第2話 ごめんあそばせ
その夜。
ご学友との楽しい晩餐を終えると、ダイアナは食後の茶話を途中で抜け出した。
まだ話し足りない令嬢たちの声を背後に残し、燭台の灯る廊下を足早に進む。正門へ向かうふりをして、人目がなくなったところで東へ折れた。
夜は、とっくに更けていた。
昼間は生徒の声で満ちている学園も、いまは水を打ったように静まり返っている。白亜の校舎は月明かりの下で青白く沈み、窓という窓は黒く閉ざされていた。冷え込んだ夜気が頬を撫で、庭木の梢をかすかに揺らしている。
学園東門付近の魔犬厩舎の前に、遠くからでもそれと分かる銀髪と、白い制服姿の男子生徒が立っていた。
ダイアナは思わず走った。
しかし、腰に下げた聖剣ソウルクレイドルの鞘が揺れ、ベルトにつけた脇差や金具、飾り鎖などに激しくぶつかる。
ガッチャ、ガッチャ、ガチャガチャガチャ。
一歩進むごとに、静かな夜の学園へ盛大な金属音を響かせた。
――第三王女ダイアナ・カレン・ラ・グランディアズ、深夜ですが、ただいまこちらにおりますわ!
その存在を、暗闇へ向かって声高に主張しているかのようだった。
ジョシュアは振り向いた。
街灯と月明かりが絶妙な陰影を作り、銀色の髪と透き通るような白い肌を淡く浮かび上がらせている。こちらへ向けられた若草色の瞳には、安堵と同じくらいの困惑があった。
その、ちょっと困ったような表情が、なおさら可憐だった。
ダイアナの胸に、じーん、と温かなものが込み上げた。
わたくしの奴隷は、なんとかわいいのだろう。
こんな夜更けまで忠実に待ち、振り返れば月明かりを背負っている。美しいこのわたくしに、実によく似合っているではないか。
ダイアナは、うっとりせざるを得なかった。
「殿下。音が、出ております……」
ジョシュアは、音を立てているダイアナの腰まわりを見ながら、ひどく遠慮がちに言った。
ダイアナは胸元へ片手を当てた。
この心臓の高鳴りが、ジョシュアにも伝わっているのだろうか。
もともと、ダイアナは学園というものにさほど興味がなかった。
母シンシアの熱心な勧めで、半ば押し込まれるように校門をくぐったにすぎない。ところが、いざ通ってみれば、学校なるものは想像していたよりもずっと楽しく、豊かで、驚きに満ちていた。
友人と食事をし、くだらない話に笑い、夜の学園を抜け出して、かわいい近侍と秘密の調査へ向かう。
まさしく青春である。
「分かる? ジョシュア。このわたくしの、青春の鼓動!」
ダイアナは両手を広げ、夜空を仰いだ。
「ああ、いま、わたくしは最高に幸せよ! 世界が輝いているわ!!」
静寂に包まれていた東門一帯へ、その声が高らかに響き渡った。
ジョシュアは慌てて、ダイアナの口をそっと手のひらで塞いだ。
「むぐっ」
「どうか、お静かに……」
厩舎の奥で、目を覚ました魔犬が一頭、低く唸った。
二人は夜間閉鎖された東門脇の通用口を抜け、演習林側の区画へ忍び込んだ。
そこで飼育されている魔犬たちは、王国の軍用犬をさらに大きく、頑丈にしたような獣である。黒々とした体毛の下には鋼のような筋肉が盛り上がり、暗闇の中で赤い瞳を光らせていた。
ただし今夜は、揃って地面へ伏せ、満足そうに骨を噛んでいる。
「彼らには、いつもどおり、おいしいお肉を提供してございます」
「よろしくてよ」
ダイアナが鷹揚に頷くと、ジョシュアは彼女を倉庫の方角へ案内しかけて、ふと立ち止まった。
「こちらへ。その前に……失礼いたします」
制服のポケットから厚手の布を取り出し、ダイアナの腰元へ屈み込む。ソウルクレイドルの鞘に取りつけられた金具を、布でひとつずつ覆っていった。
