18. 凱旋(中編)
現在の、あつし達の居城である
ラッセン城の城門前には
本来、味方であるべき
大公国の騎士団の兵達が
大挙、重武装で押し掛け
周囲を包囲せんばかりの
陣形を整えて待機している。
後方には、城壁を破壊する為の
投石機が三基、
突入用の巨大な攻城塔が二基
配置されている。
攻城塔の塔内には、
据え置き式の大型弩砲も
多数、配備される。
発射される、鋭利で鋼鉄の
投擲体の威力は絶大で、
命中すれば鎧姿の騎士であろうと、
軽く二、三人はまとめて貫く程の性能を持つ。
それぞれの塔には、
百人を超える剣兵や槍兵、
弩兵も搭載され、いざ戦闘が開始すれば
短時間での城内への突入と制圧、
抵抗する兵を殲滅するには、
十分すぎる程の戦力が揃っている。
あとは号令ひとつで
即、作戦遂行に移せる状況を
維持しており、見せつけるように
ラッセン城の騎士達を威嚇する。
...だからといって、この部隊が
ラッセン城の攻略を行動に移すのは
決して簡単ではない。
第一、招集されている兵達の
士気も正直、低い。
「作戦開始後は、国賊として
容赦無く撃滅せよ」
との簡単な内容のみしか
伝えらておれず、何故、同胞であり
救国の英雄達であるファルナ隊を
討伐せねばならないのかが、理解出来ていない。
何よりも、謎の存在である黒騎士こと
あつしが最大の脅威である事。
連合国軍との戦闘の後は、
ここ数か月間は
公の場で姿を見せず、
安否も定かでないらしいが
その分、神秘性も高まって
噂話は大きく、尾ひれをつけて広がっている。
巷のあちこちでは、
吟遊詩人の唄う英雄譚を聴く民衆が、
まだ見ぬ伝説の黒き英雄に思いを馳せる。
...神か仏か、それとも魔王か。
操る帆船は、陸地を疾る。
矢でも死なぬし、剣でも死なぬ。
魔法で焼いても、死なぬ身体と、
雄々しく、忠実な魔獣達。
傍らに眩ゆい、白銀の騎士。
数十万の敵兵を前に怯む事なく
巨大な剣で薙ぎ払い、炎で、雷で焼き払い、
隕石を落として葬り去る。
彼こそは、現代に降り立った軍神也。
大陸の覇者たる、勇ましき漆黒の騎士也。
...あの唄は、嘘か誠か。
弩をラッセン城に向け、
構える若い騎士フォックスは、
先日、酒場で聴いた
フレーズを思い出している。
彼が仕えるのは、
前ラッセン城の城主であり
このグール盆地の領主であった
グリード・コールマン侯爵という
壮年の男である。
爵位と、大きく低い声は立派だが、
齢五十近くに差し掛かった、今日まで
さしたる武功があるわけでもなく、
旧王国時代からの名門コールマン家の
嫡男に生まれた幸運と、今や大公に次ぐ
権力を持つと噂される、最大派閥の
ドナルド・ワイルダー公爵と
懇意になる事も叶い、媚び諂い、
大公国内でも相応の地位を
確立することで先祖代々からの所有であり、
国内どころか大陸でも、一、二を争う
肥沃な穀倉地帯である、このグール盆地の
領土の安堵を約束され、利益を保持しながら
安穏とした日々を享受していた。
財力はあるので、兵士の武器の装備は
どこの諸侯よりも、豪華で充実している。
だが、いかんせん平和だった、この数十年間
実戦での経験が殆ど無い。
...なので、連合国が近づいて来た時に、
早々に諦め、民と土地を見捨てて
首都に逃げ去ったのも
仕方のない事だった。
だが、黒騎士と呼ばれる
何処の馬の骨とも分からない
男による、まさかの連合軍撃破の報に
グール盆地が死守された今は
富と権力の源である、此の地を
むざむざとくれてやる気は更々ない。
ワイルダー公爵に泣き付き、
四方に手を尽くして、此処を
取り戻さんと、策を図る。
本日、ラッセン城に部隊を
出兵したのは、その準備が
整った証だ。
このフォックスも当然、
本格的な戦闘を体験した事は無い。
とても戦闘とは呼べない様な、
国境間にてアーノエル王国の兵や、
定住地を持たずに集団で山岳地などを
移動しつつ、略奪等を繰り返す
「匈奴」と呼ばれる蛮族数名と、
小競り合い程度の
斬り合いを二、三度程、
演じた事がある位だ。
その際も、騎士の数の多さに
恐れをなして、敵はさっさと
逃げ出し、胸を撫で下ろした。
平和な時代に比較的、裕福な家柄で
蝶よ花よと育てられた長男坊の
フォックスには、功名心も愛国心も、
高いものは備わってはいない。
口にこそ出さないが、
グール盆地を撤退する際も
無駄死にはしたくなくて
涙が出る程、嬉しかったし
本音は、この遠征も、嫌で嫌で
仕方がない。
噂の化物なんかにゃ、関わりたくもない。
つい、小さくついた筈の溜め息を、
隣の騎士に聞かれていた様だ。
「オイオイオイ、フォックス!
どうしたっていうんだオマエ。
もしかして、怖じ気づいたのかぁ? 」
挑発とも取れる様な、嫌味ったらしい
喋り方で声を掛けてくる騎士は、
同期のランクスという男だ。
背も高く筋肉ムキムキの、まるで
ボディビルダーのような外見の
ランクスの装着する鎧は、
傍目から見てもピチピチして
とても窮屈そうだ。
早くデカイ戦功を
立ててぇ、が口癖の
野心家で、口達者。力も強い。
タダの筋肉馬鹿ではない。
対して、中肉中背で見るからに
普通の男、といった見た目の
フォックスは横に並ばれるだけで
なんだかひどく、みすぼらしい
気分にさせられてしまう。
そんな彼の感情を
見透かされているのか、
本来は、同期であっても
年齢は二歳、フォックスのほうが
年上なのだが、ランクスは
まるで年下の後輩か、
部下にでも接するかのような
態度を取るのが、また気に食わない。
本当にイヤな男だ。
「 ...別に。それよりも
今は、私語は禁止だろう」
不機嫌そうに、小声で窘めてみる
事で、細やかに威厳を保とうとするが
全く、意に介さない様子で
ランクスは喋り続ける。
「先日の戦で、此処の
部隊の殆どは死んじまって、
今はヤツら、少ししか残ってないんだろう?
武器も貧相な物しか
揃って無さそうだしよ。
あのデカイ魔獣は確かに
薄気味悪いがな... 少数だろ?
見ろよ、俺達のこの最新式の弩!
この鉄の弓で、戦闘の時は
まとめて串刺しにしてやるぜ! 」
調子に乗って、べらべら捲し立てる。
「串刺しって... 口を慎めよ!
