13. 降臨の歓喜(前編)
新緑と木漏れ日に包まれた林道の中を、軍靴の音を大きく響かせながら
連合軍の大軍勢は東へ、東へと突き進んでいく。
その先頭を歩く共和国の農兵達には、覇気も笑顔も無い。
僅かな兵糧と、雀の涙のような報償で強制的に徴兵されての過酷な遠征の日々は
彼らを心身共に甚だしく疲弊させており、誰もが皆、虚ろな目付きで項垂れ
鉛の様に重い体を引きずるようにノロノロと歩いて行く。
背後から帝国の師団長の、叱咤激励が大きく周囲に響き渡る。
......だが、幾許かの者が僅かに反応したのみであり、
圧倒的大多数の兵達は何の関心も示さずに、まるで夢遊病者の群れのように
只只、ズルズルと歩き続けている。
あまりに生気の無い集団を、背後で眺めるアリが憮然とした表情で愚痴をこぼす。
「何だ、アレは......あれでは、お前の所の不死兵のほうが
よほど元気ではないか。どっちが死人か分からんなあ!? 」
「身に余るお言葉でございます......そうじゃ、副大統領殿、如何でしょう?
農民共、この私めが屈強な兵に鍛えてみせましょうかの?
......無論、貴方様がよろしければでございますが」
満面の笑みを浮かべ、語りかける錬金術師に対し
返答も出来ず、笑顔も作れずに引きつった表情の副大統領。
相も変わらず、鳳輦の中から顔も声も出さぬ王。
会話の中に加わろうとする気配すら出さない。
その様子を冷ややかに眺めながら、苦々しい思いを噛み締める魔術師。
途中、一人の農兵が小さな呻き声と共に前のめりに地面へ倒れ込む。
即座に上官の怒声が飛び、容赦なく農兵に鉄鞭を振るうが、起き上がる様子は無い。
よく見ると、身体を小刻みに痙攣させ、口からは泡を吹き、白目を剥いているようだ。
......心配そうに様子を見ようとする者も、介抱しようとする者も農兵の中には
誰一人としていない。
チラリと横目で見遣った後は、関心も無さげに無言で進軍を続ける。
構ってなんかいられない。皆、自分の事で精一杯で余裕が無いのだ。
業を煮やした上官の合図により姿を現した魔獣マンティコアは、
嬉しそうに低く咆哮すると農兵を皮鎧を着た体ごと、そのままかぶり付いた。
骨を噛み砕くゴキッ、ゴキッという嫌な音と小さな悲鳴。
哀れな男の最後の光景を正視する事が出来ず、
農兵達は目を逸らし、必死に前だけを見て歩く。
隊列の後方から、咽び泣く声が微かに聞こえてくる。
「......明日は、我が身だわ」
疲れ切った表情で、槍を杖代わりにして歩く老齢の農夫が呟いている。
この一週間ほどの間に彼らに支給されたのは
小袋に詰められた干し玉蜀黍が一袋と、水筒一本分の水のみだ。
ロクな休憩も与えられる事も無く、ただひたすらに先頭を歩く事を強いられる。
戦闘力も無い農兵達に求められる役割はただ一つ。
丁度良い、使い捨ての盾代わりだ。
後ろに退れば魔獣の餌で、前を進めば犬死にの宿命が待ち受ける。
......行くも地獄、戻るも地獄とは、まさにこの事だ。
激しい空腹と肉体の疲労、睡眠不足に死の恐怖により蝕まれる精神......
混濁する意識を必死に奮い立たせ、壮年の農民クオンは
一歩一歩、踏ん張るように足を進めている。
......畜生、畜生、畜生! どうしてこんな、理不尽で酷い仕打ちを......
血が滲むほど強く唇を噛みしめ、涙が零れぬよう、天を仰ぐ。
故郷で帰りを待つ、寝たきりの老母に病弱な妻、幼き我が子の顔が脳裏に浮かぶ。
クオンの住む共和国北部は、ひときわ厳しい極貧の山岳地帯であり
最低限、家族が飢え死にしない程度の食料の確保が精一杯だ。
最重要である主食の稗の栽培が、今年は遠征から戻れず、もう絶望的だ。
妻や子だけでの農作業は、まず無理だろう。家族は無事に年を越せるのだろうか。
気が気ではない。胸元に忍ばせた、二個の小さな宝石を強く握り締める。
宿場町での略奪の際に、必死の思いで帝国兵らを出し抜いて
手に入れた代物だ。
これが高く売れてさえくれれば、我が家も今年は凌げるかもしれぬ。
だが......帰れるのだろうか。生きて今年中に、故郷に帰る事ができるのだろうか。
いや! 帰る、帰るのだ!! 家族が待っている。
イヤだ、こんな所で惨めに死にたくはない! 俺はまだ死ねぬのだ!!
