憎......
金には全く、興味は無えんだわ。
もう、戦闘サッサと
終わらせて帰りてえんだよ。
王の首を土産にして......な」
「ままま、待てぃ!!
よ、余は丸腰だぞ!
無抵抗じゃぞ!?それを斬るなぞ、
騎士道のみならず人の道にも悖る
鬼畜の所業......!
それに、み、身代金だけではないぞ?
余は国王であり、
連合軍総指揮官であるからしてッ、
後々の和平の交渉にも影響を及ぼすぞ!?
大いに役に立つぞ!
第一、捕虜への不当な虐待は
大陸の協定でも禁止されっ......! 」
キャンキャン吠える、
命乞いの声が五月蠅すぎる。
耳鳴りと頭痛が酷くなり、
話の半分も頭の中に入らない。
「......捕虜だの交渉だの、
まどろっこしい......!! 」
痛みを振り払うかのように、
強く頭を二、三度振った白金の騎士は
改めて剣を握り締め、構える。
「和平だぁ? ありえねえよ......
俺の望みはなあ、連合軍を、
大公国の領土から
駆逐する事だけだ。
全て駆除すりゃよお、
和平もいらねえだろ? 」
泣き喚く王を「喋るな!! 」と、
一喝した後、
「......此処に来るまで好き勝手、
ヨロシク暴れてきたじゃねえか。
因果応報ってやつだろう?
いい加減、腹ぁ、括れよ。
もう、アンタに選べるのは、二つに一つだよ。
一つは、黙ってただ斬られるか。
もう一つは......軍人の意地見せて、
武器持って斬られるか、だ」
駄目だ。
この男は 本気だ。
今、この状況でリッヒはようやく、
命の危険を切に感じた。
実はこの期に及んで、
まだ何とかなるだろうと、
切羽詰まってはいなかった。
生まれついての地位や金銀の力で、
命までは取られまいと、思っていた。
通用しない。
呑気な豚も死の瀬戸際に、
もう遅すぎるのだが、
生き延びる為に足掻く。
......武器を手に取る事もせず、
狭い神輿の中から飛び出し、
逃げ出さんとジタバタ暴れている。
みっともない、悲鳴をあげながら。
ヒュン、と、何かが風を切るような
音が聞こえた気がした。
途端、神輿が崩れてリッヒは
一瞬、気を失いかける。
視界が真っ白になる。
必死に目を凝らすと、
壊れた神輿の中で、
埋もれるように転がっていた。
麻痺しているのか、
痛みはないが身体が動かない。
口も開かず、声も出せない。
何が起きたのか、この後どうすべきか、
まずは冷静にならねば、と、
己に言い聞かせる。
......徐に伸びてきた右手が、
リッヒの髪の毛を引っ張って引き摺り上げる。
持ち上げられる際の、
自らの重力は感じない。
流石の怪力の持ち主だな。
目に映るのは、
白銀色に輝く兜の騎士の姿。
表情は見えない。
ふと、下を見やると、
見慣れた服装の巨体が、
背を向けて転がっていた。
その体には、肩から上が無い。
あれは、余か。
じゃあ、なぜ今、生きている。
いや、死んでいるのか。首だけなのか。
驚き、周りを見回そうと努力しながら、
リッヒは意識を無くしていった。
高々と、鮮血滴る王の生首を天に掲げ、
白銀の騎士が声高に叫ぶ。
「......王の首、獲ったどー!! オイ、
勝鬨の声、小せえな、
もっと声出していこーぜ!
もっとだ! まだ足りねえな!
1・2・3・大公国軍の勝利ダーッ!!! 」
成し得ない、事を遂に成し遂げた。
端から諦めていた筈だった。
僅かに生き残る、大公国軍騎士達は
喜びを爆発させる。
「後は雑魚だけだ! 残党狩りだ、
根こそぎ刈り取れ!! 」
騎士達の士気が、激烈に向上する。
司令塔が壊滅し、戦う意味を
喪失した事を思い知らされた現在、
兵が何万残ろうが、最早、
軍としての様相を呈してはいない。
敗残兵呼ばわりされようとも、
反撃する意思さえ持たず、
逃げ場もなく、次々と討ち取られていく王国兵。
地に転がる王国兵の屍が、加速度的に増えていく。
斬られる者に喰われる者。
混沌は、最高潮を迎えている。
ぺたり、と、尻餅をついたような
格好で座り込むセーゲルフは
呆けた表情で眼前の惨状を眺めている。
我が主君は、死んだ。
だが、感慨に浸るようなものは、
特に何も無い。
ほとほと、愛想も尽きていたので、
むしろせいせいしている位だ。
主は、選べない。死なぬ限りは変えられないからな。
これで元凶となる、連合国側の
首脳陣どもは、皆、死に絶えた。
だが、この馬鹿げた野望の代償は、
我々、下っ端の者も皆、
命で支払わねば、終わらぬようだ。
それだけは、はっきりとしている。
こんなにあっけなく、こんな場所で
最後の刻をむかえようとは。
喧嘩を売る相手を間違えたのだ。
我々は、この世の果てとか、魔界とか、
地獄とかといった所に迷い込んだのだろうか。
さしずめ、あの白金の騎士か、
まだ見ぬ黒騎士とやらが魔界の主であり、
獰猛な、ペットの魔獣達といったところか。
人間が、敵う訳がないのだ。
そして我々は......捧げられた供物か。
.....嗚呼、私も、贄となって死ぬのだ。
うすらぼんやりと、ただ、そんな事ばかり考えている。
絶望が身体中を支配し、硬直して身動きができない。
セーゲルフの前に、ウネウネと蛇のようにうねる
マイコニドの触手が数本、近づいてくる。
鋭く尖った無数の棘と、垂れ下がる
汚ならしい粘液が薄明かりでもはっきりと見える。
「ひいぃ......!! 」
覚悟はしていた筈だったが、
あまりの悍ましさに
セーゲルフは反射的に身を反らしてしまう。
とはいえ、この弱々しい動きでは、到底、
躱しきれない事も充分、分かっている。
もう駄目だ、と、強く目を瞑る。
......バチッ。
恐る恐る薄目を開けると、
セーゲルフに触れようとする触手は、
直前で電流にでも触れたかのように弾かれていた。
自己防御魔法だ!
