12. 連合軍、迫る
ファーラント大陸・ヴィクセン大公国の西部には、標高7000Mを超える
高さで聳え立つ山々が無数に並ぶ、ウェールと呼ばれる巨大な山脈が存在する。
大陸を分断するように北部から南部にかけて大きく縦に横断するこの大山脈は、
その過酷な自然環境で長くの間、ある時は天然の要塞として、
またある時ははっきりとした国境線として
大公国の安定と繁栄に大きく寄与してくれていた。
砂漠の遊牧民である火属性のザイード帝国や、他国以上にに標高が高く、
厳しい山々が並ぶ風属性・アーノエル王国側からでは進軍が非常に難しく、
過去に幾度となく企てられた侵攻計画は、全て阻まれていた。
......上には帝国、下には王国に挟まれる土の属性・ヴァッソ共和国。
山岳地帯が非常に多く、林業や農業が中心で小工業すら発展し辛い環境であり、
国土は貧しい。戦力も低い為、単独で戦争を継続できるだけの国力は持ち合わせていない。
但し、大公国には比較的、侵入しやすい土地柄から歴史上、
常に侵略や征服を繰り返されてきた。
生き残る為に、常にその時その時に応じて同盟先を鞍替えして延命を図る
「蝙蝠外交」を得意とする。
ヘルム大公の時代に締結した大公国との同盟は、
上下の両国に睨みを効かせて長く穏やかな時代を築き上げてきた。
同盟国への経済と軍事の支援の為に開発した街道は、物資と武器、兵の移送を
容易にする事で共和国もここ百年程で、急激に豊める国へと変貌を遂げた。
......皮肉な事に、共和国が寝返った事でこの街道は
自国へと攻め入られる、絶好の材料とされてしまった。
怒濤の如く雪崩れ込む、連合国の大軍勢に大公国側は為す術もなく、
次々と山間部の都市が陥落されていく。
瞬く間に侵攻する連合軍は現在、山麓の宿場町である
エミナスを攻略し、滞在中である。
......攻略したといっても人口300人程の小さな町に
常駐する騎士達は僅かに30名程。
援軍など来るはずもなく、20万を超える大軍勢を目の前に
抵抗らしきものなど、出来るはずもない。
虐殺を避ける為に、町民を安全な場所に避難させるまでが精一杯だった。
早々と投降した騎士団員達は、捕縛された状態で皆、ひざまずいている。
......時間稼ぎの為に残しておいた、酒や食料に金の備蓄が効を成して
兵達は略奪に夢中になり、今は追撃命令に従うどころではない騒ぎとなっている。
仲間同士で怒鳴り合い、小競り合い、奪い合う混沌とした状況。
連合軍の、残虐非道ぶりは既に広く知れ渡っている。
命乞いを聞いてくれる相手ではない。捕虜も不要と皆殺しにされるだけだろう。
この状況であれば、避難させた住民達は、追撃の手が及ぶ前に
峡谷を下った運河沿いの密林から、無事にトリアムへ向かってくれているだろう。
エミナスを守護していた小隊長は、安堵すると同時に
助かる事の無い自らの運命を受け入れ、せめて苦痛なき死だけを望んでいる。
統制の取れていない自軍の有様を、苦々しく眺める連合軍指揮官達。
NO.3は共和国の副大統領であるワレサが務める。
ザイード帝国からは、皇帝アベルの弟である、第二皇子のアリが最高指揮官を補佐する。
そして、この連合軍の最高指揮官を務めているのが
アーノエル王国の国王であるアーノエル13世・リッヒである。
「......非常に困りますな。占領地での暴虐非道な行為の数々。
あれでは、連合軍も、そこらの盗賊共と何ら、違いがありませぬ」
侮蔑の表情を浮かべる僧侶姿の男が、吐き捨てるような口調で抗議する。
太陽の形を模したような、仰々しく大きな魔法の杖を握りしめる男。
王国の宮廷魔術師である、セーゲルフである。
「まあ、致し方無いだろう。兵達にも、息抜きは必要だ。
こんな辺鄙な、田舎村にそこそこのお宝があったなんてなあ!