どうしても我慢できぬ時だけの、一粒の干し玉蜀黍と一口の水を口に含み
クオンは固く、固く心に誓う。
林道の中を抜けた眼前の光景に圧倒され、連合軍の兵達は言葉を失う。
「......ほぅ! 」
思わず、アリも感嘆の声を漏らす。
それは、見渡す限りの辺り一面に広がる壮大な麦畑だった。
さすがに収穫にはまだ早いが、立派な青い穂が地面を覆い尽くし
初夏の風に吹かれてユラユラと、静かに揺れ動いている。
収穫の時期には、全てが黄金色の幻想的な景色と変化するのだろう。
その一粒一粒が、日に照らされて宝石の様に光り輝いている。
痩せ地で 稗や粟、馬鈴薯などしか実らずに口にした事の無い
共和国の農民達にとっては、まさに夢の楽園。
グール盆地は、大公国内有数の巨大な穀倉地帯でもある。
此処を手中に収める事で、大公国内部の食料供給体制を寸断させて
甚大な被害を与える事が出来るばかりでなく、
連合国側に莫大かつ恒久的な兵糧の確保が可能となる。
大公国存亡の天王山となるのは、首都の攻略ではない。
此処、グールを陥落させる事だ。アリは確信している。
索敵しながら進軍するも、敵はおろか、人っ子一人として見当たらぬ閑散とした状況だ。
かといって、慌てて逃げ出したような乱雑な様子も何一つ無く、
きわめて整然とした印象を受ける。
非常に計画的で、かつ迅速に住民の避難がされたものだと推測される。
......腑に落ちないのは、交戦もせずに撤退させるのであれば何故、
これだけ見事な穀倉地帯を焦土化しなかったのだ?
むざむざ、敵にくれてやろうとでもいうのだろうか。俺ならば、当然......
火をつける時間すら無く、撤退が精一杯だった? いやいや、それは無いだろう。
これだけの手際の良さだ。何か魂胆があると思うのが普通だが......
馬鹿馬鹿しい! 考えすぎだ。
僅か数千の大公国軍に、何が出来る? 何一つ、手など打てぬわ。
ここは戦のイロハも知らぬ、只の筋肉馬鹿と考えた方が自然だろうか。
いや、でも、しかしだな......
まとまらぬ考えが、グルグルと堂々巡りでアリの頭の中をよぎる。
......よし!
「オイ、農兵共っ! よく聞けえ!!
貴様らの頑張り次第で、此処グールを連合軍の領土とした暁には!
報償として、この盆地をくれてやるわ!! 豊かになりたいのだろう?
ならば、死ぬ気で戦えぇ! 連合軍の為に尽くせぇぇぇ!!
......期待しておるぞ」
突如として、高らかに宣言するアリ。
この激励に、農兵達は猛烈に感激し、地が割れんばかりの雄叫びを上げる。
涙を流しながら、口々に連合軍とアリを讃え、忠誠を誓う。
クオン自身にも、生き抜く希望の炎が激しく燃え盛っていくのを感じる。
楽園がっ......! 俺達のモノに......!?
家族を幸せに出来る......最大のチャンスだっ......!!
身体が震える。昂ぶる思いを抑える事が出来ない。
「な......なんという、兵への素晴らしきお心遣い......!
