第3話 全部、自分がやった
翌朝早く。
王立シンシア学園の生徒会室には、まだ誰も来ていなかった。
ただし、ジョシュアはいた。
夜明け前に起き出して、昨夜見た帳簿の内容を覚えている限り書き留め、そのあとで昨日の残りの決裁書類を片づけ、ダイアナの机を拭き、生徒会室の床を掃き、皆の喰い骸を集めてゴミ袋に入れて縛り、暖炉に少し薪を入れて焚いて、鉄瓶ね湯を沸かし茶葉を少しだけ入れて紅茶を淹れていた。
窓の外では、朝霧の薄い膜をまとった中庭の噴水が水音を立てている。白い校舎の屋根を越えた光が、ジョシュアの銀髪と、書類の端を淡く照らした。少しだけ落ち着いたように、ジョシュアはふうっと息を吐いた。
ーードドドドドド…… ガッチャガッチャガッチャ
異音がした。ジョシュアが扉を見る。
ーーバァーーーン!!
両開きの扉が勢いよく開く。ダイアナが入ってきた。
「おはようございます、殿下」
「ジョシュア! ああ、ジョシュア! わたくし、分かりましたわ」
「そうですか」
「犯人は、きっとヴィシー山岳団の会計担当ですわ。あるいは顧問。メルビン先生が怪しいですわね、あの目つき。いつも何かに怒っていらっしゃるもの」
「昨夜は、グロヴナー侯がおられましたが……」
「ええ。つまり、あの方も怪しいのですわ」
ダイアナは生徒会長の椅子へ腰を下ろし、いかにも捜査が進んでいるという顔で腕を組んだ。
ダイアナは睨んでいた。みんな怪しい、と。
ジョシュアは、沸かしてあった鉄瓶に水を入れ、ダイアナ専用の素敵な白い陶器のポットに湯を注ぐ。
湯が少し和らいでから、一度花柄のティーカップに少しお湯を通して捨て、ポットに今度はちゃんと茶葉を入れて、ティーカップに紅茶を淹れた。柔らかい香りが広がる。
「今日は、南方クレノア産の、すっきりとした紅茶です」
「ありがとう。ジョシュア」
ダイアナは、磨かれた執務机の前に座り、優雅に足を組んでいた。ジョシュアは、ソーサーにカップを乗せて、その前へ置いた。ほんわりと湯気が立つカップを摘むようにして持ち、ダイアナは一口飲んだ。
「美味しい」
「何よりでございます、殿下」
「ともかく、生徒会の名前でメルビン先生を捕まえましょう。正面から、ガシッと。まずはお話を伺わなくては」
「その前に、お聞きください」
ジョシュアはポットを置いた。
「昨夜……ヴィクラム・ダールさんが、団の物資を横流しして代金を横領したと、自白したそうです」
出されたお茶請けのチョコレートに伸ばしかけていたダイアナの手が止まった。
「……なんですって?」
「ご自分で書面を提出なさったそうです。帳簿を操作したのも、在庫を架空の商会に売ったのも自分だと。今朝早く、警備室から生徒会へ連絡が来ました」
ジョシュアは、連絡書に添えられていた自白書の写しを差し出した。
無骨な筆跡だった。
大きな文字で、短い文章が書かれている。
帳簿を操作した。
物資を売った。
代金を自分のために使った。
全部、自分がやった。
「馬鹿じゃないの」
ダイアナが、低い声で言った。
「あの子が、そんなことをするはずがありませんわ」
「メルビン先生も、最初は受理を拒んで突き返されたそうです」
「どういうことなの?」
「メルビン先生はそれでも、ヴィクラムさんは同じことを繰り返したと。いまは学園警備の騎士団がお話を伺っています」
「では、メルビン先生は犯人ではありませんの?」
「ええ。メルビン先生は昨夜ずっとヴィクラムと押し問答をし、学園警備とも話していたようですから。昨夜の倉庫のあの荷物が無くなっているのなら、アリバイはあります」
「そう……」