無意識のうちに、自らに付与していた
目に見えぬ透明な壁は、
セーゲルフを護ってくれている。
魔物一匹、まともに倒せない
役立たずの魔法だったが......
今はまだ、生きている。それだけで充分だ。
神にまだ死ぬな、と、言われている気がした。
二度、三度と試みるも、またも弾かれる事に対し、
触手は苛つくように激しくうねりを増していく。
......一瞬、躊躇したように動きを止めた触手は、
やがて思い直したかのように、セーゲルフの横にいた
王国兵達を襲う。
避ける間も無く、ぬるりと体に巻き付き、
棘が突き刺さっていく。
「ぐゥえェッ.....!! 」
触手がうねる程に、あり得ない
角度に捻れていく体と、
ゴキゴキと骨が折れていく
嫌な音を響かせながら、
兵達は茸の口の中へ消えていった。
ガタガタガタガタ。
涙と、痙攣したような、
激しい身体の震えが止まらない。
あれで、終わりな筈だった。
俺が喰われていた筈だったのだ。
「......すまない......! すまないっ! 」
身代わりとなって死んでいった、
哀れな男達に詫びつつ、
セーゲルフは自らを奮い立たせる。
「糞っ! 立てっ......! 畜生、このッ!! 」
生まれたての仔鹿のように、
ブルブル震える両足を
何度も、何度も激しく叩いて必死に踏ん張り、
立ち上がる。
「しっかりしろ! 此所のどこが魔界だ!
これのどこが贄の儀式なんだ!!
只の屠殺される鶏みたいじゃないか!?
嫌だ、こんな最後だけは......
真っ平ご免だッ!!! 」
声を枯らし、喉から血が出んばかりに絶叫する。
恐怖に押し潰されて、
己の精神が崩壊しないように。
抗ってやる。
転がる死体の山の中に潜り込んで、
死人の振りをしてでも
生き延びてやる。僅かなチャンスはまだある。
もっと集中しろ。目を凝らせ。耳を澄ませ。
生を掴んで、その先の世界を見届けてやる。
そう、固く誓うのだが......
「おーおー! まーだココにゃあ、
活きのいい王国兵共が
結構、残ってんのか」
セーゲルフの至近距離に......白銀の騎士。
周りの兵達をバタバタと、
撫で斬りにしながら近付いてくる。
完全に終わった。
先程までの、悪夢の記憶 ーーー
禁忌の奥義も含め叩き込んだ、
ありったけの攻撃魔法は、傷一つ与えられず
国王親衛隊は、壊滅させられたばかりだ。
鮮明に蘇る。
この距離ならば、避けきれず
一太刀で斬り捨てられるだろう。
奴相手に、こんな防御など効く筈が無い。
折角振り絞った、残り微かな勇気も消え去って
セーゲルフはまたも、ヘナヘナと座り込み、
声も出せずブルブルと震えだし、シクシク涙を流す。
白銀の騎士の傍らに、
心配そうにファルナが駆け寄ってくる。
「おお、ファルナ! こっちはもう、大丈夫だ!
それよりも、あれだ! 痛みに耐えて よく頑張った!
感動した! ......って、コレ知っとるか」
「......え、え、え? それって.....
普通に誉めていただいている......ん、ですか? 」
戸惑うファルナ。
「いや! まあ......確かにそうなんだけどさあ、
もーちょっと、こう......ヤーダ!
それって、貴乃花でしたっけー!?
とか言って欲しくてさあ......知らんわなあ」
「チョット言ってるか、わからないです」
困惑し、サンドウィッチマン冨澤口調の
ファルナの頭を、ポンポン撫でながら
「ああ、気にすんな! だがなあ、
まだ終わってねえんだ。
......むしろ、今からのほうが
一番、大事な任務が残っているんだよ。
まだ、気が抜けねえぞ」
「は、ハイッ! 何なりと......
申し付け下さいませ」
途端にキリッ、と、真剣な表情に戻るファルナ。
「いいか、よーく聞けよ......
この戦場に倒れてる俺達の
“仲間” を、探し出してくれ。
いいか? 必ず、一人残らずだ......
これだけ死体が転がってるんだ。簡単じゃねえ。
でも探すんだ。どうしても見つからない、
じゃ済まさねえ。絶対にだ。
肉片一つだけでも構わねえ。確実に回収するんだ。
......ホント辛いけど、できるか? 」
“仲間” !!
感激に身を震わせるファルナが、
目を潤ませながら、力強く、
何度も何度も頷いている。
「ハイッ......!!
勿論でございます......
私に、私にお任せ下さいませ!
是が非でも、皆を......!
必ずや連れて参ります!! 」
満足そうに、大きく頷く白銀の騎士の背後
に一人の男が縋り付くように話しかける。
「......突然の御無礼、御許し下さいませ。
もしや、大公国騎士団の黒騎士様とは
貴方様でいらっしゃいますでしょうか」
「誰だ、手前。
命乞いしてるようには見えねえな。
随分と余裕じゃねえか」
身構えるファルナを制し、
怪訝そうに背後の男を一瞥すると、
薄汚れた黒のナイトローブで
全身を覆った髭男の姿。
フードの奥からギラギラと、
妖しく光る両の目がなんとも不気味だ。
「お目にかかれまして、至極光栄に存じます。
......申し遅れました、私、
ザイード帝国の錬金術師を
勤めておりました、
ベルナルドと申します」
「......べ、ベルナルド!? 」
忌まわしき名前。
驚きと憎しみと殺意が入り雑じった
表情を見せるファルナ。
「 ”勤めておりました“ だとぉ?