あくまで今後の交渉の内容次第
であって、今はまだ同胞だろうが!?
...大公国の為に体を張った
功労者達でもあるのに、
よくもまあ! 」
不快な発言に腹が立ち、つい、
声を大きくして罵ってしまう。
コールマン侯爵は、護衛する二十名以上の
騎士と共に既に城内に入城した。
ファルナ隊に対する、大公国評議会からの
処分内容を通達した上で、出方を伺うのだが、
既に二時間以上が経過している。
「 ...デカイ声、出すんじゃねえよ。
上官に聞こえちまうだろうが」
デリカシーのない、この男でも
さすがに侮辱されていると、
感じたのだろう。
ドスの効いた、低い声と
怒りに任せて、睨み付ける
ランクスの迫力に怯んだ
フォックスは、無言で目を逸らす。
「 ...命令さえ、出りゃ
賊軍だろうがよ」
攻撃するのが待ち遠しい、といった
彼の発言に驚いて、
フォックスは言葉を失う。
「何、勘違いしちまったのか
何をやらかしたかは、知らねえがな?
どんな英雄サマだろうと何だろうと、
上層部に逆らっちゃあ、
もう、お仕舞いだっていう事だよ」
ランクスは、更に続ける。
「コイツらが、連合国軍を潰して
くれたお陰で、多分、大公国は
この先数十年間は、安泰なんだぜ?
下っ端の騎士にゃ、
下手すりゃこの遠征が、最後で最大の
恩賞の機会...!
これを見逃さない、手はねえだろ」
その好機とは、同士討ちの粛清による
手柄の横取りか。下衆の発想だな。
心には思っていても、口には出さずに
心の中に仕舞い込み、無関心を装う。
「他人の所領で、勝手に
作物やら、家畜やら育てやがって...!
ほら、特にあのフッサフサの麦!
クソッ、腹減ったなぁ...
城内にゃあ、たんまりと
金やら食い物やら貯め込んでる
筈さ。奪還できたら、
暫くは御馳走三昧だぜ!
久々に、フカフカの白いパンと
肉スープを腹一杯、食べたいぜ~」
常日頃から、下級騎士達は
体調やモチベーションの管理の為、
非常に粗末な食事で我慢を強いられている。
出征の際に、ある程度は黙認される
略奪や支給される食事が豪華になる事は、
彼らにとっては
非常に大きなご褒美であり、
対象が豊かであるほど、
劇的に戦意が向上する。
無論、ランクスもその一人だ。
「 ケッ! 綺麗事抜かしてっけど、
さしずめオマエは、黒騎士様ってヤツに
ビビってるだけなんだろぉ? 」
「 ...! な、何ィ!! 」
一番、言われたくない事を指摘されて
フォックスは一瞬、頭に血が上るが
ぐっと、ぐっ ...っと我慢して
沈黙を決め込む。
カッカすればするほど、彼に
指摘された内容が、事実であると
認められてしまう。
まさに、相手の思う壺にはまるだけだからだ。
そんな、フォックスの様子を
眺めるランクスはニンマリと
何とも嫌らしい笑い声を出しながら、
話す事を止めない。
「心配しすぎなんだって!
黒騎士って奴ぁ、どう考えたって
もう死んじまってるよ。
...何十万もの敵兵を
ブチ殺して回ったって
そりゃ、事実なら確かに凄えよ。
でもな?そんなバケモンが、
体調不良とか何とかで
実際、この何か月間も、
全く表に出てこないんだぜ?
白金の騎士? って奴も謎の存在だ。
こんなの、ありえねえだろ...
...連合軍との戦闘で、絶対に死んでるんだよ。
此処の部隊、必死で隠しているんだよ。
俺らみたいな連中に、すぐ潰されちまうからな」
私語を叱責する、上官の怒号が
隊列全体に響き渡り、慌てて正面を見つめて
無関係を装う二人。
「 ...いざ、作戦が始まったら
精々、頑張りな。
所詮オレ達、戦功挙げて
ナンボの軍人だからな」
最後にボソリと呟いて、ようやく
ランクスは静かになってくれた。
軍人として、煮え切らない態度の自分に
もっと非情になれと、彼なりに
喝を入れてくれた積もりなのだろうか。
そう考えると、少し複雑な気分になる。
案外、悪い奴ではないのかもしれない。
いや、違うか。
言ってる事は、騎士道に反して
滅茶滅茶、外道だものな。
もう、あと何年間かは辛抱して、
帰郷し、なんとしても
親父に家督を譲って貰いたい。
そうすれば、残りの人生は
刺激も全く無いが平穏な、
田舎のスローライフを満喫できる。
俺には、それがお似合いだ。
その為には、今日も怪我も無く
無事に過ぎて貰わないといけない。
難癖を付けられて、粛清されんとする
ファルナ隊の騎士達には、同情はするが
助ける事も出来ない。
せめて、無駄な血が流れぬよう、
我々に恐れをなして、
平和裏に事が進んでくれるよう、
フォックスは切実に願う。
一方、ファルナ側の騎士達は、
大慌てで作業から戻り、着替えて
戦闘態勢を整えるのに必死だ。
こんなに早い段階で、
完全な重装備の大軍が
押し寄せるとまでは、さすがに
想定していなかった。
どう見ても、反乱集団として
鎮圧に来たとしか思えない。
今、総攻撃が開始されれば、
総崩れは必至だ。
大勢のお供を背後に連れた
前任者コールマン侯爵は、
当初から強気で対応者を
その場で切り捨てんとばかりの
権幕で怒鳴り散らし、黒騎士と
ファルナに合わせろと強引に
応接の広間に乗り込んでいった。
多勢に無勢で、さすがに通常の
ハンニヴァルや、侍女達などでは
埒が明かないので、ファルナに
次いで現場の騎士団を統括する
アランも、数名の部下を引き連れ
面談に立ち合っている。
なんとか、のらりくらりと時間を
稼ぐ事で 迎撃の準備を
終わらせようとの作戦だ。
アランが戻る迄の代役という、
非常に重要な責務を担ったのが、
ルークという、まだ十八歳に
なったばかりの小柄な若者だった。
「優秀な騎士に年齢なんかは
関係ない」が口癖のアランが
好む、勇猛で、頑丈で命知らず。
先日での戦闘でも、彼の所属団は
全滅したが、ルーク一人だけが
生き残り、最後まで剣を振り続けていた。
城壁から、コールマン隊の状況を
偵察していた騎士が戻り、状況の
報告を行う。
敵の兵数、少なくとも
二千から三千以上、多数の弩兵や
長槍兵、攻城塔と投石機の存在確認の
報に、団員の間から絶望から
くる、悲鳴に似た声が漏れ聞こえてくる。
城のファルナ隊約九百名は、
騎馬兵と剣兵が中心で、あとは
弓と槍兵が少々と、装備でも
人数でも圧倒的に不利だ。
幾多の死線を潜り抜けた、大公国内でも
精鋭中の精鋭である彼らであっても、
この状況では籠城戦を選択しても
城内に兵を引き込んでからの
接近戦でも、玉砕覚悟で
騎馬隊中心に、正面からの攻撃を
選択しても、コールマン隊からの
飛び道具の恰好の餌食となって
壊滅的な被害を被るだろう。
「 ...黒騎士様が戻られぬ現状、
あとはこの魔獣達が、
どれだけ我々の
助けになってくれるか、だな」
不安げに呟きながら、
敷地内の広場にて静かに佇む、
牛頭人身の怪物ミノタウロスや
頑丈な、ゴールドゴーレムなどの魔獣に目を遣る。
...黒騎士が居ない城内で
魔獣達は、連合国軍の兵を相手に、
縦横無尽に暴れ回った
あの凶暴さは鳴りを潜めて、
今ではまるで飼い慣らされた犬猫かと
思う程、大人しい姿を見せている。
城外のマイコニドも、対峙する
コールマン隊に向けて、
威嚇の唸り声ひとつさえ、
上げてはくれない。
あの、暴れっぷりを遺憾無く
発揮してくれれば、
黒騎士様は居なくとも、勝機は十分
狙えるのだが...
