14. 降臨の歓喜(中編)
夜の帳が下りかかる、夕暮れのラッセン城前にて
真昼のような眩い閃光が辺りを照らし、
共に起きる大地震のような地響きと轟音がいつまでも響き渡る。
連合国の大軍勢の頭上で炸裂した、隕石の威力は凄まじく
激しい爆風と巻き上がる砂塵が吹き荒れる。
一寸先も見えない、オレンジとグレーの色が
激しく入り交じる光景が広がっている。
セーゲルフを筆頭に、王を護衛する
高位の宮廷魔術師百人で構成される
王国の国王親衛隊が総出で
ディフェンス・オブ・アイアンウォール
(味方全体へのバリア効果)を詠唱、
周囲に巨大な銀色の防御壁を形成する。
大陸最高と謳われる、王国の魔術師達の防御魔法でさえ
爆発に巻き込まれぬ様、被害を最小限に抑えるのが手一杯だ。
永遠に続くかと思われる程の激しい振動で、
防御壁にも徐々に亀裂が走る。
このままでは......!
懸命に詠唱を続ける魔術師達の顔に焦りの色が浮かぶ。
悲鳴や絶叫があふれ、逃げ惑う連合軍兵士達の混乱は極まる。
「落ち着け! 態勢を整えろ!!
隊列を、乱すなあああ!!! 」
砂塵に塗れたアリが懸命に兵を鼓舞し続けている。
吹き飛ばされまいと、必死で鳳輦を押さえる王の家臣達。
「ふひい! ふひぃぃぃぃ!!! 」
豚のような大きな悲鳴を、中から発している。
暫しの時間が過ぎ、周囲は静寂を取り戻し視界が開けるにつれ、
兵達は何が起きたのかを目の当たりにする。
連合国の大軍勢の集う中心に出現する、巨大なクレーター。
周囲に焼け焦げた、嫌な匂いが蔓延している。
その場所で中央の布陣を敷いていた筈の、
副大統領含む四万を超える共和国軍の兵達は
皆、跡形も無く「蒸発」した。
まるで取り残されたかのように、
右翼側の王国軍と左翼側の帝国軍の兵士達が、
離れた布陣から呆然と眺めている。
爆心地には、死体一つ転がっていない。
あの僅かな時間に、あのたった一発の攻撃は
肉体のみならず、骨も武器も鎧も全てを焼き尽くし消滅させた。
呆然と眺める時間が過ぎた後に、生きている兵達は
恐怖に恐れおののき、任務も忘れて震え、叫ぶ。
「ええい狼狽えるな、黙れ!!
まだだ、まだ何も終わっとらんわ!!
前だ、前を見ろ! 大公国軍は構えとるぞ!!! 」
憎悪を込めて睨み付ける砂埃の向こうに、
突撃を待ちかねる大公告の騎士団が待機しているのが見える。
戦闘慣れしている帝国軍の兵士達は、気持ちの切り替えが早く
暴れるマンティコアを宥めつつ、迎撃態勢を整えるが
王国軍側の混乱は、まだ収まらない。
錬金術師は、放心した様子でただ、その場に立ち尽くす。
肝心要の王自身が、
怯えあがってしまっているようでは......!
「......チッ! 曲がりなりにも最高指揮官だろうが!
この肝心な時に、全く以て使えん男だ!! 」
舌打ちし、思わず口汚く罵ってしまう。
「っしゃあ!! 全軍突撃ッ!!!
後ろ付いて来いやあ!!! 」
偃月の陣形で先陣を切って突進する黒騎士の後を追い、
全騎士団員が連合軍に向けて迫り来る。
「よいか! たかが使えん共和国の兵どもが
消された程度の魔術を喰らっただけの事よ!
圧倒的に連合軍が有利である事は
何一つ揺るぎない!
あの程度の兵など、迎え撃ち、即叩き潰せえ!!! 」
アリの飛ばす激に、士気昂ぶる帝国兵達。
聞こえてる、つーの。ウルセエなー。
でもアイツの言う事、半分、図星。
兜で顔こそ見えないが、黒騎士は不機嫌な仏頂面。
正直、初っ端から奥義をブチかましてみたものの、
効果についてはややガッカリというのが本音だ。
どー見ても半分も倒せてないよな。
もっとイケると思ってたんだけどなー。
逆に相手を安心させちゃったかもな。
あの程度が、最大の必殺技なのかよって。
開始ゴング直後に、いきなり
ラリアットかましちゃったハンセンみたいな......
いやいや、変身して即、
ライダーキックしちゃった本郷猛みてえなもんかも......
他にもイロイロ技は持ってるんだからさ、
やっぱ大技いきなりは無しだったったわー。
と、悶々と心の中で猛省。
まあ、とにかく次の手だ。
正面の敵を見据え、ただ真っ直ぐに突進を続ける。
一方、敵のほぼ全軍が
王国軍側に向けて突撃している状況に歯軋りするアリ。
迎撃態勢に入る帝国軍に向かう数は、ごく僅か。
.....と、いっても遠目でも判別できる。あれは魔獣の群れだ。
ナメやがって! 帝国軍如き、魔獣の群れだけで
十分だっていいたいのか......?
だが、正面にばかり気を取られていた帝国軍は
突然、側面からの攻撃に動揺し、混乱する。
突入する、全長十メートルを超える、茸の魔獣、マイコニド。
ただの大木かと思っていた大茸は、ユラユラと揺れ動き、
兵達を見下ろしながら、無数の触手を伸縮させつつ、威嚇する。
立ちはだかる、不気味な巨体を目の前に
兵達は手に持つ短剣の小ささに戸惑い、攻めあぐねる。
たっぷりと猛毒を塗りつけた刃先で何度も斬り付けてみるも、
苦しむ様子も全く見せる事はない。
総掛かりで攻撃を仕掛けてはみるものの、
なんの反応も見せずにただ、静かに佇んでいる。
上からポタリ、ポタリと垂れ落ちてくる雨の雫のような液体。
恐る恐る、見上げて目を凝らす。
胴体にあたる柄の部分が、パックリ大きく縦に裂け
中から覗く、大きな牙と舌。
雫の正体がマイコニドの涎である事に気付くのに、
そう時間はかからなかった。
「離れろぉぉ! 来るぞォォォ!!! 」
怯えた兵が叫ぶ。
地が震える様な、低い咆哮と共に茸の傘から
致死性の高い毒胞子が大量に放出され
周囲を黄土色に染める。
血泡を吹き、卒倒する兵達目掛け無数の触手が
捕捉して次々に口の中に放り込まれていく。
恐れおののき、悲鳴を上げて逃げ回る帝国兵達。
「近づくな! 距離を保ちつつ、ありったけの
洋弓銃を化物に叩き込めぇ!! 」
マンティコアの騎兵隊は距離を離しつつ、回り込むように
移動しながら茸に向け、
片手に持つ洋弓銃で雨のように矢を打ち込んでいく。
「ふう......あの程度の攻撃で
倒れてくれるとは、到底思えんが......」
眺めるアリの口から思わず、本音が漏れる。
「ぜ、前方より猛突進する、新たな化物あり!