有り難き......有り難きお言葉で御座います......! 」
感激で目を潤ませ、顔を紅潮させた副大統領がアリに謝意を述べる。
「......? 何に対してだ? どうせ頑張れる事も、手柄も何も無いだろう。
イヤ農民共、どうせ全滅だろ? やる気も無いし哀れでな。
せめて死ぬ前に、少しだけいい夢見させてやっただけだが? 」
真顔で聞き返すアリに、ワレサは絶句する。
一気に顔色は青ざめて、硬直していく様子がハッキリとわかる。
......こうして、あれやこれや考えている事自体が
既に黒騎士とかいう奴の手の中で踊らされているのかもしれん。
もう、ラッセン城は目前なのだ。雑念は捨てよう。
アリの険しい視線は、真っ直ぐを見据える。
......一方、ラッセン城にて黒騎士率いる大公国騎士団は、
目前に迫る連合軍を迎え撃つ為の出陣準備に追われ、
どの者も慌ただしく動き回っていた。
「......そっか、住民の避難は無事に終わったか。そりゃ、良かった!
良くやった、お疲れさん。アリガトな」
トリアムへの避難完了報告を行う金髪に、黒騎士が穏やかに労いの言葉をかける。
今日は通常通り、黒騎士様と呼んで良いのか戸惑う程の井出立ちだ。
頭の先から、爪先まで全てが光り輝く純金の鎧一式を見に纏い、携える
それ以上の眩さと美しさを持つ純金の大剣には、鍔から柄にかけて
白金で作られた精巧な竜の細工が施されている。
黒騎士曰く、「神界の覇王の聖なる鎧一式」と、
「神界を統べる雷霆の大剣」という
伝説のカキン?? SSS?? 100位内?? 防武具であるらしく、
神光? の加護と奇跡とやらを騎士団員達にも見せてくれるとの事だ。
それはさておき、黒騎士の言葉に感激で瞳をウルウルさせる金髪。
「そんな! 何と勿体ないお褒めの言葉をッ!! この私めなどにィ!
このハンニヴァル、感激で......感激で.......ンホッ、エホッ(咽せる)」
「......んー、やっぱオマエ、ウザいわぁ。(困) でもよ、良かったんか?
何なら、オマエも住民と一緒にトリアムに避難してもよー
俺ぁ、別に責めやしなかったのにさ」
ちょっと意地悪く、からかってみる。
「な、何を仰るのですかッ!! こ、この私が、そのような......って、
え、えええっ!? 良かったのですか? いや、それならそうと最初から!
ならそれも......アリ......だったかな......? って、いや、その...... 」
狼狽し、シドロモドロの返答になる金髪。
「くぅ~、カカカカッ!! ジョーダンだよ、冗・談。
そーゆーお前の自分に正直なトコ、俺ぁ、大好きだぜ。
まー、そう心配すんなって! 俺が護ってやっからよ」
背中をバンバン叩いて、ケタケタと愉快そうに笑う黒騎士。
頭を掻きながら照れ笑いの金髪。つられて笑顔になる周囲の騎士達。
とてもこれから戦闘が始まるといった、緊張感や悲壮感は漂わない
頗る和やかな雰囲気だ。
少し離れた場所から眺めるアランの顔にも思わず、笑みがこぼれる。
......こんな状況で、さらっと仰るのだからな。
主君を護るのは騎士達であり、その為に死にゆくのが使命だ。
護られるべき主君が、たとえ冗談でも騎士達を護ってやるなどと......
胸が熱くなる。
とにかく状況は、絶望的なのだ。
なのにいつも以上に上機嫌で、よく笑う。だが、決して無理をした空元気ではない。
周囲を気遣い、声をかけ、安心させる。全く以って頭の下がる思いだ。
素晴らしい主君に出逢い、仕える事が出来て本当に良かった。心から、そう思う。
兎にも角にも、黒騎士を護りつつ、僅かな勝機を見出していかなければ。
......そう、心に誓う。
黒騎士が機嫌が良いのは、事実だ。
残念ながら、というかやはりというか
目覚めても仮想世界のままではあるが、昨日までとはまるで違う。
実際には僅か2~3時間程の時間でしか眠れなかったのだが、
久々に熟睡できたという実感が、まるで憑き物が落ちたかのように
心身共に実に爽快な気分とさせ、今朝は気力が満ち溢れている。
内に溜め込み過ぎていた諸々を、吐き出せた為だろうか。
今なら、どんな困難な事でも軽く達成できてしまいそうだ。
そういや、アイツはどこいったんだ? アイツ。
あつしはキョロキョロと辺りを見渡す。
夜を徹して献身的に寄り添ってくれた一番の忠臣、ファルナを探す。
......その頃、ファルナはモジモジとバツが悪そうに城内の隅に隠れ、
皆の様子をチラチラと覗き見するような素振りを繰り返していた。
......恥ずかしすぎて、とてもとても目を合わせられない!!