そりゃあ、興奮もするというものだろうよ」
やや小柄ではあるが、筋肉隆々で隻眼のターバンを巻く浅黒い男、アリ。
獰猛な目付きをギラつかせ、まるで狼の様な印象を受ける。
身に付ける、使い込まれた傷だらけの皮鎧に三日月刀を見れば
いかにこの男が俊敏な百戦錬磨の猛者であるかが、一目でわかる。
アリはセーゲルフの表情を一瞥しただけで、
それがどうしたと言わんばかりの表情で全く意に介さない。
痩せた砂漠の地を移動する、遊牧民である帝国兵達には
大地を開墾し、農業や工業を興して徐々に発展させていくとか、
他と共存しつつ、繁栄を図るなどの概念が一切無い。
食物が無いなら移動し、殺してでも奪う。奪い尽くせば、また移動する。
占領地の民は、只の二級市民で奴隷と同じ認識程度である。
単純に、力の強い者が勝つ。歴史上、ずっとこの繰り返しだ。
王国兵如きの蔑みなど、気にもせぬのは自軍の絶対的な自信からだ。
数の上では王国軍十万に対して帝国軍は七万程と、不利ではあるが
古臭い武器と士気の低い兵の集まりなど、恐るるに足らぬ。
このウエールの進軍路を確保する為に共和国との同盟が必要であり、
共和国をその気にさせる為に、王国との同盟が必要だっただけの事だ。
その目論見はまんまと当たり、共和国の大統領であるセバスはこの話に喰いついた。
強力な大公国軍の庇護を受けながらの未来は、これからも安泰ではあるが
それよりも頭打ちとなった、共和国の経済状況を打破するには
この大陸で一番、豊かである大公国から奪う方が得策であると判断した。
帝国と王国からの庇護も受けられるとあっては、まさに一石二鳥だ。
共和国が飛び付いた同盟は、長く中立を保った王国をも動かした。
建国後、千年以上の歴史を持つアーノエル王国。
ファーラント大陸の西南部のこの国も、
ウェール山脈の厳しい自然環境が大公国や司教国からの侵略を阻む。
隣国の共和国も脅威にもならぬ、王国から攻める価値も無い相手であり
過去に幾度かは、共和国を侵略した帝国側と防衛戦を交わした程度だ。
平和で緑豊かな国内では、農水産業も工業も発展し
大公国に次ぐ規模の繁栄を維持しつつ、
学問の発達は大陸内で随一の優秀な魔法使いを多数、擁している。
下手な軍隊よりも、王国のウィザード数名のパーティーの方が
遙かに強力であり、迂闊に手出しが出来ないのだ。
地の利を活かし、大きな戦争も無く、長く平和な時を過ごしながら
アーノエル家は安穏と世襲交代を繰り返しながら存続してきた。
本来は、この同盟も侵攻も必要とは考えてもいなかった。
一方、帝国側としては、今回は何とかして同盟に王国を引き入れたかった。
過去の苦い教訓から、大公国との戦闘中の、王国からの不可侵の確約は重要で
かつ、王国から武器や兵まで提供してもらえれば、申し分が無い。
だからこそ、リッヒには飾りの様な最高指揮官の名誉職と、
口約束ではあるが、支配後の破格の領土配分を提示したのだ。
この話に乗り気になったのは、王でなく王妃のアェルティアだった。
温厚ではあるが、愚鈍で優柔不断な夫に日々、不満を募らせる彼女は
偉大なる王として歴史に名を刻む絶好の好機と、リッヒを焚きつけた。
......怠惰で不摂生な生活での、まるで子豚のような小太りの外見は
まだ二十四歳の若さだとは気付かせない位に、老けさせている。
だらしなく、ぷよぷよに弛む腹をしきりにさすりながら
豪壮な金色の鳳輦の中から姿を見せる事もせずに
ああ長旅は嫌だ、尻が痛いとブツブツと小言ばかり、呟いている。
この王は、三歳年上の美しい妻に頭が上がらない。
アェルティアに愛想を尽かされぬよう、渋々、この同盟に加わったものの
本音は野望も無く、一日も早く遠征など終わらせて
平穏な日常に戻りたいと、切実に願っている。
策を練り、素早く仕掛けて一気に事を進めていく
兄アベルの辣腕に、アリは舌を巻く。
全て、アベルの思惑通りに事が運んでいく。
父の逝去後、ナセル家の六人兄弟の中で発生した王位継承問題も
一気に側近達の意見を取りまとめ、有無を言わさずに新皇帝の座に就くと
少しでも不満を見せた弟達には情けは見せずにあっ、という間に粛清していった。
幼い頃からアベルとは仲が良かった事もあるが、アリは元々、
四男坊として端から皇位継承には縁が無い人間だとずっと思っていた。
その上で誰よりも、兄アベルを理解しているのは自分だと思っている。
頭脳明晰、機を見るに敏。
冷静かつ冷徹であり、身内であっても敵には一片の情けもかけぬ
非情さを見せながらも、決して兵は使い捨てにせずに
優秀ならばどんどん重用し、大事に扱うという面も併せ持つ。
偉大なる兄には、敵うはずがない。
己が出来る事は、兄をしっかりと補佐する事だ。
帝国がこの大陸の覇者となる事も、決して夢物語ではない。
だからこそアリは、兄弟の中で真っ先にアベルの皇位継承を支持し
兄弟同士での内戦では先陣を切って勇猛に戦い、誰よりも武功を多く挙げてきた。
代償として右目は失ったが、瞼に刻まれた大きな刀傷は
兄からの揺るぎない信頼を勝ち得た、今では誇らしい勲章だ。
生き残る兄弟も自分と末弟のハリルだけとなった現在、
アベルはアリにもしも自分が死んだ際には
後を託せるのはお前だけだとまで、言ってくれている。
しかも今回のこの侵攻では、大公国への侵攻や戦闘の計画も
奪い取った領土の管理まで、全てアリに一任している。
身に余る光栄と嬉しくもあるが、期待を裏切らぬように
更に精進せねば、と、気が引き締まる思いだ。
......数は力となる。
共和国の四万程の兵も加えた総勢二十万以上に膨れあがった大軍勢は、
大公国軍の戦意を萎えさせるには十分すぎた。
戦闘にもならぬまま、破竹の勢いで進軍する連合軍は
最早、山岳地帯を下りて平地が目前と迫っている。
平地の城などを押さえ、拠点さえ構えてしまえば
一気に南下して首都トリアムにて雌雄を決するも良し、
または北上してミリア含む豊かな都市を陥落させつつ
支配エリアを拡大させて、じわじわと苦しめて行くのも良い。
まずは、平地に降りたアジズ地方・グール盆地に聳える
国内の経済や軍事、流通の重要拠点である、ラッセン城を狙っている。
まさに大公国中央部の「臍」に当たる部分であり、
ここを陥落させて常時、部隊を常駐させる事が出来れば
大公国を南北真っ二つに分断させ、物資面や軍事面の支援を遮断させつつ、
帝国側からは、ウエールの進軍路から増援を貰うことも略奪物資を送る事も
容易になり、戦況が非常に有利に進む。
......まあ、その際には正直、この同盟は不要になってくる。
実際問題、現時点でも既に邪魔になりつつある。
そう、アリは考えている。
四万といっても、強制徴収した装備も貧弱な農民や
ゴブリンやコボルドなどの低俗獣を従えた兵が中心の共和国軍に、
前出の王国軍など、只の烏合の衆で足手まといでしかない。
帝国軍兵だけが、士気が高く報酬を得る為に率先して戦っている現状だ。
そのくせ、プライドばかりは高くて偉そうに......!