動いてくれなければ、我々は終わりだ。
祈るように、縋るような瞳で
ルークは魔獣達を見つめる。
居館内にある、面会用の大広間に
乗り込んだ、コールマン侯爵と護衛兵達は
此の場を占拠したかのように居座っている。
護衛兵は皆、常に剣の鞘に手をかけ、
大声で罵倒し、挑発を繰り返す。
いつ、この広間内で戦闘が始まっても
おかしくない勢いだ。
この状況に、脅える事もなく、顔色も変えず、
飄々とした態度のハンニヴァルは、
恫喝する相手に譲歩する事もしない。
軍人として、武術の腕は今一つでも
元々が上流階級の出である
彼は、どんな相手でも媚びる事もなく
修羅場を潜った経験は、
怪我や死を恐れる素振りも見せない。
彼の豪胆さに、傍で護衛するアランは
舌を巻くのと同時に、くれぐれも
自分も怒りに我を忘れない様、
殺気を悟られぬ様、細心の注意を払う。
相手は仕掛けにかかっている。
先に、こちら側から剣を抜けば、負けだ。
「男爵の貴様如きが、
この儂に能書きを垂れるか!?
ハンニヴァル・アーサーよ! 身の程を知れ!
今日という今日は、限界だ! もう待てん!!
一体、何時になったら黒騎士とやらと
ファルナ・インバースが此処に来るのだ、
呼べ、今すぐに此処に呼べェ!! 」
顔を真っ赤にして、激高するコールマン。
隣に居る、コールマンの部下であり
大公国評議会員でもある
ウェイン子爵という、三十代後半の男は
まあまあ、と、コールマンを宥めながら、
優しくハンニヴァルを諭す。
「 ...残念だが、もう悠長に待ち続ける事など
出来ないのだよ、ハンニヴァル殿。
今回の目的は、貴殿の父上も席を置く
大公国評議会からの最後通牒の通達だ。
ちなみに、貴殿の父上もこの通牒に
御賛同頂いている。
もはやこれ以上、事を引き延ばすのは、
アーサー家をも巻き込んだ問題になるぞ。
父上をこれ以上、苦しめるなよ」
所領の改易も辞さぬ圧力に、
さすがに父も断り切れなかったのだろう。
父の心労を思うと、胸が痛む。
ほんの一瞬だけ、ハンニヴァルは沈黙する。
...だが、そんな心の動揺を
見透かされない様、すぐさま
「 ...不肖の息子ですからねぇ」
無表情のまま、返す。
怒りが最高潮に達したコールマンは、
咄嗟に剣を引き抜かんと
グリップを握り締める。
ウェインが慌てて強く静止する。
「ええい、離せ、離さんか!
こぉの、糞餓鬼ィ!! 散々、
舐めくさりおってもう許せん!
この場で、儂の刀の錆に
してくれるわッ!! 」
そうだ、ホラ、抜け、抜けって。
チラリ、と、横目で合図を入れる
ハンニヴァルの表情で、アランは
彼の意図を理解する。
まだ早まるな。くれぐれも、
先にコールマンが自分に
斬りかかってからだと。
その場の感情に任せて、つい、
丸腰の男を斬り付けてしまい、
それも評議会の議長の息子だったと
なれば、この連中もお咎めなしでは
済まされまい。
あえて犠牲になる事で、
この苦境を打破しようとの
考えが。
奴が剣を抜いた途端に、彼に
致命傷を負わせてはならぬし
誰よりも早く剣を抜いて
立ち回らねば。
ハンニヴァルの狙いを無駄に
しない為、アランは意識を集中し、
コールマン達の一挙一動に
最大の注意を払う。
大広間内にて、アラン達を囲む様に
詰め寄る男達との、緊迫した場面は
出入口の大扉が勢い良く開いて、
ファルナが入室してきた事で
水を差された格好となった。
よほど、急いでいたのだろう。
彼女の銀の鎧姿からでも、
息が荒いのが伝わる。
「ハアッ、ハアッ ...!!
お、遅れて、申し訳無い!
...っと! これはこれは、
コールマン公爵殿ではごさいませんか!
随分と、お久し振りで御座います」
わざとらしく、大袈裟に驚いた
素振りを見せた後に
「 ...で、城外の兵達と、
大広間での物騒な状況は、
一体、何のお戯れでごさいますかな」
ようやく登場した、彼女の姿を
見たコールマンは、怒りが鎮まる
どころか、更に火がついたようだ。
「す、全て貴様のせいだ!
ファルナ・インバースよッ!!
散々、逃げ隠れしおって..
この儂が、直々に来たからには
もう、逃れられぬぞッ!
か、貸せッ、その通達文...ッ!
早う、寄越さんかッ!! 」
コールマンは、ウェインが持つ
最後通牒の通達文を、強引に
奪い取ろうとする。
まあまあ、もう少々、辛抱下さいと
通達文を手で押さえながら
「 ...ファルナ伯爵殿、何故、
評議会らの、再三に渡る
首都への報告の命を
無視なさるのですか。
...白銀の騎士? とかいう者も居る
噂ですが、あの黒騎士とか仰る御方と
いい、現在は何処で何をしておるのですか。
貴方様方は、何ヵ月間も、此の地で
一体、何をされているのですか。
...評議会は現在、
貴方様の、真意を測りかねております。」
矢継ぎ早に、ウェインは
ファルナに問い掛ける。
「無視など、しておりませぬ!
黒騎士様は、現在も病に伏せ
療養中の為、我等も此処で
御回復をお待ちしております!
