15.歓喜の降臨(後編)
完全に、日は沈み暗闇が支配する
ラッセン城前の平原にて
無数の灼熱魔法が方々で炸裂し、
炎に照らされる光を頼りに
連合国軍と大公国騎士団との死闘は、
絶え間なく続く。
地平線上に、人の大きな怒号や悲鳴、
魔獣の咆哮が響き渡っている。
数で勝る連合国・アーノエル王国軍は、
その圧倒的な兵力差を以て
数も疎らとなった
大公国の騎士達を一人、また一人と
虱潰しに倒していく。
最早、戦闘とはいえぬ一方的な虐殺の光景が、
あちこちで展開されている。
大地を埋め尽くさんばかりの、
膨大な数の骸達が無造作に転がっている。
その亡骸の殆どは、
胸に大公国の紋章を刻んだ騎士達だ。
約五千の騎士団員達も、
今では半分どころか千も残るかどうかの
ほぼ、壊滅状態に陥っている。
その中でも一際、激しい戦いが
繰り広げられているのは
王国軍の陣中の中央部で、
凄まじい轟音と共に爆風が吹き荒れ、
色とりどりの鮮やかな閃光が迸ってる。
その中で砂塵に塗れ、
剣を振り回す白銀色の騎士姿の男と
暴威を振るう、数匹の魔獣達がいる。
あれが、黒騎士と呼ばれる者なのだろうか。
たった一人だけ、強さの桁が違う。
まるで歯が立たない。
......とにかく化物じみた馬鹿力で、
戦うというよりも暴れるといった表現が適切で
斬るというよりも殴るであったり、
薙ぎ倒すような印象だ。
......どうも情報と違うな。
全身、漆黒の鎧ではなかったのか?
あれは別人で、別にもう一人、
黒騎士がいるとでもいうのだろうか。
こんなヤツと同等か、
それ以上の存在がいるとすれば......
とてつもない大きな不安が、
王国の兵たちの頭の中を過る。
だが、これだけは直感している。
おそらく、この男が戦局の鍵を握っている。
コイツを倒せねば、今日の戦いは終わらない。
白銀の騎士の首を狙い、
王国軍の兵達は総力を挙げて
突撃を仕掛け、魔術師は、ありとあらゆる
魔法攻撃を浴びせていく。
傍目から見た限りでは、
王国軍の圧倒的有利である状況は揺るぎない。
あくまで、傍目から見た限りでは、だ。
戦う王国軍兵達の表情からは、
誰一人として余裕は感じられない。
斬っても、突いても、射貫いても、
炙っても凍らせても雷を浴びせても、
敵は衰弱する気配すら見せない。
ざく、ざく、ざくっ。
地に転がる、夥しい数の
死体を踏みつけながら王国兵に迫る騎士。
ゆらり、と掌を広げると、
耳を劈くような爆発音や
悲鳴と共に大量の血飛沫が上がり、肉片が舞う。
凶暴な不死の魔神を前に
兵達の士気は上がらない。
後方から聞こえる、下がるな、
武器を構えろ、戦えと叫ぶ上官の声が煩わしい。
最前線で武器を構える兵達は、
蛇に睨まれたように身体を硬直させ
仔犬のようにブルブル震えながら、
為す術もなくただ、潰されていく。
「どーした? 来い、もっと来いよ。
かかってこいやコラ!! 」
右手に持つ大剣を大きく天に掲げ、
勇ましく吠えて王国兵を威嚇する
白銀の騎士こと黒騎士。
「オラオラ、次が支えてんだよ、次が!!
死にてぇ奴から、サッサと前出てこんかぁ、
って......うぶぉっ!? 」
べちゃ。
死体と死体の間に片足を挟んでしまい、
車に轢かれた蛙のように
ばったりと地に突っ伏す、あつし。
......一瞬の沈黙。
はっ、と我に返った王国兵が一人、
また一人と白銀の騎士目掛け襲いかかる。
ここだ、ここで、終らせてやる。
千載一遇の好機に恐怖を振り払い、功を急ぐ兵達。
まるで、瀕死の芋虫に群がる蟻の大群のようだ。
手に手に、持つ刃の先を白銀色の
鎧に向けて闇雲に突き立てていく。
後方からは、セーゲルフらの
王宮魔術師達が燃焼系の魔法を
詠唱し、片っ端から火球をブチ込んでいく。
巻き込まれ、燃え尽きていく
哀れな同士達が続出するが、気にも留めない。
恐怖に取り憑かれ、奇声を上げながら
トドメを刺しにいく。
頼む。
頼むからこれで倒れてくれ。
死んでくれ、死ね、死ね、死ねえぇぇぇ!
「......んがあぁぁぁ! チョコマカと、
邪魔っ、だあぁぁぁぁっ!! 」
弾き飛ばすように、兵を払いのけながら
立ち上がる白銀の騎士。
そのまま、一本足打法のフルスイングで、
豪快に兵達を叩き斬る。
ホームランボールのように、次々と
空高く王国兵が飛ばされていく。
戦闘を止め、唖然と騎士を
眺める王国軍の兵士達。
あれだけ攻撃したにもかかわらず、
べったりと返り血を浴びた白銀色の鎧は
ギラギラと妖しく光を放ち、僅かな傷と
煤が付いているようにしか見えない。
困惑、焦燥、恐怖......
あらゆる感情が脳裏を駆け巡る。
努めて冷静に、冷静に
自分達の置かれている状況を分析する。
そこで、導かれる結論は一つ。
ーーー こんな化物に、敵う
ワケが無いじゃないか!! ーーー
錯乱状態に陥る王国兵達。
引き潮のように、白銀の騎士の
周囲から一気に人が離れていく。
武器も放り投げて我先へと、
押し合いへし合い逃げ出す王国兵。
足を縺れさせて転ぶ男を契機に、
大規模な将棋倒しが発生する。
雪崩のように、バタバタと
地に倒れ込んでいく男達。
「ぐぇッ!! 」 「ぐぎゃっ!? 」
と、声にならぬような
断末魔の声と共に、人が次々と潰されていく。
白銀の騎士を包囲する陣形が崩れていく。
収集のつかぬ、パニック状態。
態勢を維持すべく、
必死に引き留める上官の声など
地が割れんばかりの悲鳴にかき消され、
まるで聞こえない。
逃げ惑う王国兵達の背後から、
悠然と歩く白銀の騎士は
ゴミを箒で掃くかのように
大剣で兵を薙ぎ倒し、蹴散らしていく。
♪ おーでかけですかー、レーレレのレー
あつしの頭の中で、ずっと
あの歌のフレーズが駆け巡っている。
業を煮やした王国軍の分団長が、
逃げる部下達を片っ端から
切り捨てていく。
同胞に討たれるという、
惨めな最後を遂げて地に転がっていく男達。
「貴様ら、それでも誇り高き
アーノエル王国軍の兵士かぁ!?