今朝の出来事が、鮮明に脳裏に蘇る。
ファルナが目を覚ますと、あろう事か二人は
ソファーの上で抱き合うような格好で過ごしていたのだった。
あのまま、ついつい寝入ってしまったようだ。
しかも、先に目覚めた黒騎士は何も言わずにただ優しく
自分の頭を撫でてくれているではないか!!
「!!! っひゃあ!? も、申し訳御座いませんっ!
わ、わ、ワタクシ、何たる粗相をっ......!!! 」
悲鳴に近い素っ頓狂な声を上げ、跳ね起きようとする自分を
「まあまあまあまあ......もうチョット、いいじゃねえか。ありがとな。
ホント、久々に......気持ち良く寝られたよ。オマエさんのお蔭だよ」
と、胸に押し付けながら、優しく労ってくれたのだ!!
あれは、本当に夢ではなかったのだろうか。時間が経つ毎に、
現実感が乏しくなるのだが、今でも声が耳に、感触が肌に残っている。
本当は、直ぐにでも傍に駆け寄って夢じゃない事を確認したいのだ。
だが、怖くて近寄れないのだ。
「くうぅぅぅ~、思い出すと嬉し恥ずかしすぎて......!
い、イカン、はな、鼻血がっ......!! 」
人目を憚らず、滑稽な格好で身を屈ませて
鼻を押さえるファルナ。
眺める幾人かの騎士が、困惑の表情で通り過ぎていく。
......いかん! いかんぞファルナ。気を引き締めねば!!
弛む自分自身に活を入れる。
そうだ。今からの戦で、自分達は......
絶望感が襲い掛かり、酷く陰鬱な気分にさせる。
で、でも! だからこそ、せめて最後の刻くらい、
ほんの少しだけいいじゃないか!!
開き直ったように、思い直すファルナ。
そうだ。天地神明に誓って、今まで女である事も捨てて
この大公国の為、全てを捧げて誠実に生きてきた積もりだ。
そんな自分に神様が最後にくれた、ほんのささやかなご褒美なのだろう。
命など惜しくは無い。あの日、ミリアで惨めに嬲り殺されていた筈なのだ。
突如として現れた、あの御方が助けてくれてからというもの、
あっという間に過ぎ去った夢のような毎日だった。
悔いは無いし、この命を捧げられるべき相手がいる事に、
騎士としても女としても今は喜びを感じている自分がいる。
どんなに絶望的であろうが、あの御方だけは......!!
「......そこでアンタ、何してんのさ」
「う、おわっ! わあっ!? 」
突然、背後から声をかけられて仰天し、飛び上がるファルナ。
振り向くと、天敵であるリィーネとコレアの姿が目に入り、思わずしかめっ面。
怪訝そうな表情のリィーネ。
「なに? 白熊、鼻血出してんの!? そんなヘンな格好してさ。
マジで何してんの? ねえ、なんかあった? なーんか怪しいなー」
ファルナの全身を舐めくり回すように観察するリィーネの視線。
獲物を狙う女豹の眼だ。
「イ、イェ......ソンナコトハゴザイマセンコトヨ......!? 」
ヤバイ。こいつには知られたくない。野生の勘が警告している。
ホントはジルやベルフルール位には、こっそり打ち明けたいのだ。
でもコイツは駄目だ。嫉妬からどんな手を使ってくるかわからん!!