意味わかんねえな 」
そんな彼女に気を使う事なく、騎士は問いかける。
「左様でございます。貴方様の
お噂を耳にした、その日から......
この日を夢見て参りました。
今回のこの遠征も、貴方様とこのように
お会いできる為に参列したまで。
戦闘には一切、関わらずに離脱し、
貴方様に近付くチャンスだけを
ずっと伺っておりました」
矢継ぎ早に、ベルナルドは喋り続ける。
「そもそも、私が帝国に仕えておりましたのも
荒れた砂漠の国土に、
私の研究で豊かな緑や食に
金銀をいかに産み出されるか、
という事でございました。
......しかしながら、残念にも
皇帝が望むのは目先の侵略の為の、
安易な兵器開発ばかり......
いい加減、辟易していた次第でございます」
「貴様! よくも、
いけしゃあしゃあと.......! 」
「まあまあまあ」
剣の柄に手をかけるファルナを静止し、
宥める白銀の騎士。
「......ですが、あつし様っ!
この男の研究という名のもとに、
今迄に一体、何人の血が流れたか!?
現に、あの後ろには、
我らの騎士団員が......!」
ベルナルドの背後で生気なく、ゆらゆら揺れ動く
土色の不死兵達。
その内の二体は、大公国騎士団の紋章を
胸に付けた鎧を着用している。
「全ては、皇帝の命でございます故」
顔色一つ変えず、ベルナルドが即答する。
「死を恐れる事も無い、勇猛な屈強かつ
手練れな兵士......
治癒も兵糧も不要な不死が良いとの、
無茶な御希望にお応えするには、
心苦しくとも致し方の無い、
尊い犠牲でございました」
「それは詭弁だ!!」
遮るように、ファルナが叫ぶ。
(そうだ! その通りだ!! )
座り込み、会話を盗み聞くセーゲルフも
心の中で同調する。
「命に背けず仕方無くなど......
誰が信じるか!?
国を越えて貴様の悪評、
ことごとく伝わっておるわ!
嬉々として怪しげな実験に没頭し......
率先して数多くの命を玩具に
していたのだろうが! 違うか!? 」
(ふざけるな! 全く以て、その通りだ!! )
同じく、心の中で憤慨するセーゲルフ。
だが、情けない事に、
会話に割って入る勇気も無く
下を向いて小さく口をパクパク開いている。
目立ってはいけない。気付かれるな。
そうだ、私はそこらの路傍の石だ。
「国を越えての悪評というのであれば......
それは、黒騎士様方も同じでございましょう?
非道な魔獣使いや不死の狂戦士、
最凶魔術師に果ては魔王と呼ぶ者まで。
凶悪な魔獣を従え、星を堕とし、
暴虐の限りを尽くして
手向かう者を慈悲無く葬り去る......
噂にたがわぬ、御活躍でごさいましたぞ? 」
「それはッ! 連合軍がァ!!
ぐぅっ、ぎいっ」
楽しげにも、からかうようにも聞こえる
ベルナルドの口調に激昂し、
言葉に詰まるファルナ。
怒りで顔は、もう真っ赤っかだ。
「だから、さ。落ち着けって、な?
ハイ、ちょっとお前はこっち」
興奮するファルナを優しく後ろに
押しやると、白銀の騎士は問いかける。
「さて、と。前振り長えんだよ。
サッサと要件言えや。
何が狙いだ? ん? 」
「はっきり申し上げます。是非、
貴方様にお仕えさせて頂きたく存じます。
必ずや、貴方様のお役に立てましょう」
「ふごっ!? 「fd;「@@h;
「h;「@;;:fg:!!! 」
「あら! まあ、びっくり」
最早、何を言ってるのかもわからない
ファルナを抑えつつ、わざとらしく驚いた
素振りを見せる騎士。
「この状況で、お前それ言うか?
なんつーか、肝っ玉デケえっ、つうか
......俺にメリットなんてねえだろ」
「あります」
自信満々に即答するベルナルド。
「私には、今迄に積み重ねた知識や、
研究の成果にデータが大量にごさいます。
錬金術の極意である、無からありとあらゆる
有を生み出す事により、大公国に
大いなる金も食料も、武力も繁栄も
安定もご提供できると思っております」
「ほお、大きく出るねえ
......で? その成果は? 」
「私を信用頂き、お仕えさせてさえ頂けれぱ
データなど、すぐにでもご用意致します。
幾つかの成果も即、ご覧頂けます」
顎に手を当てて、考えるような素振りを
見せる騎士。
危険だ。
この男は、危険すぎる。
例えるならば、猛毒性の劇薬。
あっ、という間に、内側から
全てを手遅れにしてしまうような。
だが、強すぎる劇薬であればあるほど、
その匂いと味は悩ましい位、甘美なものだ。
ファルナは、気が気でならない。
ベルナルドの口車に乗せられたあつしが
勢いで家臣に取り立ててしまうのではないか。
マッドサイエンストの存在は、
いずれは大公国を修復不可能な程、
崩壊させてしまうのではないか。
でも、あつしが今迄こんな
態度を見せた事はなかった。
だからこそ、焦る。
錬金術師に、喋らせれば喋らせる程、
コイツの思う通りの展開に事が
進んでいるのが、手に取るようにわかる。
それが歯痒い。
まるで、超一流の詐欺師のようだ!
あつしからの命令は絶対だし、
これからも忠誠心が変わる事はない。
とはいえ、しかし......!!