下がるなぁ! 前だ、前を向いて
騎士を討てぇぇぇ!!
ここより下がるものは、
この俺が叩き斬るっ......!! 」
鬼の形相で叫ぶ分団長の声も姿も、
ほんの数秒程で見えなくなってしまった。
白銀の騎士の攻撃に巻き込まれ、
物言わぬ肉の欠片となってしまったのだろう。
混乱極まる戦場の最前線で、
王国の宮廷魔術師セーゲルフは
逃げ出す事なく、ただひたすらに
呪文を唱え続け効果の無い魔法攻撃を続けている。
その後ろから援護を行う、
部下である親衛隊の魔術師達。
どすっ、どすっ、どすっ、どすっ。
べちゃっ、ぐちゃっ、ぐちゃっ。
セーゲルフのすぐ横を、
駆け抜ける魔獣が
大勢の王国兵を跳ね飛ばし、
踏み潰しながら遠ざかっていく。
彼の視界の中に、目玉が飛び出した
グジャグジャの顔面の死体が飛び込んできた。
目が合ったような気がして、
慌てて視線を逸らす。
あまりの速さに咄嗟に身体は反応せず、
びくっ、と硬直させるだけで
躱す事すら出来なかった。
ミノタロウスに踏み殺されずに、
今まだ生きていられているのは
本当に只の「幸運」で、
「たまたま」でしかなかった。
それは自分自身が、一番良く理解している。
本来ならば、もう既に
死体の山の中に転がっているはずだ。
心臓が、バクバクと破裂しそうな位、
激しく鼓動を刻んでいる。
パクパクと、魚のように口を開け荒い息を吐く。
涙を流し、ガクガク震える足は
生まれたての子鹿のように
立っていられるのがやっと、といった状態だ。
決して見てはいけない、
触れてはいけないものに遭遇してしまった。
大きな、とても大きな
絶望感や無力感が襲っている。
......だが、必死に踏ん張って地に膝は付けず
仁王立ちで詠唱を再開するセーゲルフ。
ーーー クククっ、ご苦労な事だな。
まだ頑張るのか? ーーー
「あ、当たり前じゃないか!
騎士を倒す為には...... 」
ーーー どう見ても、
全く効いていないじゃないか? ーーー
「しょ、勝機は必ずやある!
この世に存在するもの、
必ず弱点の一つ位は......!! 」
ーーー 嫌というほど、思い知ったろう?
倒せるはずがない。
ほら、他の兵どもと一緒に逃げた方が利口だぞ?
......これ以上、何に意義を感じ、
何の為に殉じる?愛国心か?
大陸一と謳われた魔術師の
自尊心か?
それとも親衛隊の為なのか?
此処でむざむざ、犬死にの覚悟か? ーーー
嘲笑うかのような、心の中の声が
自分自身に問いかける。
即答できない。
「ぎ、ぎいぃぃ......!
ぐうぅ、ぐうっ......!! 」
血が滲む位、強く唇を噛み、
苦しげに唸り声を漏らす。
確かに、状況は非常にマズい。
このままでは、逆立ちしたって勝ち目は無い。
誰がどう考えたって、ここはもう、
逃げ出した方が得策なのだ。
だが、逃げない。
「......何の為だと!?
......自分の為だよ」
ポツリと、小声で呟く。
恐怖に打ち拉がれながらも、
真っ直ぐに騎士を睨み付け、
ありったけの火球を白銀の騎士に向け、叩き込む。
「ああ、そうだ! その通りだとも!!
当たり前じゃないか!!
王国の為でも、仲間の為でも、
あの王の為でも無い!!
全ては生き残る為......
この私自身の為でしか無いっ!!!
......逃げるだと!? この状況で、
何処へ逃げる? 逃げられる!?
どのみち、惨めに嬲り殺されるだけだ!!
諦めんぞ......!私は闘う、
騎士と闘って、
何としても生き抜いてやるぞ!! 」
吹っ切れたように、叫ぶ。
パンドラの箱を開けてしまった以上、
眼前の大いなる邪悪な存在は、
打ち倒さねば、滅ぼされるだけだ。
不退転の決意で臨む。
火球の数も大きさも威力も明らかに増している。
その姿に背を押され、他の魔術師達も立ち上がり、
白銀の騎士の騎士に向けて攻撃を再開する。
逃げ惑う兵達も徐々にではあるが、
立ち止まり再び武器を手に取って......
意を決して騎士へ向かって突撃していく。
遠くで、王国兵の叫び声が聞こえてくる。
「......申し上げます!
帝国軍のアリ皇太弟率いる本隊、
全軍を挙げて我が軍の支援の為、
合流に向かっております!! 」
王国軍陣内に一際、大きな歓声が上がる。
先程までは打って変わり、激烈に
士気が向上していくのがわかる。
白兵戦、騎馬戦共に大陸最強の帝国軍が
加勢するなら、鬼に金棒だ。
かなり倒されたとはいえ、まだ半分以上、
十万を超える兵力だ。
その全てを以て、たった一人の男を潰せば良いのだ。
今こそ、今こそが最大にして
唯一の勝機。今しかない。
セーゲルフの血が滾る。
「......アリ様。 どうも先程から、
あの錬金術師でございますが
......不審な動きをしておりませぬか? 」
マンティコアを駆り、王国軍に
合流を急ぐアリの耳元に
併走する側近の帝国兵が話しかける。
明らかに進軍のペースを落とし、
本隊から距離を置いてノロノロと
進む錬金術師ベルナルドの不死兵軍。
「フン、放っておけ」
横目で一瞥しただけで、アリは特に
気にも留める様子はない。
「......よ、よろしいのですか? 」
困惑した表情で尋ねる兵。
「......あんなもの、一目
見れば分かるだろうが!
状況次第でいつでも逃げられる様、
様子見を決め込むつもりだろうよ」
憎々しげな表情と、吐き捨てるような口調。
「だが今はだな、あんな無能に
構っておられんわ。
この戦が終わり次第、適当な
罪状でもつけて処刑してしまえ」
アリの冷徹な口調に、側近は黙って深く頷く。
莫大な経費を垂れ流し、時間を浪費した
研究の成果がこれか。
不死の兵隊とやらも、その不気味さから
遠征当初は大公国軍の士気を削ぐ
効果はあるかと思っていたが
ただの買い被りであったようだ。
特にこの危機的状況には、全く以て役に立たない。
只の木偶の坊の寄せ集めではないか!