何なら同盟など、即座に反故にしてやってもいい。
こんな連中、完膚無きまでに叩き潰せる自信がある。
そろそろ、王国との主従関係をハッキリと
させてやってもいい頃だ。
アリの言動からは、そんな感情がありありと現れている。
「文句があるなら、連合軍の最高指揮官である
貴国の国王陛下様に申し上げれば良かろうが!
......陛下、国王陛下様っ! 聞いていらっしゃいますか?
我が兵達は、大陸平定という大義の為に命を捧げておりますが、
あまりにも割に合わぬ、少ない給金で不憫で御座いましてな。
それ故、斯様な臨時報酬も時には必要だと私は思っておりますが
如何で御座いましょう、多少は大目に見てもらえませぬかな? 」
敬意の欠片も感じさせない、高圧的な物言いで
アリが鳳輦の中のリッヒに問いかける。
傍目からでもはっきりと分かる。王を試している。
大陸内で輝かしい歴史を誇る我が王国の君主として、
連合軍の最高指揮官としてここは是非とも、
毅然とした態度を取って頂きたいものだ。
セーゲルフは王に微かな期待をかける。
「......左様にせい」
暫しの沈黙の後、耳を澄ませば辛うじて聞こえる程の
か細い声でリッヒが返答する。
精一杯の威厳を込めたつもりの尊大な言葉遣いのようだが、
心なしか声は震えているように感じる。
「......左様で御座いますか。クククっ、何とも有り難きお言葉ですなあ。
兵に陛下のお言葉を伝えて参りましょう。さぞかし、喜ぶでしょうよ! 」
苦笑を漏らしつつ、わざとらしく大袈裟に一礼するアリ。
小さく、落胆の溜息をつくセーゲルフ。
......自身の奥方にすら、強く出られない御方だ。
だからこそ、遠征に駆り出されているんだったな。
期待した私が馬鹿だった。
全く以て、無駄な同盟と出兵だ。今でもそう思っている。
過去の様々な出来事が、はっきりと示しているではないか。
王国の最大の脅威であるのは、常に帝国であると。
いずれは、帝国は王国に牙を剥く。そう、セーゲルフは確信している。
この同盟話にも最後まで反対したが、翻す事は出来なかった。
真の大陸の覇者こそが王国であるとか、王ほどの才覚であれば
連合軍をしっかりと率いて大公国どころか司教国まで蹴散らして
大陸統一という、歴史的偉業も容易に成し遂げるであろう!
帝国は盟友として、しっかりと王国を未来永劫に渡って補佐していく等々々......
下らぬ甘言などに惑わされず、先人の王達のように無視すれば良かったのだ。
帝国が共和国と共に大公国に出兵すれば、その隙を突いて共和国側から
攻め入るのも良いし、その為に大公国と同盟を締結し、ヘルムに恩を売るのも良い。
その方が、王国はより盤石な繁栄を維持できるはずなのだ。
......其れは即ち、ヘルムが登場してからの大公国中心の世界秩序が
これからも続いていくという事であり、野心家の皇帝や
王妃には我慢がならないのだろう。
互いの欲と利害が合致しての同盟に、我が主君は
自らの意見すら述べる事もなく、ただ、引き回されている。
この王も、まるで無能なわけではないのだ。
だが、大公が老いて大公国の威光が弱まった混沌としつつある現在、
帝国や司教国の指導者達を凌ぐだけの資質や能力が無いだけだ。
奴らにいいように利用されるだけなのが、目に見えている。
共和国に至っては、同盟とは言えず帝国の属国と同じような扱いだ。
ワレサはアリの顔色ばかりを伺い、まさに使い走りである。
何か意見など、言える筈もない雰囲気を醸し出している。
セーゲルフの目から見ても、大公国には最早、止める事すら出来ないだろう。
平地に降り立った連合軍は怒濤の勢いで国土を蹂躙し、
かつて、義の国と謳われたヴィクセン大公国は
この大陸内から跡形も無く、消え去るのだろう。
その後の王国と大陸の未来がどうなるのかは、誰にも分からない。
激しい、混沌と戦乱の時代が幕を開けるはずだ。
......長く続いた平和の時代に終止符を打った男だと、
歴史に名を残すのであろうな。
哀れな主君に、心の中で祈りを捧げる。
「......失礼いたします」
深々と敬礼する帝国兵が、アリの側に駆け寄り耳打ちするように
小声で報告する。
「......只今、武装解除した大公国兵・約百名程が連合軍に
投降してきております。隊長を名乗る男は国家内情の機密情報と
部隊の武器を手土産に、身の安全を望んでおりますが如何致しましょうか? 」
「......ほぅ! 」
アリの眉がピクリと跳ね上がり、心底、愉快そうな表情をする。
「あの、騎士団から離脱者か!? それも結構な人数じゃないか。
......非常に面白いな。それも一体、何を話そうとの魂胆だ?