最後に飾り鎖を結び留めると、ダイアナが試しに腰を振っても、もう音はしなかった。
「……さすがね」
「恐れ入ります」
ヴィシー山岳団の倉庫は、学園の東端、演習林の入り口に建っていた。
窓の少ない、石造りの大きな建物である。正面の扉には、子供の拳ほどもある鉄の錠前がかかっていた。細い月の光を受け、冷たく鈍い光を返している。
倉庫の前には、幌をかけたヴィシー山岳団の荷馬車が二台、ぴったりと横づけにされていた。
「サキ」
ダイアナが小声で呼ぶ。
返事はなかった。
しかし次の瞬間、倉庫脇の暗がりから、音もなく人影が進み出た。
黒と白のメイド服。引き締まった肩と、無駄のない立ち姿。背には細身の刀を負っている。腰まで伸びた黒髪と、かわいげのある整った顔だけを見れば、夜会の給仕を務めていてもおかしくはない。
だが、その足運びには衣擦れひとつなかった。
代々王家に仕える影の一族、その末裔。隠密メイドのサキである。
「こちらに」
サキは倉庫の扉を示した。
「開錠は?」
「済んでおります」
「早い」
「五拍ほど、かかりました」
サキは無表情のまま頭を下げた。
「手間取ってしまい、申し訳ございません」
ジョシュアは倉庫ではなく、その前に停められている荷馬車を見た。
「荷馬車はどうですか?」
「ずっと見ておりましたが、動きはありません。何も降ろさず、何も載せていません。ただ、厩に先ほど、何名かの生徒が入りました」
「やはり、今夜でしたか」
ジョシュアは小さく頷き、幌の向こうを透かし見るように目を細めた。
「これから荷馬車に、何かを積む手はずです。こんな夜中に、いったい何を運び出すのでしょう」
「そうよね! 今夜よね!!」
ダイアナは思わず叫んだ。
眠っていた森の鳥が、一斉に羽ばたいた。
ジョシュアはまたしても、ダイアナの口を手のひらで塞いだ。
「しっ……お静かに、殿下……」
「あ、ご、ごめんなさい」
手が離されると、ダイアナは周囲を見渡した。
「それで、今夜、ここで何があるのかしら?」
ジョシュアは少し眉を上げ、一瞬だけ目を伏せたが、何も言わなかった。
ギィ、と、蝶番が低く軋んだ。
サキが倉庫の扉をわずかに開いている。彼女が先に内部を確かめ、手の合図で二人を招いた。
三人は身を滑らせるようにして、倉庫の中へ入った。
そこは、天井の高い暗闇だった。
乾いた麻袋の匂い。防寒具に染みついた獣脂。油を塗った金属と、古い木箱から立ち上る埃っぽい匂い。石壁にこもった冷気が、足元からじわじわと這い上がってくる。
ジョシュアが指先に、ほのかな緑の光を灯した。
淡い光が暗闇を押し広げ、棚の輪郭を次々と浮かび上がらせていく。
そして、それらの棚は――すべて、満杯だった。
携行糧食の詰まった麻袋。太く束ねられた登攀索。油紙に包まれた防寒具。木箱へ厳重に収められた、暖を取るための貴重な雪晶石。
帳簿の上では存在しないはずの物資が、床から天井近くまで隙間なく積み上げられている。
「……ありますわね!」
ダイアナが声をひそめた。
「帳簿ではゼロのはずのものが、山のように」
「はい」
ジョシュアは棚から棚へ移り、荷札を一枚ずつ検めていった。
「携行糧食。登攀索。防寒具。雪晶石。いずれも、今期中にすべて消費したと報告されていたものです。――殿下、こちらを」
サキは、その隣にある鍵つきの保管棚を、細い金具ひとつで器用に開いた。
ジョシュアが示した木箱には、見覚えのない商会の刻印が焼きつけられている。
「ラウム商会」
ジョシュアは刻印を指でなぞった。
「おかしいですね。この商人の名は、学園の納入業者名簿にありません」
「では、どこのどなたですの?」
「たぶんですが――架空だと思います。帳簿の上にだけ存在する店ではないでしょうか」