「......ペッ! 」
湧き上がる苦々しい思いに、
地に唾を吐き捨てる。
が、すぐに気を取り直し、
険しい眼差しで言葉を続ける。
「良いか、とにかく、あの白銀の騎士......!
今はヤツだ、狙いはヤツの首ひとつ!!
くれぐれも、他の騎士に時間を取られるな!
王国の兵達も、邪魔なら蹴散らして構わん!
とにかく白銀の騎士を真っ先に潰せ!!! 」
アリの声に呼応し、力強く
雄叫びを上げる帝国兵達。
惜しい。実に惜しい。
この騎士がもう少しだけ、手懐けられる
程度の化物であれば
悲願である帝国の大陸制覇は、
いとも容易であっただろうに。
ふと頭に浮かんだ考えを、
必死に頭を振って打ち消した。
ーーー ダメだ! とてもじゃないが、
手に負えん!! ーーー
このファーラント大陸の人類の存続に関わる、
凶暴すぎる存在だ。
このまま、野放しには出来ん。
今日だ。今日、この場で仕留めねば!!
焦りを静め、恐怖心を押え込む為に
今一度、力強く吠えて
マンティコアに鞭を入れる。
その帝国軍の動きは、あつしと
合流を急ぐファルナ達にも
遠目からでもよく分かるものであり、
彼女たちも焦っている。
残念だが、我が大公国軍騎士団は
完全に崩壊してしまった。
最早、いかに無双な黒騎士であれど
一人でこの圧倒的状況は、翻しようがない状況だ。
だが、脳筋の彼の事だ。
退く事もせず、最後の最後まで
剣を振り続ける事だろう。
だからこそ、彼の元へ急ぐ。
四散した騎士達を集め、
僅か三十名程で円陣を組んだ一団は、
敵だらけの包囲網の中を
押しのけるように進もうと奮闘している。
何としても副将のファルナを
黒騎士の傍に届けたい。
そこから何が出来るかなど、
もう考えてはいられない。
まずは、大将の黒騎士の傍へ。
ただ、その一心だ。
無数の人波に阻まれ、たった
二、三百メートルの距離が絶望的に遠い。
傷付けぬよう、ファルナを
中心に置いて騎士達は壁となり
四方からの猛撃を盾で受け、
剣で捌きながら必死で進む。
......一歩づつ、一歩づつ
歩く毎に傷を受け、
力尽きる騎士達が一人、
また一人と地に倒れていく。
「アラン殿! もう......無理です、
凌ぎ切れません!! 」
敵の剣を受ける、騎士の一人が悲鳴を上げている。
気力、体力ともに限界のようだ。腕が震えている。
......だが、どの騎士も深手を負った
重傷者ばかりであり、
眼前の敵を相手にするのが精一杯なのだ。
殿を務め、剣を振るうアランにも
助けてやれる余裕が無い。
やがて、苦悶の声を出しつつ地に伏す騎士。
後方でも同様に倒れていく者がいる。
どうしてもやれぬ無力感、厭世観が
アラン自身を苛む。
目頭が熱くなり、涙が滲む。
手を休めた時が、終わりの刻だ。
数秒もすれば、物言わぬ只の骸と化して
そこらに転がっているだけの事だろう。
幾多の激戦を生き抜いてきたアランであっても
既に息は上がり、疲れと痛みで身体は痺れている。
もう駄目だと嘆き、諦めるのはすごく簡単だ。
だが、まだ諦めない。
どのみち、もう死からは逃れられない。
ただ、まだ使命が残っている。
もう少し、もう少しだけ待てって!
運命に抗い、我武者羅に敵を叩き斬って
アランは一歩づつ前を必死に進む。
「済まん、許せ......!
もうじき、俺も黄泉に
往くからな......!! 」
涙に掠れた声で死者を弔いながら。
前方に、あつしらしき白銀の兜が見えてきた時
アランの右足に耐えがたい激痛が走る。
大型の洋弓銃から放たれた
太く長い弓が膝の上を打ち抜いて、
地に深く突き刺さっている。
引き抜くのは困難だ。
決して油断していた訳ではない。
咄嗟の判断力も、反射神経も
衰え切ってしまっているのだ。
地に倒れぬよう、辛うじて姿勢を保ちつつ
手前の王国兵を斬り捨てる。
ふう、ここまでか。
軽く吐く、溜息ひとつ。
意を決すると、振り向きざまに
ファルナの首根っこを掴んで
部下の騎士達に力一杯、強く押しつける。
「お前達! くれぐれもファルナ様を
黒騎士様の御許へ......
後は、後は宜しく頼んだぞ!!
ーーー 奥義・音速千段斬!!! ーーー 」
余力を振り絞って繰り出す無数の刃の先は、
瞬く間に多くの王国兵を斬り刻み、
前方の道を切り開く。
思わず怯み、後退りする王国兵達。
その隙に、嫌だ駄目だと慰留するファルナを
黙らせるように抱き抱え、残る騎士達は先を急ぐ。
後を追う敵兵に見舞う、二度目の奥義・音速千段。
だが、連続する事で格段に威力が下がった
必殺技では倒せる兵は数が少ない。
もう、力はどこにも残ってはいない。
それでも三度目の奥義を繰り出すアラン。
長く愛用した、アラン家に代々伝わる
金色の聖剣デュランダルは
三人目を斬った所でバキン、と
大きく甲高い音と共に根元から折れてしまった。
勢いよく鎧を突き破り、
長槍がアランの胸を貫いて
宙ぶらりんに吊り上げられるアラン。
反射的に剣を振り下ろすも、
折れた剣では届く筈もない。
続け様にブスリ、ブスリと身体に
幾本もの槍を受けながら、
朦朧とするアランの眼前に迫る
ボウガンの矢が見えた。
無念だ。
その思いを最後に、アランは力尽きる。
脳天に図太い矢が根元まで突き刺さっている。
一方、白銀の騎士こと黒騎士にも
帝国軍の動きは十分、把握できていた。
これだけ王国軍共が騒いでいるんだ、
気付かない筈がない。
バカじゃねーか?
キャンキャン吠えてうるっせーなー。
だが、だからといって慌てる事も無ければ、
怯える事も無い。
ただただ、淡々と視界に入る
兵達をミンチにしていく。
帝国の奴等が合流した所で何だってんだ?