よし、すぐにココに連れて来い! 是非とも話を聞いてやろうじゃないか」
ヘルムの元に集い、騎士道精神などを唱え、鉄の結束を誇る命知らずの男達。
過去に幾度となく、苦汁を嘗めさせられたものだ。
......時代は変わるものだな。
内部から崩壊するようでは、いよいよ大公国の終焉も間近か。
思わず、アリの表情から笑みが漏れる。
暫しの時間が過ぎた後に、後ろ手を縛られた騎士姿の男達が数名程、
アリの前に引き立てられる。
跪く男達。怯えた目付きと、ヘラヘラと媚びた笑顔。
裏切り者と、エミナスの小隊長に罵られようと、気にもしない。
「......勘違いするなよ。まだ、貴様等の助命を決めたわけでもない。
生かすも殺すも、全てがこの俺の一存だという事を決して忘れるな。
その上で知っている事を全て、この俺に話せ」
改めて、ぞんざいに対応するアリ。
傍らに携える、彼が騎乗する魔獣マンティコアが、主人の苛つきを
察知したかの様に、威嚇する低い唸り声を発して騎士達を震え上げさせる。
......体はライオンの様で、顔は立派な鬣に覆われた人間の様な顔。
口には大きくて鋭い牙を持ち、太い尻尾には蠍の様な強力な毒をもつ針がある。
騎士隊長だと名乗る、ベロンという男は
こちらが聞く前からペラペラと、五月蠅い位に大公国の現状を語ってくれた。
汗をダラダラ垂らしながら、呂律が回らぬ口調で一気に捲し立てる。
......正直、見ていて非常に不快だ。
老いて姿を見せぬ大公に、連合軍と司教国軍に翻弄されて
右往左往するばかりの騎士団員達。
そして、黒騎士と名乗る謎の男の存在。
大地を疾走する巨大な帆船、多数の凶悪な魔獣を従えて、
黒い大剣を振り回す。どうやら、魔法も使える様だ。
騎士であり、魔術師で、魔獣使いでもあり......!?
そんな人間は、この大陸で未だかつて、見た事も聞いた事も無い。
隣に並ぶセーゲルフに、錬金術士のベルナルドに尋ねるも
二人とも困惑した表情であり、どちらも知らないようだ。
そしてミリア、ダラムでの武勇伝の数々。
大公の寵愛を受け、次期後継者として厚遇されているという事。
聞けば聞くほどに、疑問だらけで混乱してくる。
「ちょ......ちょっと待て!? で、貴様は一体、何が言いたい?
其れ程の力を持つ勇者が貴国にいるのが本当であれば大公国は安泰であり、
貴様もわざわざ、連合軍に寝返る必要もあるまい?
祖国を裏切ってまで、貴様が望む物は何だ? 」
「いやいや、とてもとても......正気の沙汰では御座いません......! 」
吐き捨てるように、ベロンはアランに言う。
大公国の将軍や騎士隊長達を集めた作戦会議にて、黒騎士は他の者の報告も
上の空に、一心に手元の小さな板を触って眺めているだけだったという。
首都に兵を一極集中させ、連合軍を待ち受けて一気に迎え撃つ作戦を唱える者や
即座に司教国との同盟を締結し、数の力で互角以上に揃えてからの
反撃を主張する者など、議論は白熱するも、真面目に聞く積もりも無いようだった。
ようやく口を開いたかと思えば......
「よし! 連合軍はラッセル城を狙うはずだ。騎士団も盆地に出兵し
ラッセル城にて連合軍を迎え撃つ! 」と宣ったという。
「ほぉ! 中々、どうして的確な判断じゃないか。何が正気でないのだ?」
感嘆の声を上げるアリ。
「時間も兵も足りぬのです! 」
憤慨した面持ちで、ベロンが続ける。
「連合軍の二十万を超える兵数に対して
我等はどう急いでも、ラッセル城に集結できるのは五万も揃うかどうか......
ですから、盆地は捨て、兵数を整えてからの反撃を進言しておったのです。
それを黒騎士は......
どのみち城が陥落したら大公国はお終ぇだろうが。
これ以上、無駄な時間を稼ぐな、余計に不利になるだけだ。
ここで、一気に叩けと世迷い言を......!! 」
思い出しながら語るベロンの表情は、何とも憎々しげだ。
対してアリは、茶化す事も無く、真面目な表情で話に聞き入っている。
「挙げ句の果てに! 覚悟の無え、兵が増えても邪魔なだけだ。
連合軍は黒騎士が叩き潰すから、オレを信じて命を預けられるって
奴だけ、一緒に来ればいい。報酬は幾らでも、何でもやろう。
......という戯れ言に賛同したのは、僅か数千程の兵で御座います」
「フム......死ぬ気の兵、数千での籠城戦ともなれば少々、手こずるやもしれんな」
アリは少し、考え込む仕草を見せる。
「い、いえ!! 違います! 何を血迷うたか、黒騎士は
籠城戦など選択せずに城門前にて、真正面から殲滅させると......!! 」
「......!! 」
あんぐりと口を開けたまま、唖然とするアリ。
「......たった、それだけの数で連合軍と一戦交えると......!?
な、何だ、何を企めば勝機が......?
どうだ、その他に黒騎士は何か貴様に申してはおらぬのか? 」
思わず身を乗り出して、強い口調で尋問する。
「.....いえ、後はただ、俺に任せろとしか。
そして黒騎士は、この私直々に、この内容を貴方様に包み隠さず
全て喋ってこい。ラッセル城で、楽しみに待ってるぜって
伝えろや、と命じられました...... 」
「ちょ......ちょ、ちょっと待てっ!! 何だ、貴様は
黒騎士の命でこの俺に、密告に来ているだと!?