盾兵、整列せい!! ヤツらを食い止めよ! 」
上官の声に慌てて大盾を前に並ぶ、
兵達の視線の先にあるのは
両手に大きな片手斧を握り締め、
猛スピードで一直線に駆け寄ってくる
巨大な牛頭人身の魔獣の姿だ。
そのミノタウロスの数、二体。
突撃を止めるべく、踏ん張る盾兵など物ともせずに
ミノタウロスは兵達を弾き飛ばし、陣の中に突入する。
まるでボウリングのピンのように、空高く兵が舞い上がる。
ミノタウロスの動きは、てんで無茶苦茶だ。
不規則に走り回り、兵を薙ぎ倒し、踏み潰しながら
視界に入る者、全てに両手の斧を振り回していく。
足下には潰されてグチャグチャの肉片と化した、
骸がゴロゴロと多数、血溜まりの中に転がっている。
迂闊に斧を剣で受け止めようとなどした際には
ポキン、と、まるで金太郎飴のように軽々しく剣は折れ
真っ二つにされた胴体と共に、空中に吹き飛ばされていく。
唸るような風切り音を発しながら、
アリの目の前にもミノタウロスの斧が
目にも止まらぬ早さで振り下ろされる。
紙一重の位置で太刀筋を見切ると、抜いた
三日月刀で軽く斧に触れるように
斧を受け流す。
受け流された斧の刃の向かう先は、周囲に居た兵を
まるで稲か麦を刈り取るかのように
片っ端から切り倒している。
......あまりの馬鹿力に、アリは騎乗するマンティコアから
振り落とされると、もんどり打って地面に叩き付けられた。
「......ぐゥッ!! 」
激しく、雷に打たれたような激痛が身体の中を走る。
即座に体勢を立て直し、渾身の一撃で斬り付けては
みるものの、赤黒く筋肉隆々の怪物の体には
刃は食い込む事すらなく、軽々と跳ね返されてしまう。
傷付ける事すらできたのかも疑わしい。
だがそれ以上、アリに構う事もなくミノタウロスは
より大勢の獲物を求めて群集の中へ突き進んでいく。
ビリビリと、激しく腕が痺れている。
握力も弱くなっている事を自覚する。
「! 」
咄嗟に感じた、上空からの殺気に対して身をかわすと
断末魔の声と共に、大きな爪で体を握り潰された
隣の兵が、空高く連れ去られていくのが見えた。
ボタボタと血が、地面に滴り落ちてくる。
天空より獲物を狙い、旋回を繰り返すのは
数匹の魔鳥、グリフォン。
上半身は鷹であり、下半身はライオンの外見に
鼓膜が破れるほど甲高く、けたたましい叫び声は
対峙する者を恐怖の淵に叩き落とす。
おそらく一番、厄介なのは後方から悠々と
こちらに向かって来る三体の巨体だ。
一目見て、頑丈で凶暴な泥人形であるのはわかる。
だが一体、あの体色は何なのだ?
金色と鉄色に、白銀色......
非常に嫌な予感がする。
もし粘土ではなく、金や鉄などの材質の体ならば......
弓も刀も何の役には立たぬ。
背筋に寒気が走る。
今日迄、帝国軍こそが、大陸で最も勇猛であり
我がマンティコア騎馬隊は、無敵であると自負してきた。
何ら疑問を持つ事は無かった。
その無敵の兵、七万を束ねるアリ自身が
たかが十匹前後程度の魔獣を相手に苦戦し、
七万でも倒せないのではないかと
内心、悲観しているのだ。
......この身体が震えているのは、決して
打撲の痛みで痺れているからではない。
全身から大量に吹き出る
この汗も、暑さや疲れによるものではない。
恐怖だ。
はっきりと自覚している。
だが、生存本能から来る、野生の勘の危険信号も
実質的な連合軍の総司令官である責任と、兄への忠誠心、
生まれ付いての戦闘民族である、ザイード帝国の
王族としての誇りで強引に捻じ伏せ、自らを奮い立たせる。
「笑止! この......この少数の化物如き、
これだけの大軍勢で潰せずして何が大陸の統一か!?
倒す......帝国軍が倒してみせるわぁぁぁ!! 」
剣を構える。まずは、あの泥人形が合流する前に
まだ、勝ち目のあるミノタウロスやグリフォンを
一匹でも多く、葬り去ってしまいたい所だ。
「錬金術師殿! あの牛頭の化物に
不死兵共を集中させよ! 少しでも、足止めさせい!! 」
「ぎょ、御意にござります! 」
慌てて即答し、不死兵を向かわせつつもベルナルドは
アリに気付かれぬよう、僅かな護衛を引き連れての
戦線離脱の機会を虎視眈々と、窺っている。
考えが甘いとかの程度ではなかった。
まるで比較にならんでは、ないか。
生涯の殆どを費やした、自らの研究の成果とは何だったのか。
儂の作品など、下手な子供の工作人形のようだわ。
そう、自嘲気味に呟いてしまう位に
眼前の魔獣はどれも大きく、強く、恐ろしいものばかりだ。
いくら不死でも、胴体を切り離されれば役には立たず、
ミノタウロスに近づく不死兵は次々と、
肉の塊となって地面に転がっていき、手足をバタつかす。
獅子の頭に山羊の胴、毒蛇の尻尾の外見の飛べぬキマイラは、
翼を持つあのグリフォンの格好の餌食とされている。
これだけの魔獣を操れる主人であり、
先程の爆裂魔法の絶大なる威力といい.....
まさに魔神ではないか!
これでもまだ、勝利できるとでも思っておるのか!?