取るに足らない、白蟻のような
雑魚が一気に増えた所で
鬱陶しいには違いないが、
じっくりと時間をかけて、
しっかりと駆除してしまえばいいだけだ。
敵は誰一人として、生かす積もりは無い。
そうだ、誰一人としてだ。
戦いながら、横目で騎士団の姿を探す。
残念だが、近くを見渡しても誰も居ない。
どこもかしこも、敵ばかり。
仲間達を皆、
死なせてしまったのかもしれない。
......付き合わせてしまって、
可哀相な事をしてしまった。
だが、悲しいとか、憎いとかの
感情は不思議と沸かずに
童心に返ったかのように、
嬉々として剣を振るう自分がいる。
怯え、逃げ惑う兵共を蹂躙し、
嬲り殺していく毎に
ドス黒い悦びに目覚めていく
感覚に陥っていくのを感じている。
深い深い、心の闇に堕ちていく快感。
小学生の頃を思い出す。
空き地や裏山で汗だくになって虫を追いかけ、
捕獲した蜻蛉や
蟷螂の足や羽をもぎり、
無理矢理、互いを共食いさせたり、
飽きたらデコピンで首を弾き飛ばした。
蟻の大群など見た日は、もう大興奮だ。
バンバン足で踏みつぶすだけでは飽き足らず、
巣を辿り、やれ水責めだとホースの水をぶっかけて
やれ火責めだとライターの火で炙り、
ロケット花火や爆竹で、吹っ飛ばしては喜んでいた。
反撃できない、弱くて小さな命を玩具にする遊び。
何で、あんな事がスゲエ、楽しかったんだ?
大人になってからは、
すっかり忘れてしまっていた。
他人に話すと、病んでいるとか
言われてしまいそうな
陰湿で残酷極まりないだけの行為。
だからこそ、より興奮していたのかもしれない。
その頃に戻ったかのような錯覚を覚えている。
ああ、そうだったなあ。
そうそう、コレだよ、コレ。
フフっ、楽しかったなあ。
やればやるほど、気分は高揚して
知らず知らずに口元に笑みを浮かべている。
そうだよ、何に遠慮してるんだ?
全てはイカレた、俺の夢ン中の世界じゃねえか。
思うがまま、好き勝手にやればいいだけさ。
コイツらみんな、害虫だよ、害虫。
根こそぎ、根絶やしにすりゃあイイんだよ。
だってさ、こんなに楽しいんだぜ!?
畜生にも劣る、薄汚ねえ糞のMOV共め!!
虫ケラの分際で調子に乗りやがって。
全てだ。全て殺処分してやる。
そうだ! この戦闘が終わったら次は
この大陸の者一匹残らず、
っていうのも良さそうだな。
行く先々での魔王だの何だのの言われようも、
今では納得だ。
多分、この世界で俺の存在意義は、
殺戮していく事なのかもな。
邪悪な考えに取り憑かれる程に、
戦意は昂ぶりより強大な力が
沸き上がるのを感じる。
「ふ......ハハハァッ!!
楽しいなぁ、オイ!?
コラ蠅共、もっと湧け!
もっとコッチ来い!!
もっと遊んでやっからよお......
ハハハハハ!!! 」
けたたましく笑いながら、
暴虐の限りを尽くす白銀の騎士。
異様だ。
疲れを見せるどころか、
騎士が一降りする毎に剣の威力は増し、
魔法の威力もグングン
上がっているのが遠目からでもハッキリ分かる。
一撃で倒される兵の数が桁違いに増えている。
騎士の全身から、ユラユラと大きく
黒いオーラを発しているように見える。
大気を引き裂くような、激しい殺気が伝わってくる。
折角盛り上がった戦意や勝利への希望が、
一気に萎えて萎んでいく王国の兵士達。
マズい。このままではマズい!
焦り、追い詰められていくセーゲルフ。
全身から、血の気が一気に引いていく。
理性が奪われる。
怯え、震えながら詠唱する、
聞き慣れない古代王国語。
耳にした部下の魔術師が、
驚いた顔で彼を窘める。
「......ゲルフ殿、セーゲルフ殿!
お待ちください! それは一体、
何の......何の魔法でございますか!? 」
セーゲルフが唱えるのは、
十年以上前に出土した古代王国の
魔法書に記載されていたものであり、
現在も研究中である奥義・石化魔法の
ーーー The eyes of Medusa
(メドゥーサの瞳) ーーーだ。
経年劣化によるページや文字の欠落が激しく、
読み取りも非常に困難であった状態から
少しずつ、少しずつ解析を重ねて
現在では九割以上の解読がされたと考えられている。
遙か遙か太古の王国での究極魔法の一種であり、
その威力は蛮族の侵略軍全てを一瞬で石化したとも、
古代の大竜をも倒したと書かれている。
問題なのは、未だ研究段階の代物であり、
十分な臨床試験を行っていない、
極めて危険な状態の魔法である事だ。
この場で使用する事で、
互いにどの程度の被害を及ぼすのかが
誰も全く、予想出来ないのである。
甚だ危険すぎる、禁忌の術。
「せ、セーゲルフ殿ぉ!
なりませぬ、なりませぬぞ!!
騎士の周りには、
大勢の同胞が!!!
多数を巻き添えにしてしまいますぞ!
生贄とされるお積もりか!?
斯様な場所では
...... ガはっ!! 」
しがみつき、懇願する部下を払いのけ、
殴りつけるセーゲルフ。
「ハンッ、斯様な場? この状況!?
笑わせるな!!
ー 今・ココで・ヤツに ー
使わずに、何時使うのだ!!!
危険は承知だ!
騎士には、慈悲の欠片も無い!!
このままでは我等、皆殺しにされるだけだ!!! 」
常軌を逸した、呂律も回らぬ早口で捲し立てる。
「...... 足止めを食らわせている、
今こそ最大の好機。
あの化物退治と、大陸の恒久的な
平和の礎としてならば
王国兵達も、喜んで
犠牲になってくれるだろうよ!!
蛮行かどうかは、後々の歴史が判断するわ!
貴様如きが、この俺の邪魔をするなぁぁぁ!!! 」
狂っている。
怯えた目で部下が見つめている。
だが、セーゲルフは相手にもしない。
勝てば官軍。
そうだ、勝てば官軍だ!
倒せてしまえば救世主だ!!
騎士以上に非道にならねば、
ヤツは決して倒せない。
大丈夫、大丈夫だ!!
あれだけ石化魔法の研究に没頭して、
何年も何年もかけて
この俺が解読してきたんだ。
呪文も一語一句、
間違い無く叩き込んだ。
倒す。この一撃で、倒す!!!