ベルナルドも命を賭けた勝負の中で
余裕の態度を取り繕ってはいるものの、
全身からは、冷や汗をダラダラ垂らしつつ
まだまだ危険な綱渡りの状態と
いったところだ。
言葉一つ、取り違えれば命を落とす。
まだ言質が取れていない。油断大敵だ。
兜越しからの表情が全く見えないので
騎士が何を考えているのかが
読めないのが辛い。
唯一の救いはといえば、この女騎士だ。
見るからに単細胞の、この女が
こちらの一言一言に過剰に反応してくれる
様子を眺めるだけでも、
確かな手応えを感じている。
騎士がこの話に興味を持ちつつある事に対して
警戒し、狼狽えているのが手に取るように伝わる。
一度、懐に入ってさえしまえれば
もう、こっちのものだ。
寵愛を受ける為に、何をすれば良いかは
良く解っている。
さあ、言え!
「貴様を試してやろう」と。
さあ!!
「......ヨシ! 決めた!! 」
来たか!!
騎士の大きな声に、ファルナもベルナルドも、
俯いたセーゲルフもが、ビクっ!! と
驚き、緊張した面持ちを見せる。
「......して、如何でございますか」
問いかけるベルナルド。
直立不動の態勢のまま、必死に騎士の
一挙一動を注視し、兆候を探る。
......よし! 殺気は感じられず
下げた手からは、剣を持とうとの素振りも無い。
これは......!
「......そうだな、お前は......」
「ハイっ!」
嬉しそうに答える、ベルナルドの顔面に
騎士の力任せの右ストレートが炸裂する。
勢いよく、吹き飛んでいくベルナルド。
呆気に取られるファルナ。
見ていない振りをするセーゲルフ。
「ウン! 要らん!! 」
してやったり、といった口調の騎士。
地面に叩き付けられたセーゲルフは、
痛みで芋虫のようにのたうち回る。
「ぐ、黒騎士、様ぁ......何故」
上手く喋れない。
どうやら、前歯も何本か折れたようだし、
顎も変形している。
何だ、なにで気分を損ねたのだ!?
予想外の展開に気が動転する。
口をあんぐり、パクパクさせている
ファルナを横目に
騎士は楽しそうに語る。
「ハハッ! なんつう顔、してんだよ。
ビックリしたってか? そうか!
ん? 錬金術師もなんで?って
顔しとるな......いやさ、どう考えたって、
端からお前、要らねえんだよ」
「じゃ、じゃ、じゃあ、
何故わざわざ、考える振りなんて」
声を絞りだすファルナと、
同じ疑問を持つ二人。
「ん? 何でかって? そりゃ、おめえ、
アレだ、見事に騙されただろ......?
そうだ、俺の作戦だ!
名付けて...... 上げて、落とす!! 」
イヤ、絶対、今テキトーに名付けただろ。
ファルナもセーゲルフも、
心の中で突っ込みを入れるも、
怖いので黙っていた。
「期待度MAXまで上がったところでさあ、
ショック大きかったろ? な? それが狙いだ」
転がるセーゲルフに近づくと騎士は、
勢いよく、腹を蹴り上げる。
ゴム毬のように体が浮き上がる。
「オマエがダメな理由、一つ!
研究の成果?
不死人とか合成獣とか
そんなんばっかだろ?
んなモン、要らねえよ。ふざけんなって。
力も金も持ってるからよー、
連合国さえ潰れちまえば、
後は、ずっと平和なんだよな。
理由、二つ! 王もそうだったけどよー、
こんだけ好き勝手、暴れてくれちゃったんだろ?
この期に及んで命乞いたぁ、潔くないぜ。
死んでった奴等に対して、申し訳無えだろ」
騎士がひとーつ!と言う度に
蹴りが飛び、パンチを食らう。
ボロ雑巾のように変貌し、虫の息で
地を這いつくばるベルナルド。
「最後の三つ目はだなあ!
......ウチの団員を玩具にしてくれた、
オメエを副将は憎んでる。
仲間にしたから、我慢しろなんて言えねえよ」
後ろの自分を指さしながら、
語る騎士に、ファルナは嬉しいやら、
恥ずかしいやらで顔を真っ赤に、俯いてしまう。
「とはいえだな、ただ一気に
殺っちゃったんじゃあ、
コイツの気も晴れないかと思ってだな!
オメエには悪いけど、
ちょっと焦らさせてもらったよ」
弄んだのか!?
瀕死の状態のベルナルドの心に、
激しい怒りの炎が灯る。
殺してやる。
コロシテヤル!!!
懐に隠し持った、注射剤を
手に取り、迷わず自らの首に針を刺して
薬品を注入していく。
針が刺さる痛さと、薬品の成分による
激しい吐き気と動悸、体中の筋肉が
破裂するような痛みに、ベルナルドは
悶絶する。
「ぐうぅ!! うぐぅ、うがあぁぁ!!! 」
だが、殴られた痛みと、
この恨みを思えば可愛いものだ。
「まあ、覚悟を決めてって
......うわっ!? 」
止めを刺さんと構えた
騎士が驚き、思わず飛び跳ねる。
痛みが限界点を超えた時、
ベルナルドの体は
みるみる膨張し、ローブは破れ去り、
全裸の体は、巨大化していく。
ベルナルドの最後の賭け。
それは、臨床実験もまだ行っていない
不死巨人化という、
究極の秘薬を自ら投与する事であった。
みるみる巨大になるにつれ、
痛みはすっかりと消え去り、
頭はスッキリと冴えている。
全身に力が漲り、
万能感と絶頂感が彼を包み込む。
試しに右腕を軽く一振りすると、
周りの王国兵達の大勢が、
巻き込まれるように吹き飛ばされていった。
「ハハッ! ハハハハハッ!!
凄いぞ! 大成功だ!!
見ろ、この凄まじき力を......
さあ来い、黒騎士よ!
捻り潰してやるわ!! 」
ベルナルドの張り手を剣で受ける
あつしだが、彼も豪快に吹き飛ばされて
地面に叩き付けられる。
「あ痛ッ! たたた、マジか、糞!