ジョシュアは木箱を持ち上げ、底の継ぎ目まで確かめた。
「ここにある品々を、別のどこかへ横流しする。その売却先、あるいは代金の受け皿として使われているのでしょう」
「それが」
「今夜です」
「押さえますのよ! その現場を!!」
そのときだった。
事態の真相へ迫った興奮から、ダイアナが勢いよく振り返った。
後ろ手にした肘が、背後の棚へ、ガン、と当たった。
積み上げられていた防寒具の束が揺れる。
その上に載せられていた野営用の鉄皿、鉄鍋、鉄匙、連絡用の太鼓が、ぐらりと傾いだ。
「あっ!」
ダイアナは反射的に両手を伸ばした。
防寒具の束をどうにか受け止めたものの、その重みを支えきれず、今度は隣の棚へ肩から体重をかけてしまう。
隣の棚が大きく揺れた。
最上段に載っていた金属製の登攀杭の箱が、ゆっくりと前へ滑り出す。
「ダイアナ様!」
倒れそうなダイアナを、ジョシュアが支えた。その銀髪の上に、棚から落ちた鉄器が、ごん、と当たった。
「いでっ!」
ジョシュアにその肢体を委ねながら、ダイアナは眼を見開いた。
「あ、あ、あ……」
ずどどどどど――どがしゃあん!!
盛大な音が、夜の倉庫へ響き渡った。
鉄皿が床を跳ね、甲高い音を立てて転がる。鉄鍋と鉄匙が連絡用太鼓の上へ次々と落ち、ドンガドンガと景気よく鳴らした。
「きゃああぁぁーーっ!!」
ダイアナの悲鳴が、その騒音へさらに加わった。
最後に、傾いた鉄棚が一瞬だけ踏みとどまり――。
ドグワシャアァァァ!!
爆発のような音を立てて倒れた。
棚を組み上げていた大量の金属部品が外れ、床の上を跳ね回る。
そして。
静寂。
三人は、身動きひとつせず、倒壊した棚を見つめた。
遠くで、魔犬が吠えた。
ワゥーーン。
続いて、別の魔犬たちまで目を覚ます。
ワンワンワンワン。
「ごめんあそばせ」
ダイアナは謝罪した。
ジョシュアとサキは、無言でダイアナを見た。
気まずい沈黙の中、ジョシュアの指先に灯る緑の光が、倒れた棚の下を照らした。
そこから、周囲とは色の違う床板が現れている。
長年、棚が置かれていた場所だというのに、その板だけは埃が薄い。隙間の形も、周囲の床板とは明らかに異なっていた。
ジョシュアが視線を落とす。
「サキさん。そこの床……」
サキはすぐに膝をついた。
床板の隙間へ、髪針のように細い刃を差し込む。手首をわずかに返すと、床板が音もなく浮き上がった。
その下には、浅い空間が隠されていた。
サキが手を入れ、薄い木箱を取り出す。表面には凝った蔓草模様が彫り込まれ、角には銀の金具が打たれている。
慎重に蓋を開くと、数個の小さな宝石とともに、革張りの薄い帳簿が収められていた。
「……殿下」
ジョシュアが、ダイアナを見る。
「わ、わ、わざとですわ」
ダイアナは胸を張った。
「動く物をどかし、隠されたアイテムを発見する。基本の戦術ですわね」
「さすがでございます、殿下」
ジョシュアはうなずいて応じた。
サキは顔色ひとつ変えずに周辺を手早く調べる。
その直後、倉庫の外へ鋭い視線を向ける。
「見張りが来ます。二人。あと十秒ほど」
「殿下、こちらへ」
ジョシュアはダイアナの手を取り、倒れずに残っている棚の陰へ引いた。
サキは木箱を抱え、音もなく反対側の暗がりへ消える。
ほどなく、倉庫の鉄扉が勢いよく開いた。
「あれっ? 確かに閉めたのに、開いてるぞ?」
月明かりを背負った、二人の男子生徒の声がした。
「げっ!! 在庫をしまっておいた棚が崩れてる!!」
ダイアナとジョシュアは、倉庫奥の物陰で身を寄せ合い、息をひそめた。
ダイアナが何か言おうとする気配を察し、ジョシュアはあらかじめ、その口へ手を添えておいた。