黒騎士様のお身体の回復次第
登城したいと、大公様宛の
請願書を何度も何度も作成し、
来訪する使者に手渡ししております!
未だ何もご返答答頂けていないのは、
むしろ評議会の方! 」
「口から出鱈目ばかり、ほざくなよ
この小娘がッ!! 」
ファルナの発言を、掻き消す様に
コールマンは、がなり立てる。
「請願書だと!? そんなモノ、
ただの一度とて、評議会は
見た事も聞いた事もないわ!
大公様からも、請願書の事など
我々にお話された事もない!
ハッ、使者に手渡し!?
逆に聞くが、評議会から送った
使者が、誰一人として戻らないが
よもや、貴様ら... ? 」
...やはりだったか。
コールマンの台詞から、
ファルナは悟る。
懸念は当たってしまった。
請願書など、大公には届いていない。
毎回、違う顔ぶれの使者に
毎回、一から同じ説明を繰り返し
繰り返しさせられた。
コールマンがこれほど強気なのは、
使者に来た者を特定するのは
まず、不可能な状況なのだろう。
下手をすると、既に消されたか。
しかも、この流れはマズイ。
使者が行方不明になり、
自分達が疑われるまでは、
流石に想定していなかった。
大公国の、上層部には
良心とか、騎士道精神とかは
無いのか... !
悔しさに、言葉が出ずに
ギリギリと、血が滲む位、
歯を食い縛る。
「黒騎士とかいう、奴の事もだ!
噂が真実ならば、何万もの敵兵を
殺して回った、悪魔の如き男が
体調不良で、何ヵ月も療養ォ!?
どんな病だ? ありえんだろ!
白銀の騎士とかいう、輩も
一切、公の場に出て来んのも
彼奴と同じで、
仲良く体調不良か!? 」
「 ...それは我等が仕える、
主であり救国の英雄でもある、
黒騎士様への侮辱なのか」
発言にアランが気色ばむ。
評議会は、黒騎士と
白銀の騎士が、鎧違いで同一人物である
事を、まだ知らない。
化物のような存在が、もう一人
こちらの仲間であると思われているのは
非常に有利であり、抑止力になって
いるのだが、黒騎士が回復しない
現在、誤魔化しきれなくなってきている。
「 ...もう、良い、良い!
我々には、全てお見通しだ!
黒騎士など、此処には、既に居らぬ!
勿論、白銀の騎士やらもだ!
貴様らには、呼び出す事も
助けて貰う事も出来ぬ!
居続けているかの如く
誤魔化し続けているだけだ!
どうだ! 図星だろう?
...奴らは、どうなった? ん?
大勢の敵兵を道連れに、
共倒れでも、してくれたか? 」
得意気に、べらべら喋りまくる
この中年男を即座に叩き斬るか
否か、ファルナは決めかねている。
「何れにせよ、これで
貴様らは終わりだ...ッ!
オイッ、通達文、貸せッ 早う! 」
ウェインからもぎ取った通達文を、
意気揚々と掲げて、コールマンは叫ぶ。
「貴様ら! しかと聞けい!
これは、大公国評議会の
最終決定である!!
ファルナ・インバースおよび黒騎士こと、
あつし・ニッポニア・ニッポン!
そして、この者達に仕える、騎士団の一同!
...貴様らには、大公国評議会からの
再三に渡る、登城命令の無視を
繰り返しながら、此処ラッセン城に
駐留を続け! 許可なく必要以上の
部隊の武装および食料備蓄の
強化に邁進する現状は、
大公国に対して反逆の意思を
持ち、謀反の準備を進めているとの、
嫌疑がある!
加えて、先日からの評議会からの
使者が、立て続けに消息不明になっておる件!
これについても、深く関わっている
可能性が、極めて高い! 」
「前振りが... 長いんですよ」
うんざりした口調ではあるが、
愚痴を聞かれぬように
ハンニヴァルは小さく、呟いている。
「ついては、これらの嫌疑に対する
現地調査および対象者への聴取の為、
一同には、即時! この場での
速やかな武装放棄と此処、ラッセン城からの
退去を命ずる!!
従わぬ場合は、大公国に仇なす賊軍として
武力を以て、此処で成敗致す!! 」
「 ...それは、勅命でごさいますか。
そもそも、大公様はこの件を存じて
おられるのですか」
少しの間、無言だったファルナが
コールマンに、静かな口調で尋ねる。
「大公様は、ここの所、お身体の
具合が優れず、床に伏していらっしゃる
日が増えております。
その間、病床の大公様に代わり
評議会は、ドナルド・ワイルダー公爵様が
全権を担っております」
ウェインの口から出た、その名は
ファルナが身の毛もよだつ程、嫌悪する男の名前。
ドナルド・ワイルダー。
今年で還暦を迎える、この男は
今は亡き、ファルナの父アンリと
歳は違えど、大の親友であったと
自認し、アンリの死後は幼い
ファルナの後見役を気取って
家督を継ぐ迄の支援を名目に、
以後、様々な干渉を続けてきた。
アンリ達と共に、大公を支える
「大公国の五忠臣」と称えられた
五人の英雄達の中で、五番目の
地味で目立たぬ男は、三人の
仲間が次々と死ぬ事で序列を上げ、
今では「陰の大公」と、揶揄される
程の権力を手に入れた。
英雄達が繰り広げた、数々の
華々しい伝説の中には決して
出ては来ないが、国内外での
交渉や作戦立案などにかけては、
非凡なる才能を発揮する
裏方に徹する、官僚的な男。
自らは表に出ず、金と政治力で
買い漁った票の力を「民意」と称して
議会と国政を意のままに動かしていく。
ドナルドが政を牛耳る
現在の大公国は、騎士道とは程遠い
賄賂と癒着、忖度が幅を利かせる時代だ。
靡く者には甘い蜜をたっぷりと
吸わせるが、従わぬ者や
歯向かう者には、情け容赦は無い。
立ち向かおうとした者は皆、
志半ばにして不審死や暗殺、
中には無実の罪による刑死など、
様々な最後を遂げて、
彼の前から姿を消していく。
決して尻尾は出さないが、匈奴や
諸外国の敵対勢力や、「蠍の巣」のような
犯罪者集団まで彼に懐く者は数多く、
飼い慣らしているとまで
陰で言われる程、黒い噂は絶えない。
「竜を退けし勇者」の称号で、
大公国内にて大公に次ぐ名声と人徳を
誇ったアンリもまた、若くして
非業の死を遂げた一人だ。
自分の最後を予期していたのか、
彼は生前、口酸っぱくファルナに
「万一、私が死した際は、決して
奴に弱みを見せるな。心を許すな」
と、諭していた。
王国との国境付近の
山岳地帯の戦闘にて、孤立した
小隊の救援に向かった彼の隊は
動向を全て把握していたとしか