「......大地の神よ、この脅威たる
存在に石化の神罰を!!!! 」
最後の一文を詠唱するやいなや、
セーゲルフが掲げる杖から
放出する激しい光が前方の白銀の騎士に襲いかかる。
「...... !!! 」
まるで雷に打たれたように、
ビクビク痙攣する騎士の体は
あっという間に足元から頭の天辺まで
灰色に染め上がり、やがて大きな
石の彫刻のように動かなくなった。
魔法の威力は止まる事を知らず、
悲鳴や呻き声と共に
白銀の騎士の周りに居た
王国兵達も次々に
石化の波に飲み込んでいく。
バキバキ、といった嫌な音が響き渡っていく。
想像以上の凄まじさに、
目を背けるセーゲルフ。
そして、ただ強く、強く念じる。
通常は決して
信心深い人間では無かった。
心の底から詫び、大地の神に祈る。
これで、終わってくれ。
......幾何かの時間を経て、
石化の動きが止まる。
呪文の効果が終わったようだ。
白銀の騎士と、その周囲五十メートル程の範囲は
巨大な石の塊と化して静かになっている。
忌々しい、魔獣も一匹は倒せたようだ。
......これで終わったのだろうか。
恐る恐る、石の斜面を上るように王国兵達が
ゾロゾロと確認の為、騎士に近づいていく。
ピクリとも動かぬ、白銀の騎士の石像。
剣の先でツン、ツン、と軽く
突いてみた後に
刃でカンカンと叩いてみても、
槍で強めに突いてみても
騎士は微動だにしない。
大きな不安が、微かな安堵から
大きな喜びへと変わっていく。
「......動きません!
だ、大丈夫のようです!!
皆の者! 白銀の騎士は、
今、この場にて我ら王国軍が......ぁ!? 」
......ピシッ。
高らかに勝利の雄叫びを上げようとした、
兵が驚いて振り返る。
今、確かに背後から、嫌な音がした。
......ピシッ、ピキっ。
大勢の兵士が、一斉に音の鳴る
方角目掛けて凝視する。
音の鳴る方向......
それは白銀の騎士の内部から。
音は段々と連続して、大きくなっていく。
ピキピキっ、ピシッ、ビキッ、ビキビキビキっ。
安堵も束の間、またも疑念と
不安に囚われる兵士達。
やがて、それは確信と恐怖に変わる。
蜘蛛の子を散らすように、
慌てて騎士から離れていく。
白銀の騎士の石の体から発生する
微かな罅はみるみる大きくなり、
石が割れ、砂埃の白煙がモクモクと舞い上がる。
まるで、卵から恐竜が孵化する時のようだ。
バッカーーーン!!!
......一際大きい炸裂音と共に、
勢い良く中から飛び出る白銀の騎士。
大勢の敵兵の前で呑気に
腕をブンブン振り回し、
ゴキっ、ゴキっ、と左右に首を振って
骨を鳴らしながら体中の石を払い除けている。
「イヤイヤイヤ、すっげぇ
驚いちゃったわー!
ありゃ、魔法っ、ちゅーより
幻術みてえだったな!?
ハハハッ、ついつい状態異常保護、
遅れちまったよ」
周りを気にせず、楽しそうに
ブツブツ呟いているが、
何を言っているのか全く以て理解できない。
渾身の必殺技にも平気な様子に、
絶望するセーゲルフ。
ヘナヘナと膝をつく。
もう、これが駄目なら次は無い、という
覚悟で臨んだ最後の切り札だった。
古書の解析が不完全だったのか?
それとも詠唱が中途半端だったのか?
......いや、解読も詠唱も完全だった。
だからこそ、効果も未だかつて無い、
凄まじいものだった。
騎士以外には。
やはり信心が足りなかったからだろうか。
まとまらぬ考えが頭の中を、
激しくグルグル駆け巡る。
ただ、これだけはハッキリしている。
出せるカードは出し尽くした。
そしてヤツは生きている。
準備体操? が終わった
白銀の騎士が兵に向けて告げる。
「......なかなか楽しませてもらったよ。
さ・て・と......次は、俺のターンだな」
そのまま一気に駆け出し、
逃げる王国兵達を次々に叩き斬っていく。
大混乱の陣内で、セーゲルフは
何もせずに呆然と、廃人の様な表情でただ、
戦闘風景を眺めている。
最早、この俺に出来る事は何も無い。
無論、王国兵達もだ。
最早、残された望みは帝国軍の到着だけだ。
力自慢の帝国兵共に時間を
稼いでもらって、その間にこの石化魔法で、
後方の化茸達を倒してしまい
自分達だけでも退却路を確保したい。
頼む、早く来てくれ!!
藁にも縋る思いで、援軍を待つ。
一方、最前線にて、白銀の騎士と
戦う度胸の無い者達は
少し離れた場所で騎士団の
残党狩りに躍起となっている。
必死なのは戦闘放棄と見做されぬよう、
最低限の手柄を確保しておく為。
寄ってたかって大勢で弱い者を潰していく。
狙われているファルナ達の運命も、
もう風前の灯火となってしまっている。
既に避けきる力も無く、鉄棍棒の
一撃を頭部に受けた隣の騎士は
悲鳴を上げる間も無く、ぐしゃ、と
地面に叩き付けられ、動かなくなる。
歪に拉げた兜から、
鮮血が噴水の様に吹き出ている。
敵の攻撃からファルナの身を庇おうと、
覆い被さる騎士が
重機兵の戦斧の餌食となり、
ズルリと地に崩れ落ちる。
呻き声と共に聞こえる、微かな
「......御武運を...... 」
との、最後の言葉。
非情にも、既に絶命している騎士の体に
執拗に剣先を突き立てている王国兵達。
一人、取り残されるファルナは
袋小路に追い詰められた子猫のように
僅かな隙間でも見逃さずにすり抜けようと、
必死になって足掻き、藻掻く。
無数の剣を、槍を見切って躱し、ひたすら斬る。
その距離、あと百メートルほど。
ーー 見える! あの向こうには、
黒騎士が居る! ーー
それだけを願い、死に者狂いで駆け回る。
鎧を破って背中に突き刺さる短剣の刃先が、
ズブズブと肉を抉っていく。
「......ギィ! ギイイィィッ!!! 」
痛い! イタイイダイ、イダイッッ!!!