「おい。お前ら、何の騒ぎだ」
さらに、低い声がした。
大きな身体をした生徒が一人、倉庫へ入ってくる。
月明かりの逆光で顔は見えない。しかし、その立ち姿と、全身から立ち上る濃紫色のマナだけで、並の生徒ではないことが分かった。
「あ……グロヴナー先輩……!」
「グロヴナー!?」
ダイアナは思わず立ち上がりかけた。
ジョシュアは添えていた手に慌てて力を込め、肩を押さえて引き戻した。
グロヴナーと呼ばれた偉丈夫は、黒衣を羽織り、漆黒の制服を身にまとっていた。
決闘や式典の際にのみ着用を許される、上級生――それも、上位ランクの者だけが袖を通せる礼服である。黒い布地の上を、濃紫色のオーラが炎のように揺れていた。
二人の隠れている場所から、その姿がはっきりと見える。
「あ、あれは……間違いなく、グロヴナー侯です。なぜ、こんなところに」
ジョシュアも驚きを隠せない顔で見つめていた。
グロヴナーは、崩れた棚をひと目見るなり、怒りに顔を歪めた。
見張りの生徒二人へ振り返り、いきなり片方の顔へ拳を叩き込む。
「この役立たずめ! 何をしてやがる!」
殴られた生徒が床へ倒れる。
もう一人も襟元を掴まれ、続けざまに床へ投げ出された。
「も、申し訳ございません!」
「すぐに人を呼んで来い。取引までに、すべて元どおりにしておけ!」
「か、かしこまりました……!」
グロヴナーは激しい威圧感と紫色の残光を残し、倉庫から去っていった。
足音が遠ざかる。
殴られた生徒たちは、腫れ始めた頬を押さえながら立ち上がった。
「くそ……ヴィクラムめ。在庫はちゃんと棚に積んでおけって言っておいたのに!」
「あのC級、ガタイばかりでかくて、本当に使えねえ野郎だ」
「ヴィクラム!?」
再び、ダイアナが声を上げた。
ジョシュアは、今度こそ必死にその口を手のひらで塞いだ。
「あ? 誰かいるのか!! そこに!!」
見張りの一人が、こちらへ顔を向ける。
そのとき。
倉庫の反対側で、積まれていた木材が派手な音を立てて倒れた。
「にゃおーーん」
暗がりから、やけに平板な猫の鳴き声が響く。
「なんだ、猫か……くそ」
「おい。人を集めてきて、在庫を整理するぞ。遅れるとグロヴナー先輩にまた殴られる」
見張りの生徒二人は、痛む顔を押さえながら倉庫を出ていった。
扉が閉まり、外の足音が遠ざかる。
「見ましたか、ジョシュア」
ダイアナは物陰から立ち上がり、得意げに胸を張った。
「わたくしの見事な陽動作戦を」
「はい。見事でした、殿下」
「でしょう」
反対側の暗がりから、サキが戻ってきた。
何も言わず、ダイアナの制服の背中についた埃を丁寧に払い落とす。それからジョシュアの方を見て、ほんのわずかに首を傾げた。
いまの鳴き声については、誰も触れなかった。
ジョシュアはサキから木箱を受け取り、差し込む月明かりの下で中を検めた。
色とりどりの宝石が数個。
どれも極端に高価なものではないが、柔らかな布に包まれ、大切に保管されている。
そして、その下に収められた、革張りの薄い帳簿。
ジョシュアは、それを慎重に取り上げた。
ぱらぱらと中をめくる。瞳が素早く数字と品目を追い、ページを繰る指が途中で止まった。
「間違いありません」
ジョシュアが、低い声で言った。
「裏帳簿です」
そこには、実際に購入された携行糧食や登攀索の数量と、正規の帳簿には記載されていない安価な納入業者の名が記されていた。
表の帳簿との差額は、『ラウム商会』を標榜する架空の商人を経由し、アイゼンベルク公爵家御用達の宝石商へ送られている。
帳簿の数字は、綺麗につながっていた。
だからこそ、そこに書かれている悪意も、言い逃れのできないほど明瞭だった。