思えない、数倍以上の敵兵に
待ち伏せされ、壮絶な戦闘の末に
全滅した。
原型を留めない、父の遺体と
対面し、鎧に刻まれた認識番号から
本人確認を行った日の事を、
ファルナは忘れる事はない。
代わりに家督を継ごうとした従兄も、
ワイルダーの本性を暴かんと
奮闘した叔父も、あえなくこの世を去り
名門インバース家一門から、
男子は途絶えてしまった。
証拠は何も無い。何も無いが、
あの男と眼を見ながら話すと確信する。
穏やかに見えて、全く感情を感じない
機械的な話し方に、何より
瞳の奥に見える、ゾッ、とするような
冷徹な視線。
コイツこそが、父を、叔父達を
殺めたに違いない。
我が、インバース家の怨敵。
この男から「インバース家存続の為」
「延いては、ファルナの為」と言われる
度に、虫酸が走る思いをしたが、
今はまだ、抵抗するには力が無い。
決して、反逆心を、復讐心を、
今は悟られてはならない。
ドナルドが欲するのは、「インバース家」という、
圧倒的なブランド力だ。
幼い小娘を手懐け、傀儡のような
当主に育て上げる事で、自らの
権勢を更なる磐石なものに
仕上げていきたいのだろう。
王国の復刻でも目論むのか、
ドナルドは直系が断絶した、
王家の遠戚の女を娶り、自らも
ロイヤルファミリーの一員に加わった事を
誇示する事で、彼の剥き出しに
なった権力欲は、止まる事を知らず
また、止められる者もいない。
だからこそ、ひたすら耐えた。
舐められぬ様、日々、男以上の
厳しい鍛練で剣技を磨き、
兵の皆が尻込みする程の、危険な
最前線の戦場に真っ先に乗り込んで、
誰よりも戦効を立ててきた積もりだ。
全ては、大公に認めて貰い、
奴がおいそれと手出しが出来ない
地位に、辿り着く為に。
今思い出しても、
「お前も年頃の女になったのだから」と、
決して好きになれぬドナルドの長男との
婚約話を強引に進められた時に、
嫌悪感から露骨に拒否してしまい、
逃げる様に遠隔地ミリアの
守護に就任した事は、
奴の顔を潰したと、
恨みを買ったのだろうと思っている。
ミリアに司教国軍の進攻が伝わる中での、
ファルナ隊が孤立化するような
不可解な近辺兵力の削減と
援軍要請の却下。
黒騎士のお陰での
司教国軍の撃退後も、
査問委員会での弾劾の画策や
此処、ラッセン城での
連合国軍との迎撃戦でも、
援軍は拒否...
そして、今回の謀反の準備中との
謂れもない汚名。
徹底的に、潰す積もりだな。
...どれもこれも、
背後にドナルドの関与を強く感じる。
この短い時間に、頭の中を
今迄の出来事が、走馬灯の様に駆け抜ける。
怒りに、ファルナの身体が小刻みに
震えている。
だが、コールマンはそんな様子を
ドナルドの名前に恐れ戦いていると
勘違いしたようだ。
「フハハッ! どうした、
怖いのか? 怯えておるのか!?
ドナルド公爵様は、貴様らには
甚く、落胆されておる!
黒騎士とか云う、素性も知れぬ
輩に尻尾を振りおって...
幼少の頃からの、様々な恩義も
忘れたかのような、忠義を欠いた
恥知らずな行為の数々...
その身を以て、償うが良い!! 」
「 ...何に怖くもないし、
何の恐れもしておらぬわ!! 」
アラン等、味方の騎士まで驚く位、
大きく、毅然とした口調で
ファルナは叫んだ。
「大公国に対して! 大公様に
対して! 今日の今迄、只の一度も
恩義を忘れ、忠義を欠いた覚えは無い!!
加えて、我が隊は現在、黒騎士様に
仕える身! 主に誠心誠意、その身の
全てを捧げるのは、騎士の本懐!
だからこそ、あれだけの大軍勢を
蹴散らし、此処を死守できたのだ!
全ては、大公国の為、大公様の為、
黒騎士様の為に成し遂げた事!!
貴殿等に、いわれなき謗りを
受ける覚えは、一切無い!! 」
発言の最中に、何かを言いかけるコールマンを、
「黙れ!! 」と一喝した後も、ファルナは続ける。
「そもそも、ミリアでも、此処、ラッセンでも
貴殿達は何をしていた!? 連合軍に恐れをなして
土地も、民も見捨てて去ったのだろう?
おめおめと逃げおおせ、安全な地域から
我等の死闘を、眺めていただけではないか!
此処は、黒騎士様と我等が
多大過ぎる犠牲を払って守り抜いた、
大公国の勝利の象徴である!
然らば、此の地を黒騎士様の
治領とするのも、自明の理であろう!
有ろう事か、頃合いを見計らった様に
掠め取ろうと画策するなど...
恥を知らないのは、どちらだ!?
貴殿等こそ、恥を知れ!! 」
反論するファルナの内容は
ドの付く正論であり、魂胆も見透かされ、
ウェインは気まずそうに目を反らす。
「そ、その様な恩賞の話であらば、
貴様が直接、大公様やワイルダー公爵様の
御前で申し上げれば、良いだけの事!
その身が清廉潔白と、自負するならば
正々堂々と、評議会での聴取に
応じれば良いだけの事だ!
此処はそもそも、この儂の所領だ!!
勝手知ったる、儂の部隊が
替わりに駐留しての捜索活動を
拝命賜ったのだ!
最早、決定であり、異議は認めぬ!
観念して、速やかな武装解除に応じよ! 」
動揺し、喚き散らすコールマン。
「最初から、結論ありきの聴取に
応じて、何の意味がある!?
証拠も、後から幾らでも作られるのだろう!
我々の、懲罰と改易が目的なのだからな!
だが、黒騎士様さえ御回復なされれば、
別に構わぬ! こちらから正々堂々、
向かうと前々から言っておるのだ!!
大公様からの勅命でもなく、公爵に属する
評議会からの決定になど従う積もりはない! 」
「おう! おお! では今、此の場で
我が隊と、事を交えるだけの事よ!
覚悟はしておるのだな!?
国賊として、戦場の露と消えるがいいわ! 」
興奮したコールマンは、更に口走る。
「まったく、黒騎士様黒騎士様
クロキシサマと... お前はまるで、
発情した牝犬だな! 馬鹿な女よ!
粗野で汚ならしい、山猿の
一体、何処に惚れたのだか
気が知れぬわ!
...夜の方でも、凄かったのか?
まあ、山猿と牝犬で汚い獣同士、
良くお似合いかもしれんがな!
この儂が、直々に屠殺場に
送っ... てぇッ!? 」
閃光の如く、素早く踏み込んだ
ファルナが抜いた剣の先は、
的確にコールマンの喉元で
止まっている。
「 ...私の事は、どう蔑まれても
構わない。だが、よりによって
我が主の事を山猿呼ばわりするなど...!!