身体を迸る激しい痛み。
ファルナの動きが止まる。
高級将校らしき獲物を仕留めんと、
王国兵達も目の色を変えて次々と襲いかかる。
避けても避けても、次々に刃を浴びて
体中、血塗れになり、ふらつくファルナ。
もう、ダメだ。
「......黒騎士さまぁぁぁ!! 」
咄嗟に天に向かって、叫んだ。
怖くないなんて、嘘だ。
嫌だ。まだ死にたくない。
死を目の前にして、心の底から強く思った。
騎士道とか軍規とか、名誉とか誇りだとか。
自分自身を雁字搦めに
縛り付けていたものは今ようやく、
頭から全てキレイさっぱり消し飛んだ。
好意を悟られてはいけない、
口に出してはいけないと
厳しく自分を律して、
我慢に我慢を重ねてきた。
だが、もう、そんなものはどうでもいい!
大公国騎士隊長でも、
「名門」インバース家当主でも
「大竜を退けし勇者」
英雄アンリの娘でもない。
一人の女として、感情の赴くままに叫ぶ。
傍に居たい。想いを言葉に伝えたい。
それが無理なら、死が逃れられぬなら、
せめて最後くらい、傍らで迎えたい。
こんな場所で、気付いて貰えず
死んでいけるかっ!!!
......残念ながら、黒騎士には声
は届いていないようだ。
槍で突かれ、グラリと地面に
卒倒していくファルナ。
遠目で見えた、黒騎士の姿が見えなくなっていく。
「黒騎士サマ゛ァァァァァァァァァ゛!!!!!!!! 」
もう、会えなくなる!!!
喉が枯れんばかりの、悲痛なる絶叫。
地面に倒れ込むファルナに、敵兵達は次々に
乗り掛かり刃を体に突き刺していく。
黙れといわんばかりに、何度も何度も。
......悔しい、悔しいなあ......
口はパクパク開くだけで、もう声も出ない。
混濁する意識と、霞んでいく
視界の中で彼女が見る光景。
それは......
ーーー 旋風が起きたかのように、
宙に巻き上がっていく王国兵達。
ファルナの上に馬乗りになっていた兵が、
怯えた表情で硬直している。
その直後、上半身は吹き飛んで
血だらけの下半身のみが残っている ーーー
「......ファルナぁぁぁぁあああああ!!!」
目の前に飛び込んで、身体を
抱き抱えてくれる白銀色の騎士の姿。
これは......幻覚か? はたまた現実だろうか。
だが、ハッキリと五感に伝わってくる。
頬に伝わる鎧のひんやりとした感触に
仄かに感じる汗っぽい体臭と、
やや乱暴ないつもの口調。
「大丈夫か!? オイ、返事しろって、
死ぬなぁぁぁ!! 」
朦朧としながら感じるのは、紛う事無い、
黒騎士そのものだ。
嗚呼......神よ!
心より感謝致します......
大いなる充足感に包まれ、ファルナは
息を引き取っていく。
......筈だったのだが。
「......んぐっ!? んっ、んぶ......ぶふァッ!? ゲフンゲフン」
「死ぬなぁ! コレ、回復薬飲めっ、
目ぇ覚ませって!!!」
彼は無理矢理、ファルナの口をこじ開けて
回復薬の小瓶を中に捻り込み、
喉奥に液を流し込んでいる。
思わず咽せて、激しく咳き込むファルナ。
「うわぁ!? 汚ねっ!
......勿体無えなあ、もう!!
怪我、治らねえじゃねえか、
グイっ、て一気に飲み干せって!! 」
兜を涎と薬塗れでベタベタにした
黒騎士が慌てている。
「......うげっ、ゲフンっ、
す、すみません......
でも、そんな無理矢理飲まされても......
っていうか! スゴイ嬉しいけどなんか、
さっき迄の甘い気分とか雰囲気とか
全部台無しっていうか、
いや、あの、その......
ああぁ、もぉぉ!!! 」
急激に現実の世界に引き戻され、
混乱しているようだ。
とてもとても大きな安堵を得るのと同時に、
先程までの焦燥に悲壮、
絶望等一気に寄せる感情の波が激しく
彼にしがみついたまま、子供の様に泣きじゃくる。
「う゛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! 」
オロオロと彼女を抱き抱えたまま、
片手で剣を振り回す
不器用な動きで周囲の敵を
薙ぎ倒していく白銀の騎士。
主人の異変を察知した
怪鳥と魔獣が、
援護に入る。
必死に逃げ惑う王国兵達。
安全を確保した上で、ファルナを下ろそうとするが
ガッシリ抱きついたままの彼女は、
まったく離れる気配を見せない。
「......頑張った、良く頑張ったぞ!
後は大丈夫だから、な?
だからチョットさ、
そろそろ下りてくんねえかなあ......?
って、オイ! もう泣くな!
鼻水、涎も拭けってば!!
......あああ、これじゃ
斬り難くって仕方ねえよ! 」
ほとほと困り果てて、つい悲鳴を上げてしまう。
そうだった! こんな事してる暇は無かった!!
本来の使命を思い出すファルナ。
「......グスっ。つい、
取り乱してしまいました、
申し訳御座いません。私ならば、
もう大丈夫です......」
「おお! そうか。ならさ、
ちょっとその辺で座って」
「......ですが、黒騎士様!! 」
泣き腫らした真っ赤な瞳で、
じっと見つめながら語りかける。
「は、ハイ!? な、何スか、
こんな状況に」
「......ま、真に無念ではございますが、
最早、我等騎士団は、ほぼ壊滅状態でごさいます。
妖精だけでなく、アラン殿も
金髪殿も......既に亡く...... 」
訥々(とつとつ)と語りながら、
肩と声を震わせるファルナ。
「......そっか。なんかゴメンな、ほんとゴメン。
俺の思いつきなんかに付き合わせちまってよ。
皆に辛ぇ思いさせちまったな」
血と砂埃塗れでボサボサになった、
彼女の髪を撫でながら慰める。
「......でもな! もう心配すんな、
大丈夫だ!!
こっからは、この俺がチャチャチャっ、
と、片ぁ、付けて」
「貴方様が謝らないで下さい! 」
「あ、は......ハイ!
そう、そうっスよね」
豹変するファルナに萎縮して、口ごもる。
「騎士達は、
貴方様の為に命を捧げ、この戦いに参じました!
戦場での死は栄誉で御座います!!
ただ、力及ばず、帝国軍も合流する今の状況では、
流石に......! 」
「ああ! だから、ね? こっから
一気にやっつけちゃって」
「真面目に聞いて下さいませ! (怒)」
「え、ええ!? き、聞いてますとも! 」
「......かくなる上は、一旦、
城まで撤退し、
部隊の立て直しを図りましょう!! 」
「......へ? 」
予想外の提案に、首を傾げるあつし。
「城までは、
この私が命に代えても
無事にお届け致します!