しかし、裏帳簿の背表紙には、細い黒線を複雑に絡み合わせた紋様が刻み込まれている。
ジョシュアの指先から放たれた緑の光が紋様へ触れると、帳簿の文字が水面の影のように揺らいだ。
「【盲目の秘術】です」
「決定的な証拠ね。持ち帰りましょう」
「いえ……殿下」
ジョシュアは帳簿を閉じかけて、その手を止めた。
ダイアナは、禍々しいオーラを放つこの帳簿と真剣な表情のジョシュアの顔を交互に見た。
「この裏帳簿には、持ち去ると内容が消える黒魔術がかけられています。定められた場所から離せば、文字も数字もすべて白紙へ戻ってしまうのでしょう」
「なんですって」
「解除して、中身を精査したいところですが……いまこの黒魔術の術式へ不用意に触れれば、相手にも気づかれます。このままにしておきましょう」
ジョシュアはしばらく考え込んだ。
それから白いブレザーの内ポケットへ指を入れ、小さな緑色の宝珠を取り出す。
豆粒ほどの宝珠だった。暗い場所では、ただの色硝子にしか見えない。
それを木箱の中に収められていた宝石へ混ぜ込んだ。
そして、その手が一枚の羊皮紙の上で止まった。
「これは……注文書の写しです。かなり高額な」
「それは、なんですの?」
ジョシュアは、月明かりへ羊皮紙をかざした。
――夜露のラピスラズリ。
そこに書かれていたのは、繁栄を極める王都オーディンでも数個しか流通していない、貴重な蒼い宝珠だった。
ただ美しいだけの宝石ではない。
大量の青いマナを蓄え、必要に応じて放出できる、上級魔術師にとって垂涎の魔具である。深い青色の内部には、夜明け前の露を閉じ込めたような淡い光が浮かぶことから、その名がつけられた。
「たったの七万ゴールド?」
注文書を覗き込んだダイアナが、不思議そうに言った。
「いえ、殿下。すっごい大金です、それ」
「そうですの?」
「はい。一般の家族が、何十年も不自由なく暮らせるほどの金額です」
ダイアナは注文書とジョシュアを交互に見た。
「だからこそ、山岳団の物資を横流ししてでも、この夜露のラピスラズリを入手したかったのでしょう」
「なんということを……」
ダイアナは頭を掻きむしった。
「それで、それはどういうことですの?」
ジョシュアは一度、目を閉じた。
できるだけ簡単な言葉へ直してから、ゆっくりと説明する。
「殿下。山岳団の物資を横流しして得たお金で、貴重な夜露のラピスラズリを買い、何かに使おうとしている者がいます。つまり、これは偶然の帳簿間違いではなく、誰かが計画的に行っている犯罪です」
「なるほど!」
ダイアナは手のひらへ拳をパチンと当て、ようやく理解した。
「この裏帳簿と注文書を、然るべき方にこの場で見ていただければ……かなりのことが分かります」
ジョシュアの言葉を聞きながら、サキは倉庫の扉へ目を向けたまま、小さく頷いた。
「ですが、今夜この取引の現場を急襲しても、警備が厳しいと思われます。私ども三人では、返り討ちにされかねません」
ジョシュアはダイアナを見た。
「この夜露のラピスラズリと裏帳簿が、これからどこへ運ばれるのか。それを見届けなければ、真犯人には辿り着けないと思います」
ジョシュアは木箱の中身を元どおりに戻し、床下へ収めた。
「宝珠の反応は追えます。明日の早朝、改めて出直しましょう、殿下」
「ホーッホッホッホッホッ!!」
ダイアナは腰へ手を当て、高らかに哄笑した。
「これで悪事が明るみに出たわね! さあ、誰にも気づかれないように、ここを出ましょう!」
その超通る美声は、天井の高い倉庫いっぱいに響き渡った。
ジョシュアは、ダイアナの口を慌てて手のひらで塞いだ。