断じて、許さぬ」
ドスを効かせた声に、明確な
殺意を持った、鋭い眼光。
突き付けた刃は、生き物の様に
身を捩り、逃れようとする
コールマンの喉元から、離れない。
その距離、僅か二、三センチ。
ほんの少しでも、力を入れれば
この中年男の喉は、ばっくりと
簡単に割れてしまうだろう。
情けない悲鳴を上げるコールマンに、
慌てて剣を抜く護衛兵達。
合わせて、アランやハンニヴァル達も
剣を抜いて、睨み会う。
「 ...コ、コ、コ、こいつッ!
ぬ、抜きおった! 抜きおったぞ!
この儂を、き、き、斬る積もりかッ!?
お、終わりだぞッ、お前どころか、
お前の隊の者、皆... この狼藉、
一族郎党、全てが処罰の対象だッ
す、全て、終わらせてやるぞッ!? 」
口では強がってみているものの、
コールマンは、味方側として
見ても情け無い程、腰の砕けた
格好で、ブルブル震える
惨めな姿を晒している。
「は、伯爵!! なりませぬ、
お気を確かに! 剣を収め下さい!
最早、後には引けなくなりますぞ! 」
コールマンの傍に並ぶウェインが、
必死にファルナの翻意を促す。
「此処で候爵様を斬ったとなれば
紛うことなき、反乱の狼煙を
上げたという証! 評議会の
誰もが庇いきれなくなりますぞ!
...その先には、鎮圧と破滅の未来しか
ごさいませぬぞ!? 今なら、まだ
情状酌量の余地も、十分ございます!
何卒!! 一旦、剣を収め下さい! 」
じりじりと、護衛兵達がファルナを
囲むように、距離を縮めてくる。
...勢いで抜いてしまった。
まず、この場で二人を斬り捨て、
間髪入れずに周りの敵二十人を、
自分含めた六名で... 殺りきれるか?
その後...城門前の軍勢...
何とか、退けたとしても
その後、トリアムからの増援討伐隊...
...絶望的な...
ファルナの頭の中は、今後の対応で
どれが適切なのか、あらゆる選択肢が
沸いて一杯になっており、混乱している。
鎮圧された未来。
山となって積み上がる、死体となった
仲間達や市中を引き回され、磔となる
妹達の姿も、フラッシュバックの様に
脳裏で再生される。
剣を鞘に収め、ここは大人しく
武装解除とラッセン退去に応じれば
自分はともかく、仲間の皆は...
どの行動が正解で、適切なのかが
もう、わからない。
精神的に追い詰められ、
目玉も頭の中もグルグル回り、
吐き気も催してくる。
情けない事に、このまま剣を構えて
卒倒してしまいそうだ。
「駄目だツ! 躊躇っては、ならん!! 」
ファルナに渇を入れる、アランの
叫びに驚き、彼女は目で彼の姿を追う。
「躊躇めさるな!! ここで止めても、
どの道、我等は賊軍! 覚悟を決めましょう!
...その上で、剣を抜いたのでしょう!?
ならば、迷わず此奴を討つのです!
結末がどうあれ、我等は貴方様に、
最後の一人まで、付き合います故!! 」
鬼の形相で、激を飛ばすアランと
「 ...左側の六人、任せますからね」
やる気のなさそうに、眼前の
護衛兵に向け、剣を向けるハンニヴァル。
この間に、外の城門前からでも、騒々しい
音と怒号が聞こえてくる様になった。
極限の緊張感の中、会談の推移を
見守る両軍は、城壁からコールマン隊の
動向を観察していた、ファルナ隊の兵が
一人、弩弓で射ぬかれた事から、
小競り合いを越えた本格的な戦闘が
始まった。
報復を恐れる、コールマン隊の放つ
無数の鉄弓が唸りを上げ、
まるで、横殴りの豪雨の様に
城門に、城壁に次々に突き刺さっていく。
必死で逃げ惑うファルナ隊兵。
遅れた兵が一人、また一人と
矢の餌食となり、地に倒れていく。
反撃を試みるも、装備の圧倒的な差は
序盤のこの時点でコールマン隊有利の
状況が顕著であり、ファルナ隊の中に
動揺が広がっていく。
頼みの魔獣達も、まるで巨大な
彫像の様に突っ立っているだけで、
まるで彼らの役には、立ってくれていない。
益々、勢いづくコールマン隊の兵達。
業を煮やした騎馬隊による、
正面門を開いての突撃強行策を
自殺行為だと、必死です止めつつ、
焦りを募らせるルーク。
このままでは、頼りのアランが
戻ってくれるまで、隊は持ちそうに無い。
全滅を覚悟で、ルークを中心にした
弓部隊が城壁にて時間を稼ぎつつ、
正面門を突破された後に、
敷地内での騎馬隊は突撃攻撃を敢行する。
なお、重歩兵は城内含む建物内での
ゲリラ戦に移行する案を強行採択し、
最悪の事態に備える。
もう、どう転んでも、死。
ならば、騎士としてどう足掻いて、
どういう死に様を敵に、
見せ付けてやれるかだ。
一人でも、一人でも多く地獄へと道連れだ。
悲壮な覚悟を胸に秘め、ルークは
城壁へと繋がる、石階段を上る。
「大広間の兵達など、
私もおりますから、恐れるに足らず!
それよりも、外の軍勢を迎え撃つなら
城門を破られる前に、一刻も早く隊と
合流するのが得策です! さあ! 」
魔術師のセーゲルフがファルナに
促すと、右手の杖を高く掲げ、
呪文の詠唱を始める。
天井が青く、キラキラと無数の星々が
輝くように見えるのは、氷結効果の
攻撃魔法。
重い銀の鎧姿である、騎士達には
大きな脅威であり、たちまち
猛烈寒波で凍らせてしまうだろう。
...覚悟が足りぬのは、また私だけか。
皆、頼り無い指揮官で本当に済まぬ、
剣の柄を握り締める力が、ぐっと
一際、強くなる。
コールマンの喉を剣先で引き裂こう
とした、その時。
「 ...ふうッ! 何だ何だ、こらまた
随分と、騒々しくて物騒だねぇ! 」
開きっぱなしの大扉から、ズカズカと
大股で歩き寄る、黒い姿の鎧の男が現れる。
背後からは、妖精と思われる少女と
メイド服姿の女性も伴っている。
その姿にファルナが、アランが、
ハンニヴァルもセーゲルフも皆が呆気に
取られた表情で、男を凝視する。
本当に本物か。幻覚とかではないか。
ずっと、ずっとずっと待ち続けた主君。
復帰した、黒騎士ことあつしと、
風の妖精ベルフルールに侍女頭の
クラウディアだ。
戦気を削がれたコールマンの護衛兵達も
剣を構えたまま、初めて見る、この
全身、黒ずくめの異様な姿から
目が離せない。
狂暴な、黒龍の首を刈り取ったかの様な
デザインの兜に、男の背丈以上はある
巨大な剣まで、全て漆黒色。
見ているだけで、どうしようもなく
禍々しい気分になってしまう。
尻餅をついたような格好のまま、
剣を突き付けられているコールマンが
「 ...き、貴公が黒騎士、か...? 」
と、恐る恐る尋ねても、聞こえてないのか
無視しているのか、返事も返さず
「 ...悪い悪い!