神との戦いなど、最早、正気の沙汰では無いな。
心の中で嘲り笑い、帝国を早々に見限ると、
王国側に向かっている騎士団の方を横目で見遣る。
何とかして、あの中にいる魔神・黒騎士とやらの
傍に近寄れないものか。
永遠の忠誠を誓い、士官を認められるのであれば
目の前で跪き、靴の裏を舐めさせられようが、
何でもやってみせる。
奪いたいなど、自惚れた事は言わない。
敵うわけがない。
あの魔神の力と知恵に触れ、欠片でも自身の糧としたい。
想像するだけで、心踊り血が滾る。
もう少しの辛抱で、戦況はより混迷を極める筈だ。
其の時が最大の好機だ。もう少し、待て。
そう、自分自身に言い聞かせる。
その頃、王国軍の側では騎士団の突入に備え、
最前衛に5Mを超える長槍を構える兵をずらり、と
縦横共に16列に渡って配備する密集方陣の
陣形で、迎え撃つ態勢だ。
迂闊に近づく騎士達を串刺しにして足を止め、
次に両側を重歩兵で取り囲み逃げ場を無くした所で
後方配備の魔術師による魔法支援と弓兵の攻撃も絡めて
一気に殲滅を図る。
前方に無数に並ぶ、長槍を睨む黒騎士。
途切れる事なく、騎士団目掛け猛烈に降り注ぐ矢は
妖精の風の加護のお陰で
全く寄せ付ける事は無い。
まるで矢のほうから避けるかのように
目の前で向きを変え、方々に散っていく。
疾走する馬から振り落とされないように、
必死でアランの背にしがみ付きながら
一心不乱に、加護の呪文を唱え続けるベルフルール。
まだ幼い彼女には、詠唱により受ける精神的ダメージは
計り知れないほどに甚大であること位、
姿は見えなくても背後の気配でわかる。
途切れ途切れで、荒い吐息が混じりながらの、か細い声。
......胸が締め付けられるように痛む。
「ベルちゃんよぉ......ホント、ありがとな。
カラダ、辛ぇだろ? もうチョット、
もうチョット我慢な......な? 頼んだぞ」
悟られないよう、威厳を持って語りかけたつもりなのだが
つい、熱い感情がこみ上げて......
噛み噛みで詰まり気味の口調。
でも、その不器用な対応こそが、より彼女の心に響いたようだ。
「は、ハイッ! 大丈夫、わたし大丈夫です......!!
嗚呼、嬉しい......凄く嬉しい......! 頑張ります!! 」
頼りにされている実感。
か弱い少女の小さな心に、勇気と活力が沸き上がる。
頑張るんだ! 頑張るんだ!! 頑張るんだ!!!
額の汗を拭い、気力を振り絞る。
......騎士団員達の目と鼻の先に、槍頭の刃が迫る。
「槍兵共、邪魔だっつーの、消えろ!!
召還 ― 熾天使・ミカエル ― 」
......王国軍側目掛け、一直線に天翔けるは、
孔雀の如き大きな金色の翼で羽ばたく、
黄金の剣と鎧姿の雄々しい男の姿。
神界の偉大なる、死の天使。
上空から王国軍の兵達を一瞥すると、ミカエルは
勇ましく黄金の剣を天に掲げ、振り下ろす。
加護効果 ― 浄化の雷霆 ― を発動。
前衛の槍兵達に、慈悲無き雷の鉄槌が下される。
眩しい稲妻と、地が割れるような雷鳴の後に
何百という王国の兵達が、全身から
松明のように炎を上げ、悲鳴の後に力尽きていく。
無造作に転がる、夥しい数の黒焦げた屍。
髪や肌が焼けた、吐き気を催す死臭が辺りを漂い、
脱兎の如く逃げ出す兵が続出する事で
王国軍の防衛線は早くも崩壊し、
騎士団が怒濤の勢いで陣内に雪崩れ込む。
まず最先鋒の黒騎士が、視界に入る敵は
片っ端からぶった斬り、前に、前に突き進む。
騎馬隊は狼狽える王国兵達を踏み潰し、乗り越えて
一気に陣の中央部近くまで突入を続けていく。
狙いは、ただ一つ。
この何処かに隠れる、王の首だ。
王宮魔術師達は、王国軍陣営側にも
出現し、暴威を振るう巨大茸二体への迎撃に
追われて騎士団側への対応まで、とても手が回らない。
毒胞子への対処には弱体効果無効に解毒効果、
触手に対して魔法壁で防御しつつ、牛歩で足止めさせながら
とにかく効果が出そうな攻撃魔法であれば、躊躇せずに
炎系でも氷系でも、何でも手当たり次第に試していく。
後方からの魔法支援を受けながら、王国兵達は
マイコニドに少しでもダメージを与えるべく、突撃していく。
その隙に、別の兵達は王を少しでも
安全な場所へ避難させようと、陣営内の一番、奥へ奥へと
鳳輦を移動させていく。
とても、刻一刻と変化する戦況を正確に把握し、
冷静な指令が出せるような位置ではないのだが、
王国の兵でさえ、そんな役割など彼に求めてはいないし、
誰も彼を必要とはしていない。
はっきり言って、邪魔だ。
鳳輦から、顔すら出さずにひたすら
ヒステリックに叫ぶ事しか脳が無い、役立たずの
金切り声など聞きたくもないし居ない方が
任務に集中できるというものだ。
王の判断を仰がなくても、通常兵力での戦闘指揮は
随従する軍団長クラス以上の上級将校達が、
独断での状況判断と命令を行うことで
作戦を遂行していくシステムが既に出来上がっているし、
魔法での後方支援は国王親衛隊の全権を委ねられた
セーゲルフが総指揮を執り、連携を図るチームワークの良さで
無類の強さを発揮してきた。
永き繁栄を誇る王国の歴史が培い、完成させた
軍閥と官僚達が国政を実質支配する体制は
王がただ思いついたような無謀なものや、
優柔不断な判断で国の未来を左右されるような
事態は、まず起こらなかった。
国王が誰であろうが、不在であろうが死んで
新国王が誕生しようが、滞りなく事は進んでいく。
泰平の世を謳歌していた、つい最近までは全く問題は無かった。
寧ろ、平和な時代には理想的であったのだ。
だが、それは自分の専門分野しかやらない、
出来ない凡人共が集って何度も何度も徹底的に、
想定と演習をを繰り返してきた
普通の外敵を撃退する事だけならば、の話だ。
不測の重大事態で、早急に適切な指令を出さねば
国が滅ぶやも知れぬ際には、
自己の責任で即座に判断を下せる者がいない。
大公国の大公や黒騎士、帝国の皇帝などのような
強烈なリーダーシップを持つカリスマ指導者が統治する国との差は
このような状況で発生していくのだが、彼らはまだ、気付かない。
今までは、大丈夫だった。これからも、大丈夫の筈なんだ。
早く終わらせて、故国へと戻りたい。
......緩慢なる、滅びへの道を進んでいる。
セーゲルフは、巨大茸からの被害を最小限に抑え、
足止めさせているという、確かな手応えは感じているが
一向に倒せる気配すら見えない脅威の化物との戦いに
強い焦燥感に駆られている。
たった二匹。たった二匹に王国最高の王宮魔術師達が
総出で、持てる全ての魔法を以って迎撃しての状況なのだ。
弱点はどこだ!? 一体、どうすれば倒せるというんだ!?
帝国軍側に、同じ巨大茸が暴れているのが見えている。
あの二体まで、王国軍側に向かって来たとすれば......
合計四体との戦闘など、絶望の淵に落とされる思いだ。
「......殿! 王宮魔術師殿っ!! 」
後方から、王国の下士官が駆け寄ってくるのが見える。
兵はセーゲルフの前でまず敬礼すると、
堰を切った様に早口で捲くし立てる。
「......も、申し上げます!