まずは此処から」
「何で? 城に戻るなんて意味無くね?
だからもう、ココでさ」
「意味無くないですっ!!
城にはまだジルとか、
民間人が待っています! 貴方様が......」
「イヤイヤ、城にゃ
魔獣とか
置いてあっからさ、敵兵共なんかにゃ、指一本」
「だーからぁ!! この状況を打破して
城に戻るんです!!
此処では多勢に無勢過ぎます!
散らばる魔獣達も共に城に......! 」
敵兵の目も憚らず、
益々ヒートアップするファルナ。
対して困惑するあつし。
......二人の諍う姿を、
怯えた表情で眺める王国兵達。
「......あ奴ら一体、
何をしとるのでしょうな・・・・・・? 」
セーゲルフの横の男が、耳打ちで尋ねてくる。
「......さあな、もう私にも全く解らんよ」
投げやり気味に、セーゲルフが答える。
だが、手に武器を持って近づこうとする
兵達に驚いた彼は、大きな声で制止する。
「ま、待て!! 待つんだ、お前達......
早まるな、迂闊に手を出すな......!!!
これは罠だ、私達を呼び寄せる、
騎士の策っ......! 」
「白銀の騎士の......策謀、
でございますか......? 」
その言葉に震え上がった兵達が、
硬直したように立ち止まる。
「そうだ、お前らも見て分かるだろう!?
騎士は、あの抱き合うような
滑稽な格好で油断させ、
近付く者を皆、あの片手剣で
葬り去っているのだ。
罠......というよりも新たな技なのか?
いや、ひょっとすると......
何かの儀式なのかもしれん」
「何かの儀式......で、
ございますか......? 」
「あの化物ならば......十分、考えられる」
荒唐無稽に聞こえるような話なのだが、
大陸一を誇る宮廷魔術師が、
尋常では無い口調で話すのだ。
何よりも信憑性が高い。
究極奥義の石化魔法を
弾き返した事といい......
混乱し、疑心暗鬼となる兵達。
「帝国軍が到着するまで、あと少しだ。
......それまでは、もう暫し待とう。
どうせ、もう私達だけでは何も出来んさ」
自嘲気味に話すセーゲルフ。
何も出来ず、その場で立ち竦み、
事の推移を見守る。
そんな二人の会話といえば。
「だーかーらぁ! オマエが俺から
離れてくれればさあ、
そらもう、瞬殺で終わっちまうんだってば!!
だから......離......れ......
ウウッ、なんつう馬鹿力」
「イヤ! 絶対嫌っ!
離れま......せん!! ぎぃぃっ」
必死に体から引き離そうとするあつしと、
柔道の裸締めのような体勢で、
必死に抵抗するファルナの
話している内容は、傍目から見ると
低レベルな痴話喧嘩にしか聞こえない。
「お、俺の話聞けって! 大丈夫、
丁度頃合いなんだってばさ!!
みんな、まとめて一気にどっかーん☆
だって言ってんだろうが!! 」
「はああ!? 何ですか、
どっかーん☆ って?頭、
おっかしぃんじゃありませんかぁ!?
あのね、帝国の何万もの兵もココに集まるんですよ!
どうやって貴方お一人で......!
あぁ、ほんとバカっ、
どーしようもない筋肉馬鹿だわ......っ!! 」
心底、呆れた表情のファルナ。
「......バカってお前よ、
一体誰に」
「貴方にですよ! 目の前の
ア・ナ・タっっっ!!!!!馬鹿ッ、
バカバカバカバカバカバカ
バカぁぁぁぁぁぁ!!!! 」
絶叫するファルナ、壊れる。
「......どぉして、
わがってぐれないのぉぉぉ......!
お願いだからぁ、う、う゛ぅっ、
逃げでぇぇ......!
貴方が死んだら終わっちゃうのぉぉぉ。
この大公国も、
騎士団達もぉぉぉ......!! 」
グシャグシャの顔で、ボロボロ流す大粒の涙。
狼狽するあつし。宥めるのに必死だ。
「待て! 落ち着こう、な?
ファルナ、いやファルちゃん!
いい加減、ビービー泣いてねえで、
ここに座っ......て......! 」
「イヤ! 嫌
イヤイヤイヤイヤァァァァァァァ!!!! 」
駄々っ子のように激しく首を振り、
金切り声で泣き叫ぶ。
「っ! 耳痛ッ!! 鼓膜、
キーンってきた、キーンって!!! 」
「fd;「@@h;「h;
「@;;:fg:!!! 」
......最早、何語で喋っているのかも分からない。
「.....もうイイからチョット泣くの止めろ!
っつうか、黙れ!! その口閉じろ!!!
でねえと無理矢理、その口塞ぐぞコラァ!!! 」
「@::」;d? 「@「fg
;@dlfgdq、bf!!!! 」
「ああ、もう五月蝿い!! 静かにしろって!!! 」
ぶちゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
「ん、んむぅ!? んっ、んんんぅぅぅ!! 」
業を煮やして咄嗟に兜を脱ぎ捨てると、
強引に彼女の唇を奪い、黙らせる。
仰天して逃げようとするが、
強く頭を押さえられ身動き出来ない。
「んんぅ! んっ......!
んん、んむっ、んぅぅ...... 」
この行為に何の意味があるのか?
何故、この場でなのか?
傍観する王国兵達には全く理解できない。
「や、やはり儀式なのか!?
恐ろしき白銀の騎士......
どんな凶悪な手を繰り出す積りだ......? 」
勝手な妄想で、恐れて震えるセーゲルフ。
大勢の見守る? 中、
二人の濃厚なディープキスは続く。
「......ふぅっ」
ダラリと身体の力が抜け、彼女が
大人しくなったのを確認してから唇を離す。
呆けた表情のファルナ。
フラつく足元。倒れないように
あつしが両手で肩を支えてやっている。
「......だ、だ、だから言ったんだ。
その口、塞ぐぞって。
お、思い知ったか? 解ったかコラ!? 」
気まずくて、顔真っ赤。
対するファルナは返事も無く、
虚ろな瞳で上の空。
「......接吻、されちゃった。
私の......初めて......」
指で唇を押さえて、ブツブツ小声で呟いている。
嬉し恥ずかし、であった筈のキッス初体験は、
ロマンティックの欠片も無い
戦場真っ只中の、しかも強引に。
血と埃と砂と、涙と唾液と鼻水が混じった......