情けねぇ事によぉ、実はあの後、
鬱が酷くて今の今まで、ずっ、と
寝込んじまってたよ! どんだけ俺
精神、繊細だっつうの! タハハッ 」
最大級の警戒をしながら、キョロキョロ
周囲を見渡している女達とは別に
黒い鎧の騎士は、悪びれた様子も見せず
朗らかな声を出している。
立ち並ぶ敵兵達の存在にも、
まるで関心を寄せず、そこにある
置物を避けるかの様に、素通りしていく。
あまりの堂々ぶりに、
「 ...ホントに、弱いんだか、
強いんだか... クククッ 」
「こ、これッ! ふ、不謹慎ですぞッ 」
クスクス笑い出すハンニヴァルを、
小声で必死に窘めるアラン。
コールマン等には、一瞥もせず
一直線に、ファルナの傍に近づく黒騎士。
剣を突き付けるファルナの体は、
怪物ゴルゴーンにでも睨まれて、
石化したかの如く硬直したままだ。
自らの意思で身を解く事も出来ず、
呼吸は荒く、小刻みに身体を震わせる
彼女は今にも泣きそうな表情だ。
必死で、黒騎士に目で救いを求めている。
黒騎士は両手で優しくファルナの
手を握ると、一本、一本、固く剣を
握る指をほぐして外していく。
「 ...良く踏ん張ったな。ご苦労さん。
もう、大丈夫だ。後は、俺の仕事だ。
お前ら、この彼女頼んだからな」
ファルナから剣を受け取り、頭をポンポン、
と、軽く撫でた後、クラウディアに体を
引き渡す。
「ご無事で... 」と優しく抱き締める
クラウディアの胸の中で、震えながら
涙を流し続けるファルナ。
我に帰った護衛兵が、黒い鎧男の
脳天目掛け、構えていた剣を振り下ろす。
事も無げにさらり、と身を躱し
左手ひとつで兵の首根っこを掴むと、
そのまま、力任せに床に叩き付ける。
百キロを越える重量の、全身鎧姿の
男が、ゴム毬の様に勢い良く跳ね上がり、
天井にぶち当たって落ちる様は
味方も敵も、誰も見た事がない光景だ。
倒れた兵の姿は、糸が切れ、捨てられた
マリオネットの様に両手両足も首も
おかしな方向を向いている。
鎧も、見るも無残なべこべこに
歪曲した形状となり、遺体とは呼べず
叩き壊された玩具、といった外見だ。
恐怖と仲間を殺された怒りから、
別の兵が奇声を上げながら、
黒鎧の男に襲いかかる。
右手に持ったファルナの剣を、
バットのフルスイングの様に
振り抜くと、兜の上半分は横に
真っ二つに割れ、鼻から下部分が無い
兵は高く、高く血を吹き上げながら、
膝から崩れ落ちていく。
兜ごと、叩き斬ったファルナの
剣は早くも、刃こぼれとヒビで
使い物にならなくなっている。
「 ...チッ! 駄目だな、安物は!! 」
大陸でも、最上級のミスリル製で、
切れ味抜群の筈だったのだが...
不機嫌そうに、ポイッ、と投げ捨てる。
「護衛兵共、凄ぇ、邪魔だな。
お前ら! 手出しは要らねぇ。ちょっと
病み上がりの、準備運動だ」
「出すワケ、ありませんって」
トンデモナイ! と、うんざりの表情で
手を横にブンブン振る、ハンニヴァル。
まずは右側の数名。
目にも留まらぬ、ダッシュで一気に
距離を詰めると、まず一人目に、
地面に叩き付けるように、
ぶん殴り右ラリアットを一発。
鎧の男が倒れる衝撃で、豪華な
大理石の床に、大きな亀裂が入る。
体勢を立て直しながらの、裏拳を
二人目に、手加減無しの腹蹴りが三人目。
鎧が窪む、嫌な音と共に、
縫いぐるみの様に兵達は宙を舞う。
あっ、という間に、数名を撲殺すると
次の獲物は、右側の八人。
駆け寄りながら、背中の大剣を抜き、
紫電一閃、大きく一振り。
...ボトッ、ボトボトッ、と
まずは幾つもの胴無し下半身が、
次に若干の時間差を置いて、
上半身のみの鎧兵が地面に落ちていく。
この間、僅か数十秒程。
コールマンとウェインを護る
筈だった者達は、もう誰もおらず
皆、物言わぬ屍となって地べたに
転がっている。
「 ...お見事でございます」
感服した様子のセーゲルフとアラン。
「うへぇ~ 相変わらず無茶苦茶ですなぁ」
呆れた表情のハンニヴァル。
当の黒鎧の男だけは、ゴキッ、ゴキッ、と
左右に首を振り骨を鳴らし、両腕を
回しながら、どこか不満げだ。
「ンン~ なーんか、イマイチ体重い」
あ、あれでか!?
腰は抜け、激しく脅えて身体を
震わせる、コールマンに寄り添う
ウェインは、驚愕というしかない
状況に、頭の中が真っ白になっている。
言葉が、出ない。
やがて、体を慣らし終えた黒い鎧の男は
ウェイン達の前に歩き寄って来る。
「さて、と。見たトコ、そこのお前とは
少しは、マトモな話が出来そうだな」
男は、コールマンではなく、ウェインに
話かけている。
「自己紹介が遅れたが、まぁ、でも
この外見見りゃあ、もう分かるだろ!?
...黒騎士のあつし、ってのは俺だ」
「 ...い、い、いきな、り、
交渉の、使者、を問答無用で大勢、
殺生なさるなど、しょ。正気の沙汰、では」
「お、終わりだツ、貴様らァ!!
斬った、斬ったぞツ、これは
誤魔化しきれん、謀反のォ!? ぶふツ 」
ウェインの発言を遮って喚くコールマンの
顔面に、黒騎士が蹴りを入れている。
「 ...キャンキャン、ウルセエよ。
聞こえねえだろが。手前はソコで黙ってろ」
鼻と前歯が折れ、手で顔を押さえながら
のたうち回る、憐れな中年男。
「最初にハッキリさせておこう。
此処は、この俺の領土だ。
お前らが棄てて逃げてって、
そこで俺らが連合国軍と
殺り合って...勝ったのは俺らだ。
何も文句は言わせねえ」
明確な殺意を醸し出しながら、
ハッキリとした口調で問い掛ける
黒騎士に、ウェインは声を返せない。
「その敷地内に土足で踏み込んで、
一丁前に武器振り回して、調子に乗ってりゃ
...そりゃブチ殺されるわな。それだけの事よ」
「む、無茶苦茶、な...理屈!