何言っとるんだ、一体、その黒騎士って男は! 何を考えてるんだ!? 」
ますます、頭が混乱してくる。
「......どうせ、お前は裏切るんだろう? 顔にハッキリ、出ているぜ。
なら、今のうちがイイ。情報持って命乞いすりゃあ、
助けてもらう位の価値はあるだろうよ。
そうすりゃあ、コッチも準備が捗るってもんさ......と...... 」
バツが悪そうに、小声になっていくベロン。
「......フッ、フハハッ、ハハハハッ! 」
思わず、大声で笑い出すアリにベロン達は戸惑う。
「ハハハっ......! いや、スマン。あまりに傑作でな......
いやいや、実に良く見抜いているじゃないか! んん!?
聞けば聞く程、その黒騎士とかいう男、面白そうだな......! 」
憮然とした表情のベロン。アリは実に愉快そうだ。
実に、実に興味深い。
まあ確かに、こんな役立たずは要らんだろう。
まず人の本質を見抜き、人の心を掴む傑出した能力はあるようだ。
しかし、無謀すぎる。やはり、希代の大うつけ者なのか!?
それとも幻術などで惑わすような、只のペテン師紛いなのだろうか。
だが、あえて手の内を見せようと、裏切り者を寄越してくる度胸といい......
そもそも僅かな兵で、どう戦って勝つ算段だ? 何か秘策でもあるのか?
レンブルグ島の巨大な大竜に匹敵するような、
凶暴な魔獣でも多数、召喚できるとでもいうのだろうか。
それとも、話通りの魔神の如き強大な力で
正々堂々、正面から立ち向かうとでもいうのだろうか。
......面白い。是非、この目で直接、会ってみたいものだ。
即、殺すには惜し過ぎるな。
何とか、生かしたままで捕虜にできないものか。
しかし、たかが数千の兵の城の攻略に全軍投入も必要だろうか?
常識的に考えれば、半分も必要ないだろう。
本来ならば、ここは戦力を温存させておいて
別部隊に他地域も同時に攻略させていくべきなのだが......
まだ見ぬ、未知の相手に思いを馳せ、胸を躍らせている。
そして、その後のベロンの一言でアリの心は決まった。
「連合軍が本気になるようにと......
黒騎士は、門外不出の国宝である- 千里の玉眼- を
勝手に持ち出し、ラッセル城にて保管しております」
......千里の玉眼!!
アリも、噂では知っている。
千里先までも映し出すといわれる、伝説の秘宝、垂涎のアイテム。
真偽は定かではないが、伝承では大公ヘルムが退治した
巨大な古竜の目玉だといわれているが......
ファーラント大陸での各諸国の動向が一目瞭然となる事で、
帝国の天下統一が一気に加速するはずだ。
是が非でも、手に入れたい。
獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす。
中途半端な決断は、致命的な失態を犯すやもしれぬ。
......黒騎士とやらの、お手並み拝見といこうか。
「国王陛下殿っ! 連合軍は只今より全軍、グール盆地での
ラッセル城攻略の為に進軍致す!! 異論は御座いませぬな? 」
形式上の最高指揮官に、念の為に確認だけ行っておく。
まあ、あくまで最後通告に過ぎぬので、国王の異議など
ただの戯言として、聞く耳も持たぬのだが。
「......左様にせい」
相も変わらず、良く耳を凝らさねば聞こえぬ程の小さな声で
呟くのみのリッヒ。
副大統領の返答などは全く必要ない。完全に、空気だ。
「よし! 貴様らは即、外の兵に命じよ。
これより、次の出征の準備を即座に行うのだ。
ダラダラと略奪を続ける者は、その場で首を刎ねても構わぬ。
急がせるのだ。よいな! 」
勇ましきアリの号令に、敬礼する兵達が駆け去っていく。
「そして......ベルナルドよ!」
アリは傍らに待機する、腹心の男に声を掛ける。
黒のナイトローブですっぽりと全身を覆う、痩せた姿。
フードから見える顔は、もさもさに生え伸びる髭のせいで
人相はよく見えないが、異様にギラつく両目だけが激しく動いている。
帝国の錬金術士である、ベルナルドだ。
「......お呼びでございますか」
「騎士団員達の処遇についてだが、お前に一任する。好きにせい」
そう手短に伝えると、アリはサッ、と席を立ってその場を離れていった。
「ははっ! 有り難き幸せに御座います! 」
満面の笑顔と共に恭しく、一礼するベルナルド。
アリが去った事を確認すると、恐怖に怯える騎士団員達を
兵に命じ皆、引き摺って連れ去っていった。
......静寂な空間の中に取り残されるセーゲルフ達。
副大統領の引きつった愛想笑いの表情と、
鳳輦の中からボソボソ聞こえる王の愚痴る声が
セーゲルフを酷く憂鬱にさせて、大きな溜息を一つ、つく。
帝国の馬鹿げた略奪と殺戮の手助けなど......!
早く王国に帰り、通常通りの魔法学院での静かな研究生活に戻りたいのだが、
優柔不断な我が王のせいで、まだまだ、叶わぬ日々が続く。
前途は......多難だ。
そして、ベルナルドの今宵の宿とする、料亭であった屋敷内からは
連れ去られた騎士達の、苦痛による悲鳴が響き渡っている。
暴れる体を押さえつけられ、首根っこや腕、太ももの付け根など
一人ずつ別々の部位に太い注射針が突き刺され、
毒々しい色合いの薬品が体内に注入されていく。
「痛い、痛ぃッ! た、助け、でぇぇッ!! 」
激痛で涙を流しながら絶叫するベロン。
その周囲でも、多数の騎士達が悶絶し、転げ回っている。
その光景を楽しそうに、上から下まで舐め回すかのように眺めるベルナルド。
「大の男共が、ギャアギャアとウルサイのぅ。
もぉ、チョット我慢して静かにしとれ、っちゅうんだ。まったく」
ベルナルドはブツブツ、独り言を呟きながら
一心不乱に騎士達を観察しながら、メモに何かを書き綴っている。
地べたに転がって悶絶するベロンは心底、後悔していた。
......止めとけば良かった。止めておけば良かった!!