青ざめた顔がヒクつき、脂汗が額に滲む。
「ちょっと、ドコ見てんのよ。ちゃんと目ぇ、見て話しなさいよ。
声、裏返ってんわよ。で、昨日の晩、アンタ寝室居なかったよねえ!? 」
詰問は厳しさを増し、矢継ぎ早に質問攻めに遭う。ヤバイヨヤバイヨヤバイヨ。
「っと、居た居た。探したぜ。ソコで何してんだよ。準備できてるか? 」
ぽんっ、と軽く肩を叩く黒騎士。
「......あっ! 申し訳御座いません! 直ぐに終わらせます!! 」
安堵と同時に、青ざめていた顔がまたも紅潮していくのを感じる。
チッ、と小さく舌打ちして大人しくなるリィーネ。
「ん? 隣に居んのは、戦空艇のセクシーユニット・
パイレーツの二人じゃねえか。どーしたんだよ。避難すんなら、
ジルとか女中共とか、もう皆、戦空艇の中に向かってるぜ」
「?? パ、パ、パイレーツ? でございますか???」困惑するリィーネ達。
「おう。だっちゅーのだよ、だっちゅーの。こうやって。知らんか。
まあいいや。どーすんだ? 何ならそこの槍取って、俺らと一緒に
二十万の連合軍、ぶった斬ってくれてもイイんだぜ? 」
悪戯っぽい口調で語りかけると、二人は血相を変えて頭を振る。
「! イ、イヤイヤイヤ!! ワタシ達は美を司る非力な妖精ですから!
無骨な戦闘は......ねえ? ちょうど今、コレアと戦空挺に
向かう最中だったんですぅ」
猫なで声のリィーネ。
「......ケッ」
ファルナ、小声で吐き捨てる。
「黒騎士様......宜しいでしょうか」
憂いに満ちた表情のコレアが声をかける。
「戦空艇に行って......私達はどうしていれば良いのですか?
避難するというのは......救援を待つと云う事で御座いますが......
この戦況で......果たして一体...... 」
「ちょちょちょ!! アンタ何、とんでもないコト口走ってんのさ!? 」
慌てるリィーネが必死になってコレアを嗜める。
「? チャチャっと済ませて戻って来るからさ。それが、どーかしたか? 」
平然とした口調で、即答する黒騎士。
コレアの頬に手を当てて、優しく諭すように語りかける。
「ってゆーかさ。マジメな話ん時は、ちゃんとした口調なのな。ビックリしたわ。
......いいか? 通常通りさ。いつもどーり。
兵力が二十万あろーが一緒さ。変わらねーよ。
だから、大人しく戦空艇の中で待っててくれ。迎えに行くからよ。
まあ、俺が負ける事なんて、万に一つもありえねえよ!
だがな、その万に一つになっちまった時ぁ......
いいかそん時ぁ、オマエが戦空艇に火ぃ、つけてくれ。任せたぞ」
「は、ハイ! お待ち......しております! どうか......ご武運を...... 」
そうだ。黒騎士が死ねば全て終わりだ。
大公国も、騎士団も戦空挺の自分達も。
生き延びても最早、何の希望も無い。今は、待つしか無いのだ。
理解して声を詰まらせる、涙目のコレア。
「ご武運なんか、ねーよ。要は戦法だよ、やり方。行くぞ、ファルナ」
背を向けて歩き出す黒騎士の姿を慌てて追いかけるファルナ。
「......ってかさ、何シレっと得点アップさせてんのよ。アンタ」
リィーネは恨めしそうに横目でコレアを睨んでいる。
無言で歩く黒騎士とファルナ。
多少の気まずさを感じるファルナの心情を察したのか、
黒騎士は独り言のように、素っ気無く小声で語る。
「......あの後、少しは寝れたか? (ボソっ) 」
「......!!! はっ、はいッ!! 大丈夫ですっ、この通り、
ワタクシ元気一杯で御座いますっ!!! 」
ドギマギして顔、真っ赤。そして変なガッツポーズ。
「......カカカッ! そっか。そりゃ良かった」
愉快そうな声で笑う。
「よっしゃ! じゃあ、今日も一日、ヨロシク頼むな」
きょ、今日も? まるで明日が普通に来るような口調。
一瞬、戸惑った後にファルナは心の底から出る親愛の情を
精一杯の笑顔と言葉に込めた。
「......ハイ! 今日も宜しくお願い致します......! 」
夕刻近いラッセン城前に陣取る大公国騎士団の眼前には、
地平線を埋め尽くすかの如く、連合軍兵の無数の黒い影が並んでいるのが見える。
ゆっくりと、前に進軍を続ける連合軍。
遠くから地響きの様に雄叫びの声が上がり、近づくにつれて大きさを増してくる。
圧倒的な、数による威圧。
巨象対子犬のようなものか。
対峙する騎士団員達の数は、余りにも少数すぎる。
当然、覚悟はしていたのだがこの時点だけでも戦意を削ぐには十分すぎる状況だ。
誰もが皆、黙り込んで最後の刻を覚悟し、静かに溜息を吐く。
隊列の最先鋒には、周囲の猛反対を押し切って黒騎士が務める。
珍しく、ヘルムから貰い受けた見事な純白の大きな名馬に跨って剣を構える。
だが乗り慣れていないので、心なしか、安定感に欠けてプルプルしているようだ。
後ろに控えるファルナ達は心配で心配で、仕方が無い。
「あ、あのぉ......黒騎士様? 大丈夫でございますか......? 」
恐る恐る、尋ねてみる。
「......! ナ、何ノ事ダネ!? ゼ、全然ッ、大丈夫サァ!(焦)
こ、こないだ、あんだけ乗馬の練習したんだ、これ位、余裕だっちゅうの!