ヴォルフ総督より、直々の命で御座います。
現在、交戦中の大公国騎士団殲滅の為、大至急、
国王親衛隊からの支援が欲しいとの事で御座います! 」
「はああ!? 貴殿、正気か?
親衛隊も、巨大茸を倒すのに手一杯で
救援どころではないわ!! 見て分からんか?
総督殿にはこの状況を、御自分の目で確かめてから
今一度、要請されよと申し上げておけ!! 」
思わず、感情のままに罵倒してしまう。
これ以上、この場から魔術師を減らしてしまうと
力の均衡が崩れ、誰もあの茸を止められなくなる。
こちらの心配事など、お構いなしに下士官は
オドオドした表情で、言葉を続ける。
「そ、そう仰られましても......
これは要請ではなく、総督殿からの直々の命でして......
総督殿曰く、魔獣二匹の退治如き
親衛隊の半分もおれば充分ではないか、と......
まずは、騎士団の本隊を叩くのに加勢せよと......
こ、このままでは私も、貴方様も懲罰の対象に...... 」
消え入りそうな小声と、今にも泣き出しそうな
下士官の様子につい、憐憫の情を覚えるセーゲルフ。
......そうだ。
こいつも、言われた事しかこなせない
忠実な、只の伝達役でしかないものな。
こいつに怒鳴り散らしても、何も事は進展しない。
「......怒鳴って悪かったな。済まなかった。
そうか、総督からの命ならば仕方あるまい。
......確かに承知した。
だが、困ったな...... そうだな、では私を含めた
四十、いや、三十名で救援に向かえば文句無かろう。
おい、マルセ! 私が戻るまで、お前が代理として
皆をまとめ、あの茸を食い止めるのだ! いいな!! 」
一番、信頼する腹心の神官マルセに後を託し、
セーゲルフは救援に向かう事を渋々、決断する。
早々に救援を切り上げ、この場に戻らねば。
......それまで、持ち堪えてくれれば良いのだがな。
「......退くな! 前だ、前方を塞げ!!
側面と後方も兵で囲んで、
退路を防げ! ええい、怯むなぁぁ!!! 」
胸に王国軍・筆頭百人隊長の階級章を下げた髭男が
血相を変え、絶叫に近い激を飛ばしている。
......雑魚とはいえ、圧倒的に数に優る王国兵に
徐々に周囲を包囲されると、騎士団は足取りが鈍くなり
動きを止まられつつある苦境に陥りつつある。
「この馬に乗りながらってえのが......よ、
もう、斬りにくくって仕方無えんだよな! 」
本当は颯爽と地に降り立ちたかったのだが、
傍目からには馬に振り落とされたようにしか見えない
豪快な落馬っぷりで地面に叩きつけられる黒騎士。
「ぐおッ......!! っ、痛えな、コラァァァ!!! 」
逆ギレ気味に、腹いせまぎれの一撃を周囲に喰らわせる。
至近距離にいた哀れな王国兵達の
幾つもの手や首や胴体が、血飛沫と共に
空高く舞い散っていく。
周囲を見渡すと、ご主人様の事などお構いなしに
黒王号......いや、白馬は
跳ねるように何処かへと、走り去って行くのが見えた。
「あンの馬......! 戦闘、終わったら
馬刺しにしてやっからな......覚えとれよ」
腹を括った、他の騎士団員達も周りで激しく
王国の兵達と白兵戦を始めている。
兎にも角にも、ひたすら、斬る。
斬って斬って斬りまくって、また斬る。
「邪魔だァ!! ソコ前、空けろォォォ!!!
― 灼熱の業火 ― !!! 」
瞬時に前方一面、天まで昇るような激しい炎が舞い上がり、
大勢の王国兵を骨まで黒焦げに焼き尽くしていく。
「避けろォ!! 巻き込まれるぞ!!!
......糞! 何だ、 何なんだよ、アイツは!?
どうやって攻撃しながら、あれだけの威力の魔法が
放てるんだ? どうなっているんだ!! 」
王国の筆頭百人隊長が驚愕するのも無理はない。
より強力な魔法の発動には、高位の魔術師が長時間、
専心しながらの詠唱が必要である。
その間の魔術師の防御が、手薄となる為に
他の兵士達が護衛しながら戦うのが基本なのだ。
この騎士のような、護衛も必要なく
率先して戦いながら、僅かな詠唱で凄まじい威力の
魔法攻撃を炸裂させる者など、見た事も無い。
全てが常識外。規格外過ぎるのだ。
「ったりめーだろ! ンなモン、余裕だ、ヨユー!!
Bキャンセル、 ↓ ↘️ → ↘️ ↓ ↙️ ←
プラスA OR B ってんだ! 覚えとけコラァ!! 」
......あ、やっちまった。
つい、口走った黒騎士......周囲の反応を見て激しく後悔。
あまりの理解不能な発言内容に、敵のみならず
味方まで困惑し、皆が手を止めて戦闘を中断する。
イヤ~な静寂の間と、大勢の視線を一身に浴びて
......痛い。凄く心がイタい。
「......ていっ☆ 」
照れ隠し気味に、裏返った声で剣道の面打ち。
たまたま、真正面にいた可哀想な王国兵は
脳天をカチ割られ、血飛沫を上げながら倒れていった。
我に返り、互いを見つめ合う王国兵と騎士団員。
そうだった。今、戦闘中だった。
そしてまた、激しい戦いが再会する。
「↓ ↙️ ← ↙️ → プラス A OR C
パワーゲ○ザーぁぁぁ!! 」
巨大な爆音と共に大地が炸裂し、吹き飛ぶ砂埃と王国兵達。
そしてまた、敵を斬って斬って斬りまくって、斬り捨てていく。
だが、いかに戦に手練れた、勇猛な騎士団員達といえども
五千対十万では、圧倒的不利である事は何ら変わらない。
倒しても、倒しても倒しても、敵、敵、敵、敵、敵。
数は一向に減る様子を見せない。
右を向いても左を向いても......前も後ろも
見渡す限りが、埋め尽くさんばかりの王国兵に
囲まれている状況は、生きる希望すら失くしてしまう。
それでも、騎士団員は剣を握り締める。そして、戦う。
限り無くゼロの確率しか無くとも、
ほんの僅かな生き延びる可能性と勝機に
賭け、縋り付き、血塗れで命を散らしていく。
......連合軍側のアリやセーゲルフらと同様に、
実は黒騎士も内心、かなり焦っている。
剣を振り回しながら、昔テレビのニュース番組で見た
アフリカ大陸で異常発生する、蝗の大群が
大地を真っ黒に染め上げる光景を思い出していた。
......斬っても焼いても、わんさか湧いてきやがるぜ。
昔から、算数は苦手だ。だけど割り算位は出来るんだぜ?
えー確か、王国軍って、十万人位だったろう?
おっかしーなー。騎士団が五千なら、ノルマ一人当たり
二十人でオッケーだったはずなんだが......