とてもとても複雑で、
しょっぱくて苦いものだった。
「とーにーかーく! もう泣くな、
騒ぐな、大人しくしろ!!
いいか? 解ったな!?
でねえと、またするぞ!! 」
「......ハイ......」
消え入りそうな、小さな小さな声。
コク、コクと頷くファルナ。
近寄るミノタウロスにファルナを差し向けると、
察した魔獣は優しく抱え、盾となってしゃがみ込む。
「......そうそう、いい子だから
そこで回復薬でも飲みながら、
ゆっくりしてな。
......さっさと終わらせちまうからさ」
そう言うと、片手で兜を拾い上げて
サッとかぶるあつし。
王国兵側に振り向くと、堂々と仁王立ちで構える。
天高く両手を掲げ、呪文を詠唱すると
その先には、激しく燃え盛る炎の隕石が
瞬く間に巨大化していくのが見える。
天を引き千切るような、轟音が響き渡っていく。
「あぁ......! あ、ああ......!! 」
その光景を眺めながら、
声にならぬ歓喜に咽び泣くファルナ。
その眩いばかりの輝きは、
大公国騎士団にとっては今迄の劣勢を挽回し、
侵略者達を一掃する希望の光。
対する連合国軍側にとっては、
骨すらも残さずに野望も希望も、
何もかもを焼き尽くす、絶望の炎。
二発目の奥義、Explosion in a supernova
(超新星の炸裂・敵全体に壊滅的な一撃を加える)
「......俺が一言でも言ったか?
奥義は一発だけとかさ」
一人、呟く白銀の騎士。
「次を打つにゃあ、ターンが必要だった、
つう事だよ」
悲鳴を上げながら、逃げ出す敵兵達。
ーーー そうか、奥義を打つ
機会を狙っていたのか ーーー
セーゲルフの後方で、マイコニドの
悍ましい咆吼が聞こえてくる。
それは盾となって戦っていた、親衛隊が
崩壊した事を意味している。
ーーー 詰んだな。 ーーー
もう、彼には立ち上がる気力すら無く
尻餅をついた様な格好で、
べったりと腰掛けながら
ただ呆然と、終末の光景を眺めている。
勿論、帝国軍のアリ達にも上空の
巨大隕石は認識できていた。
しかも、隕石は帝国軍
目掛けて堕ちてくるだろう。
はっきりと悟っている。
あれだけの大きさと、この距離感では
まず、避けきれない。
もう、終わった。
本能的に危険を察知した、
騎兵隊のマンティコアが暴れ出し
帝国兵を振り落とすと、四方へ逃げ去っていく。
頭から地面に叩き付けられる者や、
踏み潰されて命を落とす者達。
アリは嫌がるマンティコアを
力ずくで手懐け、鞭を入れて前を急ぐ。
気が付くと、殿を疾走する彼の背後には
もう、誰も居なかった。
少し振り返ると、後方に蠢く
無数の黒い人だかりが見えた。
歩兵も重歩兵達も、武器など放り投げ、
戦闘も放棄して少しでも遠く、
遠くへ逃げようと必死になる者ばかりだ。
泣き叫び、逃げ惑い、地に倒れ、這いつくばる。
最早、軍隊としての体をなしていない。
まるで騒乱状態の
難民キャンプにでもいるかのようだ。
「......これが、大陸最強の
帝国軍の最後だというのか!? 」
無念のあまり、天を仰ぎ、隕石に向けて叫ぶ。
どれだけ睨み、怒鳴りつけた所でもう、
運命が変わる事は無い。
隕石が答える筈も無く、
ただ轟音を響かせながら膨張を続けている。
一体、どうして、こうなってしまったのだ。
此処、ラッセン城の攻略に来る迄は
、全てが順調だった。
大公国も手中に収め、大陸の半分を
支配下に置いてからの
司教国への侵攻という青写真も、
既に描かれていた。
......黒騎士とかいう存在を知るまでは、だ。
今は大陸制覇の野望どころか、
たった一人の敵と刃を交える事も叶わずに
ただ、丸焼けにされるだけで果てようとしている。
それも、たった一晩の、
たった一回の戦闘で、だ!!!
「納得できるか!? 認めん、俺は諦めんぞ!!! 」
吠える。ただ、声が枯れんばかりに吠える。
力の限り声を出し続ける事でしか
今、自分が生きている事を実感出来ない。
もう、あと少しの時間で地上から
消えて無くなってしまうのだ。
前方に小さく見える、
あの白銀の騎士とやらに
せめて一矢報いてやらねば、
むざむざ死にきれぬわ!!
限りなくゼロの可能性に賭け、
足掻き、疾走する。
巨大な隕石が、帝国軍側に向かって
急接近してくる。
超えろ! すり抜けろ!! 生き抜いて
、騎士を!!!
「がぁぁぁぁぁァァァァァァァァ
ァァァァァァァッッ!!!!!! 」
半狂乱で目を血走らせ、髪を振り乱し、
獣のように叫ぶ。
目の前で炸裂する隕石。
全体が激しい閃光に包まれて、
何もかもが見えなくなる。
ぁ、熱ッ。
そう感じた途端、アリは意識を失う。
灼熱の業火は、一瞬の内に彼だけではなく
光に包んだ帝国軍の兵達を一人残らず焼き尽くし、
消し炭に変え、爆風で吹き飛ばしていく。
紅蓮の暴風が吹き荒れ、
地響きと共に爆発音が鳴り続けている。
「......生きてる騎士達は、
声出せやぁぁぁ!!!
勝ち鬨の声を上げろぉぉぉぉ!!!!
この勝負、騎士団が
勝ったぞぉぉぉぉ!!!!! 」
右手の剣を空に突き上げ、勇ましく
雄叫びを上げる白銀の騎士。
生き残る、僅かな騎士達も立ち上がり、
勝利の声を上げていく。
山びこの様に響き渡っていく、勝ち鬨の叫び。
つられるように魔獣達も咆哮を上げていく。
そうだ。もう、兵の数は
勝ち負けの問題にはならない。
生き残る王国兵達は、完全に
戦闘意欲を喪失して散り散りに逃げ惑い、
魔獣の餌と化してしまっている。
炎と、爆音と、敵と化物の声に、
悲鳴が響く阿鼻叫喚の世界。
地獄絵図とは、今まさに
この眼前の光景の事なのだろう。
そうだ、俺たち皆、助からない。
皆ここで死んでいくのだ。
悪い夢なら、今すぐ覚めてくれと
セーゲルフは現実から逃避して、ただただ、
ぼんやりと仲間達が嬲り殺されていく風景を眺めている。