なあ? 黒王号よ」
撫でると激しく嫌がる白馬。黒騎士は振り落とされないのに必死。
「黒王号......って、いや、その白馬にはセントホワイトという
立派な名前が既に......」
「......っていうか、それよりさ」
真面目な口調に戻った黒騎士に、ファルナ達は息を呑む。
「......やっぱさ、連合軍の数、多すぎるよなー。
俺、ちょーっと早まっちまったかなー? って。タハハハ」
......主君が今、戦場で、言うんかい!?
呆然とする騎士団員達。
彼を前から知るファルナ達は、この人はまた......と、苦笑いの表情。
気にする事無く、黒騎士は続ける。
「......この状況だ。普通に考えりゃ、もう、絶望的だろ?
でもな、こんな俺の戯言を信じて此処まで来てくれた騎士団員達にゃあ
ホントに感謝してる。お前らは俺の誇りであり、大切な宝物だ。アリガトな」
死出の門出の挨拶にしか、どうしても聞こえてこない言葉。
感極まって涙ぐみ、肩を震わせる隊員達。
「......だがなあ!!」
一際、大きく響く黒騎士の声に驚く隊員達。
「残念だけどよー、俺ぁ、全っ然、諦めてねえんだわ。
これから起きる事、目ぇ、かっ開いて、よーく見とけ!
そして覚えておけ! 今日、歴史が変わる瞬間をな!!! 」
右手の大剣を天高く掲げ、勇ましく叫ぶ黒騎士。
力が湧いてくる。雄叫びを上げる騎士団員達。
「まだだ! まだ声、足んねえな! もっと、もっとだ! 声出していこーぜ! 」
声は更に更に大きさを増してくる。
その声は、対峙する連合軍側にも聞こえる程となっていた。
余裕の表情で、思わず苦笑を漏らすアリ。
「おーおー、よくもあの少数で、なかなか勇ましい事だ」
城前に並ぶ、ほんの僅かな黒い人だかり。
魔獣の種類と数によっては、手こずるやも知れぬが、恐るるに足りん。
一気に襲い掛かれば、瞬時に消え去りそうな儚いものだ。
あれだけの士気の高さに感服はするが、甚だ無謀なだけだ。
......思い知らせてやる。
ヒュン、ヒュンと風切音が聞こえたかと思うと、騎士団陣営の側に
次々に、幾つもの大きな火柱が上がっていく。
連合軍側から放たれる、投石器からの
火薬を詰めた可燃武器が炸裂する。
間髪を入れずに発射を続けながら、大軍勢は徐々に距離を縮めてくる。
狼狽し、士気が下がる騎士団員達。
尻込みし、思わず後ずさりする者さえいる。
「いちいち、ビビっとんなぁ! んなモン、そうそう当たらねえよ!! 」
先頭の黒騎士は微動だにせず、叫ぶ。
「ちょ......!? 黒騎士様っ、前、前です!!! 」
大声に気付くと、目の前に巨大な可燃武器が迫り来る。
「......どっせーい!!! 」
力任せに、片手の大剣で叩き斬る黒騎士。たちまち全身が炎に包まれる。
ファルナの悲鳴が響き、皆の表情が青くなる。
だが、炎の中から現れた黒騎士には、少しの傷も見当たらない。
流石は神光のプレミアムSSS防具。どうやら白馬も無事の様だ。
一際大きい、歓声と雄叫びを上げる隊員達。一気に士気が昂ぶっていく。
眺めるアリが驚嘆の声を上げる。
「ど、どうなっとるんだ? 直撃で無傷だと!? ありゃ何者だ?