あ! そっか!! 普通の騎士達がそこまで倒せるはず無かったか。
一人一殺なら、残り九万五千人を俺が倒せばいいだけなんだよな。
一回の攻撃で三十人以上は、倒してるはずなんだけどなあ。
もっともっと、数減っててもいいはずなんだけど......
ありゃりゃ! なら三千回は攻撃しねえといけねえじゃん!!
だから減らねえんだよ。一体、今ので何回攻撃したっけ?
散々、皆から指摘されていた直情的で思慮に欠ける
自分の欠点を、今更ながらに反省している。
「ウルセエな! ンなモン、自分でもわかってとるわ!! 」
......兎に角、剣を振って敵を斬り、魔法で吹き飛ばす。
一人きりで戦うのなら、何も問題無いんだ。
三日三晩だろうが、一週間でも一ヶ月でも不眠不休で
回復薬でも飲みながら、一人残らず抹殺できるんだ。
だが今は、周りに仲間がいる。
この最中にも、横や後ろで騎士達が力尽き、倒れていくのが見える。
騎士団の陣形の側面を重点的に、王国の重装歩兵と騎兵が襲う。
騎士達は必死に応戦するものの、圧倒的な兵力差に押され
陣形は崩されつつある状況だ。
ここを突破され、王国兵が陣内に雪崩れ込んだ時点で
大公国騎士団は、終わりだ。
このままじゃ、連合軍、殲滅させる前に
騎士団員達が全滅させられちまう。
己の四方を取り囲む、囮の王国兵が邪魔で救援に回れない。
焦りと苛立ちにまかせて、目の前の敵をブン殴る。
ぐしゃ! という鎧が大きく凹む音と、ぐにゃりと
ありえない角度に首を曲げた兵が弾き飛ばされていく。
そしてまた、斬る。魔法を詠唱し、炸裂させて燃やす。
......実はかなり、肉体の疲労が蓄積してきている。
敵の剣や矢で受けたダメージも決してゼロでは無い。
徐々に、徐々に自分の身体を蝕んできているのを実感している。
だが今は、回復薬を飲む僅かな暇すら惜しい。
約束したんだよ。俺が皆を守ってやるからってよ!!
まず敵を押し戻して、一息つける目処が立つ所までは......!
「......熱っ!! 」
突如として複数の火球が騎士団に向けて
飛来し、騎士達が焼かれていく。
黒騎士も集中的に何発もの火球を全身に喰らうが、
確かに熱いが深刻なダメージまでではない。
だが、通常の騎士一人を焼き殺すには十分過ぎる威力を持ち、
多数の騎士達が体から火柱を上げて絶命していく。
急いで周囲を見渡す。
......先程まではいなかった、魔術師とみられる
ローブ姿の男達が王国軍勢のあちこちに紛れ込み、
呪文を詠唱しているのが見える。
国王親衛隊のセーゲルフ達が本隊に合流したようだ。
「チッ、王国兵も魔術師も......
この俺の邪魔ばっか、しやがってよ!!! 」
黒騎士は、舌打ちと同時に ― 雷光の殲矢 ― を詠唱。
音速で放たれる光の矢は、あっという間に
張り巡らせた魔法壁を突き破り
魔術師の体を貫く、というよりも引き千切っていく。
声を上げる間も無く、絶命した胴無しの死体が地面に転がる。
「嗚呼っ......! ダメだ、駄目っ!!
もっと黒騎士から離れろ、距離を置け!
もっと散らばるんだ!! 狙われるぞ!!! 」
青ざめた表情のセーゲルフが、大声で指示を飛ばす。
全身の血が引くような恐怖。
無意識に体を小刻みに震わせ、
歯をガチガチ鳴らしながらも
セーゲルフはただひたすら、
騎士団に向けて魔法攻撃を叩き込む。
まさに、化物だ。
バケモノ、ばけもの、バケモノ、化物......!
攻撃は効かないし、防御も意味が無いし......
どうすりゃ、いい? いや、有り得ないだろ!?
倒れろよ! クソっ、倒れろ、死ねってば!!
思いつくまま、心の中で汚い言葉を吐き散らす。
私は今、一体何をしているんだろう。
どうしてこんな場所で
こんな恐ろしい化物と
戦う羽目になっているんだ!?
頭の中が混乱してくる。
......ああ、そうか。そうだったな。
あんな、つまらん主君の
くだらん戯れ言に付き合わされての事だったよな。
すっかり忘れてたよ......ああ、確かにそうだった。
こんな、王国軍のやるせない念いなど、
汲む事も無く肝心のあの張本人とくれば......!
己だけ、とっとと尻尾を巻いて安全な場所に逃げおって!!
諦めの強い溜息の後に、王のいる鳳輦を睨む
セーゲルフの瞳には、強い殺意の色が滲む。
......そして、頭を振って、思い直す。
落ち着け! まずは黒騎士と呼ばれる、あの......
目の前の化物を倒す事に集中しろ。
あの化物の凄まじき力......大陸では、危険すぎる。
確信している。
倒さねば、皆殺しにされるのは、王国軍だ。
もう、侵略するとかされるとかの問題では無い。
連合軍だけでは無く、大陸で
生きる者、全ての者の存亡に関わる存在......
そう、悪魔だ。
それも、とてつもなく強大な魔王クラスの邪悪な......
認めんぞ、あんな凶暴で恐ろしい、神などいるものか!!
王国の無能な王の事など、二の次だ。
この私の全身全霊を以て、あの化物を葬り去る。
強い信念で、恐怖でに潰されそうな心を必死に励まし
強敵に立ち向かう戦意を高揚させる。
そして我武者羅に詠唱を行い、再び騎士団に向けて
ありったけの火球を打ち込んでいく。
一方、王国軍から離れた場所で魔獣と戦う
帝国軍のアリの目からは、遠目での王国軍と騎士団との戦闘は
膠着状態に陥ってしまっているようにしか見えていない。
帝国軍側の戦果といえば......