黒騎士の馬鹿げた自殺行為に等しい戦略にも付き合いきれないが、
連合軍も命乞いなど、通用する相手では無かった。
ここは、投降もせずにできるだけ遠く、遠くに逃亡してしまえば良かった。
でも一体、何処へ逃げれば良かったというのだろうか。
東部からは司教国軍、西部からは連合軍に挟まれて
大公国の崩壊は目前じゃないか。
やはり何処にも逃げ場所など、無かったのではないか。
グルグルと、堂々巡りのまとまらぬ考えが頭の中を過ぎる。
やがて、幾許かの刻が過ぎ、ベロンの周囲の騎士達に
明らかな異変が起きる。
先程までとは、比べ物にならぬ程の断末魔の絶叫。
見ると、ある騎士は四つん這いで、口からも鼻や耳、
目からも大量に血を垂れ流し続けながら、
獣のような雄叫びを上げ続けている。
別の騎士は、「アガガァ、グガァァ......! 」
と、呻きながら全身を激しく掻き毟り続け、
肌に食い込む指先は肉を引き裂き、更に奥へと抉りながら
噴水の様な血飛沫を上げ、転がり回っている。
「グギッ、グギギギィィィ......っ! 」
異様な悲鳴と共に、別の騎士は身体を仰け反らせ、
あらぬ方向に曲がっていく四岐や首は、ボキボキと不気味に
折れ曲がる音を立てつつ、更に捻れを繰り返していく。
阿鼻叫喚の、終末の風景。
死にたくない。
死にたくない、死にたくない死にたくないシニタクナイィィィッ!!
強い生への執着心から、この絶望的な状況から逃れようと
芋虫の様に体をよじらせ、地を這う惨めな姿を晒しながらも
ベロンは尚、僅かな可能性に掛け、無駄に足掻く。
......そんな彼にも、最後の刻は訪れる。
一際鋭い、稲妻が直撃した様な痛みが全身を突き抜けた後に
身体を激しく痙攣させるベロンは最早、悲鳴を上げる事も出来ずに
ただ口をパクパクと、水揚げされた魚の様に開き続けている。
薄れ行く意識の中で、ベロンの視界が激しい痛みと共に
真っ赤な色に染められていき、やがて遮られて何も見えなくなった。
ゴロリ、と地面に転がり落ちる、両方の目玉。
蛇口から出る水道水の様に、ドボドボと目から血を吹き出す
ベロンの身体の動きはやがて、弱々しくなっていった。
......暫しの時間を置いた観察の後に、ベルナルドの命にて
帝国兵達が、虫の息の騎士隊員達の心臓目掛けて剣を突き立て、
止めを刺していく。
「ヴォエッ!! 」 「グギャォッ! 」
何とも嫌な声を発しながら、完全に動かなくなる騎士達。
だが、その中には何度剣で刺しても斬りつけても
微動だにせず、ユラユラと立ち上がる騎士達もいる。
その数、僅か数体程。
「何じゃ、たったこんだけかい。前回より、随分と成功例が
少ないじゃないか......かなり、期待しておったんじゃけどな」
その様子を眺めるベルナルドが落胆した表情で、かぶりを振る。
「おい、兵達! 残骸......頼む」
命令に素早く反応する帝国兵達は、床に転がる騎士の死体を手際良く
大きな麻の頭陀袋の中に詰め込んでいく。
哀れな騎士達の末路は......餌として、マンティコアの胃袋の中だ。
ベルナルドが研究に没頭しているものとは、「不死兵」である。
死ぬ事も無く(もう既に死んでいるのだが)、痛さも恐怖も感じない。
報酬も食料も不用で、命令に忠実にただ殺戮のみを行う究極の狂戦士。
ただ、この研究には膨大な被験体が必要となるのだが、
成功率が二割にも満たず、あまりにも犠牲が多すぎるのだ。
今回の、捕虜の騎士達五十人程の生贄を一度に費やしての結果も
とてもベルナルドを満足させるようなものでは無かった。
屈強な騎士団員ならば、通常よりも優秀な不死兵が
大量に生産できるのではないか、と思っていたのに!
被験体の性別や体格、薬品の注射箇所によって成功率が向上する訳では
ないようだ。だとすると......やはり薬の成分と配合が問題なのだろうか。
それとも、ただの当たり外れにしか過ぎないのであろうか。
それに、不死人の活動期間が短すぎるのも問題だ。
折角の無敵の狂戦士も、肉体の腐敗は抑えられずに
一ヶ月も過ぎると行動不能の状態になってしまう。
長年に渡って活躍する不死兵の開発と、もっと生産性を向上させる事が急務だ。
とはいえ、その道は険しい。以前、マンティコアやキマイラなどの
凶暴な合成生物を生成していた頃の方が、遙かに簡単だった。
ベルナルドは頭を悩ませる。
だが、この困難を克服した暁には、自分は只の便利な錬金術屋から
大勢の不死兵の軍隊を率いて大陸を蹂躙し、
ゆくゆくは一国の王として皇帝や枢機卿を超える存在に成れる筈だ。
......その様な野望は、今はおくびにも出してはおらぬがな。
「不死国の王」か......ふむ、悪くない響きだな。
思わず、頬が緩む。
幸いにも今回、捕虜の備蓄を多く手に入れる事が出来たので、
暫くの間は実験に困る事は無さそうだ。
今後の侵攻先でも、被験体は大量に確保できるはずなので、
この機会に是が非でも、完全たる不死兵の生成を成功させたい。
このベルナルドも、黒騎士と呼ばれる男に非常に興味を持っている。
話を聞く限り、錬金術師と同じ匂いを感じるが、
引き連れる魔獣とは、黒騎士が生成したモノなのか?