このフリ◯ン野郎! 変態め、ヘンタイ!
スッポンポンで恥ずかしくないんか!? 」
大慌てで、剣と鎧のチェックを行う。
流石は自慢のアイテム。
剣には刃こぼれひとつ、鎧にも
へこみひとつ見当たらず、
まずは一安心。
......ったりめーだろ。
コレGETすんのに、幾ら
課金したと思ってんだよ。
こんな位で、駄目になったら
泣いちゃうぜ、俺。
「んー、サッサと止め
刺しちゃえば良かったなあ。
ちょっと余裕見せすぎちゃったな」
思わず、本音が口に出る。
......ん? あ、そうか!
一瞬、考えた後にあつしは
思い描いた攻略方法を、
行動に移す。
まずは、馬鹿正直に正面から。
「学習能力の無い奴め!
無駄な足掻きだと思わんのか!?
さっさと諦めて潰されろ! 」
ベルナルドが拳を振り上げた途端に、
あつしを庇うようにゴールドゴーレムが
前に飛び出てくる。
「邪魔だ!!」
ベルナルドの正拳は、頑丈な
ゴールドゴーレムの体を打ち砕く。
山に穴が空いたような、凄まじい
破裂音と共に、砕かれたゴーレムの
金の破片が四方に飛び散っていく。
ゴーレムに気を取られてしまい、
ベルナルドは一瞬、あつしの姿を
見失う。
慌てて振り向き、剣を構える
あつしを見ると、再び拳を振り上げる。
あつしは溜め込んだ渾身の力を込め、
ベルナルドの右足一本に狙いを定め
振り下ろしていく。
「ぐぅおっ......っ!! 」
鮮血と共に、腿の付け根から切り離された
右足が、宙を舞う。
バランスを崩し、地に倒れ込む
ベルナルド。
立ち上がろうと、手をついた左腕側を
肩の付け根から叩き斬る、あつし。
地を勢い良く転がっていく、左腕。
ベルナルドは立ち上がる事さえできず、
ゴロゴロと、惨めな格好で
寝転がっている。
「いやいや、馬鹿はオメエだろ。
完全に巨大化する前に、素っ裸で
戦っちゃあ、こうなっちゃうだろ。
でも、けっこーヤバかったな!
正直、ちょっと焦ったぜ。
ちょっ、と調子乗りすぎたみてえだな」
呻きながら、恨めしそうに
あつしを睨むベルナルド。
その間も、彼の体はブクブクと
膨れ上がり、巨大化していく。
「さて、と。仕上げの頃合いだ」
そう言うと、あつしはベルナルドの
首筋に、刃の先を当てる。
「胡散臭くて、なかなか楽しかったぜ。
じゃあな、錬金術師」
言い終わると、そのまま刃を突き刺して
頸動脈を切り離した。
断末魔の絶叫と共に、天高く
噴水のように大量の血が噴き上がる。
「ボサッとすんな、ファルナ!
潰されるぞ!! 離れろ! 」
「ひ、ひゃあ!! 」
顔面蒼白、大慌てで飛び跳ねるファルナ。
すぐその横を、かすめたベルナルドの
大きな右腕が、やけくそ気味に
地面を叩き付ける。
地響きと共に、潰される兵達の
悲鳴が上がる。
のたうちまわりながらも、どんどん
巨大化するベルナルドの体は、
逃げ遅れた王国兵達を巻き込み
次々と押し潰していく。
ベルナルドの視界が赤い、赤い色で
遮られ、何も見えなくなっていく。
薄れゆく意識の中、 今際の際に
彼に見える景色。
それは......
雲をも超える、超巨人に変貌した
ベルナルドには、最早、敵などは存在しない。
蟻のような人間なんぞ、城ごと、
まとめて足でブチブチと、踏み潰す。
太刀打ちできる武器など、ある筈が無い。
古竜などは、鶏を捕まえるように、首根っこを
押さえつけて、軽く捻り上げるだけでイチコロだ。
徒歩で海を渡るベルナルドには、
このファーラント大陸のみならず、
その先の、未知たる新天地まで
全てが、支配下だ。
この世に生きるもの全てが、
彼を畏れ敬い、ひれ伏す。
もう一国の王程度の、チンケな男ではない。
全世界を手に入れた、神をも超える存在。
そう、不死の超巨人王の誕生だ!!
これが、錬金術師の夢見た、
手に入れたかった未来。
大いなる絶頂感に包まれながら、昇天する。
天まで昇らんと、巨大に膨れ上がった
体は、やがて風船に針を刺したかのように
ボンッ!! っと、爆音を響かせながら
破裂した。
空から土砂降りのように降り注ぐ、
大量の真っ赤な血と肉片。
「うわっ、わっ! 汚っ! 」
驚くあつしはピョンピョン跳ねて、
一生懸命逃げ回っている。
「......ふう! やっと終わったか」
ようやく血の雨も止んだ頃合いを見て、
あつしは大きく、安堵の溜息を吐く。
「そろそろ、戦場の後片付けも
しないとな.......オーイ!
遠くまで逃げた敵までは、
深追いせんでいいぞー! 無理すんな」
騎士団員達に、敗残兵の処理を指示していく。
「......良いのですか? 」
「ああ。少しは生き残してやって、
逃がしてやらんとな」
不安そうなファルナの問いかけに対して、
努めて明るい声で返す事で、緊張をほぐす。
「今日のこの出来事を、伝えていく
生き証人は必要だろう?
ある事無い事、尾ひれ、いっぱいつけて
あっ! という間に大陸中に広めてくれるだろうぜ! 」
なんか、すごい嬉しそうだ。
「まだまだ、敵は一杯、ウジャウジャいるんだ。
魔獣共にも頑張ってもらって、もっと
チャッ、チャ、と始末していこうぜ。
じゃねえと、いつまでたっても
家に帰れねえだろ?