詭弁、ですツ! 第一、評議会がッ
このよう、な、暴挙を許す筈が無いッ 」
絞り出すように、小さな声で反論を試みる。
「 ...事実、此の城は既に、我等の兵が
完全、に、包囲しております。
た、例え、貴方様といえども、その、
本格的な、戦闘が開始、されればッ
多勢に...無勢、か、と... 」
「えっ、何? 外、そんないっぱい敵いんの? 」
不思議そうに、首を傾げる黒騎士に
ハンニヴァルが現状を伝えている。
ふん、ふん、へ~、っという
どこか、大袈裟でわざとらしい。
「成る程ね、それでコイツら、こんなに
強気だったんだ」妙に納得している。
「 ...ミリアで俺が、誰と何人、相手に
したのか、お前ら知らないのか? そうか、
何千かぽっちで、余裕と思われてたたぁ、
俺も舐められたもんだ」
噂では司教国軍も三千、でも装備と兵の
熟練度は遥かに我々が...!
と、言葉が喉に出かかっているウェイン。
どこから取り出したのか、手に小さな
角笛を持った黒騎士は、兜のフードを
開けて口金に口をつけると
おもいっきり、息を吹きつける。
笛が奏でる音色は、鼓膜が破れるかと
思う程の、けたたましく不快なもの。
敵味方関係なく、誰もが両耳を手で
押さえながら呻き、その場に踞る。
だが、魔獣達にとっては、この音は
忠実に仕える主人が戻ってきた事を伝える
何よりもの朗報。
マイコニドが、ミノタウロスが、
空を仰ぎ、天に向け歓びの咆哮を
一斉に上げる。
角笛の高音と、重低音の魔獣の鳴き声が
合わさった悍ましい噪音は、
地響きとなり、大地一帯に広がっていく。
やがて、眼前のコールマン隊を
敵だと、はっきり認識したマイコニドは
二匹共に、ゆらゆら、ゆっくりと
進撃していく。
ありったけの、鉄弓を巨大な茸に向け、
打ち込んでいく兵達。
何の反応も見せずに、近付いてくる
マイコニドに焦りと恐怖を募らせていく。
「くたばれっ、この、化物ツ !」
本来は、城壁を破壊する為に配備していた
投石機から、次々と
大きな石が発射されて茸の傘や柄の
部分で炸裂していく。
言葉は発しないが、さすがに
石をぶつけられるのには
少しは痛みがあるようで、
この茸も酷く腹を立てていた。
投石機による攻撃は
全くの逆効果となり、どんどん、
巨体が近付くにつれて茸の動きは
大きく、荒く、激しくなっていく。
進行を足止めさせる為に、最前列の
長槍兵達が一斉に、マイコニドに
鋭利な穂先を突き立てていくが、
ぷにぷにして見える柄の部分は
頑丈で、刺さるどころか逆に
弾き返してしまう。
茸はそのまま、どんどん前進を続け
下敷きとなり、ぶちぶちと潰されて
いく兵が続出していく。
「と、止められませんッ! このままでは、
我々も、化物の下敷きにッ...! 」
懸命に槍を突く、兵が悲鳴を上げる。
見上げると、ビルでいうと三階建て位の
巨大な茸の、傘の裏側にある、グロテスクな
びらびらの襞が無数に見える。
その襞の部分から、見下ろす兵達に
向けて、大茸は怒りに任せて致死性が
極めて高い胞子を一気にぶちまけた。
マイコニドの周りを、砂塵が
吹き荒れる様な、黄土色の煙が包む。
中ではコールマン兵達が大勢、
悲鳴を上げて転げ回り、喉の周りを
手で搔毟る仕草で苦しみ、
口から血泡を吐きながら、息絶えていく。
無数に伸びてくる、ヌメヌメした
長い茸の触手は、しっかりと獲物の兵を
掴み取ると、高く持ち上げて
柄の中心にバックリ、と開いた
口の中に放り込んでは、食していく。
攻城塔を空から
翼竜の魔獣、ワイバーンが襲う。
上空高く舞う、この竜には弓など
全く届かず、役に立たない。
にもかかわらず、躍起になって
真上に向けて、弩弓を乱射する
攻城塔内のコールマン兵達。
魔獣を外した鉄弓は、そのまま
地面に直下するので、結果的に配置を
取る味方の重歩兵達が、雨あられに
降り注ぐ弓の犠牲となって倒れていく。
「馬鹿ッ!! 止めろ、射つの、止めぇ!
当たってる、味方に当たってるだろうが、
この馬鹿者共がァッ!! 」
慌てる上官の男が、馬鹿の一つ覚えの様に
弩弓を射ちまくる兵を殴り飛ばし、
一旦、空への攻撃中止を叫んでいる。
突然、大きな地震が起きたかの様な
激しい揺れが、攻城塔内の兵を襲う。
立っているのも、やっと、といった所だ。
倒れる者、転がる者、外に放り出されて
落ちていく者と、塔内は戦闘どころでは
なく、悲鳴と絶叫だらけの、騒然とした
混乱の空間となる。
必死で壁面の手摺にしがみつき、
落ちない様に踏ん張りながら
外の具合を確かめようとした兵が見た景色は、
攻城塔が、宙に昇っていく。
全高が、マイコニドの二倍はある
巨大な攻城塔は、構造は簡素な木製の
櫓であり、総重量はそう、
重くはない。
頑丈な鉄製などにしてしまうと
移動速度を犠牲にしてしまうし、
第一、製造コストが高額過ぎる。
要は城を攻略さえ出来れば良いので
その為の安くて、大きくて、武器や
人員を沢山、搭載出来るだけの物だ。
その搭が高く、空高く上がっていくのは
三角屋根の部分を、ワイバーンの鋭い爪が
ガッシリ掴んで、そのまま力任せに
引き上げている。
外側から、自らの目線と同じ高さに
雲が見えるという、異常な光景に
現状を把握した兵達は皆、
恐慌状態を起こし、搭内は最早、統制不能だ。
相も変わらず、ワイバーンに弓を向ける
兵を、別の兵達が必死に止めている。
今ここで搭を落とされては、全員の
死は逃れられない。
僅かな数の化物達が、ほんの少しだけ
暴れるだけで、コールマン隊の兵達の
士気を削ぐには充分過ぎて、
もう、殆どの者達は此処に来た事自体を
非常に後悔していた。