自らが生み出した、マンティコア達よりも強いのだろうか。
一刻も早く見たい。そしてこの目で、確認したい。
元々、俺は謙虚な男だ。自分の知識や技術が大陸一だとは思っていない。
ただ、優秀な錬金術ならば、他人の技術でも躊躇無く
頂戴してしまう。
黒騎士の知識と技術が知りたい。欲しい。
研究材料としての、黒騎士の脳や、身体も実に魅力的だ。
大公も含めて、大陸外から来たとされる者達の解剖に、胸を膨らませる。
大公の異常な位の長寿の秘密も明らかにできるかもしれんからな。
......徹夜続きの疲れの為、猛烈に襲いかかる睡魔に悶絶しつつ、
ベルナルドは人間である己の身体の限界を感じ、嘆き悲しむ。
嗚呼、時間が足らぬ! 寝る間も、食事をする間も惜しいというのに!!
自分にも、疲れも痛みも感じぬ不死の身体が欲しい。
......渇望しながら、ベルナルドは抗えぬ眠りの中に堕ちていく。
一方その頃、黒騎士ことあつしは、
ラッセル城横に停泊したハリケーン号の操舵室内でソファーに腰掛けている。
......出征の準備に忙しく連合軍兵が動き回る、
丑三つ時のエミナスの風景を映し出す、千里の玉眼を静かに眺めている。
「......スっゲエなぁ、玉眼。ホント便利だわー 」
グラスの酒を傾けながら、独りぼんやりと、呟く。
酔いの回った頭で、まじまじと自分の右の掌を眺めてみる。
そして唐突に、左手に持った短剣の先を掌に突き立てていく。
刃がブスリと肉に突き刺さる嫌な感触に、鋭い激痛。
「......い、痛ぇ......ッ!! 」
小さく呻きながらも、躊躇せずに力を込め、更に深く突き刺していく。
テーブルの上にボタボタと滴り落ちる、大量の血液。
暫くの間、痛みに耐えながら放っておくと、
多量の出血で意識が遠のき、やや目も霞んでくる。
......この痛みこそが本来、生の証。
昏倒する前に短剣を引き抜き、回復薬を一気に呷ると
手の痛みが消えて出血は止まり、傷はたちまち癒えていく。
「......チッ、治っちまうんだよなぁ......コレが」
この非現実すぎる状況。
心底落胆した表情で深い溜息をついた後は、
グラスの酒を飲み干してやや乱暴に放り投げた。
「......まだ、お休みにならないのですか」
背後からの声に気付いて振り向くと、寝間着姿のファルナが
心配そうに佇んでいた。
「何だよ、お前こそ、こんな深夜まで起きてんじゃねえよ。
......何かさ、チョイと寝れねえだけだっつぅの」
「あ、貴方様がずっと、起きていらっしゃるからじゃないですか!
......あの、一体......何をなさっていらっしゃるのですか? 」
気分を害し、膨れっ面の表情を見せた後に、血塗れの机の上を見た
ファルナは卒倒せんばかりの悲鳴を上げる。
「なっっ!? そ、その血は一体、どうなさったのですか!
あああっ、どうしましょう......即、お、お、お怪我の具合を!! 」
「......おぉ、ちょっと玉眼、見てみ。コレだよ、連合軍」
「それじゃありません! お怪我です、その血のお怪我ですっっ!!
大変、大変だわ......皆をおこさないと......!! 」
顔面は蒼白で、オロオロと甚だ狼狽した様子を見せる。
「シッ! こ、声がデケぇよ!! 皆、ビックリして起きちまうじゃねえか!
ちょっとココっ! 隣に座れって、ホラっ! 」
飛び上がらんばかりのファルナの手を引っ張って、隣に座らせる。
「こ、この血はなあ......そう! さっきウッカリ手ぇ、切っちゃったダケ!
チョット切っちゃっただけなの!! ホラ、もう治ってるだろ?
......ったく、大袈裟なんだっつうの」
手をブンブン振り回して、必死で平気をアピールする。
「それよりもだな......連合軍が動き出した。
......近いうちに城に来るぞ。心の準備だけ、しといてくれ」
「あ、あんなに大軍勢で......! ど、ど、どうしましょう......?
まず、今から私達に出来る様な事といえば......!? 」
慌てて立ち上がり、皆を起こしに行かんばかりのファルナを
もう一度、強めに引き寄せ、座らせる。
「......まあ、そーんなに焦んなくってもよー、連合軍が
城に到着すんのはさあ、まだまだ何日か先の話さ。
だから今は、ゆっくり寝かしてやんな。
......なーに、心配すんなって。
今ン所、全ては思い通り......俺の計算通りなんだからよ」
「......こ、ここまで全てが貴方様の......思い通り、ですか......? 」
真意が分からず、戸惑うファルナ。
「そうだ。ぜーんぶ......俺の思い通りだ。
中途半端じゃなくて、全軍総動員で城に来い。
......まとめて一気に潰してやっからよ」
玉眼の光景を見つめたまま、囁くように話す。
「......? あの見慣れぬ綺麗な武具は何で御座いますか」
奥に無造作に置いてある、眩いばかりに光輝く金色の鎧と剣。
「ん? あぁ、アレか。前に装備してた「神光」って属性の武具さ。
今の「暗黒」ってモンと比べると、ちっとばかし弱えんだけどな。
......まあ、今回は神光でいこっかなーってね」
「い、今より弱い装備で......あの大軍勢に立ち向かわれるのですか!? 」
「ああ、それでも充分過ぎるハズだって。だってホラ、あれだろ?