......さすがにそろそろ、疲れてきたぜ」
......ずっと我慢はしているのだが、
かなり、頭痛が酷くなってきている。
気を抜くと、つい、膝をついて
座り込んでしまいそうな位。
悟られぬように、カラ元気を出し続ける。
「さあて! 俺も、そろそろ、もう一頑張りと......」
あつしは辺りを見渡して、獲物を物色する。
! 気付かれたか!? セーゲルフは
ビクンっ! と、怯えて震えだす。
剣を振りかざす気配を感じる。
いよいよだ。
覚悟を決めて、固く、固く目を瞑る。
「お待ち下さい、あつし様! 」
慌てたファルナの、呼び止める声。
「そ、その男は、魔術師のようですが、
手に持つ杖は、ちょっと......
貴公! 上級将校以上の者と見受けるが
名はなんと申す? 名を名乗れ! 」
太陽の形を模したような、華奢で
仰々しい、大きな魔法の杖は、
下級の魔術師のものとは明らかに違っている。
セーゲルフは怖くて、知られたくなくて、
咄嗟に、胸に抱えて隠してしまう。
「......もしや、貴公が王国の
宮廷魔術、セーゲルフなのか......? 」
背を向けたまま、ファルナの問いに答えない。
......だが、語らずとも、体の震えは
先程よりも、更に激しさを増して
自分が誰であるのかを、物語っているようだ。
「......やはり、か......」
警戒し、剣に手を伸ばすファルナ。
「まどろっこしいなあ! 要はコイツもさあ、
叩っ斬りゃ、いいんだろ? 」
あつしの言葉に、か弱い悲鳴を上げ、
セーゲルフは、アルマジロの様に体を丸めている。
「ちょちょ、待って! 駄目です、あつし様!!
待って下さい、確認したい事があるんです、
何でもかんでも、考え無しに斬ってはいけません! 」
「えっ。だってコイツも、敵だろ?
別に要らねえだろ。サッサと」
「ダメダメ!! ちょ、待って! って、そこのオイ!
セーゲルフとやら!! このヒト、ホントにやるから!!
とにかく喋って! ねえ、早くっ!!!!! 」
あつしの体にしがみつき、暴走を阻止しながら
怒鳴りつけるファルナの剣幕に押されたのか、
小さく、聞き取れないような
......ハイ......という声が聞こえてきた。
王宮魔術師が、おどおどした表情で
二人を、見つめていた。
「.......ふう。
かねてから、貴公の事も、方々から伝え聞いている。
古今東西、ありとあらゆる魔法を習得する
このファーラント大陸、最強の魔術師」
「......買い被りでございます。私、は......」
「確かに強かった。騎士団の被害も、
甚大だった。
......だが、聞きたいのは、貴公は本来、
防御や治癒系の魔法の権威であり、攻撃系は
やや、不得手だと聞いていたが、違うか? 」
「......さ、左様で......ございます...... 」
「例えば、貴公の魔法で何が出来る?
例えばだ、どんな魔法が? ん? 」
......何なんだろう、この女騎士は。
この状況で、何故、
こんなに食いついてくるのだろうか。
「......た、例えば、
ディフェンス・オブ・アイアンウォール
(味方全体へのバリア効果)でございますが、
太古の時代、
古竜の襲来の際に、吐く炎から、
王城を護りました......
そ、それに、The eyes of Medusa
(メドゥーサの瞳)
......この、石化魔法も、
本来は攻撃用ではなく......
古術書の記述では、王国北部の、
ベスパ山の噴火の際に
火砕流を石化させ、
首都を護る為に使用した、と......」
「......もお、黒騎士様ウルサイ!
静かにしててっ、て
ゴホン!! 続けて! ふむふむ、で? 」
チャチャを入れるあつしを窘めつつ、
更にファルナの問いかけは続く。
「他、は......重篤な傷病兵の、
治癒であったり......
私、の習得する魔法の、殆ど、は、
王国、を、民を、
護る、為の......」
「......元々、貴公が魔法学を志したのは、
国や民の為であり、殺戮や略奪の手段としてでは
無かったのだろう?」
「......大陸の統一こそが、王国や
民の為になるとの命により......
ただ、本来、は.....医学のみに頼らず、
魔法学の観点から、
疫病の根絶や、天災からの防護など......
武力を用いず、安全、と、平和、を......」
ファルナの穏やかで、優しげな口調。
魔法にでもかかったかのように、
セーゲルフは、とつとつと
自らを語り出す。
そして思い出している。
魔術師を志した日の事。
研究に没頭した日々の情熱。
結局、役に立たなかった。
誰も救えなかった。
こみ上げる無力感。
言葉に詰まる。止め処なく、涙が溢れ出る。
「......そこでだ。
その能力をだな、
我が大公国の為に
使おうとする気はないか? ん? 」
自分の耳を疑った。
「貴公の、その突出した
防御と治癒の魔法の数々......
実に素晴らしい。そして惜しい。
......このまま、失うのはな。
本来の目的、平和利用のみで良い。
戦闘の際? 従軍の必要などない。
貴公の魔法など、当てにはしとらん。
なんと言っても我が騎士団には、
偉大過ぎる、黒騎士様が、
いらっしゃるのだから......ね? 」
そう言うと、あつしの方を振り返り、
にっこり微笑むファルナ。
「貴公が大公国の為、民の為に
手を貸してくれるのであれば......
これほど心強い事はない。
ゆくゆくは、大陸全体の為にもなるだろう。
歴史に残る、偉大なる貢献者となれる筈だ。
如何だろうか? 」
そんな馬鹿な。
話が、うますぎる。
何か、何かの魂胆が......?