地面に転がるグリフォンの死骸が二体と、
瀕死の損傷を受けながらも
更に暴れ回る、手負いのミノタウロス一体に
止め(とど)を刺さんと、帝国兵は死力を尽くして
追撃を仕掛けていく。
鋼の鎧のようなミノタウロスの肉体に付いた
ほんの僅かな大きさの傷に狙いを絞り、
徹底的に攻撃を加えて傷口を広げつつ、
マンティコアの毒針や短剣の毒刃を押し込んでいく。
一つ一つの攻撃など、取るに足りない微々たるものだが
膨大な犠牲を惜しみなく払っての執念は功を成し、
蓄積した損傷を甚大なものへとさせた。
勝機は、一瞬だ。
足元がふらつくミノタウロスの、鈍い動きを見極めて
アリが一気に懐に飛び込み、ありったけの力を込めて
右の目玉に短剣の刃先を突き立てる。
この世のものとは思えぬ、悍ましい悲鳴を上げるミノタウロス。
抉るように短剣を引き抜くと、目玉がゴロリ、と
溢れ出る血と共に零れ落ちる。
目にも止まらぬスピードで、アリは
返す刀で左の目玉にも突き刺していく。
......会心の一撃。
完全に視界を塞がれた哀れなミノタウロスは、
轟音を立て、悶絶しながら派手に倒れこむ。
投げ出されるアリは、強く地面に叩きつけられて
激痛に暫く動けなくなる。息が苦しい。
「ガ、ガハッ......! ガハッ」
アリは血が混じる大きな堰を何度も出しながら、
ミノタロウロスに向かって何度も剣を突き刺している
大勢の兵達の姿を眺めている。
死にかけた蟷螂の体に群がる、蟻の集団のようだ。
......激しく痙攣するミノタウロスの動きが、
ようやく完全に止まった。
......これで、ようやく三匹目か。
周囲を見渡すと、地を埋め尽くさんばかりに
無造作に転がる、膨大な死体、死体、死体の山。
全てが、我が帝国兵の犠牲者だ。
たった三匹に、どれだけ殺られてしまったというんだ。
あまりの惨状に最早、言葉すら出ない。
なのに、暴れ回る魔獣の数はまだまだ残っている。
もう一体のミノタウロスは疲れ知らずで、兵を殺戮して回り
何匹ものグリフォンも、空中を旋回しながら攻撃を繰り返す。
巨大茸と三種類の泥人形に至っては、もうお手上げだ。
矢も剣も効かぬ。迂闊に近づく兵は皆、瞬時に餌食とされるだけだ。
動きが遅い事を幸いに、とにかく距離を置きながら、まずは
ミノタウロスとグリフィンに標的を定めた結果が、このザマか。
アリに襲い掛かる、大いなる虚無感と絶望。
この苦境を打破する為には、王国軍の
魔術師共の協力が不可欠である。
魔術師の強力な魔法攻撃さえあれば
頑丈な魔獣ですら、殲滅できるはずだ!
あの黒騎士とか呼ばれる魔獣達の主人を
倒してしまう事が最優先だ。
王国軍も相当、梃子摺っている。
だが、兵力の差で押し切られ、騎士団も相当、
消耗してきている筈に違いない。
今こそ一気に畳み掛け、止めを刺す最大の勝負所だ。
......よし!
アリは騎馬隊の突撃隊長である、ロキを呼びつけると
その両手を固く握りながら、苦悩の表情で語り掛ける。
「ロキ、これからの任務をよく聞いてくれ。
これより、お前の騎馬隊千名とウマル隊の千名で
囮となって攪乱し、あのバケモノどもを
此処に釘付けにしておいてほしいのだ。分かるか?
一匹でも倒しておこうとかは、思わんでいいからな!
......少しの時間さえ稼いでくれればいい。
その隙に、帝国軍本隊は王国軍の救援に向かい
騎士団の奴らを蹴散らしてから、連合軍の総員の力を以て
お前達の救援と、あの化物共の退治に戻るからな。
......少しの辛抱だ、必ず戻る! しっかり頼むぞ!! 」
要は盾となって死んでくれ、言っているようなもので
むしろ、はっきり言ってくれた方が気が楽であり
正直、まどろっこしい。
だが、寡黙で律儀者の突撃隊長は文句の一つも言わず
顔色も変える事もなく、過酷な命令を即答で了承する。
「......御意。お任せ下さいませ。
まあ、仰せの通り我らの突撃隊のみでは
あの魔獣一匹すら、倒せますまい。
精々、取って食われぬように用心しながら走り回り、
魔獣共を疲れさせてみせましょう」
本気か冗談か、判断できかねる口調と無愛想な表情。
だが、よく見ると口元の端は微かに上がって微笑む様に見えた。
「......お前には苦労をかける......任せたぞ......! 」
アリが絞り出すように漏らす、詫言と惜別の言葉。
「......私などには、勿体ないお言葉で御座います。
......どうか、アリ様もご武運を」
優しげな眼差しと穏やかな声で応えた後に
突撃隊長はスッ、と、踵を返すと兵達を率いて
魔獣達に向かっていく。
その後ろ姿を、断腸の思いで見つめるアリ。
こんな筈ではなかった。
もっと簡単に、圧倒的で、完膚なきまでに終わる筈だったんだ。
こんな所でむざむざと、多数の優秀な兵を犬死にさせて
しまう羽目になるなんて、夢想だにしなかった。
まさに、痛恨の極み。
だが、それだけ計算外で、常識外れで、悍ましく強大な敵なのだ。
嘆くのは、後にせねば。これからの被害を最小限に抑える為にも
今は即、次の行動あるのみ。
アリは勇ましく号令をかけると、残る全軍を王国軍救援の為に
騎士団との戦闘地点へ突進を仕掛けていく。
......見てろよ、黒騎士とやら。次で終わらせてやるよ。
掴みかけた勝利の可能性に、アリは全てを賭ける。
乱戦極まる、大公国騎士団の陣営に大きな異変が
発生したのは、黒騎士の背後からベルフルールの
悲鳴が聞こえた事からだった。
振り向くと、魔術師の放った火球の直撃を受けた
彼女の小さな体は猛火に包まれ、か細い呻き声と共に
地に倒れ込むのが見える。
「ベルフルール---!!! 」
黒騎士の叫びと同時に、血相を変えたファルナ達が
必死に消火と介抱の為、傍に駆け寄っていく。
黒騎士が即座に、雷光の殲矢にて
至近距離の魔術師を射貫いていくが
ベルフルールが倒された事で風の加護が消失してしまい、
騎士団は矢の猛攻撃にもさらされてしまう。
防ぐ暇も無く、騎士達を火球が、矢が槍が襲う。
爆発的に、騎士団員の犠牲者が増えていく。
陣形の防御が弱くなり、両翼が崩されていく。
ファルナ達が恐れていた最悪の事態。
騎士団の陣形が崩壊し、王国の兵が大量に雪崩れ込む事で
数で劣る騎士団員達への、今まで以上の凄惨な殺戮が加速する。
つい、先程まで隣にいた仲間の騎士達が僅かな時間の間に
断末魔の声の後、物言わぬ躯へと変わっていく。
貰った回復薬を与えつつ、懸命にベルフルールに
声をかけ、体をさすって励ますファルナ。
だが、黒く焦げた妖精の少女は、声を発する事も無ければ
ピクリ、と微かに動く事も無かった。
現実を受け入れたくないだけで、ホントはわかっているんだ。
もう、事切れてしまっている事を。
こみ上げる嗚咽。
止め処なく溢れ出る涙。
華奢で折れそうな、少女の身体をただひたすら
強く、強く抱きしめる。
ミリアでの悪夢の出来事が、鮮明に脳裏に蘇る。
何も出来ずにただ、大事な者達は皆、目の前で死んでいった。
あの時と同じだ。悲しくて、悔しくて、憎くて、心が壊れていく。
チクショウ、チクショウ、チクショウ! チクショウ!!