アイツが黒騎士か? いや、話と違うぞ......純金の鎧に剣......
他にも似た様な化物がいるって事か!? 黒騎士ってのは、一体何処だ!! 」
喝采の中で黒騎士が悠然と構えている。
......ホントは熱かった。すっげぇ熱かった。
兜で顔を見られてなくて良かった。実は涙目だったりする。
出来るだけ、出来るだけ平静を装う。
この怒りのカタルシスを、全てあの連合軍に......!
間髪を入れず、矢が土砂降りの雨の様に騎士団に向けて降り注ぐ。
突如として、上空で激しく吹きすさぶ旋風が矢を全て巻き上げていく。
......馬上のアランの背後にしがみ付く、ベルフルールの加護効果だ。
「オイゴラァ! 危ねえから子供は避難させろ、ってただろうがあッ!!!
直ぐに戦空艇に戻って、怪我させねえようにしろや!! 」
アランを怒鳴りつけると、決死の表情のベルフルールが反論する。
「イヤ、イヤ! 嫌です!! これでも私、風精霊の端くれです!
武器は使えなくても、加護で少しでもお役に立ててみせます!
お願いです、お願いします! 貴方様の御恩に報いたいんです!! 」
ベルフルールの涙の懇願に押されて、何も言えなくなってしまう。
「アラン......絶対に、痛ぇ思いさせんなよ」
大きな黒い影が更に大きくなって見えてくる。
ジリジリと大軍勢が自軍に近づいてくるのがわかる。
「まだだ! まだ突進すんなよ! 目印は、あの茸を連合軍が
過ぎた所だ! もーチョイだ、それまで待てよ!! 」
夕刻のやや薄暗くなった状況下では、両端に二体づつ配置したマイコニドは
動かなければ、連合軍には巨大な大木にしか見えていないようだ。
「いいか! よーく聞けよ!!
俺の現世の称号は(といってもゲーム内だが)なあ!
― 狂乱の一番槍 ― ってんだ! よーく覚えとけ!! 」
この状況において不謹慎だが、皆の表情に少し、笑顔が浮かぶ。
「その俺が!! 突進する際は真っ先にヤツらをブッタ斬っていっから!
騎士団員達は、俺の後ろをしっかり付いて来い!
そして死ぬな!! 俺じゃなくて、死なねえように自分自身をしっかり護れ!!
間違えんな!! 最後まで生きて立ってられたら......そん時ゃ、俺達の勝ちだ」
奮起を促す黒騎士の言葉に、騎士団員達は勢いづく。
突進を目前にして、雄叫びは更に大きく、勇ましさを増していく。
「景気付けだ」
マスター・オブ・レイジ(自己と味方全員への攻撃加護絶大)
マスター・オブ・マキシマムディフェンス
(自己と味方全員への防御力絶大)
マスター・オブ・ディフェンスクレイブ(敵全体の防御力を最下限に下降)
アビリティの詠唱を行うと、自陣全体が青白く幻想的な光に包まれながら、
全騎士団員に絶大な力を漲らせていく。
勇気が満ち溢れてくる。グングンと昂ぶる戦意。
その異様な光景を目の当たりにする連合軍は、明らかに戸惑いを見せている。
「何だ、何なんだ、アイツらは!? 足らんぞ! もっと打ち込め、
もっともっと矢も投石器もアイツらに打ち込んでいかんかぁ!! 」
苛つきを隠さないアリ。
魔術師は、自らと周囲に起きつつある明らかな異変に気付き、
戸惑いと焦りの色を見せ始める。
明らかに、体力が奪われつつある感触。激しい倦怠、疲労感が襲う。
今迄に体験した事の無い、凄まじく強力な弱体効果を仕掛けられている。
必死になって対処しようと、
ウイーク・キャンセレーション(弱体効果消去)
ライズオブ・ディフェンシブパワー(防御力上昇)
オフェンシブ・パワーライズ(攻撃力上昇)
精一杯の詠唱を行うも、まるで何一つ、効果を感じる事が出来ない。
何だ。何が起こっている。これが黒騎士の唱える魔法なのか。
噂通りなどとかのレベルでは無い。魔法だけでも大陸最強クラスではないのか。