「露骨に残念そうにしないでください…… ただ、少なくとも、メルビン先生もヴィクラムさんの自白をそのまま受け取ろうとはなさらなかったようです」
ダイアナは写しを睨みつけた。
昨夜の倉庫には、帳簿の上では存在しない物資が山のようにあった。グロヴナーが見張りを殴り、取引までに片づけろと命じていた。
あの場に、ヴィクラムはいなかった。
それなのに、彼が全部やったことになっている。
「ジョシュア。これは、あの子が罪を被ったということ?」
「その可能性があります。昨夜の裏帳簿には、複数の業者と、宝石商への送金が記されていました。ヴィクラムさんだけの話では、説明がつきません」
「脅されたのね。グロヴナーに殴られて、怖くなって――」
「まだ、そこまでは分かりません」
ジョシュアは目を伏せた。
「ご本人に確かめる必要があります。ただ……自分から無実の罪を認めてしまうほど、何かを守りたかったのかもしれません」
ダイアナの頭に、昨午後、泣きながら駆け込んできたマーサの顔が浮かんだ。
彼女が兄を信じていることは、痛いほど分かった。
だからこそ、この数行の書面が腹立たしかった。
「勝手に諦められては困りますわ」
ダイアナは立ち上がった。
「わたくしが調べると、もう約束したのですから」
そのとき、生徒会室の扉が開いた。
「やあ。麗しのダイアナ殿下。今朝もお美しい」
副会長の一人、ハンター・ジェラルド・ド・アシュレイである。
名門アシュレイ伯爵家の跡取り。後ろへ撫でつけた金髪、洒落た片眼鏡、立ち襟を一分の隙もなく整えた制服。剣と青系統の魔術を得意とし、学園でも指折りの実力者として知られていた。
そんな貴公子は、朝から花束を持っていた。
「王国中の花をすべて集めてきても、君には敵わないね」
「朝っぱらから、面倒くさいのが来てしまいましたのね」
「ああ。その突っぱねる横顔も美しい。朝の光まで、君のために差しているようだ」
ハンターは花束を長机へ置いた。
ちょうどジョシュアが並べていた書類の上だった。ジョシュアは二度見してから、そっと花束をどかした。
「……そう。ねえ、ハンターくん。ちょっと一緒に来てほしいんですの」
「僕に? もちろん喜んで」
ハンターの顔が輝いた。
「こんな晴れやかな朝のひとときを、最愛の君と二人で過ごせるなんて」
彼はダイアナの手を取ると、その隣にいたジョシュアを足で押しのけ、すっとダイアナの目の前に入った。
「わあーーっ」
ジョシュアは絨毯の上へ転がった。
腕に抱えていたポットだけは、どうにか傾けずに済んだ。
「ハンターくん」
ダイアナが手を引き抜いた。
「わたくしのジョシュアを、蹴らないでくださいまし」
「ああ、失礼。足元にいたとは気づかなくて」
ハンターは爽やかに微笑んだ。
ジョシュアは、足元に置かれた物だったことになった。ジョシュアは切なそうな顔になった。
ダイアナはジョシュアの前へ屈み、白い制服についた埃を手で払った。
「痛いところは?」
「僕は、大丈夫です」
「それは聞いておりません。痛いところを聞いているの」
「……腰が、少し」
「そう。後で診ます。いまは、わたくしの隣にいなさい」
ダイアナはジョシュアの腕を取って立たせた。
ハンターは微笑を保ったまま、エスコートの位置を取り直した。長身の彼が肩を傾ければ、その前にダイアナ、後ろにジョシュアがきれいに収まる。
その場面だけを切り取れば、たいへん見栄えがするはずだ、とハンターはほくそ笑んだが、ダイアナは全く気づいていなかった。
「さあ、ふたりとも。行きましょう」
「それで、どちらへ? 中庭のバラ園かな。それとも、モーニングティーを楽しめるカフェテラス? 君の望むところなら、どこへでもお供しよう」
「倉庫」