聞く事すら出来ずに、無言で
俯いたまま、時間が過ぎていく。
「あくまで、貴公が望むのなら、だ。
王国に忠義を尽くし、
この場で殉じるなら、それも良し。
決断するのは、貴公だ」
「他の者は......どうなるのでしょうか。
例えば部下の、親衛隊員などは......」
恐る恐る、問いかける。
「すまないが、諦めてくれ。
残れるのは、貴公一人だけだ」
少しだけ申し訳なさそうな
表情の後、キッパリと言い切る。
「!!!!! 」
覚悟はしていたものの、
やはり衝撃は大きく
セーゲルフは
ガックリと、頭を垂れる。
「大公国も王国も、
今回、あまりにも多くが死にすぎた。
騎士団員にも、貴公を恨む者は多いだろう。
......貴公一人だけならば、
私と、この黒騎士様の力で
何とでもできる。文句などは言わさん。
......だがな、人は群れる。
それは、派閥となる。
生き残る王国魔術師派と、騎士団員派......
遺恨は綻びを生み、いずれは
致命的な亀裂となる。
それだけは避けたい」
「......」
「他の魔術師達は、全員、この地で殉じてもらう。
......だからこそ、覚悟を問うておるのだ。
此処で死ぬか、生きるか、決めるのは貴公だとな。
生き残れば、王国を売り、自分だけ生き残った
卑怯者だと蔑む者や、そもそも王国側の
二重スパイかも、と疑う者も出るかも知れぬ。
......覚悟を決めて、国に尽くすとあらば、
無論、私と黒騎士様は貴公を信頼するがな。
王国側にも、貴公を恨む者は増えるだろう。
生きていくのも、辛い茨の道だ。
......いっその事、この場で果てた方が
王国と、王に殉じた悲劇の天才魔術師との
名を歴史に刻めて、気は楽かもしれんな。
さあ、どうする? 」
沈黙の時間が過ぎていく。
「......い、一度、だけ」
「ん? 」
聞き取り辛い、小さな声に
思わずファルナが聞き返す。
「......この、一度だけ、
で、ございます......
貴方様方へ刃を向けた、
非礼を、お赦しいただき......
この一度だけ、この私を信じて頂ける、
のならば......」
「うんうん、ならば? 」
「大公国の為、いや、貴方様方への為
......決して裏切りませぬ。
この私の全てを.....捧げます」
覚悟を決め、一語一句、噛み締めながら
言葉を発していく。
今迄の自分、故国、仲間達......
全てのものに、心の中で別れを告げる。
女騎士の言う通り、此処で死ぬ方が楽なのだ。
裏切者として、売国者として、
それでも生きていく事を決めた。
あれだけ何度も、生き延びてやると誓ったのだ。
この先の世界を、見届けてやると。
もう、迷わない。
「......あつし様、よろしかったでしょうか? 」
「まあ、オメエがイイんなら、それでイイんじゃね? 」
どうでもよさそうに、あつしが返す。
「貴方様なら、そう仰って下さると思っておりました
......有難う御座います」
ファルナは、満面の笑みをこぼす。
「さて! セーゲルフ殿、
早速で悪いが、働いて貰うぞ!
我が騎士団の、重傷者が戦場のそこら中に
倒れておる! 一人でも多く救いたいのだ!
ここの騎士達と連携し、救護の措置を頼む!
良いか、お前達! 後は任せるぞ!! 」
「......御意にございます」
セーゲルフは深々と、
一礼した後に立ち上がる。
困惑し、身構えながらも
近づいてくる、数名の騎士達にも
セーゲルフは丁寧に頭を下げる。
「......皆様、宜しくお願い申し上げます。
それでは、急ぎましょう」
朝焼けの光が、大地を少しずつ
赤く染め上げていく。
長い長い夜が、明けるようだ。
悪夢の様な光景は、まだまだ
終わる気配は無い。
早く、早く何もかもが終わって、
平穏たる日々が戻りますように。
全ての犠牲者に哀悼の意を捧げつつ、
ファルナは空を仰いだ。
......あの戦闘から、一週間が経過した。
ラッセン城の周囲には、未だに
夥しい数の死体が
地に転がり、騎士団員達は
その処理に追われている。
連合軍の中に、生きて立つ者はもう、いない。
幸運にも逃げおおせる事ができた
敗残兵達は、命からがら、
故郷を目指している。
僅かに生き残った、大公国騎士団の
その数は八百名程。
九割以上が、命を落としていった。
あつしの意向で、死体の山の中から
騎士団員を探し出し、丁重に埋葬している。
敵兵は、まとめてマイコニドの前に
積み上げて、どんどん消化して貰っている。
まだまだ処理は終わらないが、
敵兵の死体処理だけは、もう
二、三日もあれば済みそうだ。
何よりも、全力を注いでいたのが
旅の仲間達の、遺体の回収だった。
焼け焦げたものや、原形を留めていない
肉の塊や欠片などなど。
日を追う毎に腐食が
進んでいく中で.......
一体、一体、念入りに確認を入れていく。
だからこそ、必死になって回収できた
黒焦げの妖精や、
認識票を巻き付けた
アランの片腕に、金髪の
家紋を彫り付けた鎧の胴体を
目にした時の、あつしとファルナの
喜びようは一入で、
亡骸に抱きついて、頬擦りせんばかりの
様子を見る騎士団員達は当初、
常軌を逸する異様な光景に
映っていた。
そこから、騎士団員達は
どう考えても、奇跡としか
言い表せない体験に遭遇する。
ーーー 白銀の騎士が手に持つ小瓶
中の液体を遺体に振りかけて
暫し時間が過ぎると、
焦げた体はみるみる修復され、
やがて、妖精は意識を取り戻す。
「......い、痛いです、
黒騎士さま......」
戸惑う表情のベルフルール。
「......バッカタレ!