戦慄が走る。この状況での自軍へ喰らう攻撃は、もはや被害が想像もつかない。
「どうした、魔術師殿! サッサと突撃前の、加護の呪文でも唱えんか!! 」
帝国軍側からの、アリの罵声が飛んでくるが耳には届かない。
全身から冷や汗を噴き出しながら、何度も詠唱を繰り返す。
突進を目前に控えた黒騎士が、騎士団員達に向け、
「これが仕上げだ......奇跡を見せてやるって約束したよな。
会わせてやるよ、神様ってモンをな!!! 」
大きく召還を唱えると、天高く聳える様に昇っていく巨大な、巨大な
金色の神々しい髭の大男が空一面を支配する。
......万能神 ゼウスが降臨する。
連合軍も騎士団員達も、皆が度肝を抜かれて言葉を失う。
辺り全てが、眩いばかりの金色に支配された空間。
戦意を喪失させる、圧倒的な神々しさ。
神など、遭遇した事が無くても理解できる。
魔獣でも霊でもない。ましてや邪神でも無い。まさしくあれは神に違いない。
思わず、武器を手から離す王国の兵がいる。
放心状態でヘナヘナと、へたり込む農兵達がいる。
涙を流しながら、赦しを乞う者がいる。
唖然とするアリが、苦しそうに口を開く。
「アレ......が神......だと!? 馬鹿、な......俺は信じんぞ!
ありえんわ!! し、仕掛けが......何か仕掛けがあるに違いない!! 」
やがて、ゼウスの加護 ― 降臨の歓喜 ― が発動する。
更にキラキラと光り輝きながら騎士団員達には上限を更に超える攻撃加護を与え、
歓喜に満ちた叫びは最高潮を迎える。
対する連合軍側へは、情け容赦無く防御力を下げ、体力を奪い去っていく。
そして、両手を高く差し上げた黒騎士が更なる詠唱を行う。
「奥義即発動」
「奥義Explosion in a supernova(超新星の炸裂・敵全体に壊滅的な一撃を加える)」
両手の先の、遥か上空に浮かぶのは大きな火球、
ではなく遥かに凌ぐ巨大な炎の隕石が登場する。
炎に包まれる隕石は、更に更に膨張を加えつつ、地上へと近付いていく。
魂を抜かれたかのように、その様子を眺めていた連合軍兵達は
至極当然の結論に気付くと絶望に打ち震える。
「巨大隕石」は、連合軍目掛けて墜ちてくる......!!
大混乱に陥る陣営。
悲鳴と怒声が飛び交い、勝手に戦線から離脱しようとする者や
上官の必死の罵声、泣き出す者、諦める者......収集が付かない状況となる。
「ええい、惑わされるな!! あんなモノ、幻術の類に違いない!
そうに決まっておろう!? 武器を持て、構えい! 迎え撃てえええ!!! 」
血相を変えたアリの絶叫に兵達は槍を構えて天に向けてはみるものの、
こんな小さな武器で何をどう出来るというのだ。
そのままの体勢で身体を硬直させ、ガタガタ震える事しか出来ない。
ウイーク・キャンセレーション(弱体効果消去)!
ライズオブ・ディフェンシブパワー(防御力上昇)!!
オフェンシブ・パワーライズ(攻撃力上昇)!!!
アタック・オブ・アブソーブド(敵からの被ダメージカット)!!!!
半狂乱の様相で、ベルナルドは何度も何度も詠唱を続けている。
このままでは! このままでは!! このままでは!!!
「喰らえ。攻撃加護マシマシの、神罰の鉄槌、ってヤツをよ」
黒騎士が振り下ろす両手を合図に、隕石は地上に向けて急速に墜落する。
全てを悟り、受け入れたクオンは跪いたまま、天に向けて祈りを捧げている。
辛く、苦しいばかりの惨めな人生だった。
もしも、転生があるならば、贅沢は言わないが
もう少し、もう少しだけ平穏で幸せな人生にして欲しい。
残される家族達に、少しでも幸運が訪れますように。
一心不乱に、強く強く願う。
その頭上で、隕石は激しい閃光を上げて炸裂した。