「うあアアアァァァァァッッ!!! 」
感情に任せ、手当たり次第に周囲の王国兵を叩き斬っていく。
冷静にならねば。自殺行為だ。頭では理解している。
だが、憤る自分自身を抑えきれない。
コイツラガ、ニクイ、憎イ! 一人デモ多ク、地獄ニ!!!
前から、横から後ろから剣や槍先が彼女を襲う。
既のところで躱し、払いのけて斬り捨てる。
無限に続くのかと思われる位の、敵との戦い。
いくら優秀な騎士とはいえ、徐々に受ける傷のダメージと
肉体の疲れは徐々に彼女の身体を蝕み、動きを鈍くさせていく。
気が付くと、無数の王国兵に四方を囲まれ、逃げ場を失っている。
......そうか。さすがにもう、ここまでかな。
迫り来る、最後の刻を悟るファルナ。
荒い吐息で、血だらけで痛む身体を引きずり
痺れる手で握りしめる剣を構え直し、深呼吸の後......
般若の形相で突撃し、斬る、斬る。
囚われた狂気の中で身を奮い立たせ、
残る気力を振り絞って剣を振るい続ける。
切り裂かれた足がもたつき、つんのめりに地面に倒れ込む。
ズブ、ズブリ、と自らの肩や腿にも槍の刃が
食い込んでいく感触と激痛が伝わっていく。
もう、動けない。薄れていく意識。
近くで敵兵らしき、止めを刺せ! や、首を刎ねろ!
という声がおぼろげに聞こえてくる。
......無念。
死を覚悟するファルナに、聞き覚えのある声も耳に入ってくる。
「......様、ファルナ様ッッ!!! 」
今、死んだ筈の自分の体はアランが抱え上げている。
状況が掴めず、キョトン、とした表情で呆けるファルナ。
先程まで彼女の周りに群がっていた王国兵達の多くは、
屍となり、無造作に地べたに転がっている。
「......大丈夫ですか!? 自棄になってはいけません!
騎士団の副将たる貴女様が、
こんな......こんな場所で無駄に命を捨てるなど!! 」
「はへっ......? わ、私が副将......!? 」
そんな扱いを受けていた覚えは無かったが。
正直、困惑気味。
「そうですとも! 黒騎士様と同様に、
貴女様が居ない騎士団など、崩壊したも同然!!
我が団には無くてはならぬ、副将で御座います!
その黒騎士様は、諦めず勝利の為に
今もあちらで孤軍奮闘されております!
ここの雑魚共は、この私が引きつけますから、
貴女様は是非、あの御方のお側に! 」
......そうだ! 黒騎士様!!
ようやく我に返り、思い出す。
何よりも、誰よりも大切な存在。
彼女自身の、いや、騎士団や大公国の
皆の最後の希望。
まだだ! まだ、こんな所で死んでなんか、いられない。
ファルナの中に、たちまち熱い活力が漲りだす。
慌てて、アランの指す方向を凝視する。
ファルナ達から少し離れた位置にて、
黒騎士が王国兵相手に大剣を振り回しているのが
見える事で、思わず小さく安堵の息を漏らす。
だが、完全に孤立した状態の黒騎士に対し
王国軍は火球や弓などの容赦無い集中砲火を
浴びせている真っ最中で、傍目からも苦戦を
強いられているのが手にとるようにわかる。
むしろ、今も生きているのが不思議な位だ。
嗚呼、直ぐに援護に向かわねば!
気持ちは先走るが、瀕死の重症を負い
立つのもやっとの、この状態では
黒騎士に辿り着くまでに立ちはだかる
大勢の敵兵達を倒していく事自体が、
もう絶望的な状況だ。
ふらつくファルナと、庇うアラン目掛けて
王国兵達が一斉に襲いかかる。
またもや、先が見えない敵からの猛攻を
かいくぐり、凌ぎきる為の戦いが再開する。
最早、防ぐのが精一杯だ。
折角、もう一度湧き上がった勇気も希望も
粉々に打ち砕かれて、所詮は死の間際の儚い
夢か、と早くも戦意を喪失しつつある。
「アラン! もういい、もう、いいから!!
このままでは、揃って共倒れに......!!
足手まといになる私の事など
構わずに貴方だけでも何とか、黒騎士様の救援に! 」
「何、言ってんですか!? 諦めたら終わりでしょう!
どのみち、このまま死ぬだけなんですから
生きてる限りは、身体動く限り、這いつくばってでも
ここは足掻いてみるもんでしょうが!! 」
弱気になるファルナに、アランの激が飛ぶ。
頭ではわかっているのだが、体が言う事をきかない。
ファルナの前には剣を構える敵兵が三名。
一人目の上段斬りを剣で受け、力一杯、前へ蹴り飛ばす。
返す刀で二人目の突きを躱しつつ、その首を勢いよく叩き斬る。
だが一瞬、崩した体勢と怪我により反応が遅れ
三人目の捨て身の突進は、流石に対応できそうにもない。
頭の中が真っ白になる。
敵の刃を前に、観念したファルナは思わず目を閉じる。
......恐る恐る、薄目を開けると王国兵は
頭を叩き割られて死んでいる。
目の前では、金髪がもう一人の兵を
剣で斬り捨てている最中だった。
突然の事に唖然とするアランとファルナ。
「お二人とも、大丈夫でした?
って......やだなあ、逃げたりなんかしてないですよ。
まあ、これでも一応...私も騎士ですから」
ムスッとした表情。
左手には王国兵から奪った盾を器用に使って
敵の攻撃を飄々と捌きながら、
軽やかな動きで兵を倒していく。
「......? どうしたんですか。
なんか、いやらしいですねえ。
そんな、不思議そうに人の顔ジロジロと見られましても」
怪訝そうに訪ねる金髪に、慌てるファルナ達。
「......ああ!! いやいや、違う!
意外に......じゃなくて! そう!!
実に素晴らしい剣の腕前でつい......
み、見惚れてしまったというか......ねえ? 」
慌てて、ファルナはアランに助け船を求める。
「えええっ!? そ、そこ、私に振りますか......
そ、そうだぞ! ファルナ様の仰る通りだとも!!
貴殿のその強さ! そして舞の様な華麗なる動き!
この私まで、嫉妬してしまう程だぞ!!
ハッ、ハッハッハ......ハ...... 」
乾いた笑い。
「......ふうん。まあ、いいですけどね。
いやあ、でも追いついて良かったですよ。
何度も、もう、こりゃ駄目だと思ったモンでしたよ!
あ! そうそう、ファルナ様に......コレを」
と言って、ファルナの手に握らせるのは回復薬の小瓶。
「回復薬を渡したかったんですよね。必要でしょ?