痛いってのはなあ、生きてる証拠で
スゲエありがたいんだよ......! 」
遠慮なく、ぎゅうぎゅう抱き締める。
隣で大粒の涙を流すファルナ。
肉片だけであった、アランと金髪も
体も、命も取り戻していく。
セーゲルフも、この光景を目の当たりにして、
その凄さに圧倒されている。
あの錬金術師の行っていた
死者を弄ぶ、只の実験ではなく
コレこそが、正真正銘の蘇生の儀式。
遥か遥か昔から、あらゆる者達が
夢見て、恋い焦がれ、欲して
金や力......ありとあらゆる
方法で探し求めてきた、
究極の欲望であり、魔法学の権威である
セーゲルフも未だに手掛かりすら、
見つけられてはいない技術。
まさに、神の領域であり、神そのもの。
それを、この騎士は、
いとも簡単に、見せ付けてくれた。
周りに居合わせる、皆が
感動に震えている。
あつしは、ついでにと、
身元が判別できた
上級将校階級の騎士の亡骸も、
二十名程、復活させた。
そして、あろうことか
皆の前で、頭を下げて謝罪した。
蘇生できる数には、限りがある。
だから全員は、蘇らせない。
こちらで選んでしまい、申し訳ない、と。
だが、騎士団員達には、十分すぎた。
これだけの偉業を成し遂げながら
我が主君は、なおも部下を労い、
頭まで下げてくれる!!
猛烈に感激し、感極まった騎士団員達は
皆、口々に あつしへの固い忠誠を誓い、
右手を挙げ、大きな声で
シュプレヒコールを繰り返す。
「......何か、知らない内に
凄い事になってるみたいですねえ」
意識を取り戻した金髪が、
耳打ちするように、あつしに語りかける。
「こんな時に恐縮なのですが......
お腹、空きませんか?
いや、ずっと食べてないもんですから」
一瞬、呆気に取られるあつしとファルナ。
馬鹿っ! と小声で吐き捨てるアランと
硬直するベルフルール。
「! ハハッ、そりゃ、そーだ!!
お前、ずっと死んでたもんな!
すげえ腹減ったろ? ヨシ!
まずはメシ! 飯にしよう!!
今晩は豪勢にいこうぜ!
祝宴の用意を頼むぜ!! 」
元気良く頷いた後、
嬉しそうに、ジルが駆け去っていく。
夕刻の食事は、戦勝会と仲間達の
復活と再会を兼ねた、盛大なものとなった。
惜しみ無く、備蓄された酒や食材が
次から次へと提供されていく。
厨房で、ジルは大忙しだ。
侍女達と連携し、料理を作り、
届けてと、所狭しと駆け回る。
この先も、まだ暫くは
戦闘で荒れたラッセン城周辺の
修復作業は続いていくし、
その後は、首都トリアムに
帰還しなければならない。
その為、今後の食料の備蓄状況を
心配する者もいるのだが
ジルは全く、意に介さない。
「はあ? この日に出さなくて、
一体、いつ出すんですか!?
今でしょう! 今っ!!!
今日、この時を待ってたんですよ!
......大丈夫ですって!
ホントに困ったら最後の最後は、
みんなで粟でも齧りましょう!! 」
汗だくの、笑顔で返す。
本当に久々の、賑やかで平穏な時間が
城の皆の間に流れていく。
この先の未来は、明るいものばかりだ。
皆が笑顔で、飲み、食い、歌い、
大公国万歳、黒騎士万歳と高らかに
声を上げている。
その様子を眺めている、あつしの様子を
心配そうに見つめる、ファルナの姿。
「......お身体、大丈夫ですか?
何処か、悪い所でも......」
突然、指摘されて狼狽えるあつし。
「んあっ!? あ、ああ! 大丈夫、
全然大丈夫だよっ☆ てへっ」
「お酒もお食事も......殆ど
お召しにならないものですから。
それに......お顔の色も、
気のせいか、あまりよろしく
ないようで......」
あつしの顔を覗き込むように、
近づくファルナから、立ち上がって
慌てて遠ざかる。
ガタンッ!
ふらつき、あつしは大きく尻餅をつく。
「アイタタタ! ありゃりゃ、
ちょっ、と、疲れてるみたいだな
......ヨイショ、っと」
フラフラと立ち上がる姿に
驚いて駆け寄り、手を差し伸べる
ファルナに向かって
「来るな!!! 」
つい、大きな声で、怒鳴ってしまっていた。
異変に気付いて、周りの者達の視線が
あつしのほうに集中する。
どうすれば良いかわからず、
オロオロした、涙目のファルナ。
「......違うんだよ、ゴメンな。
ちょっとさ、オレ疲れてるんだよ。
安心して、気ぃ抜けちゃったかな!?
折角の祝宴だっつうのにさあ
......ホント、ゴメンな。
今は一人にさせて欲しい。
先に、休ませてくれ」
皆の顔が見れない。その気になれない。
振り替える事も無く、ヨロヨロと
寝室へと戻るあつし。
激しく襲う、頭痛と眩暈。
我慢を重ねてはいたが、もう、限界だ。
目の前の視界がグルグルと回り、
立って歩くのも、精一杯で
卒倒せぬよう、通路の壁に
体を寄せながら、引きずるように
部屋へと、急ぐ。
何か考えるのも、面倒だ。
とにもかくにも、まずは
ベッドの上でぐっすりと、休みたい。
この世界で、この自分がしてやれる事は
全てやりきったような気がする。
もう、この国は
俺が居なくなっても大丈夫だ。
ここで、夢から覚めてくれれば、
ああ、いい夢だった、と、言える筈だ。
この頭痛は、現実世界へと戻れる
良い兆候だと信じたい。
戻るぞ、現実に......!!
強く念じ、倒れるように
ベッドの中に、潜り込む。
そして、そのまま
気を失うかのように
深い眠りの中に落ちていった。