悪魔の神サマ呼び出してよー、地獄のーとか、血肉を啜るのーとか、なあ?
味方、怖がらせても仕方無えからなあ。
まあ、大丈夫だよ。うん」
自分自身に言い聞かせるように、努めて明るく答える。
「......左様で......御座いますか」
「大丈夫! ダイジョーブなんだって。ったく、心配性だなー
だから、お前も色々、考えてねえで少し寝ておきな。
俺も、もーチョットしたら、ちゃんと寝ておくからよ」
「......昨晩も、ずっと寝ていらっしゃらない筈です」
「あ......い、いや! たまたまだよ。最近、寝苦しいからよー、
大丈夫、今日は大丈夫だからよ」
突然の指摘に思わず、シドロモドロ。
「......昨日も、一昨日も、その前も......
ここ暫くの間、貴方様はずっと眠らずに起きていらっしゃいます。
一体、どうなさったのですか?
何か心配事でも御座いましたら、ご遠慮無く、私共に...... 」
思い詰めた表情で、身体を気遣ってくれている。
「ちょ、ヤダっ! 何覗いてんの!? なんかストーカーみてえ!! 」
「え、だって......だって! 貴方様が心配させるからじゃないですか!! 」
顔、真っ赤。どうやら怒らせちゃったようだ。
「冗談だよ、怒んなや......まあ確かに最近、なんか寝れてはねえな。うん。
でもな、回復薬飲んでっから、疲れも無えし、元気一杯、悩み無用だ。 」
「本当でしょうか? ......まず、お顔の色がよろしくありません。
な、何というか......その、お口の悪さにも、いつものような
毒っ気の強さもキレも感じられませんし......
それに、その眼差しも......何もかもが、お元気ではありません」
「...... 」
ファルナの指摘に何も返せず、思わず黙り込む。
......そうだ。確かにここ何週間もの間、まともに眠れぬ夜が続いている。
眠れないので酒の力に頼り、肉体の疲れを取る為に回復薬に頼っている。
更に悟られぬよう、自分自身に精神安定のアビリティを詠唱する日々。
まさにヤク中のような状況だ。
誰かが悪いワケじゃないし、今後の戦闘や死が怖いからでもない。
そう、どうせ夢の中、所詮は空想の中の出来事のはずなんだ。
夢の中で死ぬ、ってんならそれもアリだ。
死の先にあるのが、夢から覚めて現実世界に戻れるのか、
はたまた、まだまだ目覚めず地獄や天国? の黄泉の世界に
繋がっていくのか......確かめてみるのもイイかもな。
そう思えてしまう位、心を病んできている。
スマホの表示する日時を眺めると、夢世界に来てから
既に一年近く、経過してしまっている事を痛感する。
覚めない夢は、ただの悪夢となって螺旋のようにグルグルと日だけが過ぎていく。
俺は一体、どうなってしまったのだ。この先、俺はどうなるというのだ。
......皮肉な話だな。
自分自身に、都合の良い夢を見ているだけのはずなのに、
夢の中でもストレス感じて酒飲んで、薬飲んでおかしくなって......
どんだけ淋しいんだよ。何やってんだかな、俺は。
自虐的な乾いた笑いがつい、漏れ出てしまう。
「......どうか......お一人で思い悩むのは、お止め下さいませ。
私だけでは御座いません。ジルもベルフルールも、
他の者も、誰もが皆......貴方様のお身体を案じております」
優しく握るファルナの小さな手は少しひんやりして、柔らかい。
衝動的に力一杯、骨が折れるかと思う位に
ファルナの身体を抱き締めながら、手を握り締め、
その感触を確かめる。
「......っ! い、痛い......です...... 」
苦痛に顔を歪ませるファルナ。
だが、あつしの異変を察知したのか、嫌がる事も無く受け入れている。
華奢な身体に柔らかな肌、温かい体温。
サラサラの髪が顔に当たる触感と匂い。
全てが本物の様だ。そう、本物としか思えないのだ。
......なのに、これは幻影だ。
満たされぬ日常に対する、自分の妄想の産物だ。
おそらく現実の俺は、狂ってしまった。
認めざるを得ない状況に、絶望と虚無感が襲い掛かる。
畜生、これが現実ならば俺の人生は、どんなに......!!
自分自身が情けなくて、悔しくて、惨めで涙が溢れ出す。
こんなみっともない姿、絶対に悟られたくない。必死に声を押し殺す。
「......大丈夫ですよ。私ならずっと、貴方様のお傍におりますから」
優しく語りかけながら、ファルナはあつしの背中に手を回す。
母や姉のような大きな安心感に包まれる。
それがまた、止め処なく涙が出てしまうという悪循環。
「......泣いてなんかねえぞ。ただ......今はこうしてえだけだ」
強がって、小声で悪態をつくのが精一杯だった。
「ええ、分かっておりますよ......大丈夫ですよ、大丈夫です」
何も聞かずに、いつまでも優しく抱き寄せてくれている。
少しずつ、夜が明けようとしている。
もしかすると、今日は少しだけ眠れるかもしれない。