コレ飲めば、その酷いお怪我も一発で治りますから
早く飲んで、黒騎士様の元へ......! 」
「い、いや......でも回復薬は貴方の分の......
むしろ、貴方とアランで黒騎士様の救援に向かった方が
余程、良いんじゃないかと思うのだけど...... 」
「.......ああ、ご遠慮なさらずに!
私、まだ元気なんで不要です。
それとこの際、ハッキリ言っときますけどね、
あんな敵だらけのトコなんて私ゃ、行かないですよ!
ココの奴ら相手にするだけで手一杯ですから。ココで待ってますよ。
美味しいトコは、ファルナ様にお譲りしますので、どうぞ!! 」
ちゃっかりしているというか、何というか......
感心したり、呆れたりで思わず、苦笑い。
だが、ヌルリとした手の感触でふと見ると
小瓶にべったりとこびり付く、大量の血糊に息を呑む二人。
「ちょっと......! この血って
貴方、怪我の具合は大丈夫......!? 」
「......あ、ああ! それ、それね。
王国兵の返り血ですよ、か・え・り・ち。
大丈夫、全然、大丈夫ですけど!? 」
努めて明るく振る舞う金髪。
......つい、見落としていた。
盾で隠しているが、彼の腰から下は血塗れで
顔色も青白く、荒い息で必死に踏ん張って
体が震えているのを堪えている。
「......酷い怪我!! これのどこが大丈夫なのっ!?
大変......この回復薬は貴方が......! 」
突如、狼狽するファルナを突き飛ばす金髪。
腰から抜いた剣を突き立てる。
背後で喉元を串刺しにされた王国兵が、
仰け反りに倒れていく。
会話も中断し、敵との戦闘が再開される。
「......なんでもいいから、ゴチャゴチャ言わんと
さっさと行ってくれぇぇぇぇ!!!!
私もねえ、そろそろ限界来てるんですよ......!
この好機を逃すなって! 多分、これが最後っすよ!!
チャッチャっと薬飲んで、黒騎士ンとこ、
助けに行ってやれってぇぇぇ!!!! 」
鬼気迫る形相で、金髪が叫ぶ。
左肩の大きな割創は、肉が抉れ骨まで露出させ、
握力が弱まった手から盾がゴトリと地に落ちる。
血だらけで、刃こぼれまみれの右手の剣では
もう、まともに斬る事も出来ない。
だから、フェンシングのように片手で
敵を突いて突いて、ただ突きまくる。
死期を悟った男の、尋常ならざる狂気をおびた剣。
瞬く間に、バタバタと王国兵が倒れていく。
気迫に押され、怖じ気づいて後ずさりする敵兵達。
その隙に、アランが躊躇するファルナの手を強引に
引っぱって、この場を金髪に任せて黒騎士の元へと急ぐ。
「私からも、どうかお願いで御座います!
彼の覚悟と、心意気に応えてやって下さいませ!!
このまま犬死にでは、あまりにも不憫で......!
大義の為に、ここは何卒、辛抱下さいませ!! 」
諭すアランも、泣いている。
命懸けで手渡しされた回復薬。
口をつけると、瓶に付いた彼の血の味がした。
......錆びた、鉄のような味。
止まらない自分の涙のしょっぱい味と共に
喉奥へと一気に呷る。
身体の傷はみるみる回復し、力は漲っていくのに
裂かれるような心の痛みは癒えることなく、
更に深く、激しくファルナの精神を蝕んでいく。
辛い。とても辛い。
いっそ、この場で狂い果てられれば
どれだけ気が楽だろうか。
死ぬ事すら叶わず、これでもまだ生きろというのか。
泣いてばかりの無能な自分自身を呪い、
不甲斐無さを嘲り、絶望する。
「ぐうぅ......! ぐうっ、うぅぅぅっっ!!! 」
悔しさと、泣き声を押し殺す為に
唇が千切れる位に強く、強く噛み締める。
皆、済まない、済まない、済まない......!!
既に死んだ者、これから死にゆく者達への懺悔と後悔。
生き続ける事に辟易しながらも、それでも前を進む。
「......い、痛ぁぁぁぁぁぁい 」
群衆の中に紛れる二人の姿が見えなくなったのを
確認すると、緊張の糸が切れたかのように
がくん、と地に膝をつく金髪。
既に目はかすみ、意識も朦朧としており
自分の周りを取り囲み、にじり寄る大勢の王国兵の
数すら、ぼんやりして把握できていない。
卒倒せぬように、大地に刺した剣を杖代わりに
辛うじて体勢を維持している。
痛む脇腹に手をやると、割れた鎧の隙間から
流れ出る血の生暖かさと共に、垂れている
腸の柔らかな感触が伝わってくる。
ああ、こりゃあ......助からないな。
自嘲気味の溜息。
文句の一つも言いたくなる。
「......ったく。痛いの、イヤなんですけどねえ......
まさか、二回も死ぬ羽目になるなんて......
ホント夢にも思わなかったですよ、まったく......! 」
傍らで横たわる、少女の亡骸を優しく撫でる。
「......まあ、それはこの妖精も同じでしたからねえ。
......痛かったでしょう、アナタもよく頑張りましたね」
そうだ、仕方無い。仕方が無い事なんだよ。
運命なのだと、自分自身に言い聞かせる。
止めを刺そうと、雄叫びを上げて迫る王国兵。
金髪はヨロヨロと立ち上がるが、もう余力は無く
サラリと避ける事も剣を交える事すらできない。
右手に小さな短剣だけ持ち、構える。
......ほんの僅かに体をずらして急所を外し、
敵の刃をそのまま胸板で受け止めていく。
ずぶり。
鋭利な刃の先は、鎧を破り肉に刺さると、
そのまま一気に背中を突き抜けていく。
「......あ゛ぐぁ! う゛ぁぁぁぁ!!! 」
激痛に身悶えしながら発する、断末魔の声。
ぶすり。
力を込めた最後の一押しで、剣は
完全に根元まで体に突き刺さった。
残る気力を振り絞り、剣を引き抜こうと
藻掻く王国兵の背中に抱きつくように右手を回し、
その首根っこに短剣を深く突き刺した。
恐ろしい悲鳴を上げつつ、絶命する王国兵。
「......じ、地獄への道連れは......
一人でも多いほうが......賑やかで
寂しくないでしょ......? ねえ...... 」
そのまま、二人は抱き合うように地面に倒れ込む。
......恐怖と憎悪に駆られた周りの王国兵達が
既に絶命した彼の体にザクザクと何度も剣を刺し、
罵声を上げながら、蹴りを入れている。
敵も、味方も関係なく、皆、余裕などない。
戦場全体を、悲鳴と怒号と、
怒りと恐怖と悲嘆に絶望......
ドロドロしたものが混じり合った、
阿鼻叫喚の世界が支配している。




